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 そわそわとした表情のヴァレリオが、俺に問いかけた。

「俺も貴方の耳に触れてもいいだろうか」
「だめ」
「なっ……」

 ショックを受けるヴァレリオに、俺はにっこり笑って更に追いうちをかけてみた。

「ヴァレリオの耳も触りたいな、触っていい?」
「くっ、生殺しか……! しかし貴方が触ってくれるというなら、俺の答えは決まっている。いいぞ、存分に触るといい」

 ヤケクソのように許可されて、嬉々として耳を触るためにベッドの端に座った。

 狼獣人の耳は、兎獣人の耳とはやはり違った。なんていうか、ふわふわじゃない、硬い。俺がはあっとため息をつくと、ヴァレリオがピクリと反応する。

「ぜんっぜん、違うんだよねえ……」

 もふもふというよりは、硬めでサラサラした毛を無遠慮に撫でまわす。

「俺が好きな耳はこんな固くないしコシもなくて、もっとふわっふわで柔らかい毛質で……」
「悪かったな」

 拗ねたように腕を組むヴァレリオに、思わず笑い声が出た。わしゃわしゃと遠慮なく撫でつづけても、彼は震えながら耐えて文句一つ言わない。

「ふ……ふふ」
「なぜ笑っているんだ」
「律儀だよねえと思って」
「あまり調子に乗られると、理性が焼ききれて押し倒してしまうかもしれない」
「ええ、怖いなあ」

 そう言いながらも俺は、彼の耳を撫で続けた。官能を呼びおこすような触り方ではなく、幼児がおもちゃで遊ぶようなそれに、ヴァレリオも柔らかく笑みを漏らした。

「君は本当に、耳が好きなんだな」
「そうなんだよ。昔からなぜか耳が好きで好きで……あ、君のじゃなくて、兎獣人の耳がね」
「……わかっているさ」

 少し寂しげな顔をするヴァレリオに、さすがの俺も罪悪感がわいてきて、耳を触るのをやめた。

「どうした、もういいのか」
「もう気が済んだ。ありがとう」
「そうか、ならよかった」

 さっきまでの自暴自棄な気分が嘘のように、いつもの調子を取り戻した俺は、うーんと背伸びをしながら立ちあがった。

「なんだか気分がスッキリしたよ。さて、俺は便箋を買いにいく最中だったんだ。そろそろ行かなくちゃ店が閉まる」
「そうか、なら行ってくるといい」
「君は?」
「俺は……」

 ヴァレリオは決まり悪そうに視線を逸らした。なんだろう……と観察して、股間が盛り上がっているのに今更気づく。

「あ……ごめんね?」
「……いや、不可抗力だ」
「そうだろうねえ……」

 思いっきり性感帯を触りまくっちゃったからね。しかもこんな場所で。

 俺がごまかすように頬を掻いていても、彼は俺のせいだとかそういった類のことは、カケラも口にしなかった。

「君、そんなになっても、俺のことを襲わないなんて」

 ヘタレ、と言ってやろうかと思った。でも口から滑り出たのは、違う言葉だった。

「相当、俺のことを本気で……真剣に考えてくれてるんだね」
「そう言っているだろう。貴方のことが好きで、愛しているんだ」

 ポッと頬に熱が昇る。こっちまで恥ずかしくなるような、熱い気持ちが声から滲みでていた。

 そっとヴァレリオの顔をのぞきこむと、彼は欲情に塗れた視線で、真っ直ぐに俺のヘーゼルの瞳を射抜く。

 はあ、と漏れた彼のため息が熱くて、ドクンと胸が高鳴った。

 これ以上、この我慢強い獣の理性を試してはいけないと、危機感を覚える。それと同時に、きゅんと胸が痛くなるような心地がした。

「……?」
「どうした、そんなに顔を赤くして。やはり体調が悪いんだな?」
「そうじゃない。そうじゃないけど……」

 不可思議な心の動きに戸惑っているうちに、ヴァレリオは忍耐力を振り絞って、勃起をおさめたらしい。すごい精神力だ、同じ男として尊敬の気持ちを抱く。

 コートを羽織って身なりを整えた、黒づくめの狼獣人は、俺の持ってきていたマフラーを拾いあげた。

「使っていてくれたのか?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
「首に巻いていたと思ったが」
「見間違いじゃない?」

 あくまでも見間違いで通したい俺は、ニコリと卒のない笑みを顔に貼りつけた。ヴァレリオは俺を凝視した後、フッと笑う。

「では、そういうことにしておこう。このまま預かってもいいのか?」
「もちろん。元々君の物だからね」

 ちょっと惜しい気もしたが、まさか君の匂いがついた物を替わりに欲しいだなんて、恋人でもないのに言えやしない。絶対調子に乗るに決まっている。

 ヴァレリオは首にマフラーを巻くと、扉の方へと俺の背を押してエスコートした。

「便箋を買いに行くんだったな。つきあおう」
「え、いいよ。一人でいけるから」
「俺がクインシーと一緒にいたいんだ。同行させてくれ」

 今までであれば速攻で断っていただろうけど、今回はお世話になっちゃったしなあ……いいか、ヴァレリオのお願いも聞いてあげよう。

「わかった、いいよ」

 俺が許可を出すと、彼は綻ぶように笑って、またふぁっさふぁっさと大きな尻尾を振りはじめた。

 うーん、なんか彼のこと、悪くないなあって思えてきちゃったよ。結婚はごめんだけど、ヴァレリオ本人のことは嫌いじゃないなあ。

 便箋を無事に購入した後、食事に行こうと誘われたが、それは丁重に断って帰った。送るとも言われたが、それも辞退する。

「大丈夫、もう誰も宿に連れこむ気はないから」
「そんなことを言われたら、余計に送りたくなってしまうんだが……ちゃんとまっすぐ家に帰るんだぞ、わかっているな?」
「わかってるってば。じゃあねヴァレリオ。今日は助かった」

 我ながらどうかと思うくらい、軽率な真似をしてしまった。通りかかったのがヴァレリオで助かったな。

 人影のない道端で軽く手を振ると、彼は俺の腕を掴み、素早く唇を盗んだ。

「んっ!?」
「誰かに縋りたくなったら、俺を呼んでくれ」

 そして、手になにか固いものを握らせてくる。確認すると、それは最近貴族間で普及しはじめた、魔道話だった。

 魔道話は対になっていて、登録されている魔道話の相手と、遠距離にいても話すことができる魔道具だ。

 俺と話をしたいがために、特注したのだろうか。魔道話はとても高い、これ一つでマーシャル領の予算の、十分の一の値段がするんだ。

「こんな高価な物渡して、俺が通話に出なかったらどうするのさ」
「その時はまた直接会いにいく。今日は貴方に会えて嬉しかったよ。では、また連絡する」

 踵を返して、堂々と去っていく後ろ姿をしばらく眺める。

 かなり我慢させていたのだろう、最後にされたキスは一瞬なのに強引で、燃えるような緑の瞳が街明かりの下で、ギラギラと輝いていた。

「……こっわ」

 俺はハッとして、唇を手の甲で拭った。なんだかアイツの熱が移った気がする……熱く染まった頬を持てあましながら、家路についた。

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