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対抗戦に向けての社交

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 チラリとヴァレリオの顔を見上げる。期待に満ちた目で見返された。

「うーん……そうだなあ」
「俺のことをヴァルと呼んでくれるのでもいい。そうでなければ、ヴィーとでも」
「ヴィー?」

 なんだか、やけに呼んでみたくなる愛称だった。呼ばれたと思ったヴァレリオは、パッと表情を明るくした。

「なんだ、クインシー」
「勘違いしないでくれ。呼んだわけじゃないから」
「そうだったか……」

 隠しきれない落胆を示すヴァレリオに、なんだか悪い気がしてくる。嫌いじゃないんだよねえ、こういう素直な感情を表現してくれるのは。

 少し迷って、妥協案を口にした。

「だったら、領地対抗戦の予選で俺より先に地上に戻れたら、愛称で呼んでもいいよ」
「本当か! 楽しみだ」

 あ、もう勝つ気でいるんだ。よっぽど強くて信頼できる味方を揃えられているんだな、きっと。

「自信があるみたいだね。なんでもネズミ勇者を、味方に引き入れたとか聞いたよ」
「ああ、実はそうなんだ。彼の実力は本物だ、俺も頼りにしている」

 ほう、そこまでヴァレリオが評価するってことは、かなりの実力者なんだ。

 わざわざ私兵や部下を使うのではなく、外部から平民をスカウトしてくるあたり、本気さを感じるよね。イツキやカイル君と、どっちが強いのかな。

「俺のパーティにも実は、小型獣人がいるんだよね」
「……兎か?」
「ご名答。よくわかったね」

 もしや情報がどこかから漏れている? イツキを貴族の前に出したりしてないんだけどな。母様には会わせたことがあるけど、まさか彼女が情報を売るわけないし。

 ……いや、穿ちすぎだな。俺がやたらと兎獣人が好みだとか、耳が好きだとか言いふらしていたから、それでだろう。

 ヴァレリオが真剣な瞳を俺に向けた。

「その彼が、貴方の想い人なのか」
「あー、まあ、そうだね」

 ごめんイツキ、バレちゃった。貴族の事情に巻きこまれたくなさそうな彼に迷惑をかけるのは本意ではないので、フォローしておく。

「元々俺の片想いだったんだ。もう進展も望めなさそうだし、そっとしておいてほしいな」
「君が振られたのか?」

 やけに踏みこんでくるなあ。それだけ気になっているってことなのだろう。俺は自嘲気味に笑いながら、首を横に振った。

「いや、それ以前の問題。彼にも他に好きな人がいたってだけだよ」
「そうか……また衝動的に、誰かを宿に引きこんではいないだろうな」
「だからしてないってば。しつこいよ君」

 魔道話でも毎回どこにいる? って位置確認してきたよね。信用がないなあ。

「あんなことしたのは君が初めてだよ」
「そうか」

 嬉しそうにするヴァレリオ。尻尾が少し左右に触れている。ああもう、憎めないなあ、そういうところ。

 彼は辺りを見渡して、名残惜しそうに俺を見つめた。

「対抗戦の予選がはじまる前に、また時間を見つけて会いにいく」
「忙しいならわざわざ来なくていいけど」
「いや、絶対に行く。ではまたな」

 ヴァレリオは薄く微笑むと、また社交に戻っていった。俺も他の貴族と交流して、情報を集めなければ。

 目当ての貴族と話をしたり、婚約破棄について知りたいというご婦人の対応をしていると、時間はあっという間にすぎた。





 翌々日の朝、眠い頭でぼんやり朝食を噛んで飲みくだし、どうもシャッキリしない意識のまま仕事をこなしていると、昼頃にラテナが手紙を持ってきた。

「あ、早速きてる」

 バルトフォス家の紋章を確かめてから、ペーパーナイフで手紙を開いた。

 魔道話でも話をしてるのに、邸に訪問するからには手紙を書くって宣言して、わざわざ書いたんだよね。本当、真面目だなあ。

 前回と同じ、お堅めの文章で書かれている。しかし内容は甘く、俺を褒める言葉が羅列され、愛の口上が書き連ねられていた。恥ずかしいやつだなあ。

 むずむずする口角を引き結びながら読み進めると、最後の方に次回会いたい日について、日付の指定があった。

『聖火祭は元来家族や親しい者と過ごす催しだが、貴方の家族は、領地で年を明かす予定なのだろうと推察する。俺が貴方と共に過ごす権利を得てもよいだろうか』

 ええー……どうしよっかなあ。アイツ、ぐいぐい来るよね。俺が婚約解消したくなくなるのを、狙ってるんだろうなあ。

 正直、絆されはじめている自覚はある。あるんだけど、でもやっぱり俺は兎獣人の方が好みだし、豹獣人の女性と結婚して、兄様を支えるって目標も捨てがたい。

 断ろうかな……と考えていると、やたらにこにこ顔のテオが扉を開けて、休憩から戻ってきた。

「なにかあった? やけに機嫌がいいね」
「いやー、青春っていいっスねボス! なんか俺も恋したくなっちゃいました」

 もうね、ピンときたよ。テオが喜ぶような恋の話といったら、あの二人のことで間違いない。

「……イツキとカイル君の話かな」
「えっ!? いやいやいや、一般論っス。そう、さっき実は恋愛小説を読んでいてですね」
「君、前に恋愛小説は苦手だから読まないって言ってなかったっけ」
「あ、それは……気が変わったんっスよう……」

 尻尾を低くして、ゆるりと振っているテオからは、嘘が見破られそうだという不安が、如実に感じられる。

 下手な言い訳をする彼にトドメを刺すべく、言葉を投げた。

「で、なにがあったのかな? ついにイツキが告白でもされたとか?」
「ななな、なんで知ってるんっスか!?」
「君の態度から、何が起こったか大体推測がつくよ」

 あーあ、ついにあの二人もくっついちゃうのか。落胆したけれど、前ほどの衝撃はなかった。

 観念したテオは、諦めて詳細を教えてくれた。

「その……俺も二人はとっくに、つきあってるものと思ってたんですがね。今度の聖火祭の日に、告白の返事をするらしいっスよ」
「そっかー、ショックだなあ」
「そうっスよね、ボスはイツキの旦那のこと、気に入ってましたもんね……」

 なぜか俺よりしょんぼりと肩を落とすテオ。まったく、俺の部下は主人思いだなあ。
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