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自覚

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 フラフラとした足取りで自室にむかうと、ベッドにダイブして兎のぬいぐるみを抱きしめた。

「……ヴィー……ヴァレリオ」

 あの体格のいい騎士である彼と、年下の俺に引っ張られて足をもつれさせていた、病弱なヴィーが同一人物だなんて、今でも信じられない思いだけれど。

 あんなに痩せた体だったのに、それでも騎士になりたいと一心に努力をしていた……ヴィー、君は夢を叶えたんだね。

 親しみのこもった緑の瞳で、俺を一心に見つめてくれるところや、文句を言いながらも無茶振りにつきあってくれるところは、昔と変わらない。

 見た目は変わっても中身はあの頃のままの、俺のことが大好きなヴィーだった。

 ヴィーはちゃんと俺との約束を、守ろうとしていたんだ。

 もしかして初めて会った時、近衛兵を辞めて地方に行くつもりだったと言っていたのも、俺を迎えにくるためだった……?

 なんだかたまらない気持ちになって、兎のぬいぐるみを変形するくらい抱きしめた。どうしよう、顔が熱いし目も潤む。

 彼を忘れていたこと、他の人と婚約を結んだこと、好きな人がいたこと、それら全てひっくるめて申し訳なくて、謝り倒したい気持ちになった。

 それと同時に、一途に約束を守ろうとしてくれていたことが、どうしようもなく嬉しい。

「ああぁー……好き」

 一度口にしてしまえば止められなかった。声に出さないと、爆発してしまいそうに膨れあがった気持ちを、言葉にして吐きだした。

「好き、好きだ、ヴァレリオ……好き、すっごく好き。大好き」

 ぬいぐるみに口をつけて、密やかに声を吹きこんだ。こんなんじゃ足りない。さっき会ったのにもう会いたくなる。

「好き……」

 肌触りのいい柔らかな兎耳を撫でて、俺が触りたいのはこれじゃないと思った。もっとしなやかでコシがある、そう、狼の耳がいい。

 俺の香りが染みついたぬいぐるみには、ヴァレリオの残香は全くない。あの深みのあるウッディムスクの甘い香りで、肺をいっぱいに満たしたい。

「会いたいな……会いたいよ、ヴァレリオ」

 ベッドの上でぬいぐるみを抱えながら、体を丸めて縮こまっていると、視界の端で光る物が目に飛びこんできた。

 ヴァレリオから預かった魔道話だ。俺はかつてない速さで魔道話を手にとり、震える指先で通話に出た。

「……ヴァレリオ?」
「クイン、今帰った。さっき会ったばかりで堪え性がないと思われるかもしれないが、貴方に連絡をとりたくなったんだ」
「そうなんだ……俺も、」

 喉がつっかえて、上手く言葉が出なかった。そんな俺に、ヴァレリオは優しげな声音で問いかけた。

「どうしたんだ?」
「俺も……ヴァレリオに会いたいと思っていたところだ」
「そうか……なら、会いにいってもいいか?」
「えっ」

 嬉しさが滲みでた声に、即答できなくて口をつぐんだ。今はまずい、だって母様が来てるんだよ? 色々といらぬお節介を焼かれそうじゃないか。

「いや、忘れてくれ。急すぎる話だったな」

 苦笑気味に意見を撤回されて、食いつくように返事をした。

「行くよ」
「ん?」
「俺が、君の家に行く。場所を教えてくれ」
「それは……」

 今度はヴァレリオの方が言い淀んだ。怪我人相手に迷惑かと尻込みしたが、それならそれで俺が力になってあげることもできるんだし、いいよね?

「俺に会いたいんでしょう? 会いにいくから、早く場所を教えてよ」

 催促をすると、やっと答えが返ってきた。家の場所のメモをとって通話を切る。急いでコートを羽織って家を出た。

 小綺麗な家が建ち並ぶ区画に、ヴァレリオの家もあった。一人で住むには立派すぎるくらい大きな、二階建ての家だ。

 庭木はあるものの、冬らしく葉が落ちている。木々の間を縫って、ヴァレリオの家の扉の前までくると、呼び鈴を引いた。

 カランコロンとかわいらしい音が鳴ったのを聞きつけ、ヴァレリオが扉の奥から姿を見せる。

「本当に来たのか」
「いけなかった?」
「いや、そんなことはない。入ってくれ」

 戸惑いながらもヴァレリオは、俺を家の中に案内してくれた。暖炉の火が室内の空気を暖めていて、ホッと気持ちが緩む。

 温かみのあるダークブラウンで統一された家具は、シンプルだが質のよい物だ。ヴァレリオの落ち着いた雰囲気によく似合っていた。

「こんなものしかないが」
「ありがとう」

 温かいお茶を淹れてくれて、ソファーに座るよう促される。コートを脱いで座ると、ヴァレリオも隣に腰かけてきた。

「大丈夫か? なにか用事があったのではないのか」
「用事なんてないよ。家に来てほしくなかったのは、今母様が来ているからなんだ」
「そうなのか、ではご挨拶に伺わねば」
「それは今度にしてよ。俺、ヴァレリオに聞いてほしい話があるんだ。思いだしたんだよね……ヴィーのこと」

 ヴァレリオは意外そうに目を見張って、手の中のカップを机に置いた。

「思いだしたのか」
「うん……ごめんね、今まで忘れていて」
「気にすることはない。クインはまだ幼かった」
「だとしても、ヴァレリオは俺との約束を叶えようと、頑張って騎士になったんでしょう?」
「そうだな。騎士になって、貴方を迎えにいこうとした時、ドロセロナ侯爵令嬢と既に婚約したと聞いて、愕然とした」

 ああっ、やっぱり……俺は申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになって、隣にいるヴァレリオの肩に手をかけた。

「ごめん、ほんっとうにごめんよ! どうしてこんな大切なことを忘れてしまっていたんだろう、俺は」
「謝らなくていい。忘れてしまったなら、仕方がないと思ったんだ。俺は騎士学校にいて貴方に手紙すら書けずにいたし、愛想を尽かされたのだと思って、仕事に打ちこみ忘れようとした」

 ヴァレリオは眉尻を下げて、自嘲するように笑った。さりげなく肩に置かれた俺の手をとられ、握られる。

「だが、忘れられなかったんだ。貴方が婚約を破棄されたと聞いて、栄えある陛下の護衛という職務を辞退してでも、貴方の元に駆けつけようとした」
「そして陛下にひき止められて、止める間もなく俺と婚約を結ばされたってことだったんだね」
「その通りだ。俺にとっては結ばされたというよりは、一生分の幸運を使いきったかのような、素晴らしい出来事だったが」

 そんないじらしいことを言わないでくれよ、顔がにやけるじゃないか。むずむずと上がりそうになる口角を、意識して抑える。

 その間にヴァレリオは握った手を離し、居住まいを整えた。ん? なんか若干俺から離れた気がしたけど、気のせいかな。

 じっとヴァレリオのことを見つめていると、彼はチラリと俺に視線を寄越した後、咳払いをした。

「あまり見ないでくれ」
「なんで」
「貴方が俺の家にいると思うと、落ちつかないんだ。今も襲いたくなるのを、理性を総動員して止めている」

 情熱的な言葉に、俺は思わず胸を抑えた。
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