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新たな婚約者

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 抗議の気持ちを胸に抱いて、ヴァレリオを見上げる。心の奥を見透かすような緑柱石の瞳が、まっすぐに俺の顔に視線を注いでいた。

「クインシー、本当のことを話してください。俺は貴方と対等なパートナーとして、支えあっていきたいと思っているんです」
「……へえ、俺をムリヤリ婚約者にしておいて、よくそんな口が聞けるね?」

 露悪的な言葉が口から滑りでた。あーあ、やってしまった。このままあたり障りなく接して興味を無くさせるプランは、もう取れなくなったね。

 怒りで冷静さを失っていた思考が回りはじめる。こうなったら彼を怒らせて、こんな人じゃなかったはずと失望させるしか、婚約解消のチャンスはない。

 俺は性格悪く見えるよう、口の端を釣り上げつつ、瞳をギラリと鋭くした。

「それじゃあ本音を言わせてもらうけど、俺は君みたいに卑怯な男は大嫌いだよ。俺が好きなら直接アプローチすればいいのに、陛下の威を借りて恥ずかしいとは思わなかった?」
「それは……すまない。貴方の婚約破棄の後、陛下の行動が迅速すぎて止める間もなかったことを、お詫び申し上げる」
「謝ればいいってものじゃないよね。君のせいで俺の人生計画は無茶苦茶だ」
「その分、幸せにすると誓う」

 真剣に宣言されて驚いたものの、こんな言葉に絆されたりしない。まだまだ言いたいことがある。

 どこにヴァレリオの怒りスイッチがあるのか探りながら、言葉を重ねた。

「そんなの誓われても意味ないよ。そもそも俺は君のようにむさ苦しい男は苦手なんだ」
「むさ苦しいか? 髭などは剃り残していないが」

 ヴァレリオが不思議そうに自身の顎を撫でる。ああ、もう。そういう話はしてないから。はやく俺の思惑通り怒ってくれないかな。

 そうだ、俺の好みと君のいでたちが、いかにかけ離れているかを教えてあげよう。

「俺の好みはかわいい兎獣人なんだ。特に見た目はとびきりかわいらしいのに、男前な性格だったりしたら、最高だね。君とは全く正反対のタイプだ」
「具体的な例えだな……そうか。貴方には好きな人がいるのか」

 あ、バレたか。別に隠しもしなかったから、いいんだけど。俺はあえて笑みを消して、ヴァレリオを睨んだ。

「そうだ。だからたとえ君と婚約したって、心までは好きにできないよ」
「なるほど、な……」

 ヴァレリオは顎に手を当てたまま思案している。もう少し揺さぶりをかけたいけれど、時間切れだ。

 早く家に戻って来客に備えないと。婚約破棄の件で、元婚約者リリーシュカの親であるドロセロナ侯爵から、面会の申し込みを受けているんだから。

 俺は忙しいんだと、ヴァレリオの腕で塞がれていない側の隙間を、通り抜けようとした。

 俺の目の前をバッと腕が通った。再び腕と柱の隙間に閉じこめられてしまった俺は、ヴァレリオの腕を押した……が、びくともしない。この馬鹿力め。

「ちょっと、そろそろ帰りたいんだ。君と無駄な話をしている暇は俺にはないからね。この邪魔な腕をどけてくれ」
「クインシー。俺と取引をしよう」

 あのさ、話を聞いてくれない? どうもテンポが違うというか、マイペースな人だな。

 思惑とことごとく違う反応をされて、さっきは陛下や俺の境遇に対して怒っていたけど、この人に対してもちょっとイライラしてきた。

「なにをするっていうのさ。心配しなくても君と婚約しちゃったからには、表面上は上手くやるよ」
「それでは意味がない。俺はクインシーを幸せにしたいんだ」
「は? なにそれ。だったらこのバカバカしい婚約をやめさせてくれるのが、一番幸せだ」

 ヴァレリオは重々しく頷いた。覚悟を決めた表情だった。

「そうか……では、今度の領地対抗戦で、俺が貴方の順位より下であったなら、婚約を解消するよう陛下に要請すると約束しよう」
「え?」

 あれ、本気で婚約の解消を考えてくれているのか。意外といいやつだね、ヴァレリオは。

 貴族社会では食い物にされそうで、他人事ながら少し心配になった。

 ちなみに領地対抗戦とは、冬の間に王都で行われる、一大イベントだ。ダーシュカ獣人王国の貴族が、それぞれ領地の精鋭を揃えて出場する。

 毎年お題は違うけれど、今年はダンジョン探索がテーマだ。ダンジョンの終点に一番近い場所にたどり着いた領地の者が、王から表彰される名誉を賜る。

 この名誉っていうのが侮れなくて、その年一年の領地の地位は、如実に貴族社会で影響力を持つんだ。

 もちろん俺もマーシャル領の辺境伯子息として、高い地位が得られるようにと行動している。

 実を言うと、俺もこの領地対抗戦に出場するために、辺境からはるばる王都にやってきたんだ。

 俺が違うことを考えて思考を飛ばしていると、ヴァレリオはこちらに注目しろとでも言いたげに、肘を柱につき俺と距離を詰めてきた。

 待って、ちょっと、近すぎるから! いくら硬派に整った顔面だからって、この距離は視界の暴力だ。圧迫感がやばい!

 ヴァレリオは、吐息がかかりそうな距離で俺を見下ろしながら、口を開いた。

「そのかわり。俺が勝ったら、貴方の心を俺に捧げてくれ」
「……いや、君は何を言っているのかな? 人の心なんてそう簡単に変わるものじゃないよ?」
「わかっている。ただ、俺に対して心を閉ざさず、好きになる努力をしてほしい。俺も精一杯貴方に振り向いてもらえるよう、努力する」

 狼獣人の騎士は再び俺の手を取ると、跪いて手甲に口づけた。

「貴方のことを愛している。お願いだ、クインシー」
「……っ」

 口づけられた場所が妙に熱く感じて、サッと手を取りかえす。こんな王宮の廊下で、誰が通りかかるかわからないのに、何をしているんだこいつは!

 辺りを見回し誰もいないことを確認すると、取り返した手をひらひらと振ってみせた。なんでもないような口調を心がけながら、返答する。

「わかった、わかったよ。君がそこまで言うなら受けてたとう」
「本当か? ありがとうクインシー」

 パッと立ち上がったヴァレリオは、大人っぽい容姿に無邪気な笑顔を浮かべた。さっきから調子が狂いっぱなしだなあ、もう。

 やっとちょっと離れてくれたヴァレリオに、内心安堵の息を漏らした。俺は腕を組んで胸を張り、なるべく強そうに見えるよう虚勢を張る。

「言っておくけど、手加減しないよ? 領地対抗戦に備えて、今年は特に精鋭を揃えてきたんだ。簡単に勝てるとは思わないことだね」
「貴方は知略に優れた方だと記憶している。全力でお相手願おう」

 ヴァレリオが握手を求めるように手を差しだしてきたので、ためらいながらもその手を握った。

「また会おう、クインシー。君と再び会える日を、楽しみにしている」

 ヴァレリオは大きく武骨な手のひらに見合った力強さで、俺の長いばかりで厚みのない手を握りこむと、パッと離した。

「時間をとらせてしまい、すまなかった。急いで送っていこう」

 ヴァレリオは俺を先導するように歩きだした。狼の耳はピンと立ち上がり、立派な尻尾はふわっさふわっさと機嫌良さげに揺れている。

 あーあ、とんでもないことになっちゃったな。頼れる部下に相談しつつ、対策を練らなくちゃ。

 まずは領地対抗戦の戦略を考えて、ああでも先に来客と夜会の予定を立てるために、手紙をやりとりして。それから父様と兄様に頼まれた用事も、こなさなきゃならないし……

 こんな大切な時期に婚約者に逃げられたせいで、色々な根回しとフォローまで、全部俺がやる羽目になったんだ。

 この忙しい中で、なんとか領地対抗戦にも勝たなければならない。

 俺は頭を切り換えて、なんとか効率よく全てをこなす方法がないか、考えを巡らせた。
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