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対抗戦に向けての社交
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俺はテオの肩を叩いて、なんでもないように笑いかけた。
「大丈夫、君が気にすることは何もないから。俺には新しい婚約者もいることだし、どっちにしろイツキとは結ばれない運命だったんだ」
「そうっスけど……でもボス、その新しい婚約者のことも嫌なんっスよね?」
「それがさあ、意外と悪いやつじゃなかったんだよなあ。結婚はともかく、友達になるくらいはいいかなって思ってるよ」
「へー、そうなんっスね! ボスが思ったより楽しそうで、よかったっス!」
満面の笑みで尻尾を振りたくるテオに、意外に思って問い返した。
「楽しそう? そう見える?」
「え? はい。だって今、尻尾がくねってしてましたよ」
テオ、よく見てるね。気を抜いていたから、尻尾に一瞬表れた感情を、彼は見抜いたらしい。
そっか、ヴァレリオと過ごすのが楽しいのか、俺……そっかあ。
俺は手元の手紙を見下ろし、便箋を取りだして、返事を書きはじめた。
*
聖火祭当日は、年内最終日でもある。少しやり残したことがあったため、今日は朝のうちに王城に出向く予定だ。
イツキとは朝食の席で出くわしたが、挨拶もそこそこに家を出てきてしまった。
これから彼は、カイル君の告白を受けるんだよねえ……やっぱりちょっと、胸が切なくなる。
未練を振りはらうように、足早に魔車に乗りこむ。魔車は雪の降る街を静かに駆けた。
王城は普段より閑散としていた。すでに仕事を終わらせた貴族が多いのだろう。
借りっぱなしだった、王宮図書館の本を返しにきただけだから、俺も用事を終えたらすぐに帰ろう。
静かな廊下に、コツコツと靴音が鳴り響く。誰もいない廊下を渡り図書館の扉を開くと、意外なことに先客がいた。
「ん? マーシャル卿か。こんな日に王城で出会うとは奇遇なことだ」
「レオンハルト殿下……! ご無沙汰しております」
ライオネル陛下の第一子であり、王太子であらせられる、レオンハルト・ド・ダーシュカ王子が、椅子に腰かけて本を開いていた。
ライオン獣人である彼は、燃えるような赤毛と力強い金の瞳が印象的だ。
彼の堂々とした態度は、俺より若い上にリラックスした姿勢をとっていても、畏怖を抱くほど気迫に溢れて見える。
いきなりの対面に息をのむ俺とは違い、彼は好意的に俺に声をかけた。
「なんだ、本を返しにきたのか。遠慮せず中に入りたまえ」
「では、お言葉に甘えて失礼します」
「固いな。内輪の話で聞くところによると、マーシャル卿は私の従兄弟の婚約者として、打診されているようじゃないか。もっと砕けてもらっていい」
いやあ、ちょっとご遠慮したいかなー? そもそもまだ婚約者じゃない、赤の他人だよね俺達……と内心思うが、殿下のお言葉に逆らうわけにはいかない。
「わかりました、殿下。俺のことはどうぞ、クインシーとお呼びください。婚約の話は陛下からお聞きになったのですか?」
「そうだ」
ああもう陛下ってば……どこまで話を広める気なんだ、ヴァレリオはもっと情報規制をがんばってくれよ!
……なんて八つ当たりしてみたけれど、わかってる。彼だって王族相手に、おいそれと反論はできないだろう。
殿下はまだ民との距離も近くて接しやすいが、陛下は頭ガッチガチの頑固オヤジだしね。軽く進言したくらいじゃ、聞き入れられないんだろうなと想像はつく。
せめてレオンハルト殿下の誤解は解いておこうと、俺は困ったように笑いながら返答した。
「まだそうと決まったわけではありませんので、そう先走らないでくださいよ」
「そうか? ヴァレリオは大層乗り気に見えたが。彼が本気を出して仕留められない相手は、いないように私は思う」
あー、殿下ももう俺達の婚約は、半ば決定事項だと思ってるんだね……俺は男の婚約者なんて、遠慮したいんだけどな。
「そうでしょうか……」
「ふむ、クインシー、お前はあまり乗り気ではなさそうだな。まあいい、なるようになるだろう」
彼が話を切りあげたので本を返すと、殿下はヒラリと手を振った。
「対抗戦予選では私が挨拶をする予定だから、また会おう。恵みに満ちた新年を過ごせ」
「はい、それではまたお会いしましょう。殿下にも、恵みに満ちた新年が訪れるように祈っております。では失礼します」
年末の定型文を交わしあって退出する。ふう、いきなり偉い人と会って、変な汗かいちゃったよ。
そっか、ヴァレリオとまかり間違って結婚した場合は、あの人とも関係が近くなるのか。いやあ、怖いなあ。殿下って迫力がありすぎるから。
やっぱり俺は、領地で兄様の右腕として彼を支えつつ、気楽に生きるのがあってると思うんだよねえ。
領地のみんなは元気かな。マーシャル領はここより寒いから、風邪なんて引いていないといいけど。
俺の婚約話は、そろそろ父様達にも伝わった頃だろうか。あっちはすでに雪深いから、手紙が届くのも遅いかもしれない。
魔道話で領地ともっと連絡をとりたいけど、魔力の節約のために、火急の要件にしか使用するなって言われてるんだよなあ。
婚約がさ……と父様に話した時点で、自分でなんとかしてくれって言われちゃったしな。前の婚約者の話のことだと、勘違いされたっぽいね。
じゃあそうするよってわざと伝えなかったから、今頃領地の父様は、新しい婚約話にびっくり仰天しているかもしれない。
ちゃんと最後まで話を聞かないからさ。年が明けた頃には、父様から魔道話がかかってくるかな? どんな反応をしてくれるのかなあ。
考え事をしつつ歩いていると、遠くの中庭にいるヴァレリオの姿をみつけた。背が高く体格もいいから、どこにいても目に入ってしまうな。
ライオネル陛下につき従う彼は、俺の前で見せる甘い顔ではなく、騎士の顔をしていた。仕事中だしね。
じっと視線を注いでいると、バチっと目があった。彼は一瞬驚いた後、愛おしげに俺を見つめて微笑みを浮かべた。
後でな、と口の動きだけで伝えて、スッとまた表情を戻したヴァレリオは、陛下を守りながら去っていった。
「うわ、なんか、恥ずかしいヤツ……」
俺はごにょごにょと独り言を漏らしつつ、足を早めた。
ヴァレリオは仕事を終えたら邸を訪ねてくるだろう。それまでに、彼を迎える準備をしておかなくちゃな。
「大丈夫、君が気にすることは何もないから。俺には新しい婚約者もいることだし、どっちにしろイツキとは結ばれない運命だったんだ」
「そうっスけど……でもボス、その新しい婚約者のことも嫌なんっスよね?」
「それがさあ、意外と悪いやつじゃなかったんだよなあ。結婚はともかく、友達になるくらいはいいかなって思ってるよ」
「へー、そうなんっスね! ボスが思ったより楽しそうで、よかったっス!」
満面の笑みで尻尾を振りたくるテオに、意外に思って問い返した。
「楽しそう? そう見える?」
「え? はい。だって今、尻尾がくねってしてましたよ」
テオ、よく見てるね。気を抜いていたから、尻尾に一瞬表れた感情を、彼は見抜いたらしい。
そっか、ヴァレリオと過ごすのが楽しいのか、俺……そっかあ。
俺は手元の手紙を見下ろし、便箋を取りだして、返事を書きはじめた。
*
聖火祭当日は、年内最終日でもある。少しやり残したことがあったため、今日は朝のうちに王城に出向く予定だ。
イツキとは朝食の席で出くわしたが、挨拶もそこそこに家を出てきてしまった。
これから彼は、カイル君の告白を受けるんだよねえ……やっぱりちょっと、胸が切なくなる。
未練を振りはらうように、足早に魔車に乗りこむ。魔車は雪の降る街を静かに駆けた。
王城は普段より閑散としていた。すでに仕事を終わらせた貴族が多いのだろう。
借りっぱなしだった、王宮図書館の本を返しにきただけだから、俺も用事を終えたらすぐに帰ろう。
静かな廊下に、コツコツと靴音が鳴り響く。誰もいない廊下を渡り図書館の扉を開くと、意外なことに先客がいた。
「ん? マーシャル卿か。こんな日に王城で出会うとは奇遇なことだ」
「レオンハルト殿下……! ご無沙汰しております」
ライオネル陛下の第一子であり、王太子であらせられる、レオンハルト・ド・ダーシュカ王子が、椅子に腰かけて本を開いていた。
ライオン獣人である彼は、燃えるような赤毛と力強い金の瞳が印象的だ。
彼の堂々とした態度は、俺より若い上にリラックスした姿勢をとっていても、畏怖を抱くほど気迫に溢れて見える。
いきなりの対面に息をのむ俺とは違い、彼は好意的に俺に声をかけた。
「なんだ、本を返しにきたのか。遠慮せず中に入りたまえ」
「では、お言葉に甘えて失礼します」
「固いな。内輪の話で聞くところによると、マーシャル卿は私の従兄弟の婚約者として、打診されているようじゃないか。もっと砕けてもらっていい」
いやあ、ちょっとご遠慮したいかなー? そもそもまだ婚約者じゃない、赤の他人だよね俺達……と内心思うが、殿下のお言葉に逆らうわけにはいかない。
「わかりました、殿下。俺のことはどうぞ、クインシーとお呼びください。婚約の話は陛下からお聞きになったのですか?」
「そうだ」
ああもう陛下ってば……どこまで話を広める気なんだ、ヴァレリオはもっと情報規制をがんばってくれよ!
……なんて八つ当たりしてみたけれど、わかってる。彼だって王族相手に、おいそれと反論はできないだろう。
殿下はまだ民との距離も近くて接しやすいが、陛下は頭ガッチガチの頑固オヤジだしね。軽く進言したくらいじゃ、聞き入れられないんだろうなと想像はつく。
せめてレオンハルト殿下の誤解は解いておこうと、俺は困ったように笑いながら返答した。
「まだそうと決まったわけではありませんので、そう先走らないでくださいよ」
「そうか? ヴァレリオは大層乗り気に見えたが。彼が本気を出して仕留められない相手は、いないように私は思う」
あー、殿下ももう俺達の婚約は、半ば決定事項だと思ってるんだね……俺は男の婚約者なんて、遠慮したいんだけどな。
「そうでしょうか……」
「ふむ、クインシー、お前はあまり乗り気ではなさそうだな。まあいい、なるようになるだろう」
彼が話を切りあげたので本を返すと、殿下はヒラリと手を振った。
「対抗戦予選では私が挨拶をする予定だから、また会おう。恵みに満ちた新年を過ごせ」
「はい、それではまたお会いしましょう。殿下にも、恵みに満ちた新年が訪れるように祈っております。では失礼します」
年末の定型文を交わしあって退出する。ふう、いきなり偉い人と会って、変な汗かいちゃったよ。
そっか、ヴァレリオとまかり間違って結婚した場合は、あの人とも関係が近くなるのか。いやあ、怖いなあ。殿下って迫力がありすぎるから。
やっぱり俺は、領地で兄様の右腕として彼を支えつつ、気楽に生きるのがあってると思うんだよねえ。
領地のみんなは元気かな。マーシャル領はここより寒いから、風邪なんて引いていないといいけど。
俺の婚約話は、そろそろ父様達にも伝わった頃だろうか。あっちはすでに雪深いから、手紙が届くのも遅いかもしれない。
魔道話で領地ともっと連絡をとりたいけど、魔力の節約のために、火急の要件にしか使用するなって言われてるんだよなあ。
婚約がさ……と父様に話した時点で、自分でなんとかしてくれって言われちゃったしな。前の婚約者の話のことだと、勘違いされたっぽいね。
じゃあそうするよってわざと伝えなかったから、今頃領地の父様は、新しい婚約話にびっくり仰天しているかもしれない。
ちゃんと最後まで話を聞かないからさ。年が明けた頃には、父様から魔道話がかかってくるかな? どんな反応をしてくれるのかなあ。
考え事をしつつ歩いていると、遠くの中庭にいるヴァレリオの姿をみつけた。背が高く体格もいいから、どこにいても目に入ってしまうな。
ライオネル陛下につき従う彼は、俺の前で見せる甘い顔ではなく、騎士の顔をしていた。仕事中だしね。
じっと視線を注いでいると、バチっと目があった。彼は一瞬驚いた後、愛おしげに俺を見つめて微笑みを浮かべた。
後でな、と口の動きだけで伝えて、スッとまた表情を戻したヴァレリオは、陛下を守りながら去っていった。
「うわ、なんか、恥ずかしいヤツ……」
俺はごにょごにょと独り言を漏らしつつ、足を早めた。
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