婚約破棄されたら妖精王子に溺愛されました

兎騎かなで

文字の大きさ
上 下
23 / 41

23 うっかりにも程がある

しおりを挟む
 それからというものの、プリーケはアレッタに対してなにくれとなく世話を焼いてくれようとしたがことごとく空回りをしていた。

 紅茶を淹れようとしてお湯を零したり、こぼさずに淹れられたかと思えば苦すぎたり、部屋を掃除しようとして余計に汚してしまったり。

 その度にアレッタは気にしないでと言ったが、プリーケはどんどん萎縮してしまった。

 うーん、そんなに緊張しなくていいのに。なにか緊張をほぐすいい手はないかなあ。

 夕食前にユースがアレッタの部屋を訪ねてきてくれた時には、プリーケの緊張は最高潮に達した。

「王子様が……! め、目の前に……!!」

 プリーケはカタカタ震えながら蒼白になっている。

「顔色が悪い……医者を呼んだ方がいいか?」
「そうしたほうがいいかしら? プリーケ、私呼んできてあげるね!」
「めっ、滅相もありません! あの、私、大丈夫ですから、きゃっ!!」

 プリーケが後ずさると、後ろにあったテーブルに彼女のお尻が当たる。
 テーブルに乗っていたティーカップが落ちそうになり、あっと思った瞬間にはアレッタはユースに手を引かれて引き寄せられていた。

 アレッタがさっきまで立っていたテーブルのすぐ側で、ガシャンとカップが割れる。

「きゃあ! す、すみません!」
「わ、びっくりした……プリーケ、怪我はない?」
「も、申し訳ありません……! あの、アレッタ様こそ大丈夫でしたか!?」
「私は大丈夫よ」

 ユースはアレッタとプリーケに紅茶やカップのカケラが飛び散っていないことを確認すると、冷静な声音で告げた。

「君、今日はもう下がっていい。代わりの者を呼ぶからしっかり休んで体調を回復させるといい」
「は、はい……本当に申し訳ありません……」

 プリーケはとぼとぼと部屋を出ていった。

「あの侍女はなにか持病でもあるのか? 顔色が真っ青だった」
「ううん、そういう訳じゃなさそうだけど極度の緊張症みたい」

 ユースはもう一度確認とばかりにアレッタの全身に視線を走らせると、ホッと息をついた。

「君に怪我がなかったからよかったものの……彼女が君の侍女をすることで緊張するのなら、持ち場を交代させようか」
「大丈夫だよ! プリーケもがんばってるからもう少し見守りたいの。じきに慣れてくれると思うよ、多分」
「そうか? 優しく辛抱強いのは君の美徳だが、あまり無理はしてくれるな」
「無理はしてないよ、心配してくれてありがとう」

 それに……がんばってもどうにもならない辛さって、私わかるもの。

 がんばっても報われないまま追放される、そうなったらやっぱりプリーケは自信を失っちゃうだろうし辛いんじゃないかな。
 だから緊張せずいろいろできるようになるまで、なるべく見守ってあげたい。

 ユースはアレッタの髪を撫でた後、背をエスコートして晩餐室まで連れていってくれた。





 数日後。アルストロメリアの花畑の側にパラソルテーブルを見つけたアレッタは、今日はそこでお茶を飲んでみることにした。

 部屋の中で二人きりよりも外の方がプリーケの気分が落ち着くことに気づいたアレッタは、ここ数日は散歩したり外でお茶を楽しんだりしている。

 これはこれで景色も綺麗だし空気もいいし、お茶をより美味しく感じられて素敵だわ。時々見回り中のルーチェにも会えるから楽しいしね。

 もちろんマイムの淹れてくれるお茶の方が美味しいのだが、ここ数日はプリーケもがんばってくれていて、普通に美味しいお茶が出てくることもある。

「わあ、ここなら花畑がよく見渡せるね。プリーケ、お茶をお願いしてもいい?」
「はい、ただ今!」

 プリーケはおぼつかない手つきながらも、慎重に茶器を操りハーブティーを用意してくれた。

「あの、今日は厨房の者からぜひアレッタ様に食べてほしいとクッキーをもらい受けたのですが、召しあがられますか?」
「クッキーなんて久しぶり。ぜひいただきたいわ」

 妖精界のご飯は食材が新鮮で本当に美味しいのだが、煮込み料理やオーブンで調理するような料理は滅多に出てこない。

 この前食べたパフェも、思い返してみると新鮮なフルーツやお花がたくさん盛られていたわ。
 妖精さんは主に食べ物から魔力を得るんだものね。

 凝った料理だと魔力がどうしても逃げてしまうらしいのに、人間の私のためにクッキーを作ってくれるなんてとても親切な方ね。

「後で厨房にお礼を言いにいきたいな」
「はい、わかりました」

 お皿に盛られたクッキーの山に目を輝かせるアレッタ。
 果物も好きだけどこういうお菓子も好きなのよね。

 さあ食べようと手を伸ばすと、横からひょいとクッキーをつまみあげる別の手があった。

「あれ? ちょい待ち、あれ? あれれれれ?」

 ルーチェからアレッタ接近禁止令が言い渡されたはずのジェレミーが、気づかないうちに目の前まで来ていた。

 ど、どうしたの急に? ジェレミーが悪い人じゃないのはわかるんだけど、言動が突飛だし急に近づかれるとちょっと怖いのだけれど……

 ジェレミーは少々身構えたアレッタに目をくれることもなく、クッキーを裏表に忙しなく動かして怪訝な顔をしている。

「な、なに……?」

 ジェレミーは今までついぞ見たことのないような、真面目でキリッとした表情をしていた。

「アレッタちゃん、これさあ僕の気のせいじゃなかったら、たぶん毒かなんかが盛られてる感じがすんだよね」
「ええっ!?」

 ど、毒!? 一体誰が毒を盛ったの? 私なにか恨まれるようなことしちゃったの!?

 アレッタは内心取り乱したがそれ以上にプリーケが蒼白になった。

「えっ、ええーーーっ!? そ、そんな! でもこれ普通にいい匂いしますよ!? 魔力もたっぷり入ってますし!」

 アレッタは、今からでもジェレミーがウソウソ、冗談だよ本気にした? とでも茶化してくれないかと願ったが、ジェレミーは眉根を寄せて首を横に振った。

「いやそれがおかしいんじゃん? クッキーなんて焼かれた食べ物なんだから、加工されてるし魔力減ってるはずじゃん? なんでこれ魔力モリモリなわけ、絶対なんかモリモリに盛られてるっしょ」
「あ、え……嘘」

 プリーケはもう言葉も出てこないくらいにショックを受けている。アレッタは今にも倒れそうなプリーケの肩を抱いた。
 爆弾発言をかました当のジェレミーは、呑気に自分のジョークに対してクスッと笑っている。

「あ、このモリモリに盛りって言葉の響きちょっとよくね? ウケなくない? 僕的には渾身のギャグっていうかさ、まあ偶然出た言葉なんだけど」
「そんな……私、知らなかった、クッキーなんて、初めて見て、私……」

 プリーケは茫然自失といったていで目の焦点を揺らがせている。
 だ、大丈夫かな? 魔力暴走しないかな?

「ねえねえねえ、ねえってば二人とも。返事くらいしてよ、ノリ悪いなあ」
「あ、ごめんなさいジェレミー、ちょっとそれどころじゃなくて」

 プリーケの顔色が白すぎる。ブツブツと小声で、毒、そんな、私、嘘、と繰り返していてとても心配になってきた。

「あ、またジェレミーがアレッタに絡んでる!」

 そこにルーチェが飛びこんできて、アレッタの前に立ちふさがりビシッとジェレミーに人差し指を突きつけた。

「アレッタ接近禁止令出しといたでしょ!? また蹴られたいの?」

 ジェレミーはルーチェから後ろ足で逃れつつも弁解した。蹴られたくはないらしい。

「待て待て誤解だルーチェちゃん。まあまずは僕の話を聞いてくれ。僕はさっきまで今日は天気がいいなあと呑気なことを考えながら散歩……ではなく仕事をしていたわけだが」
「前置きが長い! 十文字で端的に答えて!」
「クッキーに毒入ってる」
「毒なんて、そんなあ! 嘘です!!」

 わあっと嘆いたプリーケから滂沱の涙が溢れでて、多量の水が滴り落ちる。アレッタがすかさず背中をさすって励ましの声をかけると、ヒクッヒクッとしゃくりあげる速度は徐々に遅くなる。

「大丈夫、大丈夫だからプリーケ、落ち着いて。私はクッキーを食べていないからなんともないわ」
「でも、アレッタ様っ、アレッタ様に毒をお持ちしたなんてっ、私どうしたら……!」

 険しい顔をしたルーチェが、プリーケを睨んだ。

「どういうこと?」
「ひくっ、ぐすっ、その、私が……っ! クッキーを……ううっ」

 ろくに答えられないプリーケに代わって、アレッタが説明する。

「厨房から私宛てに差し入れられたクッキーをプリーケがお皿に用意してくれたの。そしたらクッキーに気づいたジェレミーが、これに毒が入っているって」
「わかった、調べてみよ。殿下にも知らせてくるから、みんなそのままそこで動かないで!」

 ルーチェは光りながら走り去ると、しばらくしてユースとロイス、他にも数体の妖精が駆けつけてきた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます

衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。 婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。 シェリーヌは16年過ごした国を出る。 生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。 第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。 第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。28日の更新で完結します。

妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 双子として生まれたエレナとエレン。 かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。 だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。 エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。 両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。 そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。 療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。 エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。 だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。 自分がニセモノだと知っている。 だから、この1年限りの恋をしよう。 そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。 ※※※※※※※※※※※※※ 異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。 現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦) ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】無能聖女と呼ばれ婚約破棄された私ですが砂漠の国で溺愛されました

よどら文鳥
恋愛
エウレス皇国のラファエル皇太子から突然婚約破棄を告げられた。 どうやら魔道士のマーヤと婚約をしたいそうだ。 この国では王族も貴族も皆、私=リリアの聖女としての力を信用していない。 元々砂漠だったエウレス皇国全域に水の加護を与えて人が住める場所を作ってきたのだが、誰も信じてくれない。 だからこそ、私のことは不要だと思っているらしく、隣の砂漠の国カサラス王国へ追放される。 なんでも、カサラス王国のカルム王子が国の三分の一もの財宝と引き換えに迎え入れたいと打診があったそうだ。 国家の持つ財宝の三分の一も失えば国は確実に傾く。 カルム王子は何故そこまでして私を迎え入れようとしてくれているのだろうか。 カサラス王国へ行ってからは私の人生が劇的に変化していったのである。 だが、まだ砂漠の国で水など殆どない。 私は出会った人たちや国のためにも、なんとしてでもこの国に水の加護を与えていき住み良い国に変えていきたいと誓った。 ちなみに、国を去ったエウレス皇国には距離が離れているので、水の加護はもう反映されないけれど大丈夫なのだろうか。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

処理中です...