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本戦
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夢中になって水を飲んで、満足して立ち上がる。周りを見渡して目に入ったのは、信じられない光景だった。
先程安全を確認したばかりだというのに、見覚えのない穴がぽっかりと、ダンジョンの床に出現していた。
それだけではない。目を向けた時には、ちょうどイツキがその穴に向かって、吸いこまれるように落ちていくところだった。
「イツキ!」
「カイル……っ!」
泉の側にいたカイル君が、疾風のごとくイツキに駆けつけ、彼の手を握る。そこでさらに目を疑うようなことが起きた。
カイル君の立っていた地面が消えたのだ。彼も重力に引かれるまま、イツキと一緒に穴の中へと姿を消した。
「イツキ!?」
「えっイツキの旦那っ!? なんだこの穴、さっきまでなかったはずなのに!」
「待って、イツキ! カイルさん!」
「ダメだそれ以上行くなレジオット! 近づいたらまた穴が広がって、君まで落ちるかもしれない」
穴に駆け寄ろうとしたレジオットを、とっさに止めた。
イツキはきっと、カイル君に任せておけば大丈夫だ。カイル君は悪魔だから、魔法が使える。それに剣の腕も一流だ。
イツキのことを大切に思っている彼ならきっと、惜しみなく剣と魔法を使って、彼のことを守るだろう。
今俺にできることは、これ以上事態を悪化させないことだと自分に言い聞かせて、冷静になろうと努めた。
「テオ、この小部屋には罠はなかったんだよね?」
「はいっ、確認したけどなかったッス!」
「これは罠じゃない、よね。明らかに」
「そうっスね……なんでしょうね、これ……」
テオが不気味なモノをみるような目で、穴の開いた空間に見入っている。底は暗く、どこまで続いているのかわからない。
「レジオットも、こんな事態に心当たりなんてないよね?」
「ありません。見たことも聞いたこともない、です……」
彼はショックを隠しきれないようで、胸に手を当てて浅い呼吸をしていた。わかるよ、俺も喪失感が酷いから。もしも二人がこのまま……
いや、やめよう。不吉な予想をしている暇があったら、ここからどうすべきかを考えないと。
「とにかく、この部屋を出よう。イツキにはカイルくんがついている、きっと大丈夫だと信じよう」
「わかりました、ボス!」
「……はい」
得体の知れない穴から離れると、俺は懐から魔通話を取りだした。
もう対抗戦なんて言っている場合じゃない、人命救助と非常事態への対応が、最優先だろう。
「先行しているチームに連絡するよ、周りを警戒しておいて」
「はいっス!」
ヴァレリオが魔通話を持ち歩いているかわからないが、出ることに賭けて呼びだしをはじめた。
魔通話がぼんやりと光りはじめる。まだか、今忙しいのか、それとも持ち歩いていないのかなあ……
もし通話が通じなければ、彼はこの異常事態に気づかず、このまま死地に向かってしまうのか……?
お願いだ、ヴァレリオ……出てくれ、頼む……!
気が遠くなるほど待った気がしたが、実際は数秒のことだったかもしれない。ヴァレリオの低い声が、豹耳に飛びこんできた。
「クイン? なにかあったのか?」
「ヴァレリオ……!」
俺の切実さと、歓喜と焦燥がまぜこぜになった声色を聞いて、彼はただごとではないと思ったのだろう。すぐに問い返してきた。
「どうした、なにがあった」
「仲間が二人消えた。ダンジョンに突然、穴が開いたんだ」
「穴だと?」
「地面が急に消えて、二人はその穴に落ちた。緊急事態だ、このダンジョンはおかしい。すぐにひき返してくれ」
ひょっとしたら、俺の卑劣な作戦だと判断されて、話を聞いてくれないんじゃないか。
そんな不安がチラッと胸に過ぎったが、ヴァレリオはすぐさま返答を寄越した。
「わかった。すぐに引きかえす」
「今はどこにいるんだ」
「五十八階層だ」
そんなに進んでいたのか。どうしよう、俺達はこのまま地上に向かっていいのか、それともヴァレリオ達と合流するのが先の方がいいかな?
「君達は無事なんだよね?」
「一人怪我を負ったが問題ない、すぐに……」
ブツ、と何かが断ち切れるような音がして、それきり声は聞こえなくなった。
「……ヴァレリオ? ヴァレリオ!? 聞こえない」
魔道話はまだ光を放っているのに、突然通話が切れてしまった。これもダンジョンの異変のせいなのだろうか。
「えっ、切れちゃったんスか」
「そうらしいね」
かけ直しても繋がらない。まるで何かに邪魔をされているようだった。レジオットが自身の肩を抱いて、周りを見渡している。
「なにか、嫌な感じがします」
「……俺もすごく嫌な予感がするよ」
ここにとどまっていては、いけないような気がする。後続を追いかけてきているはずのチームにも、注意を促す必要がある。
後ろ髪を引かれながらも、地上に戻ることにした。
とにかくヴァレリオには、一番大事なことは伝えられたんだから、じきに引き返して登ってこられるだろう。
ヴァレリオ、無事でいてくれ……イツキも、ついでにカイル君も。
心の中で祈りを捧げながら、足場の悪い道を転けないよう気をつけながら渡った。
襲ってくるモンスターは、レジオットが魔法で牽制した。それでも攻撃をかいくぐってこられた時は、俺が愛用するレイピアで敵に風穴を開けた。
四十三階層までひき返した頃、更なる異常が俺達を襲った。
地面が割れたのかと思うほどの強い衝撃と、立っていられないほどの振動が突然やってきた。倒れて地面に伏せながら、必死に岩にしがみつく。
先程安全を確認したばかりだというのに、見覚えのない穴がぽっかりと、ダンジョンの床に出現していた。
それだけではない。目を向けた時には、ちょうどイツキがその穴に向かって、吸いこまれるように落ちていくところだった。
「イツキ!」
「カイル……っ!」
泉の側にいたカイル君が、疾風のごとくイツキに駆けつけ、彼の手を握る。そこでさらに目を疑うようなことが起きた。
カイル君の立っていた地面が消えたのだ。彼も重力に引かれるまま、イツキと一緒に穴の中へと姿を消した。
「イツキ!?」
「えっイツキの旦那っ!? なんだこの穴、さっきまでなかったはずなのに!」
「待って、イツキ! カイルさん!」
「ダメだそれ以上行くなレジオット! 近づいたらまた穴が広がって、君まで落ちるかもしれない」
穴に駆け寄ろうとしたレジオットを、とっさに止めた。
イツキはきっと、カイル君に任せておけば大丈夫だ。カイル君は悪魔だから、魔法が使える。それに剣の腕も一流だ。
イツキのことを大切に思っている彼ならきっと、惜しみなく剣と魔法を使って、彼のことを守るだろう。
今俺にできることは、これ以上事態を悪化させないことだと自分に言い聞かせて、冷静になろうと努めた。
「テオ、この小部屋には罠はなかったんだよね?」
「はいっ、確認したけどなかったッス!」
「これは罠じゃない、よね。明らかに」
「そうっスね……なんでしょうね、これ……」
テオが不気味なモノをみるような目で、穴の開いた空間に見入っている。底は暗く、どこまで続いているのかわからない。
「レジオットも、こんな事態に心当たりなんてないよね?」
「ありません。見たことも聞いたこともない、です……」
彼はショックを隠しきれないようで、胸に手を当てて浅い呼吸をしていた。わかるよ、俺も喪失感が酷いから。もしも二人がこのまま……
いや、やめよう。不吉な予想をしている暇があったら、ここからどうすべきかを考えないと。
「とにかく、この部屋を出よう。イツキにはカイルくんがついている、きっと大丈夫だと信じよう」
「わかりました、ボス!」
「……はい」
得体の知れない穴から離れると、俺は懐から魔通話を取りだした。
もう対抗戦なんて言っている場合じゃない、人命救助と非常事態への対応が、最優先だろう。
「先行しているチームに連絡するよ、周りを警戒しておいて」
「はいっス!」
ヴァレリオが魔通話を持ち歩いているかわからないが、出ることに賭けて呼びだしをはじめた。
魔通話がぼんやりと光りはじめる。まだか、今忙しいのか、それとも持ち歩いていないのかなあ……
もし通話が通じなければ、彼はこの異常事態に気づかず、このまま死地に向かってしまうのか……?
お願いだ、ヴァレリオ……出てくれ、頼む……!
気が遠くなるほど待った気がしたが、実際は数秒のことだったかもしれない。ヴァレリオの低い声が、豹耳に飛びこんできた。
「クイン? なにかあったのか?」
「ヴァレリオ……!」
俺の切実さと、歓喜と焦燥がまぜこぜになった声色を聞いて、彼はただごとではないと思ったのだろう。すぐに問い返してきた。
「どうした、なにがあった」
「仲間が二人消えた。ダンジョンに突然、穴が開いたんだ」
「穴だと?」
「地面が急に消えて、二人はその穴に落ちた。緊急事態だ、このダンジョンはおかしい。すぐにひき返してくれ」
ひょっとしたら、俺の卑劣な作戦だと判断されて、話を聞いてくれないんじゃないか。
そんな不安がチラッと胸に過ぎったが、ヴァレリオはすぐさま返答を寄越した。
「わかった。すぐに引きかえす」
「今はどこにいるんだ」
「五十八階層だ」
そんなに進んでいたのか。どうしよう、俺達はこのまま地上に向かっていいのか、それともヴァレリオ達と合流するのが先の方がいいかな?
「君達は無事なんだよね?」
「一人怪我を負ったが問題ない、すぐに……」
ブツ、と何かが断ち切れるような音がして、それきり声は聞こえなくなった。
「……ヴァレリオ? ヴァレリオ!? 聞こえない」
魔道話はまだ光を放っているのに、突然通話が切れてしまった。これもダンジョンの異変のせいなのだろうか。
「えっ、切れちゃったんスか」
「そうらしいね」
かけ直しても繋がらない。まるで何かに邪魔をされているようだった。レジオットが自身の肩を抱いて、周りを見渡している。
「なにか、嫌な感じがします」
「……俺もすごく嫌な予感がするよ」
ここにとどまっていては、いけないような気がする。後続を追いかけてきているはずのチームにも、注意を促す必要がある。
後ろ髪を引かれながらも、地上に戻ることにした。
とにかくヴァレリオには、一番大事なことは伝えられたんだから、じきに引き返して登ってこられるだろう。
ヴァレリオ、無事でいてくれ……イツキも、ついでにカイル君も。
心の中で祈りを捧げながら、足場の悪い道を転けないよう気をつけながら渡った。
襲ってくるモンスターは、レジオットが魔法で牽制した。それでも攻撃をかいくぐってこられた時は、俺が愛用するレイピアで敵に風穴を開けた。
四十三階層までひき返した頃、更なる異常が俺達を襲った。
地面が割れたのかと思うほどの強い衝撃と、立っていられないほどの振動が突然やってきた。倒れて地面に伏せながら、必死に岩にしがみつく。
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