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自覚

37☆

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 握った手の内にじんわりと汗をかきながらも、俺は懸命に勇気を振り絞り、言葉を紡いだ。

「……いい、よ。襲っても」
「……っ、そんな訳にはいかない、貴方の心を手に入れるまでは、手を出すつもりはないんだ……クイン?」

 こてんとヴァレリオの肩口に頭を寄せた。ああもう、この人はどこまでも律儀で、忍耐強くて何に対しても真剣で……そういうところ、とっても好きだなあ。

 俺はヴァレリオの心地よい匂いを吸いこんで、呼吸を整える。そして今まで隠していた心を、ヴァレリオに差しだした。

「もうさ、そんなのとっくに……君のものになってるから」

 二人の間に、沈黙が横たわった。パチパチと暖炉の火が燃える音だけが、空間を支配する。

 突然、ヴァレリオがパシンと、勢いよく己の頬を叩いた。驚いて顔を上げると、首まで真っ赤になったヴァレリオと視線がかちあう。

 緑柱石の瞳を潤ませながら、彼は呆然と自身の心情を吐露した。

「……俺は、都合のいい夢でも見ているのだろうか」

 あんまりに苛烈な反応に、思わずくすりと笑みが漏れた。

「夢じゃない。好きだよ、ヴァレリオ」

 言い終えるや否や、顎を捕らえられてキスをされた。噛みつくような勢いのキスを、舌をもつれさせながら、なんとか受け入れる。

「う、ふっ」
「……っ、クイン……!」
「んん……っ!」

 肉厚な舌に蹂躙され、口内を思う様なぶられる。嵐のように激しいキスに、心臓は早鐘を打っていて収まる気配がない。

 角度を変えて何度も口づけられ、その度に甘い吐息が漏れるのをとめられない。

 ヴァレリオは俺を逃すまいとしてか、首の後ろに手を添えながら、俺をソファーに押し倒した。

「はっ、ヴァレリオ……」
「……」

 欲情に塗れた瞳は、俺の目にまっすぐ焦点を当てていた。獲物を前にした肉食獣のような姿だった。

 俺に対して並々ならぬ執着と、劣情を抱いているのを目の当たりにして、ゾクゾクと心が歓喜する。

 俺を見下ろす彼は、壊れ物を扱うような繊細な動きで、稲穂色の髪に指先を差し入れた。

「……逃げないのか」
「……この期に及んで逃げないよ」
「止めるなら今のうちだぞ。この先に進めば、抑えが効かなくなる」

 苦しそうに眉を寄せた色気の滲む表情で、そんなことを告げてくるものだから、きゅんと心臓が締めつけられた。

 ヴァレリオが俺に手を出すのを、寸前で堪えているのがありありとわかって、俺の方はなぜか無駄に余裕が出てくる。

 広い背中に手を回して引き寄せ、狼の耳をわざとかするようにして撫でた。息を詰める音が間近で聞こえる。

「襲ってもいいって言ったよね……もう一度耳元で聞かせてあげようか?」

 ちろりと指先で耳の縁をくすぐると、低く切迫した声音が耳朶を打った。

「俺を煽ったこと、後悔しても知らないぞ」
「……しないよ」

 うそ、本当は少し怖かった。けれどヴァレリオであればきっと、俺に酷いことはしないだろうと信頼できた。

「くっ……ここではまずい、寝室に行こう」

 立ち上がったヴァレリオは、ここで襲いたいのを耐えているような苦悶の表情を浮かべながら、ブンブンと尻尾を振りたくっている。

 なんて正直な尻尾なんだ、俺と触れあえるのがそんなに嬉しいんだね? こみ上げる笑いを堪えるのに苦労した。

 素早く往復する尻尾を眺めながら、ヴァレリオの後についていく。彼は二階の一室の扉を開き、俺を中に招き入れた。

 外気よりは暖かいが、暖炉のあるリビングよりは冷える寝室の空気を受けて、俺は自分の腕を抱きしめた。

 気づいたヴァレリオに、腰を抱かれて密着される。俺より温かい体温が心地よい。

「寒いのか? 扉を開けておけば、じきにこの部屋も温まるだろうが。なにか羽織る物を持ってこようか」
「いらないよ。だってこれから、ヴァレリオが温めてくれるんでしょう?」

 ニッと悪戯っぽく笑って、硬派に整った顔を見上げると、彼はピクリと片眉を上げて咳払いをした。

「貴方は……わざと言っているのか?」
「なにが?」

 すっとぼけてみたけど、ヴァレリオにはわざと煽ったのがバレバレたみたいだ。

 ちょっと調子が戻ってきたから、からかってみたけどまずかったかな? ヴァレリオの燃え盛っている気持ちに対して。火に油を注いじゃったみたいだ。

 緑の瞳の奥には、ごうごうと燃え盛る炎が見える気がした。

「こちらへ」

 ヴァレリオにエスコートをされて、部屋の奥にある大きめのベッドまで歩かされた。

 ベッドの縁に腰かけると、ヴァレリオは俺のブーツの靴紐を解きはじめる。

 脱がすのに面倒な靴を履いてきてしまってごめんよ、という気持ちで彼のコシのある黒髪を撫でた。

 しゅるりと靴紐が擦れる音がして、足が軽くなった。反対側も同じようにされて、靴下まで脱がされてしまう。

 素足を見られるのって落ちつかないなあ、臭くないか気になってきたんだけど……そわそわしていると、何を思ったのかヴァレリオは、足の甲に口づけてきた。

「……っ、なにするのさ」
「あまりにも美しい足だから、口づけたくなったんだ」
「ちょっと、やめてくれよ……汚いから」
「なぜだ? 貴方の香りが濃くて、ずっと愛でていられそうなのだが」
「嫌だってば……っ!」

 昨日の夜に湯浴みをしたけど、今日は歩きまわっていたから絶対臭いって……!

 けれどヴァレリオは愛おしそうに、何度も足の甲にキスを落としてきて、あろうことかペロリと舐めた。

「ぅやっ! そこはやめてくれ!」
「そこまで嫌がらなくてもいいだろうに……では聞くが、どこを触ってほしいんだ?」

 どこをって……ヴァレリオの厚みのある手のひらを見つめながら、ごくりと唾を飲みこんだ。そりゃあ一番触ってほしいのはアソコだけど……

「……えっと、胸とか?」

 今のやりとりで若干元気になっている俺の分身は、触られてしまうと速攻でイッて醜態を晒しかねないので、無難そうな場所をリクエストしてみた。

「では、脱がせるぞ」

 膝立ちのヴァレリオにシャツのボタンを外される間、待っているのがもどかしくて、彼の狼耳に悪戯を仕掛ける。耳の先端を指で撫でると、ピクリと耳が痙攣した。

 彼は頬を染めながら、恨めしそうに俺を見据えたものの、何も言わずに服を脱がせることを優先する。
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