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対抗戦予選
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昼を過ぎた頃、俺達は人一人がすれ違うのがやっとの、細い通路を進んでいた。
「こんなところで他のチームと出会ったら、嫌っスねえ」
「縁起でもないことを言わないでよ、テオ」
本当に起こったらどうしてくれるのさ、まったく。
突然、テオの足が止まり、くんくんと鼻をならす。
「あ、まずい。誰か向こうから来るっス」
「引き返そう」
「ごめんなさいボス、もう見られたっス……」
土埃が酷いせいか、自慢の鼻もきかなかったのだろう。どこの誰だ……と目を凝らすと、そこに現れたのは、騎士服をまとったヴァレリオだった。
「待て、ナダル打つな」
弓を構えて俺の胸元を狙った鼠獣人のことを、ヴァレリオが止めた。灰色髪の小柄な彼は、三白眼をヴァレリオに向ける。
「なぜだ」
「クインシーには危害を加えないと、約束したんだ」
堂々と姿を見せ歩み寄ってくる彼に、レジオットが俺にそっと囁く。
「先手を打ちましょうか」
「いいや、待機していてくれ。彼は大丈夫だ」
「わかりました」
ヴァレリオはフッと柔らかい笑みを浮かべて、俺に語りかけた。
「まだ生き残っていたようで、なによりだ」
「ヴァレリオ、君もね」
「そこを通してくれないか。地上に戻りたいんだ」
ハッと彼の顔を凝視した。ヴァレリオは笑みをたたえたまま、不敵に俺を見下ろしている。
もう鍵を三つ集めたのか……! 驚愕が表情に出てしまうのを自覚しながらも、めまぐるしく思考した。
今、無防備にも真正面にいるヴァレリオの胸の鏡を、手に持ったレイピアで突いてしまえば……
通路は狭く、避けるスペースはほとんどない。上手くいけば一撃で鏡を割ることができる。
俺は葛藤した。約束を破るつもりか。そんなの勝手に向こうが言いだしたことじゃないか。だが、卑怯者とそしられてまで、やり遂げたいのか。
彼との結婚は望んでいない。けれど、彼が俺に向ける信頼を……裏切りたくもない。
……数秒だったかもしれないし、一分以上長考していたような気もする。俺は一歩引いて、彼に道を譲った。
ヴァレリオは笑みを深くした。その顔には、俺に手荒な真似をせずにすんだと、安堵の念が浮かんでいた。
悔しいような、誇らしいような、これを逃したら手遅れになりそうな、そんな複雑な気分でヴァレリオとすれ違う。
「ありがとう」
俺の肩に手を置いて、通りすぎていくヴァレリオ。その腕を掴んで八つ当たりしたい衝動に駆られたが、なんとかやり過ごして、彼のパーティメンバーの動きを警戒した。
ヴァレリオに逆らってまで俺を攻撃する者はおらず、彼らは去っていった。
イツキが彼らの背を見つめて、不思議そうな顔をしながら俺に問いかけた。
「あれでよかったのか?」
「……うん。急ごう。鍵はあと五つしかない」
なんとしても、鍵を見つけだすんだ。どうか見つかってくれ……!
俺の切なる願いが通じたのか、その日の夜に野営をしようと安全を確認した場所で、黄色の鍵を見つけた。通路の端にある、不自然な石の陰にあった。
「あった……! ありましたよボス!」
「あったね。よかったよ……」
あんまりに見つからないものだから、主催者が鍵を設置し忘れたのかと疑っていたところだ。すぐに黄色の鍵を魔月鏡に登録する。
「これで後は青の鍵だけだ。明日の朝、引き返して探そう」
今日は体力を考えてここで夜を明かすが、三十階層以下は滞在するだけで、鏡を割る危険性が高い危険ゾーンだ。
道は悪いし、罠も多いし、人と会ったら逃げにくい。
同じ人と会うにしても、二十九とか八とかの階層まで降りた方が、まだ視界も晴れるし戦いやすそうだ。ついでに鍵も探せるしね。
ぐっすり眠った次の日、ヴァレリオと会った細い道を引き返していると、テオが困惑した表情で振り向いた。
「ボス、おそらくこの通路の先に誰かいるっス」
「ヴァレリオの匂いが残ってるんじゃない?」
「昨日の騎士様とは違う匂いっスね。なんていうか……爽やかな果実のような匂いがしますよ」
誰だろう、爽やかな果実のような匂いに当てはまる貴族を思い浮かべてみる。うーん、セルリアンだろうか。
もしも彼であれば、条件次第では交渉ができるかもしれない。優勝を目指していない彼なら、実力行使で鍵を奪おうとしない気がする。
「行ってみよう、上手くいけば何か情報が得られるかもしれない」
狭い通路から、テオが警戒しつつ忍び足で出ていった。カイル君とイツキが続いても、特に攻撃をしてくる気配はない。
「あれ、そこにいるのは誰ですか? 知ってる匂いがしますね、もしかしてクインシー様でしょうか」
「セルリアン、ここにいたんだね」
姿は見せずに声だけで会話をする。セルリアンはマイペースに俺のことを呼んだ。
「別にとって食いはしませんので、こちらへどうぞ」
「本当に? 顔を見せた瞬間、矢尻が飛んできたりしない?」
「しませんよ。お茶休憩中なんです。そんなことしたら、お茶が台無しになるじゃないですか」
テオに確認をとると、彼は頷いた。
「優雅に脚を組んで、お茶を啜ってますよ」
ええ……ダンジョン内でなにしてるのさ。俺が姿を見せると、セルリアンは話していた通りに、ダンジョンの岩に腰かけカップを傾けていた。
「そこの君、クインシー様にお茶を淹れて差し上げなさい」
セルリアンが、自分の部下らしき獣人に指示するのを、手で制する。
「俺の分は淹れなくていいよ、すぐにお暇するから」
「そうですか? ゆっくりしていくと、いいことがあるかもしれませんよ」
ゆったりとした口調でそう告げたセルリアンが、懐から青い鍵を取りだす。
青い鍵だ! 喉から手が出るほどほしい。だがそうと気取られないように、なんてことない顔で微笑んでみせた。
「へえ、すごいね。見つけたんだ」
「ええ。貴方は青い鍵を手に入れていますか?」
「残念ながら、まだなんだよ」
「それは僥倖。ではこの鍵と引き換えに、マーシャル辺境伯に口利きをしてもらえませんか」
なるほど、領地の順位で得られる名誉より、実利を選ぶってことだね。セルリアンらしい選択だ。
「こんなところで他のチームと出会ったら、嫌っスねえ」
「縁起でもないことを言わないでよ、テオ」
本当に起こったらどうしてくれるのさ、まったく。
突然、テオの足が止まり、くんくんと鼻をならす。
「あ、まずい。誰か向こうから来るっス」
「引き返そう」
「ごめんなさいボス、もう見られたっス……」
土埃が酷いせいか、自慢の鼻もきかなかったのだろう。どこの誰だ……と目を凝らすと、そこに現れたのは、騎士服をまとったヴァレリオだった。
「待て、ナダル打つな」
弓を構えて俺の胸元を狙った鼠獣人のことを、ヴァレリオが止めた。灰色髪の小柄な彼は、三白眼をヴァレリオに向ける。
「なぜだ」
「クインシーには危害を加えないと、約束したんだ」
堂々と姿を見せ歩み寄ってくる彼に、レジオットが俺にそっと囁く。
「先手を打ちましょうか」
「いいや、待機していてくれ。彼は大丈夫だ」
「わかりました」
ヴァレリオはフッと柔らかい笑みを浮かべて、俺に語りかけた。
「まだ生き残っていたようで、なによりだ」
「ヴァレリオ、君もね」
「そこを通してくれないか。地上に戻りたいんだ」
ハッと彼の顔を凝視した。ヴァレリオは笑みをたたえたまま、不敵に俺を見下ろしている。
もう鍵を三つ集めたのか……! 驚愕が表情に出てしまうのを自覚しながらも、めまぐるしく思考した。
今、無防備にも真正面にいるヴァレリオの胸の鏡を、手に持ったレイピアで突いてしまえば……
通路は狭く、避けるスペースはほとんどない。上手くいけば一撃で鏡を割ることができる。
俺は葛藤した。約束を破るつもりか。そんなの勝手に向こうが言いだしたことじゃないか。だが、卑怯者とそしられてまで、やり遂げたいのか。
彼との結婚は望んでいない。けれど、彼が俺に向ける信頼を……裏切りたくもない。
……数秒だったかもしれないし、一分以上長考していたような気もする。俺は一歩引いて、彼に道を譲った。
ヴァレリオは笑みを深くした。その顔には、俺に手荒な真似をせずにすんだと、安堵の念が浮かんでいた。
悔しいような、誇らしいような、これを逃したら手遅れになりそうな、そんな複雑な気分でヴァレリオとすれ違う。
「ありがとう」
俺の肩に手を置いて、通りすぎていくヴァレリオ。その腕を掴んで八つ当たりしたい衝動に駆られたが、なんとかやり過ごして、彼のパーティメンバーの動きを警戒した。
ヴァレリオに逆らってまで俺を攻撃する者はおらず、彼らは去っていった。
イツキが彼らの背を見つめて、不思議そうな顔をしながら俺に問いかけた。
「あれでよかったのか?」
「……うん。急ごう。鍵はあと五つしかない」
なんとしても、鍵を見つけだすんだ。どうか見つかってくれ……!
俺の切なる願いが通じたのか、その日の夜に野営をしようと安全を確認した場所で、黄色の鍵を見つけた。通路の端にある、不自然な石の陰にあった。
「あった……! ありましたよボス!」
「あったね。よかったよ……」
あんまりに見つからないものだから、主催者が鍵を設置し忘れたのかと疑っていたところだ。すぐに黄色の鍵を魔月鏡に登録する。
「これで後は青の鍵だけだ。明日の朝、引き返して探そう」
今日は体力を考えてここで夜を明かすが、三十階層以下は滞在するだけで、鏡を割る危険性が高い危険ゾーンだ。
道は悪いし、罠も多いし、人と会ったら逃げにくい。
同じ人と会うにしても、二十九とか八とかの階層まで降りた方が、まだ視界も晴れるし戦いやすそうだ。ついでに鍵も探せるしね。
ぐっすり眠った次の日、ヴァレリオと会った細い道を引き返していると、テオが困惑した表情で振り向いた。
「ボス、おそらくこの通路の先に誰かいるっス」
「ヴァレリオの匂いが残ってるんじゃない?」
「昨日の騎士様とは違う匂いっスね。なんていうか……爽やかな果実のような匂いがしますよ」
誰だろう、爽やかな果実のような匂いに当てはまる貴族を思い浮かべてみる。うーん、セルリアンだろうか。
もしも彼であれば、条件次第では交渉ができるかもしれない。優勝を目指していない彼なら、実力行使で鍵を奪おうとしない気がする。
「行ってみよう、上手くいけば何か情報が得られるかもしれない」
狭い通路から、テオが警戒しつつ忍び足で出ていった。カイル君とイツキが続いても、特に攻撃をしてくる気配はない。
「あれ、そこにいるのは誰ですか? 知ってる匂いがしますね、もしかしてクインシー様でしょうか」
「セルリアン、ここにいたんだね」
姿は見せずに声だけで会話をする。セルリアンはマイペースに俺のことを呼んだ。
「別にとって食いはしませんので、こちらへどうぞ」
「本当に? 顔を見せた瞬間、矢尻が飛んできたりしない?」
「しませんよ。お茶休憩中なんです。そんなことしたら、お茶が台無しになるじゃないですか」
テオに確認をとると、彼は頷いた。
「優雅に脚を組んで、お茶を啜ってますよ」
ええ……ダンジョン内でなにしてるのさ。俺が姿を見せると、セルリアンは話していた通りに、ダンジョンの岩に腰かけカップを傾けていた。
「そこの君、クインシー様にお茶を淹れて差し上げなさい」
セルリアンが、自分の部下らしき獣人に指示するのを、手で制する。
「俺の分は淹れなくていいよ、すぐにお暇するから」
「そうですか? ゆっくりしていくと、いいことがあるかもしれませんよ」
ゆったりとした口調でそう告げたセルリアンが、懐から青い鍵を取りだす。
青い鍵だ! 喉から手が出るほどほしい。だがそうと気取られないように、なんてことない顔で微笑んでみせた。
「へえ、すごいね。見つけたんだ」
「ええ。貴方は青い鍵を手に入れていますか?」
「残念ながら、まだなんだよ」
「それは僥倖。ではこの鍵と引き換えに、マーシャル辺境伯に口利きをしてもらえませんか」
なるほど、領地の順位で得られる名誉より、実利を選ぶってことだね。セルリアンらしい選択だ。
応援ありがとうございます!
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