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夜会での再会
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トビアスは俺の動揺に配慮することなく、肩にポンと手を置いた。
「では私は、そろそろ他の客と話があるからもう行くよ。健闘を祈る」
「ちょっと」
止める間もなく、スタスタと去っていくトビアス。すっかりヴァレリオの味方じゃないか。友達なら俺を助けてくれたって、罰は当たらないと思うんだけどなあ。
トビアスが離れると、すかさずヴァレリオが歩み寄ってきた。
一目見てフリルたっぷりで華々しい印象の俺とは違い、シンプルなシルエットの服装だが、なにやら凝った刺繍がされている。
さりげないオシャレに、センスは悪くないんだなと感心していると、声をかけられる距離まで近づかれていた。
「こんばんはクインシー、いい夜だな」
「ああ、うん」
気の抜けた返事を返しても、ヴァレリオは返事があっただけ嬉しいとでも言いたげに、ふさりと尻尾を振っている。
「今宵の貴方は輝く宝石のように美しい。貴方と話ができる権利を得られて光栄だよ」
「そんなお世辞を言われたって、俺は君になびいたりしない」
「お世辞ではないんだが。クインシーもこのパーティに呼ばれているのではないかと思い、急遽出席を決定したんだ。会えて嬉しい」
トビアス……君の仕業か。もう彼にヴァレリオのことを相談できないな。全てトビアス経由で、ヴァレリオに話が伝わってしまいそうだ。
いつの間にトビアスを手なづけたんだか。ああ見えてトビアスは警戒心が強いんだぞ?
その彼をこうも卒なく味方につけているなんて、ヴァレリオは侮れない男だ。
「俺は嬉しくない。できれば顔も見たくなかった」
貴族相手に、しかも自分より高位の貴族に、こんなに率直に嫌悪の表現を剥きだしにするなんて、未だかつてやった試しはない。
けれど呆れられて幻滅してもらうためには、極端なくらい馬鹿な真似をするしかないだろう。
そう計算して、思いきって本音を口にしたのに、返ってきたのは甘ったるい微笑だった。
「そうか。俺相手に率直に意見を言ってくれるなんて、ずいぶんと心を開いてくれているんだな」
どういうことなの、なんでそんな楽しそうなんだ。ここは侮辱されたと怒る場面のはずだけど?
隠しもせずにため息を吐くと、ヴァレリオはますます笑みを深めた。
「婚約者としてエスコートできないことが、唯一の心残りだ。対抗戦が終わったら、ぜひ君をエスコートして夜会に赴きたい」
「全力で遠慮するよ。そんなあり得ない未来を夢想する暇があったら、負けた時の言い訳を考えておいた方が有意義だと思うな」
「はは、手厳しいな。負けるつもりはないと、ここで宣言しておこう」
ヴァレリオは緑柱石の瞳を細めて、挑むように俺を見据えた。
「俺は必ず、君を幸せにする権利を手に入れる。楽しみに待っていてくれ」
「あり得ないね。くだらない仮定の話ばかりされて不愉快だ、気分が悪いからこの辺で失礼させてもらう」
吐き捨てるように告げると、ちょうど話を終えたばかりのトビアスに一声かけて、会場を後にする。
リリーシュカ嬢との婚約破棄について、話をしたい貴族から声をかけられたが、魔車を待たせているからと丁重にお断りをして、玄関へ向かった。
なんなんだあいつ、あの自信はいったいどこからきてるんだ。
ヴァレリオは本気で、俺と結婚しようとしているとまざまざと思い知らされて、俺は魔車の中で人知らずブルリと震えた。
なんであんなに重たい感情を抱かれてるわけ、こっわ。あんなストーカー予備軍とは、金輪際関わりを持ちたくないね。
彼と話すくらいだったら、やたらと俺を目の敵にしてくるロバートの馬鹿と話す方が、よっぽどマシだ。
タルモ領の間抜けなロバ獣人のことまで連鎖的に思いだして、俺は頭を抱えた。はあ……今日は帰ったら、即寝ることにしよう。色々と疲れた。
眠りにつく前に、できるメイド長ラテナがリラックスハーブティーを淹れてくれた。感謝の気持ちを伝えてから、毛布を被って就寝した。
*
朝、といっても既に日はとうに昇った時間に、俺はもぞりとベッドから体を起こした。
「おはようございます、クインシー様。今朝の目覚めのお茶は、スッキリした口当たりの物を用意しました」
「おはよう、ラテナ……いいね、早速飲ませてもらうよ」
用意されたお茶を飲むと、身体が温まってくる。それでやっと毛布とサヨナラする気になれた俺は、ベッドから這いだした。
「朝食は召しあがられますか?」
「食べるよ、昨夜は結局何も食べれなかったから、お腹ぺこぺこなんだ」
「さようでございましたか。しっかりと召しあがってくださいませ」
昨夜は散々だった。せっかく領地対抗戦のライバルが勢揃いしていて、探りを入れるいい機会だったのに。
ヴァレリオとやりとりを交わした後、すぐに帰ってしまったからな……失敗したなあ。何食わぬ顔をして居座ればよかった。
しかし終わってしまったものは仕方ない。また手紙を書いたり、他の夜会に出席して、動向をみていくしかないね。
午後からはちまちまと手紙を書いたり、まだ残っているリリーシュカ嬢との、婚約破棄での残務処理をして過ごしていると、レジオットが訪ねてきた。
「クインシー様宛に手紙が届いていたので、お届けしました」
「おや、ありがとうレジオット。ちょうど休憩しようと思っていたところなんだけど、お茶でも一緒にどう?」
レジオットは無表情のまま、少し首を傾げてから頷いた。
「えっと、はい。僕でよろしいのでしょうか」
「もちろん。そうじゃなきゃ誘わないさ。さあ、中へどうぞ」
「お邪魔します」
ベルを鳴らしメイドを呼んで、お茶を淹れてもらった。
「では私は、そろそろ他の客と話があるからもう行くよ。健闘を祈る」
「ちょっと」
止める間もなく、スタスタと去っていくトビアス。すっかりヴァレリオの味方じゃないか。友達なら俺を助けてくれたって、罰は当たらないと思うんだけどなあ。
トビアスが離れると、すかさずヴァレリオが歩み寄ってきた。
一目見てフリルたっぷりで華々しい印象の俺とは違い、シンプルなシルエットの服装だが、なにやら凝った刺繍がされている。
さりげないオシャレに、センスは悪くないんだなと感心していると、声をかけられる距離まで近づかれていた。
「こんばんはクインシー、いい夜だな」
「ああ、うん」
気の抜けた返事を返しても、ヴァレリオは返事があっただけ嬉しいとでも言いたげに、ふさりと尻尾を振っている。
「今宵の貴方は輝く宝石のように美しい。貴方と話ができる権利を得られて光栄だよ」
「そんなお世辞を言われたって、俺は君になびいたりしない」
「お世辞ではないんだが。クインシーもこのパーティに呼ばれているのではないかと思い、急遽出席を決定したんだ。会えて嬉しい」
トビアス……君の仕業か。もう彼にヴァレリオのことを相談できないな。全てトビアス経由で、ヴァレリオに話が伝わってしまいそうだ。
いつの間にトビアスを手なづけたんだか。ああ見えてトビアスは警戒心が強いんだぞ?
その彼をこうも卒なく味方につけているなんて、ヴァレリオは侮れない男だ。
「俺は嬉しくない。できれば顔も見たくなかった」
貴族相手に、しかも自分より高位の貴族に、こんなに率直に嫌悪の表現を剥きだしにするなんて、未だかつてやった試しはない。
けれど呆れられて幻滅してもらうためには、極端なくらい馬鹿な真似をするしかないだろう。
そう計算して、思いきって本音を口にしたのに、返ってきたのは甘ったるい微笑だった。
「そうか。俺相手に率直に意見を言ってくれるなんて、ずいぶんと心を開いてくれているんだな」
どういうことなの、なんでそんな楽しそうなんだ。ここは侮辱されたと怒る場面のはずだけど?
隠しもせずにため息を吐くと、ヴァレリオはますます笑みを深めた。
「婚約者としてエスコートできないことが、唯一の心残りだ。対抗戦が終わったら、ぜひ君をエスコートして夜会に赴きたい」
「全力で遠慮するよ。そんなあり得ない未来を夢想する暇があったら、負けた時の言い訳を考えておいた方が有意義だと思うな」
「はは、手厳しいな。負けるつもりはないと、ここで宣言しておこう」
ヴァレリオは緑柱石の瞳を細めて、挑むように俺を見据えた。
「俺は必ず、君を幸せにする権利を手に入れる。楽しみに待っていてくれ」
「あり得ないね。くだらない仮定の話ばかりされて不愉快だ、気分が悪いからこの辺で失礼させてもらう」
吐き捨てるように告げると、ちょうど話を終えたばかりのトビアスに一声かけて、会場を後にする。
リリーシュカ嬢との婚約破棄について、話をしたい貴族から声をかけられたが、魔車を待たせているからと丁重にお断りをして、玄関へ向かった。
なんなんだあいつ、あの自信はいったいどこからきてるんだ。
ヴァレリオは本気で、俺と結婚しようとしているとまざまざと思い知らされて、俺は魔車の中で人知らずブルリと震えた。
なんであんなに重たい感情を抱かれてるわけ、こっわ。あんなストーカー予備軍とは、金輪際関わりを持ちたくないね。
彼と話すくらいだったら、やたらと俺を目の敵にしてくるロバートの馬鹿と話す方が、よっぽどマシだ。
タルモ領の間抜けなロバ獣人のことまで連鎖的に思いだして、俺は頭を抱えた。はあ……今日は帰ったら、即寝ることにしよう。色々と疲れた。
眠りにつく前に、できるメイド長ラテナがリラックスハーブティーを淹れてくれた。感謝の気持ちを伝えてから、毛布を被って就寝した。
*
朝、といっても既に日はとうに昇った時間に、俺はもぞりとベッドから体を起こした。
「おはようございます、クインシー様。今朝の目覚めのお茶は、スッキリした口当たりの物を用意しました」
「おはよう、ラテナ……いいね、早速飲ませてもらうよ」
用意されたお茶を飲むと、身体が温まってくる。それでやっと毛布とサヨナラする気になれた俺は、ベッドから這いだした。
「朝食は召しあがられますか?」
「食べるよ、昨夜は結局何も食べれなかったから、お腹ぺこぺこなんだ」
「さようでございましたか。しっかりと召しあがってくださいませ」
昨夜は散々だった。せっかく領地対抗戦のライバルが勢揃いしていて、探りを入れるいい機会だったのに。
ヴァレリオとやりとりを交わした後、すぐに帰ってしまったからな……失敗したなあ。何食わぬ顔をして居座ればよかった。
しかし終わってしまったものは仕方ない。また手紙を書いたり、他の夜会に出席して、動向をみていくしかないね。
午後からはちまちまと手紙を書いたり、まだ残っているリリーシュカ嬢との、婚約破棄での残務処理をして過ごしていると、レジオットが訪ねてきた。
「クインシー様宛に手紙が届いていたので、お届けしました」
「おや、ありがとうレジオット。ちょうど休憩しようと思っていたところなんだけど、お茶でも一緒にどう?」
レジオットは無表情のまま、少し首を傾げてから頷いた。
「えっと、はい。僕でよろしいのでしょうか」
「もちろん。そうじゃなきゃ誘わないさ。さあ、中へどうぞ」
「お邪魔します」
ベルを鳴らしメイドを呼んで、お茶を淹れてもらった。
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