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14 女王と秘密
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アレッタは赤い花畑の中でキョロキョロと視線を動かした。
あそこに白い宮殿があるってことは、ここは花と水の国でいいんだよね? はじめて来る場所だけど……
アレッタのすぐ側で赤いダリアの花が大きく首をもたげている。うーん、この花なんだか元気がないような気がする。
花を観察していたアレッタに何者かが声をかけた。
「あら、お客さま? 珍しいこと」
ゆったりとした口調の女性の声だった。ハッとアレッタが顔を上げると、赤い髪に白いドレスの女性が、ゆっくりとアレッタの方に歩み寄ってきていた。
「ようこそアレッタ、わたくしの花畑へ」
「どうして私の名前を知っているの?」
それに、わたくしの花畑って……この方はダリアの花妖精ってことなのかな?
アレッタが緑の瞳を丸くして驚いていると、彼女は余裕あり気にくすりと笑った。
「だって息子が懸想している子ですもの」
懸想……えっ!? ユースのお母様!?
驚くアレッタを尻目に彼女はたおやかに微笑んだ。その顔は驚くほどに若々しい。ユースと姉弟だと言われても信じてしまいそう。
赤い髪に赤い瞳と、色彩はちっとも似ていないけれど、凛々しく気高い雰囲気は確かにユースと似ていた。
「わたくしはタチアナというの。楽にしていらして。この花畑も自由に見てまわってもらっていいわよ。枯れかけの花だけれど風情はあるでしょう?」
枯れかけの花?
よく見るとそのダリアは全て花びらが萎れ始め、端の方が茶色に染まっているものもあった。
タチアナは白く染まった髪の先を指先で弄んでいる。
指先に目を留めると彼女の赤く化粧された爪の周りの皮膚は、そこだけ老婆のようにしわしわに老化していた。
思わずアレッタは彼女の手に自分の手を重ねる。
「なにかご病気なんですか?」
「ああ、これ? 妖精の老化は人間と違って指先足先、髪の先端からはじまるの。私ももう五百年近く生きたから、これは仕方がないことなのよ」
五百年……! 妖精の寿命が人間よりもだいぶ長いことは知ってはいたが、ここまで長生きな妖精に会ったことはなかった。アレッタは驚きながらも返事を返す。
「そう、なんですね」
「だから息子に好きな子ができたと聞いて安心したわ。これで私もやっと女王の座を降りられる。もう力が尽きてきているから」
女王が一輪のダリアを手にとる。タチアナが花びらの端の方をつつくと、ポロポロと茶色に変色した花弁が落ちていく。
その様を寂しそうに眺めてからタチアナはゆっくりと振り向いた。赤い瞳がアレッタを見つめながら瞬く。
「あの子は貴女に伝えたのかしら、花妖精の王が生涯の相手と決めた伴侶を得られなければ次代の妖精は産まれないって」
「えっ」
「母上。その話はまだアレッタには早すぎる」
いつの間にかアレッタの元に駆けつけたユースが驚くアレッタの肩を抱く。
女王はしわしわの指先を自身の頬に添えた。
「そうかしら? アレッタだって自分のことは自分で決めたいのではないかしら。そのためには正しい情報が必要よ」
「ユース、どういうこと?」
苦い顔で母親を見やったユースは、ひとつ息を吐いて気持ちを切り替えると教えてくれた。
「母の言う通りだ。妖精の王族はそれぞれ重大な使命を帯びていて、その中でも花妖精は繁栄を司っている。花妖精の王族が伴侶を得ることでその力は解放され、国中に繁栄の力が行き渡るんだ」
ユースは悔しそうに拳を握りこんだ。
「今の俺には伴侶がいないから、母の力が衰えてからは新しい妖精がここ三十年ほど産まれていない」
「そんな……」
じゃあ、私がユースの伴侶にならなければ、今後も新しい妖精は生まれないってことなの?
アッシュブロンドの長い髪を翻して、ユースはハッとした様子でアレッタの方を振り向いた。
「誤解しないでくれ、俺は花嫁がほしかったからアレッタを選んだんじゃない。アレッタがほしいと思ったから、花嫁にと望んだんだ。たとえアレッタが俺のことを好きでなくとも、この気持ちは変わらない」
「ユースが私のこと好きって言ってくれるのは信じられるよ」
アレッタがユースの手を握ると、ユースはそれをギュッと握りこんだ。
ユースの手の温かさに勇気をもらったアレッタは、タチアナに問いかける。
「私が……もしも私がユースと共に生きることを選んで、花嫁になったとしたら。私は妖精になるのですか?」
「そうよ。貴方はユースの力によって花妖精になるでしょう。妖精が人間を伴侶に選んだ場合、一度だけ使うことができる奇跡の魔法よ」
「そうなったら、私はもう人間界には帰れないのですか?」
タチアナはおっとりと首を傾げる。
「帰ろうと思えば帰れるでしょうね。元人間の妖精は人間界に戻れば大きさは人間のまま、人の目にも映る。だって元は人間ですもの」
女王は少し目を伏せて、視線を枯れかけのダリアに移す。
「ただ、人の世は酷く生きづらいと感じるはずだわ。人間が暮らす場所には魔力が少ないし、ずっと向こうで過ごすのは苦痛でしょうね」
そうなんだ……ユースの花嫁になるってことは、人間としての暮らしを捨てるのと一緒の意味になるんだね。
アレッタは父の顔を思い浮かべた。絶対に妖精になど渡さないと言い放った彼は、きっとアレッタに人の世で生きてほしいと願っていることだろう。
妹のレベッカのことも気になる。王都に来てから変わってしまったあの子は、噂に振り回されることなくこと今後も社交界を渡っていけるのだろうか。
それにケネットにだって会えていない。アレッタが突然妖精になってもう人間界に帰らないなんてことになったら、ケネットはなんと思うだろう。
アレッタは妖精さんと共に生きようと決心をしたけれど、だからといって人間界での暮らしを捨てる覚悟はできていなかったことに思い当たり愕然とした。
あそこに白い宮殿があるってことは、ここは花と水の国でいいんだよね? はじめて来る場所だけど……
アレッタのすぐ側で赤いダリアの花が大きく首をもたげている。うーん、この花なんだか元気がないような気がする。
花を観察していたアレッタに何者かが声をかけた。
「あら、お客さま? 珍しいこと」
ゆったりとした口調の女性の声だった。ハッとアレッタが顔を上げると、赤い髪に白いドレスの女性が、ゆっくりとアレッタの方に歩み寄ってきていた。
「ようこそアレッタ、わたくしの花畑へ」
「どうして私の名前を知っているの?」
それに、わたくしの花畑って……この方はダリアの花妖精ってことなのかな?
アレッタが緑の瞳を丸くして驚いていると、彼女は余裕あり気にくすりと笑った。
「だって息子が懸想している子ですもの」
懸想……えっ!? ユースのお母様!?
驚くアレッタを尻目に彼女はたおやかに微笑んだ。その顔は驚くほどに若々しい。ユースと姉弟だと言われても信じてしまいそう。
赤い髪に赤い瞳と、色彩はちっとも似ていないけれど、凛々しく気高い雰囲気は確かにユースと似ていた。
「わたくしはタチアナというの。楽にしていらして。この花畑も自由に見てまわってもらっていいわよ。枯れかけの花だけれど風情はあるでしょう?」
枯れかけの花?
よく見るとそのダリアは全て花びらが萎れ始め、端の方が茶色に染まっているものもあった。
タチアナは白く染まった髪の先を指先で弄んでいる。
指先に目を留めると彼女の赤く化粧された爪の周りの皮膚は、そこだけ老婆のようにしわしわに老化していた。
思わずアレッタは彼女の手に自分の手を重ねる。
「なにかご病気なんですか?」
「ああ、これ? 妖精の老化は人間と違って指先足先、髪の先端からはじまるの。私ももう五百年近く生きたから、これは仕方がないことなのよ」
五百年……! 妖精の寿命が人間よりもだいぶ長いことは知ってはいたが、ここまで長生きな妖精に会ったことはなかった。アレッタは驚きながらも返事を返す。
「そう、なんですね」
「だから息子に好きな子ができたと聞いて安心したわ。これで私もやっと女王の座を降りられる。もう力が尽きてきているから」
女王が一輪のダリアを手にとる。タチアナが花びらの端の方をつつくと、ポロポロと茶色に変色した花弁が落ちていく。
その様を寂しそうに眺めてからタチアナはゆっくりと振り向いた。赤い瞳がアレッタを見つめながら瞬く。
「あの子は貴女に伝えたのかしら、花妖精の王が生涯の相手と決めた伴侶を得られなければ次代の妖精は産まれないって」
「えっ」
「母上。その話はまだアレッタには早すぎる」
いつの間にかアレッタの元に駆けつけたユースが驚くアレッタの肩を抱く。
女王はしわしわの指先を自身の頬に添えた。
「そうかしら? アレッタだって自分のことは自分で決めたいのではないかしら。そのためには正しい情報が必要よ」
「ユース、どういうこと?」
苦い顔で母親を見やったユースは、ひとつ息を吐いて気持ちを切り替えると教えてくれた。
「母の言う通りだ。妖精の王族はそれぞれ重大な使命を帯びていて、その中でも花妖精は繁栄を司っている。花妖精の王族が伴侶を得ることでその力は解放され、国中に繁栄の力が行き渡るんだ」
ユースは悔しそうに拳を握りこんだ。
「今の俺には伴侶がいないから、母の力が衰えてからは新しい妖精がここ三十年ほど産まれていない」
「そんな……」
じゃあ、私がユースの伴侶にならなければ、今後も新しい妖精は生まれないってことなの?
アッシュブロンドの長い髪を翻して、ユースはハッとした様子でアレッタの方を振り向いた。
「誤解しないでくれ、俺は花嫁がほしかったからアレッタを選んだんじゃない。アレッタがほしいと思ったから、花嫁にと望んだんだ。たとえアレッタが俺のことを好きでなくとも、この気持ちは変わらない」
「ユースが私のこと好きって言ってくれるのは信じられるよ」
アレッタがユースの手を握ると、ユースはそれをギュッと握りこんだ。
ユースの手の温かさに勇気をもらったアレッタは、タチアナに問いかける。
「私が……もしも私がユースと共に生きることを選んで、花嫁になったとしたら。私は妖精になるのですか?」
「そうよ。貴方はユースの力によって花妖精になるでしょう。妖精が人間を伴侶に選んだ場合、一度だけ使うことができる奇跡の魔法よ」
「そうなったら、私はもう人間界には帰れないのですか?」
タチアナはおっとりと首を傾げる。
「帰ろうと思えば帰れるでしょうね。元人間の妖精は人間界に戻れば大きさは人間のまま、人の目にも映る。だって元は人間ですもの」
女王は少し目を伏せて、視線を枯れかけのダリアに移す。
「ただ、人の世は酷く生きづらいと感じるはずだわ。人間が暮らす場所には魔力が少ないし、ずっと向こうで過ごすのは苦痛でしょうね」
そうなんだ……ユースの花嫁になるってことは、人間としての暮らしを捨てるのと一緒の意味になるんだね。
アレッタは父の顔を思い浮かべた。絶対に妖精になど渡さないと言い放った彼は、きっとアレッタに人の世で生きてほしいと願っていることだろう。
妹のレベッカのことも気になる。王都に来てから変わってしまったあの子は、噂に振り回されることなくこと今後も社交界を渡っていけるのだろうか。
それにケネットにだって会えていない。アレッタが突然妖精になってもう人間界に帰らないなんてことになったら、ケネットはなんと思うだろう。
アレッタは妖精さんと共に生きようと決心をしたけれど、だからといって人間界での暮らしを捨てる覚悟はできていなかったことに思い当たり愕然とした。
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