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僕は家事がどうも苦手で、和泉に手伝ってもらって、やっとなんとかなっているレベルなんだ。
もう妻がいなくなって十年も経つのに、一向に上手くならない。
自分の不器用っぷりを恥じていると、彼はスリッパを用意し、リビングへ案内してくれた。
「今飲み物を淹れますので、どうぞお待ちください。日本茶とコーヒーならどちらがお好みですか?」
「あの、おかまいなく。すぐに帰るので」
「この家に私を訪ねてお客様がお越しになるのは、本当に久しぶりなんです。よろしければ御馳走させてください」
「え、そうですか……では、コーヒーでお願いします」
にこやかな笑みを絶やさず、物言いも柔らかで、とても雰囲気がいい人だ。森栄……何さんとおっしゃるのだろうか。
文句をつけにきたのに好感を抱いてしまい、居心地悪く尻をもぞもぞさせていると、俺の前にソーサーとコーヒーカップが置かれた。
「ミルクと砂糖はいりますか?」
「では、ミルクを少しだけ」
「はい、どうぞ」
恐縮しながらカップを手に取る。白くて薄くて、繊細な模様が描かれたカップは、家では使ったことのない高級品の気配がする。
男は向かいの席に腰かけた。人好きのする笑みを浮かべたまま、僕に自己紹介をする。
「森栄巽と申します、弁護士をしております。貴方は?」
弁護士だって? エリートじゃないか。最初に抱いた知的な印象に、間違いはなかったみたいだ。
「申し遅れました、私は花屋敷郁巳と申します。家電用品関係の営業です」
「そうですか、綺麗な響きのお名前ですね。貴方にとても似合っていらっしゃる」
「いえ、名前ばかり立派ですが、家はボロ屋ですよ……森栄さんのお宅は素敵ですね、隅々まで綺麗にしておられて」
「掃除が趣味なんです」
そんな奇特な人が世の中にいるのか。弁護士で掃除好きと聞いて、おっちょこちょいで抜けている僕とは住む世界が違うのだろうな、という印象を抱いた。
和泉は、森栄大吾のどこに惹かれたんだろう。お父様もたいそう甘いマスクをしているし、ルックスに惚れたのだろうか。
「それで、お話とは?」
聞きとりやすい穏やかな低音が、鼓膜を揺らす。はっ、そうだった。こんな世間話をするためにお邪魔したのではない。
居住まいを正して話を切りだした。
「お宅のお子さんである大吾さんが、僕の息子の和泉とつきあっているのは、ご存知でしょうか?」
彼は目を見開いてパチリと瞬いた。
「いえ、存じ上げませんでした」
「僕もつい今朝まで知らなかったのですが、どうやら本当のことらしいんです」
「それは、お子さんがそのようにお話されたんですか?」
「ええ」
彼は形のいい唇を歪めて苦笑した。
もう妻がいなくなって十年も経つのに、一向に上手くならない。
自分の不器用っぷりを恥じていると、彼はスリッパを用意し、リビングへ案内してくれた。
「今飲み物を淹れますので、どうぞお待ちください。日本茶とコーヒーならどちらがお好みですか?」
「あの、おかまいなく。すぐに帰るので」
「この家に私を訪ねてお客様がお越しになるのは、本当に久しぶりなんです。よろしければ御馳走させてください」
「え、そうですか……では、コーヒーでお願いします」
にこやかな笑みを絶やさず、物言いも柔らかで、とても雰囲気がいい人だ。森栄……何さんとおっしゃるのだろうか。
文句をつけにきたのに好感を抱いてしまい、居心地悪く尻をもぞもぞさせていると、俺の前にソーサーとコーヒーカップが置かれた。
「ミルクと砂糖はいりますか?」
「では、ミルクを少しだけ」
「はい、どうぞ」
恐縮しながらカップを手に取る。白くて薄くて、繊細な模様が描かれたカップは、家では使ったことのない高級品の気配がする。
男は向かいの席に腰かけた。人好きのする笑みを浮かべたまま、僕に自己紹介をする。
「森栄巽と申します、弁護士をしております。貴方は?」
弁護士だって? エリートじゃないか。最初に抱いた知的な印象に、間違いはなかったみたいだ。
「申し遅れました、私は花屋敷郁巳と申します。家電用品関係の営業です」
「そうですか、綺麗な響きのお名前ですね。貴方にとても似合っていらっしゃる」
「いえ、名前ばかり立派ですが、家はボロ屋ですよ……森栄さんのお宅は素敵ですね、隅々まで綺麗にしておられて」
「掃除が趣味なんです」
そんな奇特な人が世の中にいるのか。弁護士で掃除好きと聞いて、おっちょこちょいで抜けている僕とは住む世界が違うのだろうな、という印象を抱いた。
和泉は、森栄大吾のどこに惹かれたんだろう。お父様もたいそう甘いマスクをしているし、ルックスに惚れたのだろうか。
「それで、お話とは?」
聞きとりやすい穏やかな低音が、鼓膜を揺らす。はっ、そうだった。こんな世間話をするためにお邪魔したのではない。
居住まいを正して話を切りだした。
「お宅のお子さんである大吾さんが、僕の息子の和泉とつきあっているのは、ご存知でしょうか?」
彼は目を見開いてパチリと瞬いた。
「いえ、存じ上げませんでした」
「僕もつい今朝まで知らなかったのですが、どうやら本当のことらしいんです」
「それは、お子さんがそのようにお話されたんですか?」
「ええ」
彼は形のいい唇を歪めて苦笑した。
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