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第三章 初デート
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土曜日、また家に呼ばれるのかと思っていたら、待ち合わせ場所はレストランだった。
大吾と勉強会をすると言って出かけていった和泉を、モヤモヤとした気分で見送る。しかし自分もデートらしき用事に出かける以上、和泉を止めることはできなかった。
ラフな服装で構わないと言われているので、変に服にこだわったりせず、いつものチノパンを履いていくことにした。
なんで男とランチをとるのに、こんなことを気にしているんだろうと自分にツッコミを入れつつ、目的地に向かう。
はあ、一体僕は何をしているんだろう……この前から自分自身の言動が不思議でならない。
いきなり体を求めてきた男とデートだなんて。応えるつもりもないのに、どうして断れないんだろうか。
やっぱり帰ろうかな……たどり着いた中華店を目の前にして途方に暮れる。
「どうしたんですか、暗い顔をして」
「わっ!?」
突然声をかけられて振り返ると、そこには巽が立っていた。
現れた巽は春らしい薄手のシャツを、七分丈まで折って着ていた。さりげない着こなしが洗練された印象だ。フワリと表情が綻び、目尻の皺が優しく弧を描く。
「入りましょうか」
「え、あ……」
背中を押されてそのまま店内に入る。なかなか盛況な店のようで、テーブル席はほとんどが埋まっている。
巽は予約をとっていたようで、スムーズに奥の個室へと案内された。個室の内装は赤と金でまとめられた豪華な印象で、まさか高級店なのかと内心慄く。
「何がお好きですか? 中華と一口に言っても、様々な料理がありますからね。どうぞお好きに頼んでください」
メニューの値段を見てギョッとする。僕が普段外食で食べる料理の、だいたい二倍はする……経費で落とすわけでもないのに、この値段を割り勘はキツそうだ。
「あー、実はそんなに腹が減ってないんだ」
「本当ですか? お金の心配はしなくていいですよ? 誘ったのは私ですから、私が払います」
「いいよ、そんなの悪いし」
「どうか気になさらないでください。たくさん食べていいんですよ。もう少し肉付きがいいと、より素敵だと思いますし」
服の上から地肌を見透かすように視姦されて、カッと頬に熱が昇る。
こ、こんなところで何を言いだすんだ……! 真っ赤になって押し黙っていると、注文をとりに来た店員相手に、巽は適当に料理を頼んでしまった。
「ほら、郁巳さんもどうぞ」
「じゃあ……小籠包にする」
店員が去ると、部屋は沈黙に包まれる。ああもう、本当になんなんだこの人は……僕につきまとう意図がわからない。思いきって聞いてみることにした。
「僕のことが好きだとか言ってたけど、本気か?」
「ええ。冗談で愛を囁いたりはしませんよ」
冗談であってほしかったなあと頭を抱えた。一目惚れなんて言っていたけれど、そんなの一度もしたことがないし、にわかには信じられない。
「ど、どこが……?」
「この場で言ってもいいんですか?」
「いや、やっぱ今のなし」
またセクハラ発言をされては敵わない。歩く官能みたいな色気のある男が本気で僕を口説いた結果、煽られてこんなところで反応したりしたら社会的に死んでしまう。
「残念です。貴方にだったら、いつでもどこでも愛しい気持ちを伝えたいのに」
「どう考えてもセクハラ発言満載になりそうな予感がするから、却下で! あ、あんまり過激なことすると訴えるからな!」
勢い余って余計なことまで言ってしまった。巽は意味深な笑みを浮かべている。
「へえ、そうですか。ちなみに訴えるとはどのように?」
「え? け、警察に駆けこむ……?」
「なるほど。郁巳さん自ら状況説明を行うのですね」
「は……」
なにやら不穏な流れになってきた。巽は殊更に笑みを深めて、楽しそうにテーブルに身を乗りだす。
「猥褻罪の起訴状を司法に提出するおつもりでしたら、体位の説明や会話を含めた微細な報告書を作成しなければなりませんが、恥ずかしがり屋の郁巳さんにそれができるでしょうか」
「馬鹿にするなよ! それくらい……やって……」
言葉の途中で彼の告げた卑猥な言葉が頭の中を駆け巡る。
『郁巳さんって涼しげな顔をして、すごくエッチなんですね。はじめて中を探られてここまで感じてくれるなんて、嬉しい誤算ですよ』
……なんて、言えるかーっ! しかも尻を掘られてめちゃくちゃ感じてるなんて、完全に僕が変態扱いされるのは目に見えている……っ!
真っ赤になって黙りこくる僕の顔を、巽は愉しげに覗きこんでくる。
「本当に可愛らしい人だ。昼間からなんですが、夜のお誘いをかけてしまってもよろしいでしょうか」
「断る!」
今日こそは流されたりしないぞ! 断固とした意思でキッパリと言い放つ。巽は余裕の表情だ。
「そうですか。ええ、いいですよ? ひとまずは健全なデートを楽しみましょうか。郁巳さんのことをもっと知りたいですから」
……意外にも聞き入れられてしまった。ヤリ目的ってわけでもないのか……? 本当に、巽さんのことがよくわからない。
やがて運ばれてきた料理は絶品で、巽があれもこれもと勧めてくれるのもあって、満腹になるまで食べてしまった。
美味い飯で腹が膨れて気分がいい。しかも宣言通りスマートに奢ってもらえて、気がついたらお会計が終わっていた。
「いやあ、悪いな。ご馳走様でした」
「とんでもない。私の方こそ郁巳さんと食事を共にできて、幸せな時間を過ごせました。ありがとうございます」
巽は本心からそう思っていそうな、晴れやかな笑みを唇に乗せた。
「この後お時間あるようでしたら、腹ごなしを兼ねて散歩をしませんか。近くに自然豊かな遊歩道があるんです」
「ああ、いいよ」
気分のよさにつられて二つ返事で了承し、巽と連れ立って歩く。
大吾と勉強会をすると言って出かけていった和泉を、モヤモヤとした気分で見送る。しかし自分もデートらしき用事に出かける以上、和泉を止めることはできなかった。
ラフな服装で構わないと言われているので、変に服にこだわったりせず、いつものチノパンを履いていくことにした。
なんで男とランチをとるのに、こんなことを気にしているんだろうと自分にツッコミを入れつつ、目的地に向かう。
はあ、一体僕は何をしているんだろう……この前から自分自身の言動が不思議でならない。
いきなり体を求めてきた男とデートだなんて。応えるつもりもないのに、どうして断れないんだろうか。
やっぱり帰ろうかな……たどり着いた中華店を目の前にして途方に暮れる。
「どうしたんですか、暗い顔をして」
「わっ!?」
突然声をかけられて振り返ると、そこには巽が立っていた。
現れた巽は春らしい薄手のシャツを、七分丈まで折って着ていた。さりげない着こなしが洗練された印象だ。フワリと表情が綻び、目尻の皺が優しく弧を描く。
「入りましょうか」
「え、あ……」
背中を押されてそのまま店内に入る。なかなか盛況な店のようで、テーブル席はほとんどが埋まっている。
巽は予約をとっていたようで、スムーズに奥の個室へと案内された。個室の内装は赤と金でまとめられた豪華な印象で、まさか高級店なのかと内心慄く。
「何がお好きですか? 中華と一口に言っても、様々な料理がありますからね。どうぞお好きに頼んでください」
メニューの値段を見てギョッとする。僕が普段外食で食べる料理の、だいたい二倍はする……経費で落とすわけでもないのに、この値段を割り勘はキツそうだ。
「あー、実はそんなに腹が減ってないんだ」
「本当ですか? お金の心配はしなくていいですよ? 誘ったのは私ですから、私が払います」
「いいよ、そんなの悪いし」
「どうか気になさらないでください。たくさん食べていいんですよ。もう少し肉付きがいいと、より素敵だと思いますし」
服の上から地肌を見透かすように視姦されて、カッと頬に熱が昇る。
こ、こんなところで何を言いだすんだ……! 真っ赤になって押し黙っていると、注文をとりに来た店員相手に、巽は適当に料理を頼んでしまった。
「ほら、郁巳さんもどうぞ」
「じゃあ……小籠包にする」
店員が去ると、部屋は沈黙に包まれる。ああもう、本当になんなんだこの人は……僕につきまとう意図がわからない。思いきって聞いてみることにした。
「僕のことが好きだとか言ってたけど、本気か?」
「ええ。冗談で愛を囁いたりはしませんよ」
冗談であってほしかったなあと頭を抱えた。一目惚れなんて言っていたけれど、そんなの一度もしたことがないし、にわかには信じられない。
「ど、どこが……?」
「この場で言ってもいいんですか?」
「いや、やっぱ今のなし」
またセクハラ発言をされては敵わない。歩く官能みたいな色気のある男が本気で僕を口説いた結果、煽られてこんなところで反応したりしたら社会的に死んでしまう。
「残念です。貴方にだったら、いつでもどこでも愛しい気持ちを伝えたいのに」
「どう考えてもセクハラ発言満載になりそうな予感がするから、却下で! あ、あんまり過激なことすると訴えるからな!」
勢い余って余計なことまで言ってしまった。巽は意味深な笑みを浮かべている。
「へえ、そうですか。ちなみに訴えるとはどのように?」
「え? け、警察に駆けこむ……?」
「なるほど。郁巳さん自ら状況説明を行うのですね」
「は……」
なにやら不穏な流れになってきた。巽は殊更に笑みを深めて、楽しそうにテーブルに身を乗りだす。
「猥褻罪の起訴状を司法に提出するおつもりでしたら、体位の説明や会話を含めた微細な報告書を作成しなければなりませんが、恥ずかしがり屋の郁巳さんにそれができるでしょうか」
「馬鹿にするなよ! それくらい……やって……」
言葉の途中で彼の告げた卑猥な言葉が頭の中を駆け巡る。
『郁巳さんって涼しげな顔をして、すごくエッチなんですね。はじめて中を探られてここまで感じてくれるなんて、嬉しい誤算ですよ』
……なんて、言えるかーっ! しかも尻を掘られてめちゃくちゃ感じてるなんて、完全に僕が変態扱いされるのは目に見えている……っ!
真っ赤になって黙りこくる僕の顔を、巽は愉しげに覗きこんでくる。
「本当に可愛らしい人だ。昼間からなんですが、夜のお誘いをかけてしまってもよろしいでしょうか」
「断る!」
今日こそは流されたりしないぞ! 断固とした意思でキッパリと言い放つ。巽は余裕の表情だ。
「そうですか。ええ、いいですよ? ひとまずは健全なデートを楽しみましょうか。郁巳さんのことをもっと知りたいですから」
……意外にも聞き入れられてしまった。ヤリ目的ってわけでもないのか……? 本当に、巽さんのことがよくわからない。
やがて運ばれてきた料理は絶品で、巽があれもこれもと勧めてくれるのもあって、満腹になるまで食べてしまった。
美味い飯で腹が膨れて気分がいい。しかも宣言通りスマートに奢ってもらえて、気がついたらお会計が終わっていた。
「いやあ、悪いな。ご馳走様でした」
「とんでもない。私の方こそ郁巳さんと食事を共にできて、幸せな時間を過ごせました。ありがとうございます」
巽は本心からそう思っていそうな、晴れやかな笑みを唇に乗せた。
「この後お時間あるようでしたら、腹ごなしを兼ねて散歩をしませんか。近くに自然豊かな遊歩道があるんです」
「ああ、いいよ」
気分のよさにつられて二つ返事で了承し、巽と連れ立って歩く。
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