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17 妖精と人間の違い
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図書館に行った次の日。黄色いドレスを身につけたアレッタは、午後の茶会の時間になったのでマイムを伴い中庭に降りた。
白亜の壁一面に蔓草と花々が咲き乱れる空間の中、茶会の会場にたどり着いたアレッタは、ユースの隣に佇む人影を見て目を丸くする。
「あれ、ロイス?」
「ご無沙汰しております、アレッタ嬢」
えっ、元人間ってロイスのことなの?
「よく来てくれたアレッタ、今日もとびきり可愛らしいな」
「ありがとうユース、変じゃないかな?」
「全くもって変ではないよ。黄色いドレスもアレッタの柔らかい雰囲気によく似合っている」
アレッタは嬉しく思いながらも、似合っていると言われて安心した。
妖精界ではあまりアクセサリーをつけないのが主流のようだ。花妖精の女性なら髪に花をさしたり、土妖精の場合は金や銅の腕輪等を身につけたりすることもあるみたい。
ドレスと靴さえ選べばアクセサリーの組み合わせなどを考えなくていいので、オシャレ初心者のアレッタにとっては助かる。
ユースは広げた両手で軽くアレッタを抱擁してから、背中に手を添えて席に案内してくれる。
「さあ、ここに座ってくれ」
「殿下、私がやりますよ」
ロイスの提案に、ユースは柔らかく微笑みながら首を横に振り椅子を引く。
「いや、いい。俺がやりたいんだ」
王子様自ら引いてくれた椅子に座るなんて、人間界では考えられない扱いだわ……テオドール殿下なんて、パーティーでのエスコートもろくにしてくれなかったのに。
「ありがとう、ユース」
フッと微笑むユース。普段は凛々しい王子様の、嬉しさがふと滲みでた表情に、アレッタはきゅんと胸が高鳴った。
ユースが引いてくれた椅子に腰かけると、マイムは他に控えていた水妖精と一緒にお茶を用意しはじめた。
ユースが座るのを見届けてから自分も椅子に腰かけたロイスは、アレッタに向けて丁寧に会釈をする。
「本日はよろしくお願いしますね」
「うん、よろしくね。ロイスは花妖精だって聞いたけど、本当に元は人間だったの?」
「ええ、そうです」
ロイスの紫色の髪は人間界ではけして存在し得ない色だ。妖精になると髪の色まで変わるのかな。
やがていい香りのお花のお茶が運ばれてくる。
口に含むと華やかな香りがスッと鼻の奥を通り抜けた。マイムの淹れてくれたお茶は今日も絶品だ。
ユースも一口お茶を飲むと、アレッタにお菓子を勧めながら話を続けた。
「ロイスは花妖精に気に入られて妖精になったんだ」
「そうですね。マーニーはとても可愛らしい糸繰草の妖精でした……」
ロイスは遠くを見ながら声を落とした。
あ、もしかしてもうそのご婦人は亡くなっているのかな……
ロイスは物憂げにしながらも顔を上げると、アレッタを見て首を傾げた。肩までの長めの髪がフワリと揺れて、男の人なのにどこか色っぽい。
「アレッタ様は妖精となった後の生活をお聞きになりたいのですか?」
「ええ、そうなの」
「人間界よりよほど快適ですよ。景色は綺麗で寒さに凍えることもなく、食材は新鮮で魔力がたっぷりこもっていて美味しいですし。寿命も長くなりますよ、妖精は人間の五、六倍ほど生きますから」
「そんなに生きるんだね」
マリー、リリー、ポピーや、フラウやタウのことを脳裏に思い浮かべる。
あんなにかわいいのに、もしかしたらみんなアレッタよりもずっと年上なんだろうか。
「ユースは何歳なの?」
「俺か? 今年で百七歳になる」
わあ……想像していたよりもずっと年上だった。
「逆に言えば自分の知っている人は皆若いうちに死に絶えますから、もし人間界になにかしらの未練があれば後悔するかもしれません」
そうね……お父様、できれば喧嘩別れじゃなくて、話しあいができるといいんだけど……
「ロイスはなにか後悔することがあった?」
「いいえ。私は人間界に親しいと呼べる間柄の人はいませんでしたからね。人間は……いえ、なんでもありません」
一瞬昏い目をしたロイスは物思いを振り払うように首を横に振る。ユースはチラリとロイスを横目で確認し、話題を変えた。
「ところでアレッタ、君は歌が上手だと聞いたのだが」
「えっ、どこからそれを」
パッとマイムを振り向くと、ピャッと飛び上がったマイムがトレーで顔を半分隠しながら、誤魔化し笑いをした。
マイムってば……少し鼻歌を歌っただけなのに、殿下に筒抜けになっていて恥ずかしいわ。
「そんな、上手ってほどでもないの。ただ好きなだけで」
「できれば聞かせてほしいのだが。そうだ、よかったらロイス、伴奏を弾いてくれないか」
「ひぇ……」
「いいですよ、殿下のお望みとあらばいくらでも」
「あ、待ってそんな」
「少々席を外しますね、楽器を持って参ります」
そんな、人に伴奏を頼んでまで歌って聞かせるほどの腕前じゃないのに。
アレッタは遠慮したが、ロイスは一度席を外すとすぐに小型の竪琴を抱えて帰ってきた。
ああぁ、もう今更歌えませんとは言えない雰囲気になってきちゃった……
調弦を兼ねてロイスが弦を弾くと、柔らかな音が溢れ落ちる。
「ロイスのリラハープの音色は母も俺も気に入っているんだ。なかなかのものだぞ」
「そんなにハードルを上げないでいただきたい。もちろん殿下の頼みとあらば練習いたしますが」
ロイスがジトリとユースを横目で見ると、ユースはリラックスした様子で椅子の背もたれにもたれながら腕を組んだ。
「ロイスの何事にも熱意を持って取り組む姿勢にはいつも感心するよ」
「殿下にはいろいろとお世話になっていますからね。なんなりとおっしゃってください」
「はは、では人間界に一緒に来るか?」
ユースが笑って冗談まじりにそう口にすると、ロイスは隙のない鉄壁の笑みを返した。
「それだけは頼まれても行きません。死の荒野の現地調査に送りだされる方がいくらかマシです」
「わかっているさ、言ってみただけだ」
この二人、仕事だけの関係じゃなくて普段から仲がいいのね。
アレッタがポンポン弾む会話を呆気にとられながら聞いていると、ロイスが呆れた調子で首を横に振った。
「お戯れも程々になさってください。さてアレッタ嬢、私の知っている人間界の曲はどれも古いものばかりでして。そうですね、花の訪れという曲はご存知ですか?」
「ええと、そうね。それなら歌えると思うわ」
二百年ほど前の有名な作曲家の歌曲だ。ロイスがきっちり伴奏を弾く気でいるので、アレッタもちゃんと歌うために立ち上がった。
「ではその曲を弾きましょう」
ユースが弦を爪弾くと、暖かな春の木漏れ日のような音が中庭いっぱいに広がる。
ゆったりとしたリズムの伴奏を聴きながら、アレッタも歌いだした。
「春の色は草花を染めて、やがてあの人に届くだろう。凍える夜も、寂しい日々も、そばにいてくれたあの人に」
遠くに行った恋人を思い、春が訪れ再び出会える日を待っているという内容の曲を、アレッタは心を込めて歌った。
柔らかな音色にあわせて伸びやかに歌い上げる。ロイスのハープの腕前は確かに素晴らしかった。とても歌いやすい上に、アレッタまで歌いながらうっとりしてしまうような音色だった。
曲が終わると、ユースは立ち上がって大きな拍手を送ってくれた。
「二人とも素晴らしい演奏だった。アレッタの歌は癒されるな、もっと聴かせてくれ」
「ありがとう。ロイスの伴奏がとてもよかったから、リラックスして歌えたわ。素敵な演奏をありがとう、ロイス」
ロイスを見上げてアレッタがお礼を言うと、ロイスもにっこり笑って一礼した。
「いいえ、とんでもありません。殿下、他の曲をあわせるのはまた後日にしましょう、お互いすり合わせが必要ですからね」
「そうね」
大人なロイスの機転により、アレッタとロイスの即席コンサートはアンコールを回避できた。
でもとても楽しかったから、またロイスと一緒に演奏できるといいな。
白亜の壁一面に蔓草と花々が咲き乱れる空間の中、茶会の会場にたどり着いたアレッタは、ユースの隣に佇む人影を見て目を丸くする。
「あれ、ロイス?」
「ご無沙汰しております、アレッタ嬢」
えっ、元人間ってロイスのことなの?
「よく来てくれたアレッタ、今日もとびきり可愛らしいな」
「ありがとうユース、変じゃないかな?」
「全くもって変ではないよ。黄色いドレスもアレッタの柔らかい雰囲気によく似合っている」
アレッタは嬉しく思いながらも、似合っていると言われて安心した。
妖精界ではあまりアクセサリーをつけないのが主流のようだ。花妖精の女性なら髪に花をさしたり、土妖精の場合は金や銅の腕輪等を身につけたりすることもあるみたい。
ドレスと靴さえ選べばアクセサリーの組み合わせなどを考えなくていいので、オシャレ初心者のアレッタにとっては助かる。
ユースは広げた両手で軽くアレッタを抱擁してから、背中に手を添えて席に案内してくれる。
「さあ、ここに座ってくれ」
「殿下、私がやりますよ」
ロイスの提案に、ユースは柔らかく微笑みながら首を横に振り椅子を引く。
「いや、いい。俺がやりたいんだ」
王子様自ら引いてくれた椅子に座るなんて、人間界では考えられない扱いだわ……テオドール殿下なんて、パーティーでのエスコートもろくにしてくれなかったのに。
「ありがとう、ユース」
フッと微笑むユース。普段は凛々しい王子様の、嬉しさがふと滲みでた表情に、アレッタはきゅんと胸が高鳴った。
ユースが引いてくれた椅子に腰かけると、マイムは他に控えていた水妖精と一緒にお茶を用意しはじめた。
ユースが座るのを見届けてから自分も椅子に腰かけたロイスは、アレッタに向けて丁寧に会釈をする。
「本日はよろしくお願いしますね」
「うん、よろしくね。ロイスは花妖精だって聞いたけど、本当に元は人間だったの?」
「ええ、そうです」
ロイスの紫色の髪は人間界ではけして存在し得ない色だ。妖精になると髪の色まで変わるのかな。
やがていい香りのお花のお茶が運ばれてくる。
口に含むと華やかな香りがスッと鼻の奥を通り抜けた。マイムの淹れてくれたお茶は今日も絶品だ。
ユースも一口お茶を飲むと、アレッタにお菓子を勧めながら話を続けた。
「ロイスは花妖精に気に入られて妖精になったんだ」
「そうですね。マーニーはとても可愛らしい糸繰草の妖精でした……」
ロイスは遠くを見ながら声を落とした。
あ、もしかしてもうそのご婦人は亡くなっているのかな……
ロイスは物憂げにしながらも顔を上げると、アレッタを見て首を傾げた。肩までの長めの髪がフワリと揺れて、男の人なのにどこか色っぽい。
「アレッタ様は妖精となった後の生活をお聞きになりたいのですか?」
「ええ、そうなの」
「人間界よりよほど快適ですよ。景色は綺麗で寒さに凍えることもなく、食材は新鮮で魔力がたっぷりこもっていて美味しいですし。寿命も長くなりますよ、妖精は人間の五、六倍ほど生きますから」
「そんなに生きるんだね」
マリー、リリー、ポピーや、フラウやタウのことを脳裏に思い浮かべる。
あんなにかわいいのに、もしかしたらみんなアレッタよりもずっと年上なんだろうか。
「ユースは何歳なの?」
「俺か? 今年で百七歳になる」
わあ……想像していたよりもずっと年上だった。
「逆に言えば自分の知っている人は皆若いうちに死に絶えますから、もし人間界になにかしらの未練があれば後悔するかもしれません」
そうね……お父様、できれば喧嘩別れじゃなくて、話しあいができるといいんだけど……
「ロイスはなにか後悔することがあった?」
「いいえ。私は人間界に親しいと呼べる間柄の人はいませんでしたからね。人間は……いえ、なんでもありません」
一瞬昏い目をしたロイスは物思いを振り払うように首を横に振る。ユースはチラリとロイスを横目で確認し、話題を変えた。
「ところでアレッタ、君は歌が上手だと聞いたのだが」
「えっ、どこからそれを」
パッとマイムを振り向くと、ピャッと飛び上がったマイムがトレーで顔を半分隠しながら、誤魔化し笑いをした。
マイムってば……少し鼻歌を歌っただけなのに、殿下に筒抜けになっていて恥ずかしいわ。
「そんな、上手ってほどでもないの。ただ好きなだけで」
「できれば聞かせてほしいのだが。そうだ、よかったらロイス、伴奏を弾いてくれないか」
「ひぇ……」
「いいですよ、殿下のお望みとあらばいくらでも」
「あ、待ってそんな」
「少々席を外しますね、楽器を持って参ります」
そんな、人に伴奏を頼んでまで歌って聞かせるほどの腕前じゃないのに。
アレッタは遠慮したが、ロイスは一度席を外すとすぐに小型の竪琴を抱えて帰ってきた。
ああぁ、もう今更歌えませんとは言えない雰囲気になってきちゃった……
調弦を兼ねてロイスが弦を弾くと、柔らかな音が溢れ落ちる。
「ロイスのリラハープの音色は母も俺も気に入っているんだ。なかなかのものだぞ」
「そんなにハードルを上げないでいただきたい。もちろん殿下の頼みとあらば練習いたしますが」
ロイスがジトリとユースを横目で見ると、ユースはリラックスした様子で椅子の背もたれにもたれながら腕を組んだ。
「ロイスの何事にも熱意を持って取り組む姿勢にはいつも感心するよ」
「殿下にはいろいろとお世話になっていますからね。なんなりとおっしゃってください」
「はは、では人間界に一緒に来るか?」
ユースが笑って冗談まじりにそう口にすると、ロイスは隙のない鉄壁の笑みを返した。
「それだけは頼まれても行きません。死の荒野の現地調査に送りだされる方がいくらかマシです」
「わかっているさ、言ってみただけだ」
この二人、仕事だけの関係じゃなくて普段から仲がいいのね。
アレッタがポンポン弾む会話を呆気にとられながら聞いていると、ロイスが呆れた調子で首を横に振った。
「お戯れも程々になさってください。さてアレッタ嬢、私の知っている人間界の曲はどれも古いものばかりでして。そうですね、花の訪れという曲はご存知ですか?」
「ええと、そうね。それなら歌えると思うわ」
二百年ほど前の有名な作曲家の歌曲だ。ロイスがきっちり伴奏を弾く気でいるので、アレッタもちゃんと歌うために立ち上がった。
「ではその曲を弾きましょう」
ユースが弦を爪弾くと、暖かな春の木漏れ日のような音が中庭いっぱいに広がる。
ゆったりとしたリズムの伴奏を聴きながら、アレッタも歌いだした。
「春の色は草花を染めて、やがてあの人に届くだろう。凍える夜も、寂しい日々も、そばにいてくれたあの人に」
遠くに行った恋人を思い、春が訪れ再び出会える日を待っているという内容の曲を、アレッタは心を込めて歌った。
柔らかな音色にあわせて伸びやかに歌い上げる。ロイスのハープの腕前は確かに素晴らしかった。とても歌いやすい上に、アレッタまで歌いながらうっとりしてしまうような音色だった。
曲が終わると、ユースは立ち上がって大きな拍手を送ってくれた。
「二人とも素晴らしい演奏だった。アレッタの歌は癒されるな、もっと聴かせてくれ」
「ありがとう。ロイスの伴奏がとてもよかったから、リラックスして歌えたわ。素敵な演奏をありがとう、ロイス」
ロイスを見上げてアレッタがお礼を言うと、ロイスもにっこり笑って一礼した。
「いいえ、とんでもありません。殿下、他の曲をあわせるのはまた後日にしましょう、お互いすり合わせが必要ですからね」
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