上 下
5 / 40

4 俺が求めてるのはこれじゃない

しおりを挟む
 朝起きると同時にフッと五階全体に張った結界が消えた。設定した通りだな。いやあーよく寝た。

 外は既に日が昇っている。カリオスはどこだ? 
 この城と森全体は俺の領域に設定してある。だから意識を向ければ内部のことは手に取るようにわかる。
 カリオスの気配を探ると、庭の方にいることが知れた。

 ちょうど窓から見れるところにいたので見下ろしてみると、軽装のまま聖剣を手に持ち素振りをしていた。真面目だなー。

 真剣に練習しているようなので、邪魔はせずに窓から離れて交換日記を確認する。
 ソファーに腰かけパラリとめくると、ページ一面にビッシリと文字が書かれていた。

「わお」

 しかも一ページじゃない、パラパラと軽くめくっただけでも十ページ以上は確実にある。
 ……いやあの、交換日記って言ったじゃん? 俺はこの書類の束みたいな分量のコレに、どういう返事を書けばいいわけ?

 とにかく読まないことには返事が書けないため、読んでみることにする。筆跡は綺麗なんだが、文字がページいっぱいに敷き詰められているため、読みにくいったらありゃしない。改行しろ。

 そこに綴られていたのは、カリオスの半生だった。俺と出会う少し前に冒険者になったところから始まっていた。

 ……俺と出会った辺りの描写は、なんていうか酷かった。
 白亜の城に捕らえられた深窓の令息かと思った? 悪魔への生贄に無垢な身を捧げるつもりか? とか……やめてくれ。誰だそれは。本当に俺か?
 魔大陸に飛ばされた後の俺への悪態は、不謹慎にも笑っちゃったけどな。

 しっかし俺はこの一瞬しかカリオスと会っていないのに、何故かこの後もちょいちょい俺のことが語られている。
 旅の間も俺のことを思い出してたのか。そんなに余裕ある旅模様じゃなかったみたいなんだが。

 内容としては、魔大陸にて必死で生き延び、仲間を集めて魔王を討ち滅ぼす物語となっている。

 いやはや、もうこれは物語と言っても過言ではない。
 個性がありすぎる仲間同士で殺し合いがはじまりそうになったくだりなんて、手に汗握りながら読み進めた。

 結局カリオスが全員を叩きのめした上に、弱みを握って黙らせた時には、こいつヤベェなと声に出してツッコミを入れてしまった。逞ましく育っちゃってカリオス君ってば。

 魔王を倒した後も人間の国同士のドロドロとした権力者とのやりとり等も書かれていて、世に出せば禁書認定待ったなしの内容だった。

 そして権力者達からも、時に絡み手で時に力づくで逃げおおせるという……かなり危ない橋を渡ってこの国まで戻ってきた様子だった。

 日記帳のほとんどを使って書かれた、全七十六ページにも及ぶ十年分の軌跡を追う大作を読み終えた俺は、パタリと本を閉じて机に突っ伏した。

「違う……! 俺が求めていたのはコレじゃない……!!」
「おはようございますツカサ、何が違うんですか」
「カリオス!」

 汗をかいていても爽やかなカリオス青年が、部屋に無断で入ってきた。お前そんな爽やかそうな見た目してんのに、腹の底まで真っ黒になっちゃって……誰が彼をこんな風にした……元はと言えば俺が原因か。

 というかカリオス君よ。結界あるからってわざわざ鍵まで閉めなかったからそりゃ入れるだろうが……一言声かけるとかせめてノックくらいしてほしかったよ?

 俺は腕を組んでなるべく横柄に見えるようにカリオスを見下ろ……背高いな、見下ろせなかったわ。下から睨めつける。

「あのさ、次俺の部屋に入る時はノックしてくれないか」
「しましたよ? 返事はなかったけれど起きている気配はあったので、中をのぞくとツカサは日記を読んでいました。なので読み終わるまで声をかけるのを待っていました」
「マジか、気づかなかった」

 勇者カリオスの自伝を読むのに夢中になっていたということか、不覚。
 カリオスは若干嬉しそうだし、得意そうでもある。なんだよ、言いたいことがあるなら言ってくれ。

「僕のノックに気づかないくらい熱中して読んでくれたなんて嬉しいです。どうでしたか? 恋に落ちてくれました?」
「イケメンは文才まであるんだなってこととお前自身の経験は知れたけど、恋には全然落ちてない」
「何故?」

 心底解せないという顔で俺を見つめるカリオス。

「いや、逆になんでこれで恋に落ちると思った?」
「人は相手を知ることで好意を抱きやすい生き物でしょう?」

 ドヤ顔すんなし。知るだけで好きになってもらえるなら、みんな自伝書くわ。

「あのな。それは確かに一理あると思う。思うが、お前には大事な視点が抜け落ちている」
「大事な視点とは?」
「読む人が何を求めてるのかってことだよ! 俺は! 交換日記をやりたいって言ってただろ!? こんな長編小説になんの返事を書けって言うんだよ!?」

 本を放り投げる勢いで机の上にバァンと置くが、カリオスは表情すらビクともさせない。

「感想とか」
「とても面白かったしカリオスのことがたくさん知れてよかったですぅ!! はいやり直し!」
「何故?」

 こやつ、本気でわかっちゃいないぞ……!? どうやら一から説明しなおす必要がありそうだ。

「だから交換日記っていうのは、今日はこんなことがあったとか、どういうことを考えたとか、そういう毎日のちょっとした出来事を書くもんなんだよ。一回書くのに半ページも使えば充分」

 俺はカリオスに逐一交換日記の作法を説明し、カリオスはそれを真面目な顔で相槌を打ちながら聞いていた。

「なるほど、ツカサの求めていることはわかりました」
「やっとわかってくれたか……」
「けれど何故そんなまどろっこしい手段をわざわざ選ぶ必要があるんでしょうか。こうやって」

 トン、と俺の肩を押してソファーに座らせる。カリオスは俺の肩に手をかけたまま隣に座り、アーモンド型の瞳を甘く細めて囁きかけた。

「直に話をして触れあった方が、もっとお互いのことをよく知れる。そうは思いませんか?」

 微かに汗の匂いが鼻腔をくすぐるが、不思議と全然嫌な匂いではなかった。イケメンは体臭までいいのか。

 それに、思っていたよりも手が大きいんだな。剣だこもバリバリにあって、肩越しにもタコがこの辺にあるんだなって伝わってくるくらいだ。

 瞳の色も……すごく綺麗なグリーンだ。よく見ると虹彩が少し青みがかっていて、光の加減で青にも見えるかもしれない。まるで宝石のように朝の光を受けて輝いている。

「……うん。そうかも」

 俺は素直にカリオスの言い分を認めた。そうだな、確かに触れなきゃわからないことだってある。
 納得したところで、俺はカリオスの体を押して立ち上がる。

「けどこれはこれ、それはそれだ。カリオスの言う通り話をしたりスキンシップも大事だけど。でもせっかくだから、交換日記もしてほしいなー」
「……わかりました、いいでしょう。では見本がわりに、今度はツカサから書いてみてください」
「おっけー任せといて、今夜書くから明日の朝見てくれよな」

 日記の件はそれで解決したので、改めてカリオスに風呂の場所と食堂の場所、水回りなどを案内した。早速風呂場で汗を流してもらう。

 この城の中は俺の部屋以外自由に使ってもらっていいし、森の生き物やら魔物も自由に狩ってもらっていい。
 もし問題があればその都度指摘することにした。

 食事も俺が全部用意するから心配しなくていいぞと言うと、カリオスは反応に困っていた。

「ツカサ、そこまで気を使ってもらわずとも結構です。自分の食い扶持くらい自分でなんとかしますので」
「そうか? それならなんか足りないものがあれば、それを思い浮かべて扉を開くと好きな食材が出てくる箱を厨房に置いておくから、必要な時はそれでなんとかしてくれ」

 ちなみに見た目は冷蔵庫だ。家庭用のでっかいのを想像したので無駄に扉が三つもあるが、どこを開けても機能は同じだ。

 最初は怪訝な顔をしていたカリオスも、実物を見せると驚愕しながら何度も食材を出したりしまったりして、使い心地を確かめていた。

「一体どんな魔法を組み合わせれば、こんなデタラメなことができるんですか!?」
「理論は知らん。神の力じゃ」

 ふんぞりかえって手を腰に当ててみせても、カリオスは冷蔵庫に夢中で俺の方を見向きもしない。
 ねえ、ちょっとは構ってくれない? 俺神様ぞ?

 一通り冷蔵庫を検分した後は、俺が神様発言をしても特に眉を顰めたりしなくなった。やっと信じてくれたか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

転生したらBLゲーの負け犬ライバルでしたが現代社会に疲れ果てた陰キャオタクの俺はこの際男相手でもいいからとにかくチヤホヤされたいっ!

スイセイ
BL
夜勤バイト明けに倒れ込んだベッドの上で、スマホ片手に過労死した俺こと煤ヶ谷鍮太郎は、気がつけばきらびやかな七人の騎士サマたちが居並ぶ広間で立ちすくんでいた。 どうやらここは、死ぬ直前にコラボ報酬目当てでダウンロードしたBL恋愛ソーシャルゲーム『宝石の騎士と七つの耀燈(ランプ)』の世界のようだ。俺の立ち位置はどうやら主人公に対する悪役ライバル、しかも不人気ゆえ途中でフェードアウトするキャラらしい。 だが、俺は知ってしまった。最初のチュートリアルバトルにて、イケメンに守られチヤホヤされて、優しい言葉をかけてもらえる喜びを。 こんなやさしい世界を目の前にして、前世みたいに隅っこで丸まってるだけのダンゴムシとして生きてくなんてできっこない。過去の陰縁焼き捨てて、コンプラ無視のキラキラ王子を傍らに、同じく転生者の廃課金主人公とバチバチしつつ、俺は俺だけが全力でチヤホヤされる世界を目指す! ※頭の悪いギャグ・ソシャゲあるあると・メタネタ多めです。 ※逆ハー要素もありますがカップリングは固定です。 ※R18は最後にあります。 ※愛され→嫌われ→愛されの要素がちょっとだけ入ります。 ※表紙の背景は祭屋暦様よりお借りしております。 https://www.pixiv.net/artworks/54224680

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

屈強冒険者のおっさんが自分に執着する美形名門貴族との結婚を反対してもらうために直訴する話

信号六
BL
屈強な冒険者が一夜の遊びのつもりでひっかけた美形青年に執着され追い回されます。どうしても逃げ切りたい屈強冒険者が助けを求めたのは……? 美形名門貴族青年×屈強男性受け。 以前Twitterで呟いた話の短編小説版です。 (ムーンライトノベルズ、pixivにも載せています)

彼氏持ちの高嶺の花は生徒会の玩具

朝果あさ
BL
とある理由で真夜中に生徒会室に忍び込み、生徒会に見つかってしまった主人公が制(性)裁を受ける話。

処理中です...