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デート
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翌日になっても、まだ疲れが抜けきらないままだったが、いい加減父様に通話しなくてはいけない。重苦しい気持ちで魔道話を手にとった。
怒られるの嫌だなあ、やっぱり切っちゃおうかなあと考えながらも嫌々呼びだすと、兄様が通話に出た。
「あれ、クイン。なんの用事だ?」
「おや、兄様じゃないか。俺の新しい婚約の件だよ、なにか聞いてる?」
「ああ、あれか! 釣書と共に陛下からの手紙が来て、父様が卒倒していたぞ」
ケラケラと笑う兄ケンリックは、陽気に面白がっている。人の気も知らないでさあ、こっちは大変なんだからね?
不機嫌な声をとり繕うこともせず、確認する。
「その婚約話、勝手に進んでないよね?」
「ああ、なにか訳アリらしいな? 陛下の手紙のすぐ後に、ヴァレリオ卿からも手紙をもらっている」
「ヴァレリオから?」
意外に思って問い返すと、からかうような口調でケンリックは言った。
「本決定になり次第挨拶しに参るので、それまで婚約を進めるのは待ってほしいだとよ。春頃にお前らが挨拶に来るのを待ってるな」
「待たなくていいよ、その予定はないから」
「そうかあ? 先方はかなり乗り気のようだったぞ」
「兄様も知ってるよね? 俺は豹獣人の女性と結婚して、兄様を支えながら領地で暮らしていきたいんだってば」
「気持ちは嬉しいが、別にそんな義理堅く、貴族のしきたりに従って暮らさなくてもいいんだぞお?」
「そういうわけじゃないよ」
兄様のためじゃなく、俺のためにそうしたいんだって。魔道話越しにケンリックが嘆息するのがわかった。
「お前の好きにしたらいいのに」
「十分好き勝手にしてる。今も俺のワガママを叶えようと、がんばっているところだし」
「いやいや、お前のワガママはかわいいもんだって。根が真面目ちゃんなんだから」
「違うってば、もう。魔石の魔力がもったいないから、そろそろ切るよ」
「クイン」
不意に兄が、からかうような調子を潜めて、まともな声を出した。
「なに?」
「本気で婚約が嫌なら、俺がなんとかしてやる。お前は好きに生きていいんだ」
「……いきなりなんだよ。勝手にするってば、父様にはくれぐれも先走らないように伝えておいて」
「わかった、あ、そうだ母様が」
話の途中だったが、わかったと聞いた時点で通話を切ってしまった。
頭上の耳を塞ぐようにして、片耳を手で覆った。兄様め、わかったような口を聞いて……俺は俺のしたいようにしてるから、これでいいんだ。
*
デートって何を着ればいいんだろう。元婚約者、リリーシュカをエスコートする時に着ていた服は、好みじゃないので既に売ってしまったし。
夜会服は派手すぎるし、いつものでいいか。小ぶりな装飾やさりげないフリルのついた服を着て待っていると、ヴァレリオが迎えにきた。
彼も私服だ。コートの下はラフな服装だが、よく見ると小洒落たハンカチを胸に挿していて、彼によく似合っていた。
「クイン。待たせたか?」
「別に待ってないよ」
「そうか、ならいいんだ。魔車で来たから、このまま乗っていこう」
手をとってエスコートされる。なんかだんだんこの流れにも慣れてきたなあ……ちょっと複雑な気分になった。
「今日の服装も、クインによく似合っている」
さらりと俺を褒めてくるヴァレリオの方こそ、洗練されたオシャレをしてると思うけどね。
「ありがとう、君も素敵だと思うよ」
「クインにそう思ってもらえるなら、選んだ甲斐があった」
やたらと俺の愛称を連呼してくるヴァレリオは、よほどクインと呼べるのが嬉しいらしい。呼ぶたびに尻尾を振っていた。
こういうところ、ほんと嫌いじゃないから参るよね。今日なんて断りきれずに、デートすることになっちゃったし……適当なところで終わらせて帰ろう。
魔車に乗りこんで、目的の店に向かう。貴族や富裕層の商人向けの、新しくできたスイーツ専門店だ。最近王都で話題の店らしい。
「ついたぞ、ここだ」
手を引かれて馬車を降りると、隠れ家風の凝った外装の店が俺達を迎えてくれた。魔車を降りたところで、すぐに手を離す。
他の貴族に、ヴァレリオにエスコートされているところを見られたら、せっかく婚約解消できたとしても噂が残ってしまう。
ヴァレリオは俺の手を見て、名残惜しそうな顔をしたものの、事情を察したのか何も言ってはこなかった。
店の個室を予約してくれたそうなので、そちらに向かう。目当てのリゴの実パイを頼んで、しばし歓談した。
「こういう店ってどこから見つけてくるのかな」
「実は、セルリアン殿が教えてくれたんだ。彼の領地の特産品を使っているらしい」
ここにもセルリアンの影が……手広く商売をがんばっているみたいだねえ。
リゴの実のパイは美味しかった。噛んだ瞬間ジュワッと果実の香りと甘い果汁が、口の中にいっぱいに広がる。気がつけば夢中で食べていた。
「え、美味しい! 美味しいねこれ」
「噂以上だな。ぜひうちのシェフにも作らせたい。レシピは売っていないのだろうか」
「俺もレシピが欲しいな、でもここじゃ売ってくれなさそうだよねえ」
貴族御用達の店で貴族相手にレシピなんて売ったら、すぐに店が潰れてしまうだろう。商業ギルドの契約なんかで利権を守って、レシピを秘匿しているんだろうな。
もう一口、口に含んで考える。バターと、リゴの実と砂糖と……似たような物なら作らせることができるかな?
こんなものを作ってほしいと、後で手紙に書きとめて領地に送ることに決めた。
上手くいけば領地に帰る頃には、美味しいリゴの実パイが再現できていることだろう。
怒られるの嫌だなあ、やっぱり切っちゃおうかなあと考えながらも嫌々呼びだすと、兄様が通話に出た。
「あれ、クイン。なんの用事だ?」
「おや、兄様じゃないか。俺の新しい婚約の件だよ、なにか聞いてる?」
「ああ、あれか! 釣書と共に陛下からの手紙が来て、父様が卒倒していたぞ」
ケラケラと笑う兄ケンリックは、陽気に面白がっている。人の気も知らないでさあ、こっちは大変なんだからね?
不機嫌な声をとり繕うこともせず、確認する。
「その婚約話、勝手に進んでないよね?」
「ああ、なにか訳アリらしいな? 陛下の手紙のすぐ後に、ヴァレリオ卿からも手紙をもらっている」
「ヴァレリオから?」
意外に思って問い返すと、からかうような口調でケンリックは言った。
「本決定になり次第挨拶しに参るので、それまで婚約を進めるのは待ってほしいだとよ。春頃にお前らが挨拶に来るのを待ってるな」
「待たなくていいよ、その予定はないから」
「そうかあ? 先方はかなり乗り気のようだったぞ」
「兄様も知ってるよね? 俺は豹獣人の女性と結婚して、兄様を支えながら領地で暮らしていきたいんだってば」
「気持ちは嬉しいが、別にそんな義理堅く、貴族のしきたりに従って暮らさなくてもいいんだぞお?」
「そういうわけじゃないよ」
兄様のためじゃなく、俺のためにそうしたいんだって。魔道話越しにケンリックが嘆息するのがわかった。
「お前の好きにしたらいいのに」
「十分好き勝手にしてる。今も俺のワガママを叶えようと、がんばっているところだし」
「いやいや、お前のワガママはかわいいもんだって。根が真面目ちゃんなんだから」
「違うってば、もう。魔石の魔力がもったいないから、そろそろ切るよ」
「クイン」
不意に兄が、からかうような調子を潜めて、まともな声を出した。
「なに?」
「本気で婚約が嫌なら、俺がなんとかしてやる。お前は好きに生きていいんだ」
「……いきなりなんだよ。勝手にするってば、父様にはくれぐれも先走らないように伝えておいて」
「わかった、あ、そうだ母様が」
話の途中だったが、わかったと聞いた時点で通話を切ってしまった。
頭上の耳を塞ぐようにして、片耳を手で覆った。兄様め、わかったような口を聞いて……俺は俺のしたいようにしてるから、これでいいんだ。
*
デートって何を着ればいいんだろう。元婚約者、リリーシュカをエスコートする時に着ていた服は、好みじゃないので既に売ってしまったし。
夜会服は派手すぎるし、いつものでいいか。小ぶりな装飾やさりげないフリルのついた服を着て待っていると、ヴァレリオが迎えにきた。
彼も私服だ。コートの下はラフな服装だが、よく見ると小洒落たハンカチを胸に挿していて、彼によく似合っていた。
「クイン。待たせたか?」
「別に待ってないよ」
「そうか、ならいいんだ。魔車で来たから、このまま乗っていこう」
手をとってエスコートされる。なんかだんだんこの流れにも慣れてきたなあ……ちょっと複雑な気分になった。
「今日の服装も、クインによく似合っている」
さらりと俺を褒めてくるヴァレリオの方こそ、洗練されたオシャレをしてると思うけどね。
「ありがとう、君も素敵だと思うよ」
「クインにそう思ってもらえるなら、選んだ甲斐があった」
やたらと俺の愛称を連呼してくるヴァレリオは、よほどクインと呼べるのが嬉しいらしい。呼ぶたびに尻尾を振っていた。
こういうところ、ほんと嫌いじゃないから参るよね。今日なんて断りきれずに、デートすることになっちゃったし……適当なところで終わらせて帰ろう。
魔車に乗りこんで、目的の店に向かう。貴族や富裕層の商人向けの、新しくできたスイーツ専門店だ。最近王都で話題の店らしい。
「ついたぞ、ここだ」
手を引かれて馬車を降りると、隠れ家風の凝った外装の店が俺達を迎えてくれた。魔車を降りたところで、すぐに手を離す。
他の貴族に、ヴァレリオにエスコートされているところを見られたら、せっかく婚約解消できたとしても噂が残ってしまう。
ヴァレリオは俺の手を見て、名残惜しそうな顔をしたものの、事情を察したのか何も言ってはこなかった。
店の個室を予約してくれたそうなので、そちらに向かう。目当てのリゴの実パイを頼んで、しばし歓談した。
「こういう店ってどこから見つけてくるのかな」
「実は、セルリアン殿が教えてくれたんだ。彼の領地の特産品を使っているらしい」
ここにもセルリアンの影が……手広く商売をがんばっているみたいだねえ。
リゴの実のパイは美味しかった。噛んだ瞬間ジュワッと果実の香りと甘い果汁が、口の中にいっぱいに広がる。気がつけば夢中で食べていた。
「え、美味しい! 美味しいねこれ」
「噂以上だな。ぜひうちのシェフにも作らせたい。レシピは売っていないのだろうか」
「俺もレシピが欲しいな、でもここじゃ売ってくれなさそうだよねえ」
貴族御用達の店で貴族相手にレシピなんて売ったら、すぐに店が潰れてしまうだろう。商業ギルドの契約なんかで利権を守って、レシピを秘匿しているんだろうな。
もう一口、口に含んで考える。バターと、リゴの実と砂糖と……似たような物なら作らせることができるかな?
こんなものを作ってほしいと、後で手紙に書きとめて領地に送ることに決めた。
上手くいけば領地に帰る頃には、美味しいリゴの実パイが再現できていることだろう。
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