オメガパンダの獣人は麒麟皇帝の運命の番

兎騎かなで

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月と朝日

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 しばらくして、桃を売り切ったらしい店主は店じまいをした。白露はすでに泣き止んでいたけれど、もうなにもする気力が湧いてこない状態で、ただ赤くなった目でぼんやりと皇城の方向を窓から眺めていた。

 のそりのそりと店主が近づいてきて、白露の顔をのぞきこむ。

「なあ、お前はいいとこの家の坊ちゃんなんだろう。何があったか知らねえが、家に帰ったらどうなんだ」

 白露は瞳を隠すように伏せて首を横に振った。今琉麒の前に出ていってしまえば、彼の言葉に甘えて番候補としての生活を続けることになるだろう。でもそれでは、琉麒は新しい番を探すことができない。

(僕のような出来損ないのオメガじゃなくて、ちゃんとしたオメガと幸せになってもらいたい。その方が琉麒にとって絶対にいいよ)

 ああでも、琉麒の番になりたかったなあ。思うだけでまた涙が溢れてきて、店主はあちゃあと天を仰いだ。

「わかったわかった、何か事情があるんだな。飾り紐の代金として、一晩だけ泊まらせてやる。ちゃんと考えて、どうするか決めな」
「う……ん。あり、がと」

 目尻の涙を袖口で拭き取りやっと顔を上げると、店主は背を丸めて白露の顔をのぞきこみながら同情を寄越した。

「若えもんがこんなに思い詰めて可哀想になあ。俺のことは気にするな、同じ熊獣人のよしみってことで。な?」
「僕、パンダ獣人だよ」
「パンダ⁉︎ おおっ、本当だ。尻尾の色が違うぞ」

 ひとしきり驚いた店主は使っていない部屋があるからと、物置き場となっているが寝台もある部屋に案内してくれた。店主は夕食まで用意してくれて、なんていい人なんだろうと感動する。

「こんな埃っぽいところしかなくて悪いな」
「とんでもない、ありがとう」
「ちゃんと飯を食えよ。腹が減ってると頭が回らねえからさ。じゃあな」

 食膳を受け取り部屋で一人になると、途端に心細さが込み上げてきた。白露はもう、何も知らずに旅立った頃の白露ではない。

 オメガが一人で旅をする無謀さも知っているし、首筋を晒して歩くことがどんなに恐ろしいことかも理解していた。

 それでも首輪をしていれば一目でオメガだとバレてしまうから、首輪をせずに尻尾も隠して、ベータの熊獣人のふりをしながら旅をするしかない。できるかなあとため息をつく。

(誰にもオメガだってバレないようにしなきゃ。琉麒以外の人には噛まれたくないんだ)

 白露には発情期が来ていないから、もしかしたら誰かに頸を噛まれても、番が成立しないということも考えられる。

 このまま一生誰とも番えない可能性もある。それでもよかった。他の誰かと番うなんて、今では考えられないことだった。

「無理やり噛まれなくてよかった」

 もしも発情薬が作用していたら……今更ながらぞっとする。けれど同時に、発情薬を使ってさえ大人の体になれないことが証明されてしまった。

(番に、なりたかったなあ……)

 琉麒の番になりたかった。彼のためだったら、とっても怖いけれど子どもだって産んでもいいと今なら思えた。

 美味しい笹の葉を分けあって二人で食べられなくても、鳥を見つけて一緒に眺めて楽しむような時間がなくても、それでも琉麒と一緒に生きていたかった……

 未練がましく皇城の方向を窓から探すと、輝く月が空へと昇っていた。

(今日は満月なんだ)

 不意に、皇城で見た月を思い出す。琉麒も今頃、あの月を見上げているのだろうか……切なげな旋律が脳裏に蘇った。

『久遠の別れを誘う月が、私だけを見下ろしていた……』

 白露は別れの歌を、脳内で繰り返し再生する。聞けば聞くほど胸に沁みて、長いこと窓際から動けないでいた。

 店主がせっかく用意してくれた饅頭もどんどん冷えていくけれど、一口だって喉を通りそうにない。

 好物の桃だってとても食べられる気がしなくて、白露は寝台に突っ伏して埃っぽい枕を抱えた。甘くてとびきり魅惑的な、伽羅の匂いが恋しかった。


*****


 いつの間にか眠っていたらしい。気がつくと朝日はとうに昇っていて、商店の周りに人だかりができていた。

 なんの騒ぎだろうと二階の窓から顔を出すと、あいつだ! と指をさされて騒めきが大きくなる。ひゃっと首を引っ込めて窓を閉めた。

「な、何事?」

 やっぱり昨日見かけたあいつで間違いなかった、あのパンダ獣人を引き渡せ! 俺が連れていく、いや私よ! と言い争う声が階下から聞こえた。

 まさか白露が皇城から逃げ出したせいで、指名手配でもされているのだろうか。それとも、葉家の人達が白露を捕らえようとしている?

 警吏らしき獣人までやってきたらしく、民衆を押しのけようと大声を張り上げている。

 急いで下の階に降りると、固い顔つきの店主と出くわす。厄介事に巻き込まれたと怒られるのだろうか。

 それとも無理矢理連れていかれるのかと身構えた白露だったが、店主は予想に反して顎をしゃくって、店先とは逆の方向に白露についてくるように促す。
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