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ダンジョンの下見

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 ああ、朝日が眩しい。もう起きなくちゃ……

「おはようございます、クインシー様。モーニングティーをお持ちしましたよ」
「うぅ、ラテナ……おはよう」

 信頼のおける兎獣人のメイド、ラテナが起こしにきてくれた。

 白くふわふわな兎耳が、昨日の憂鬱さを引きずったままの、俺の気持ちを癒やしてくれる。やっぱり兎耳っていいなあ。目の保養だ。

「本日はクインシー様のお好きな、生ハムとセルリーのマリネがございます」
「いいね、しっかり目が覚めそうだ」

 身支度を整えて食事を終える頃、やっと頭が覚醒してきた。

「ラテナ、今日はダンジョンに行ってくるよ」
「対抗戦のための下見ですね。どうか御身に傷などお作りになりませんようにと、陰ながら祈らせていただきます」
「大丈夫、テオやレジオットも一緒だから。それと俺が直々にスカウトした、凄腕の探索者もね」
「さようでございますか。ではくれぐれもお気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 綺麗な礼を披露するラテナは、若く見えるがメイド頭だ。邸の隅々まで気を使って采配してくれるので、重宝している。

 兎獣人でメイド長なんて、本来は異例の抜擢なんだろうけど。この邸は俺の趣味で、大多数が兎獣人の使用人となっている。

 逆に彼女が兎獣人であることは、他の兎獣人のメイドをまとめるのに、有利に働いてるってわけさ。

 部屋を出ると、他のメイドともすれ違った。茶色い兎耳のコがいたから声をかける。

「やあ、今日もふわふわで素敵な耳だね」
「あっ、ありがとうございます、クインシー様……!」

 メイドが、憧れの人を見るような視線を向けてくるのが心地よい。

 そうだよ、本来俺は女の子に憧れられる側の獣人なんだ。今は実らなさそうな切ない片思いに加えて、不本意なことに男の婚約相手を持つ身だけれど。

 もっと自分のカッコよさに自信を持って、イツキにアプローチしていってもいいよね。

 田舎の兄様も、お前は兎獣人が好きすぎる変態のくせに、無駄に顔がいいなって事あるごとに言っていたし。

 ヘーゼルの瞳も稲穂色の髪も、夜会では多数の紳士淑女に魅力的だって褒められた。不快感よりは、好感を抱かれやすい容姿をしていると思うんだよ。

 まだイツキに振り向いてもらえないと決まったわけじゃないし、男と結婚すると決まったわけでもない。

 兎獣人と結婚するのは、貴族の外聞的に無理だけど。イツキとだって一時の恋くらいは、謳歌できるかもしれないよね。

 俺の人生もまだまだ捨てたもんじゃない。前向きに考えてやっていこう。

 書類仕事より、外に出て視察に赴く方が好きな俺としては、今日のダンジョン探索はなかなか楽しめそうな予定の一つだ。

 愛用のレイピアを携えて玄関に向かうと、既に部下達と、雇った探索者は集まっていた。

 部下その一は、茶色いふわふわの髪と尻尾の犬獣人、テオ。ちょっと正直すぎるところはあれど、信頼できる部下だ。

 罠術の才能というギフトを持っていて、ダンジョンでは罠の発見、解除、その他遊撃手として活躍してくれる予定だ。

 僕より濃い金髪の、紫の瞳が美しい狐獣人の少年はレジオット。部下その二だね。真面目な性格で、ちょっと天然入ってるけど、とてもいい子だ。

 彼は雷魔法の達人ギフトの持ち主で、獣人では珍しく魔法が使える。彼にかかれば、ダンジョン低層の敵は一撃で葬り去られてしまうだろう。

 そして、モカブラウンの髪と垂れ耳がかわいらしい兎獣人は、探索者のイツキ。大多数が大型獣人な探索者の中では、異例の小型獣人だ。

 青い瞳は、真夏の青空のようにくっきりとした色合いだ。幼げな輪郭と大きな瞳が印象的な、愛くるしい見た目をしている。

 中身はとっても交渉上手で、下町なまりの口調のくせして、世慣れた商人のような考え方をする、侮れない相手だ。

 しかも交渉上手なだけでなく、土魔法の達人ギフトも所持している。

 かわいらしい見た目と、男前な中身のギャップがたまらないんだよねえ。こんなに素敵な人は、今まで僕の身近にいなかった。

 側に置いて愛でていたい、あわよくば恋人になりたい……そういう思いを抱いている相手だ。

 そしてそんなイツキの横で、俺を警戒しているのはカイル君。陰鬱な灰色の髪と、気味の悪い赤紫色の瞳で、山羊獣人の擬態をしている。

 強面で愛想もない上に、獣人を襲う悪魔という種族なのに、なぜかイツキはカイル君を気に入っている。護衛として雇い、ダンジョン探索を一緒にしているそうだ。

 イツキのことは大好きだけど、正直なところ彼の男の趣味だけは、どうしても理解ができないよね。

 ……イツキとカイル君は、つきあってはいないらしいけどね? まだ。

 でも二人がつきあうのも、時間の問題そうなんだよなあ……俺だってイツキのことが好きなのに。ちょっと邪魔してやりたくなっちゃう。

 ていうかカイル君って怖くない? 今にも寝首をかかれて襲われるとか、イツキは思わないのかな?

 それに、前にちょーっとカイル君のことを、からかったことがあったんだけどさ。

 その後から彼ってば俺のことを、めちゃくちゃ睨んでくるんだよ?

 しかもイツキにバレないように、絶妙なタイミングでね。こそこそしないで堂々としてれば? とっくにイツキにはバレてると思うけどな。

 ……って、横恋慕している俺が、人のこと言えた義理じゃないけど。

 というわけで、この五人で領地対抗戦に挑むことになる。今は冬立月の半ば。冬中月には予選、冬暮月には本戦が控えているから、気合いを入れなくちゃね。

 俺がみんなの近くまで歩いていくと、早速カイル君から鋭い視線が飛んできた。そんなに目の敵にしないでほしいよ、まったくもう。

 前にイツキの耳を触ろうとした時も、ものすごく邪魔されたんだよね。俺の恋路は前途多難だ。

 気をとり直し、薄く笑みを顔に貼りつけて、場を仕切る。

「お待たせ。さあ、行こうか。ダンジョンは歩ける距離にあるから、今日は歩いていくよ」
「はい、ボス。行きましょう!」

 テオがすかさず返事をしてくれる。続いてレジオットも挨拶をしてくれた。

「クインシー様、本日はよろしくお願いします」
「よろしくねレジオット」

 うちの子達は礼儀正しくて、大変よろしい。続いてイツキに声をかけようとして、彼の着ているコートに目が止まる。

「イツキ、今日もかわいいね。俺のあげたコート、使ってくれてるみたいで嬉しいよ」
「ああ、暖かくていいな、これ」

 イツキは毛皮のコートの胸元に、モフッと手を埋めてみせた。かんわいい……どこもかしこもモフモフで、ふわっふわだ。

 絶対イツキに着てほしくて、色の染め方から毛皮の選定まで、オーダーメイドした甲斐があった。

 イツキの耳と同じ、モカブラウンに染められた毛皮は、彼に大変よく似合っている。

 ほくほく顔で笑み崩れていると、また恋敵のカイル君から、鋭い視線が飛んできた。

 ふふん、俺のあげたコートを、イツキは気に入ってくれているよ。まさか彼が気に入った物を、取りあげたりしないよね?

 すでに真冬となった今から、こんな質のいいコートを用意できるツテを、獣人の国に疎い君は持っていないはずだ。
 これに関しては俺が一歩リードだよ。

 得意気な顔をしてみせると、ますます険呑な眼差しを向けられた。ああ怖い、ダンジョンでは背後に気をつけようっと。
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