残念令嬢、家を追われて逃亡中〜謎の法術師様がなぜか守ってくれます

兎騎かなで

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37 ハッピーエンドのエンディング

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 なおもヴィヴィアンヌの名を呼び続けるリリエルシア。ラジェも心ここにあらずといった様子で、ポツリと呟いた。

「母様が、消えた」

 うずくまって痛みに耐えていたガヴィーノが、その言葉を聞いてフラリと立ちあがる。

「な……じゃあ、ジニーは? ジニー、僕のかわいいジネーヴラ……! ああああああー!!!」

 ガヴィーノは赤い瞳から涙を零しながらアルトや女王にすら目もくれず、ヨロヨロと王の間から駆けだそうとする。

「おっと、させないよ」

 無防備な背中にアルトが杖を振り下ろすと、ガヴィーノは思いきりすっ転んで頭を打ったようだ。床に伸びたまま気絶してしまった。

 リリエルシアは取り乱しながら、ヴィヴィアンヌの名を呼びその場を歩き回った。

「ヴィヴィアンヌ、ヴィヴィ、……母様! お母様!」

 そんなリリエルシアの元にラジェが静かに歩み寄る。

「リリ……母様は七年前に死んだ」
「そんなわけない! そんなの認めない、わたくしはあの女に、どうしてもあの女じゃなきゃダメなの! 認められたい、愛されるべきなの、傷のない今ならきっと……!!」
「リリ」

 綺麗に結われた髪を掻き乱しながら言い募るリリエルシアの名前を、ラジェが悲痛な顔で呼んだ。姉が静かに首を振ると、妹は綺麗な衣装が汚れるのも構わず冷たい大理石の床にへたりこんだ。

「そんな、そんなことって……わたくしの願いは? どうして、いつもいつも貴方が邪魔をするの!」

 キッとラジェを睨みつけた女王は、まるで幼い子どもが泣いているかのような表情をしていた。ラジェは諭すように言葉を続ける。

「リリ。あなたはやってはいけないことをした。だから、今その報いを受けている」
「……ずるいわお姉様、いつもいつも、欲しいものは全部お姉様が持っていて」
「リリにはそう見えていたんだ。私はずっと母の期待に応えるために、窮屈で息苦しい思いをしてきたのだけど……もう二度と間違えないように、今度はあなたのことをしっかりと見ていてあげる。だからリリ、罪を償って」

 ラジェが複雑な表情でそう告げると、リリエルシアは囁くようにして本音を漏らす。

「母様、母様……本当はあなたに、私のことを見てほしかった」
「うん」
「どうして姉様ばかり……私だって、私はただ、愛されたかっただけなのに……」
「うん……」

ラジェが膝をつき、リリエルシアを抱きしめると、彼女は泣きだした。姉に縋りついて子どものように泣きじゃくる様子からは、もう抵抗の意志は感じられない。

「これで、終わったの?」
「一件落着、じゃないかな?」

 朗らかにそう口にするアルトの足元には、まだ乾ききらない血の跡がある。ミリアはハッとしてアルトの腕をつかんだ。

「アルト! もう痛いところはない!?」
「ないよ。ミリアが治してくれたからね。すごいな、見たことのない術だった。たぶんだけど時間を逆行したのかな? 痛くも痒くもない。ほら、見てみる?」

 アルトがペロリとお腹の布をめくると、そこにはたしかに傷跡がなかった。

「本当だ……触ってみてもいい?」
「え? いい、けど」

 ミリアはペタリとお腹に触れてみた。腹筋があって硬い、ミリアのふわふわなお腹とは全然違った。触ってもやはり傷跡がないことがわかると、ミリアはアルトを抱きしめた。

「よかったあ! アルト、死んじゃうんじゃないかと思ってすごく心配した!」
「うん、ありがとうミリア……」

 アルトは少し躊躇してから、そっとミリアを抱きしめた。ミリアは幸福感で胸がいっぱいになる。そしてその想いをそのまま言葉に乗せた。

「あのね。私さっき気づいたんだけど、私もアルトのことが好きみたい」
「えっ、ええ!? ミリア、それ本当に?」
「うん! 私、アルトの婚約者になれる? なってもいいの?」
「もちろん! 結婚しよう、ミリア!!」
「きゃっ!」

 アルトがギュッとミリアを抱き締めると、くるくると一周する。その時、バタバタという足音と共にフェルが駆けつけた。

「おーい! 加勢にきたぞ!! ……なにをやってるんだお前達は?」

 泣き崩れる女王をハグするラジェ、ミリアを抱えてくるくる回るアルトの二組を見て、フェリックスは困惑している。
 後ろからついてきた騎士も、あれ女王であってるよな? なんか涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃなんだが? と口々に言いあって動けないでいる。

 そんな騎士達に、ミリアは振り向いて告げた。

「もう大丈夫だよ、全部丸く収まったの!」
「そうなのか?」

 フェルは解せないという表情でアルトとミリアを見やると、リリエルシアとガヴィーノに視線を移した。

「とにかく女王とその手下は拘束させてもらうぞ。そうだ、ミリアの父上と兄上、それから俺の兄上も、少々衰弱しているが無事に保護できた。城の客室で丁重にもてなしているから、後で会うといい」

 ミリアは感激して胸元で手を組んだ。これでやっと、やっとお父様とキルフェスお兄様に会える!!

「わあ、よかった! アルト、後でお父様達に会っていって! ダメかな?」
「いいよ。ぜひご挨拶させてほしい。ミリアをお嫁さんにくださいってお願いするけど、いいんだね?」
「うん、お願いします!」

 浮かれる二人の傍らで、リリエルシアをそっと騎士に引き渡したラジェはゆっくりと王座に向かった。

「あれってひょっとして、ラジエルシア様?」
「あのボサボサ頭が? いや待て、お顔はリリエルシア陛下に瓜二つだぞ」

 ガヤガヤと外野が囁く中、ラジエルシアは王座に座り宣言した。

「私がいない間、苦労をかけた。暴虐の限りを尽くしたリリエルシアは王家から追放し、以後囚人塔での終身刑とする。妹の行ったことはこれから時間をかけて償おうと思う。どうか、私を今一度女王として認めてくれないか」

 シンと静まり返った王の間。フェリックスがいち早く跪き宣言した。

「ラジエルシア陛下の仰せのままに!」
「女王陛下、万歳!」
「ラジエルシア陛下、万歳!!」

 ミリアとアルトリオもそれにならい、跪いて声を上げた。

「ラジエルシア陛下! ばんざーい!!」
「俺はゼネルバの法帝に忠誠を誓っている身だから、お祝いだけしておくよ。ラジエルシア陛下、再びの御即位、御祝い申し上げます」

 万歳三唱を終えたフェルは、ザッと勇ましく立ちあがる。

「よし、お前達五人は暫定的に陛下の護衛につけ! 俺はまだ戦っている騎士達に新陛下の御即位を知らせてくる」
「俺も行きます!」
「俺も!」
「わかった。お前達、ついて来い!」

 去っていったフェルと騎士達。ミリアは王座に座るラジェに笑顔を向けた。
「おめでとう、ラジェ! って、こんな口を聞いちゃいけないよね」
「いい。公式の式典などでないなら、ミリアにはいつものように呼ばれたい」
「そう? じゃあお言葉に甘えて……でも、ラジェはこれから忙しくなるだろうから、そうそう会えることもないかもしれないね……」

 ラジェは視線を床に落とす。そして次に前を向いた時には、いつもの無表情だった。けれど瞳はキラキラと希望に輝いている。

「ミリア。私、法術の研究を進めて、もっと長距離を飛べるようになる。そしてミリアに会いにいく」
「うん、そうしよう! 私も手紙を瞬間移動で飛ばせないかとか、いろいろ試してみるよ」
「うん。楽しみにしてる」

 ミリアはラジェと友情を確かめあった。そして安心した途端急にお腹が空いてきた。腹の虫がキューっと音をたてて、ミリアは赤面する。

「あ、あはは……お腹空いてきちゃった」
「実は俺もだよ」
「同意」

 三人は顔を見合わせる。ミリアはポツリと呟く。

「……夜食、食べよっか」
「用意させる?」
「いや、レイの用意したナッツとフルーツでいいんじゃない? よかったら騎士のみなさんもどうぞ。こんな夜中まで、お仕事ご苦労様」
「いや、我々は勤務中ですので……」

 アルトがナッツを差しだすと、騎士達は困惑しながら断った。

「食べていい。今夜は無礼講」
「はっ! ありがたき幸せ!」

 ナッツを食べてお腹が満たされたミリアは、アルトを連れて早速父と兄の元へ走った。

「ミリア、みんな疲れているだろうし俺は明日改めて伺おうか?」
「ううん、もしアルトが迷惑じゃなかったら会っていてってほしいな。ダメ?」
「くっ、かわいい……もちろんいいさ! ああでも、服とか穴が空いてるし一回着替えさせて」
「それもそうだね」

 浮かれていたミリアは少し冷静さを取り戻した。もう父と兄のいる部屋の前までアルトを連れてきてしまっていた。アルトはミリアと手を絡めると、頬に軽いキスをした。

「ひゃっ!」
「じゃあ、後でね」
「う、うん」

 空いている客間に去っていくアルト。残されたミリアが頬をかっかと火照らせていると、扉の中から待ち侘びた声が聞こえた。

「今ミリアの声がしなかったか?」
「なに? ミリアが来ているのか?」
「! キルフェスお兄様! お父様!!」

 ミリアはドアを開け放つと部屋の中に飛びこむ。少し頬のこけた父と、髭を剃ったらしくさっぱりとした兄を見つけてミリアは飛びついた。

「やっと会えた! 二人とも、無事でよかったあ……!!」
「ミリア、本当に俺たちを助けにきてくれたのか。はははっ、すごいな!」
「こんな危ないところまでたった一人で来たのか? ミリアこそよくぞ無事だったなあ」

 つきものがとれたように屈託なく笑う兄と涙ぐんで喜ぶ父に、ミリアもつられて泣き笑いしてしまう。

「ううん、ひとりじゃないよ! 頼りになる仲間と、大好きな友達と、それから未来の旦那様と一緒にここまで旅をしてきたの!」
「なにぃ!? ミ、ミリアの旦那様だと? いつの間に私に許可なく結婚を!?」

 慌てふためく父をキルフェスは冷静に止める。

「父上、落ち着いて。ミリアは未来の旦那様と言ったんだ」
「そ、そうか……しかし、いったい何があったんだ? 詳しく聞かせなさい。特にその、未来の旦那様とやらについて」
「うん、あのね……」

 こうしてミリアの旅物語は幕を閉じた。この後、ノックの音と共に緊張した顔のアルトが一張羅を着て現れ、ミリアに求婚をするのはまた別のお話。
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