新婚約者は苦手な狼獣人!? 〜婚約破棄をがんばりたいのに、溺愛してきて絆されそうです

兎騎かなで

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対抗戦に向けての社交

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 ロバートは眠たげな目蓋をこさえた半眼のまま、わざとらしく俺に目礼した。

「おや、今年も君が領地対抗戦に出場するんだね、クインシー」
「やあロバート。もちろん、そのつもりでマーシャルから出てきたんだ」
「あんな辺鄙なところから、わざわざご苦労なことだ」
「その言葉、そっくり君に返すよ」

 タルモ領だって国境沿いにあるし、マーシャル領の真下だから、そう王都との距離は変わらないだろ?

 ほんのちょっとの距離の差で貶すとか、逆に他に貶せるところがないっていう、新手の褒め言葉かと思えてきちゃうよ。

 彼の嫌味に皮肉な感想を抱いていると、ロバートは嫌味ったらしい口調で、会話を続けた。

「俺の憧れの人が今回出場するから、君が優勝することはあり得ないと言っておくよ」

 その発言、つまり自分で勝つ気はないのかな?
 憧れの人が誰なのかも少し気になるが、あまり会話を続けたくない相手なので、適当に流しておくことにする。

「ふうん、そうなんだ」
「今年こそ君を負かすつもりだから、覚悟して待っていてくれ」

 あ、一応俺に勝つ気はあるんだね。もったいぶった話し方をするから、話の要点がどこにあるかわからなくてまどろっこしいなあ。

 俺に突っかかってくる暇があったら、憧れの人とやらと仲良くなった方が、よほど有意義だとおもうんだけどな。

「毎年毎年俺ばっかり目の敵にして、よく飽きないね。いい加減他の趣味を見つけたら?」
「趣味じゃない、真剣勝負だ! 今年は僕が必ず勝つ」

 君それ、去年も同じセリフをいって、見事に俺に負けて大泣きしてたじゃないか。懲りないやつだなあ。

 ちくちくと面倒くさい妨害をしかけられるから、こいつの戦い方は嫌いなんだよねえ。今年は見つけ次第、早めに戦闘不能にしてしまおう。

 言いたいだけ言って去っていく背中から視線を外し、思考を切りかえる。さあて、誰と交流しておくべきだろうか。まずは元々親交のある貴族からだな。

 社交に勤しんでいると、視界の端に黒い狼耳が映った。ヴァレリオも来ているのか。

 ヴァレリオとは、あの魔道話をもらった夜以降会っていない。魔道話越しでは二、三日に一回程度、短い時間話をしたが。

「どなたか気になる方でも、いらっしゃるのですか?」

 ちょうど今話していた、リーシュア伯爵家の次男であるセルリアンが、長い銀髪をサラリと揺らした。

 雪豹の獣人である彼は儚げな印象がして、同じ豹獣人でも俺より細く見える。俺はサッと彼に視線を戻して非礼を詫びた。

「ああ、ごめん。他の参加者のことが気になっていたんだ」
「そうですか。私はほどほどにがんばって、雪がなくなり次第領地に戻りたいと思っていますが、クインシー様は熱が入っていますね」

 どこか掴みどころのない彼ら一族は、名誉や体面を気にせず、領地の特産物で勝負している。

 それは一定の成功を収めているから、今更領主対抗戦で躍起にならずとも問題ないのだろう。そういう生き方もアリっちゃアリだよねえ。

 ちょっと羨ましく思いながらも、ワイングラスを傾け一口含んだ。

「今年は優勝を目指しているからね」
「そうなんですか。優勝とは大きく出ましたね……がんばってください、上手くいくといいですね」

 普通ならここでパーティメンバーの情報について探りを入れられる場面だが、セルリアンは本当に上を目指す気がないらしい。

 そろそろ強豪領地の子息に探りを入れなきゃな。セルリアンと別れて次に話す相手を見繕っていると、トビアスに話しかけられた。

 黒の混じった金髪を後ろに撫でつけた彼は、俺を見つけて気さくに笑った。

「クインじゃないか。精がでるな」
「トビアス、やっぱり君も来ていたんだね」
「こんな重要な夜会を、サボるわけがなかろう」

 そりゃそうだ。目端の利く彼が、今宵顔を出さないはずがなかった。

 彼はチーターの耳を周囲に向けながら、ニヤリと笑って小声で話した。

「ところで、耳寄りな情報を仕入れてきたんだが、聞きたいか」
「どうせそれ、高くつくんだろう?」
「いや、お前の反応が面白かったら、それで充分元がとれる」

 けったいな言い方をされたが、どうやら最初から教えてくれる気があるらしい。潜めた声で内容を告げられる。

「ヴァレリオ卿が、奇跡のネズミ勇者をパーティに引き入れたらしいぞ」
「奇跡のネズミ勇者って……鼠獣人の探索者で有名な人がいたよね確か、そいつのこと?」
「そうだ。一時期彼の冒険物語が、貴族の間でも流行っただろう」
「幻の竜を倒したとかいうアレだよね。ずいぶん脚色されてるなあって思ったけど、実力は確かなのかな」
「さあな。だが、面白いだろう?」

 にんまりとトビアスが笑う。まあ、そうだね。小型獣人は数が多いが最弱で、強さを尊ぶ気質のあるダーシュカ王国では軽く扱われやすい。

 そんな中でも一定以上の評価をされているんだから、その鼠獣人はよほど強いか、立ち回りが上手いのだろう。

「へえ、参考になったよ」
「そうだろう? ヴァレリオ卿に探りを入れたくなってきただろう。私のことは置いて、行ってきてもいいんだぞ」
「君、本音はそっちか」

 俺とヴァレリオを応援している様子のトビアス。いったい何の利があって、彼に協力しているんだか。

 半眼でトビアスを見つめていると、彼は俺の背後に視線を移して、ポンと俺の肩を叩いた。

「じゃあなクイン、邪魔者は退散するとしよう」
「トビアス」

 呼びとめても歩みを止めず、彼は行ってしまった。背後に迫ってきていたヴァレリオに、間髪入れずに話しかけられる。

「すまない、邪魔をしたか?」
「別にいいよ、彼が言い逃げをしただけだから」
「そうか」

 ヴァレリオは去っていくトビアスに、羨ましそうな視線を一瞬向けて、俺に目線を戻して苦笑した。

「彼とはずいぶん、打ち解けているんだな」
「まあね。子どもの頃から仲良くしてるんだ」
「そうだろうな……俺も貴方と、そうできたらよかったのに」

 本気で悔しそうにそんなことを口にするので、俺はクスリと笑った。

「君って、子どもの頃からそんなお堅い性格だったのか?」

 ヴァレリオは苦々しい顔をして、ゆるりと首を横に振った。

「いや、この話はよそう。ところで俺も君のことを、クインと呼んでもいいだろうか」
「えー……」

 ちょっと即答しずらいお願いだった。愛称で呼ばせるってさあ、めちゃくちゃ仲のいい間柄だってみなされるからね……彼とはまだ、そこまでの間柄じゃないよ。
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