石油王になったら、君は振り向いてくれるのかな

兎騎かなで

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俺は諦めないぞ!

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 半月も経つ頃にはだいぶ慣れてきて、ゴールデンウィークも全日バイトの予定を入れた。

「え? 祐希、今年は一緒に旅行しないの?」
「ごめん母さん! せっかくだから夫婦二人で楽しんできてよ」

 祐希が行きたいのは毎年恒例の旅行先である那須ではなく、油田のあるサウジアラビアだ。

 朝食の席でご飯をかき込みながら断ると、母と父は顔を見合わせて心配そうに祐希に告げた。

「ねえ祐希、最近バイトをがんばりすぎじゃないの? どうしてもやりたいことがあるって聞いたから許可したけれど、体を壊さないか心配よ」
「勉強はちゃんとしているんだろうな? レベル的に難しめの高校を選んだんだから、しっかり勉強しないと周りに置いていかれるぞ」
「大丈夫だって。今日はバイトじゃなくて、勉強する予定だし。じゃ、行ってきます!」

 祐希は勉強道具を入れたリュックサックを背負うと、逃げるように家を後にした。

 小走りで目当ての図書館に向かう。外の空気を隔てられた館内は涼しく、胸いっぱいに息を吸った。

 深呼吸してから言語の本棚に向かい、目当ての本を探した。

(サウジアラビアに行ったらアラビア語を話せるように、今からしっかり勉強しておかないとな)

 遠海の顔を拝むために欠かさず学校にも通って授業を聞いているし、学校の勉強はしなくても大丈夫だろう。

 体力的に辛くて授業中に寝てしまう日もあるけれど、今は学校の勉強よりアラビア語を習いたい。

 祐希はアラビア語の本を机に積んで、片っ端から読みはじめ……否、読めはしないので眺めた。

(……全然わからない。あ、この本なら日本語の解説が乗ってる……けどやっぱりわからないな?)

 まず字の形を判別するところから始めなければ。うんうん唸りながらうねる蛇のような文字の解読を試みていると、なんとなく視線を感じて顔を上げた。

 なんとテーブルの向かい側に、いつの間にか遠海が腰かけていたようだ。

 びっくりして立ち上がる。ガタンと椅子が大きな音を立てて、遠海は迷惑そうに顔をしかめた。

「大きな音を立てるな」
「ご、ごめん……遠海くんも来てたんだね」
「悪いか」

 祐希は勢いよく左右に首を振った。

「とんでもない!」

 なんてラッキーなんだろう、休みの日にまで遠海と会えて、更に会話までできるなんて。

 ドクドクとうるさい心臓を抑えながら再び席に座る頃には、もう遠海はこちらを見ていなかった。気怠そうに本に視線を落としている。

(いいなあ。俺はあの本になりたい……)

 あんな風にじっと視線を向け続けてもらえたら、どんなに幸せだろうか……と夢見たが、遠海はいかにもつまらなさそうだ。

 どうしてそんなに無気力な印象を抱かせるのだろう。

 普段の様子を見ていると、遠海は乱読家でジャンルにとらわれずなんでも読む印象だ。好きで読んでるわけじゃないのだろうか。

 今日は何を読んでいるのだろうかとチラチラ背表紙を盗み見ると、外国人の名前が目に飛び込んできた。

「ロックフェラー?」
「知らないのか? 石油王と言えばロックフェラーじゃないか」
「え!」

 それは盲点だった! サウジアラビアに行くことばかり考えていたけれど、石油王と呼ばれる先人から学ぶことだって大切だ。

「その本、次に読ませてもらっていいかな」

 遠海は問いには答えずに、結城が積み上げた本にサッと視線を走らせ、片眉を釣り上げた。

「お前、石油王になるなんて世迷い事、本気で言ってるのかよ」

 遠海と視線があったことに感激しながら、コクリと頷いた。

「そうだよ。だって遠海くんは、石油王に興味があるんだよね? 俺は遠海くんに興味を持たれる男になりたいんだ」
「それでつきあいたいって?」
「うん」

 真剣に見つめるが、彼はすぐに視線を逸らしてしまった。はあとため息を吐く仕草まで麗しい彼は、その場に本を置いて立ち去ろうとする。

「あ、待ってよ!」
「……くだらない。いくら勉強したところで、現実は変えられないってのに」

 遠海は小さく呟くと、背を向けて行ってしまう。見守ることしかできなかった。

(どうして、あんなに悲しそうなんだろう)

 祐希の行動を気にしてくれているようだし、このまま勉強とバイトを続ければ何かわかるだろうか。

 机に座り直して、彼の残した本を手に取った。
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