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苦い粉
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誰かに上体を起こされ、口の中へと苦い粉を流し込まれた。あまりの苦さに目を見開く。
「ぐっ、けほっ!」
「しっかり飲み込むんだ」
顎を上向かされて、無理矢理飲まされた。宇天とは似ても似つかない平凡な顔をした葉家の当主は、白露が粉を飲み込むまで凝視してきた。
「これでよし」
「なにを……したんですか」
「なに、気付け薬を飲ませたまでよ」
わざとらしく笑った当主は、白露を寝台に横たえた。
「大人しくしていれば、悪いようにはしない」
嘘だ、笑っているけど目は冷たいままだった。部屋を出ていく背中を、みじろぎもせずに目で追いかけた。
当主の姿が扉の向こうに消えて、視線が途切れた瞬間に起き上がる。同時に鍵がかかる音が聞こえた。
「あっ……」
しまった、言うことを聞いていないで、すぐに外に出ればよかった。
ここはどこだろう。知らない場所だった。部屋自体は簡素だが、寝台は不釣り合いなほど立派だ。
(逃げなくちゃ)
苦味が残る喉をさすりながら、寝台から抜け出した。
「あれ? ない」
琉麒にもらった首輪がなくなっている。汚れた深衣も脱がされて、中着姿になっていた。
心細さできゅっと喉が締まるような思いがしたが、気力を振り絞り部屋の中を歩きまわって脱出経路を探した。
(だめだ、窓ははめ殺しだし、扉も簡単には開かないみたい)
思いきり押したり引いたりしても、白露の力では開けられなかった。体当たりしようとした時、廊下の方から足音が聞こえてきて動きを止める。
「では、そいつの頸を噛めばいいんですね?」
「ああ、報酬は弾む。そろそろ薬が効いてきている頃だろう」
白露は急いで寝台に戻り、布団を盛り上げて人がいるように見せかける。それから息を潜めて、扉の隣に身を寄せた。
(どうか気づかないで、お願い……!)
頭がくらくらするような緊張感の中、扉は開いた。
「さあ、入れ」
「失礼……おや旦那、本当に薬を飲ませたんですよね? 発情香がしませんよ」
「なんだと? 布団をかぶっているせいじゃないか、剥ぎ取ってやれ」
扉の裏でじっと息を潜めていた白露は、馬獣人と葉家の主人が寝台に向かうのを、瞬きもせずに見ていた。
布団を剥ぎ取る瞬間に、扉を抜けて走り出す。主人は気づかなかったが、馬獣人は気づいたようだ。
「旦那、少年が逃げて行きましたよ」
「なにっ⁉︎ おい待て、誰か捕まえろ!」
白露は精一杯走ったが、どんどん頭が痛くなってきた。脈打つごとにガンガン頭を殴られている気がして、どうしても足が遅くなってしまう。
前後不覚になり、目の前にいた誰かの胸に飛び込んでしまった。
「……っ!」
「え、白露? ちょっと、抱きつかないでよ」
「あっ」
振り払われて、廊下に倒れ込んでしまった。ぶつかった相手は宇天だったらしい。肩の汚れを払うような素振りをした彼は、腕を組んで白露を見下ろす。
「なんでボクの屋敷にいるわけ? 二度と顔を見せるなって言ったよねっ⁉︎」
「おお、帰ったのか宇天。そのパンダ獣人を捕まえておいてくれ」
駆けつけた葉家当主は、白露を触りたがらなかった宇天のかわりに、馬獣人に白露を拘束するよう申しつけた。
「ああっ、離して!」
立ちあがろうとしたが、馬獣人に後ろ手を掴まれて、身動きが取れなくなってしまった。
「大人しくしていろ。それにしても、逃げだす元気が残っているとはな。偽薬でも掴まされか」
「どういうことなの父様、なんで白露が家にいるのさ?」
「ああ、愛息子よ。説明してやるとも」
酷い頭痛の中で聞き取ったのは、とんでもない話だった。
葉家当主は宇天こそが琉麒の番に相応しいと前々からアピールしており、そのため白露を適当なアルファに噛ませて、城から追放させようとしたらしい。
「ふうん、なるほどね。白露はまだ発情期が来てないって言ってたから、それで薬が効かなかったんじゃない?」
「なんと、欠陥品のオメガであったか」
頭よりも胸が痛んだ。欠陥品という言葉が脳裏にこだまして、どんどん俯いてしまう。
「でもそれじゃ、誰かに頸を噛ませても意味ないってことだよねえ……そうだ、いいことを思いついた!」
「なんだね宇天、聞かせてくれ」
「ボクの求婚者に確か、玄国の華族がいたでしょう? そいつに白露を押しつけちゃえばいいよ、親戚だとか言ってさ」
「ほう? それは面白いな。上手くいけば玄国の貴族に恩が売れ、我が家の益となる。早速手配しよう」
葉家当主が家人に指示をしている間、宇天は腰に手を当てて鼻高々に自画自賛をしていた。
「ふふっ、我ながらいい案。玄国の人達はオメガを人じゃなくて所有物扱いするみたいだから、大事にされるよう言うことを聞いた方がいいよ。ふん、いい気味!」
白露を物のように扱っている点では、目の前の二人も同類だ。聞いているだけで吐き気がしてきた。宇天がこんな人だったなんて。
(いや、恨まれているから当然なのかな)
だとしても、このまま言いなりになる気なんて毛頭ない。かくなる上は術を使うしかないと、大きく息を吸い込み子守歌を歌った。
「ぐっ、けほっ!」
「しっかり飲み込むんだ」
顎を上向かされて、無理矢理飲まされた。宇天とは似ても似つかない平凡な顔をした葉家の当主は、白露が粉を飲み込むまで凝視してきた。
「これでよし」
「なにを……したんですか」
「なに、気付け薬を飲ませたまでよ」
わざとらしく笑った当主は、白露を寝台に横たえた。
「大人しくしていれば、悪いようにはしない」
嘘だ、笑っているけど目は冷たいままだった。部屋を出ていく背中を、みじろぎもせずに目で追いかけた。
当主の姿が扉の向こうに消えて、視線が途切れた瞬間に起き上がる。同時に鍵がかかる音が聞こえた。
「あっ……」
しまった、言うことを聞いていないで、すぐに外に出ればよかった。
ここはどこだろう。知らない場所だった。部屋自体は簡素だが、寝台は不釣り合いなほど立派だ。
(逃げなくちゃ)
苦味が残る喉をさすりながら、寝台から抜け出した。
「あれ? ない」
琉麒にもらった首輪がなくなっている。汚れた深衣も脱がされて、中着姿になっていた。
心細さできゅっと喉が締まるような思いがしたが、気力を振り絞り部屋の中を歩きまわって脱出経路を探した。
(だめだ、窓ははめ殺しだし、扉も簡単には開かないみたい)
思いきり押したり引いたりしても、白露の力では開けられなかった。体当たりしようとした時、廊下の方から足音が聞こえてきて動きを止める。
「では、そいつの頸を噛めばいいんですね?」
「ああ、報酬は弾む。そろそろ薬が効いてきている頃だろう」
白露は急いで寝台に戻り、布団を盛り上げて人がいるように見せかける。それから息を潜めて、扉の隣に身を寄せた。
(どうか気づかないで、お願い……!)
頭がくらくらするような緊張感の中、扉は開いた。
「さあ、入れ」
「失礼……おや旦那、本当に薬を飲ませたんですよね? 発情香がしませんよ」
「なんだと? 布団をかぶっているせいじゃないか、剥ぎ取ってやれ」
扉の裏でじっと息を潜めていた白露は、馬獣人と葉家の主人が寝台に向かうのを、瞬きもせずに見ていた。
布団を剥ぎ取る瞬間に、扉を抜けて走り出す。主人は気づかなかったが、馬獣人は気づいたようだ。
「旦那、少年が逃げて行きましたよ」
「なにっ⁉︎ おい待て、誰か捕まえろ!」
白露は精一杯走ったが、どんどん頭が痛くなってきた。脈打つごとにガンガン頭を殴られている気がして、どうしても足が遅くなってしまう。
前後不覚になり、目の前にいた誰かの胸に飛び込んでしまった。
「……っ!」
「え、白露? ちょっと、抱きつかないでよ」
「あっ」
振り払われて、廊下に倒れ込んでしまった。ぶつかった相手は宇天だったらしい。肩の汚れを払うような素振りをした彼は、腕を組んで白露を見下ろす。
「なんでボクの屋敷にいるわけ? 二度と顔を見せるなって言ったよねっ⁉︎」
「おお、帰ったのか宇天。そのパンダ獣人を捕まえておいてくれ」
駆けつけた葉家当主は、白露を触りたがらなかった宇天のかわりに、馬獣人に白露を拘束するよう申しつけた。
「ああっ、離して!」
立ちあがろうとしたが、馬獣人に後ろ手を掴まれて、身動きが取れなくなってしまった。
「大人しくしていろ。それにしても、逃げだす元気が残っているとはな。偽薬でも掴まされか」
「どういうことなの父様、なんで白露が家にいるのさ?」
「ああ、愛息子よ。説明してやるとも」
酷い頭痛の中で聞き取ったのは、とんでもない話だった。
葉家当主は宇天こそが琉麒の番に相応しいと前々からアピールしており、そのため白露を適当なアルファに噛ませて、城から追放させようとしたらしい。
「ふうん、なるほどね。白露はまだ発情期が来てないって言ってたから、それで薬が効かなかったんじゃない?」
「なんと、欠陥品のオメガであったか」
頭よりも胸が痛んだ。欠陥品という言葉が脳裏にこだまして、どんどん俯いてしまう。
「でもそれじゃ、誰かに頸を噛ませても意味ないってことだよねえ……そうだ、いいことを思いついた!」
「なんだね宇天、聞かせてくれ」
「ボクの求婚者に確か、玄国の華族がいたでしょう? そいつに白露を押しつけちゃえばいいよ、親戚だとか言ってさ」
「ほう? それは面白いな。上手くいけば玄国の貴族に恩が売れ、我が家の益となる。早速手配しよう」
葉家当主が家人に指示をしている間、宇天は腰に手を当てて鼻高々に自画自賛をしていた。
「ふふっ、我ながらいい案。玄国の人達はオメガを人じゃなくて所有物扱いするみたいだから、大事にされるよう言うことを聞いた方がいいよ。ふん、いい気味!」
白露を物のように扱っている点では、目の前の二人も同類だ。聞いているだけで吐き気がしてきた。宇天がこんな人だったなんて。
(いや、恨まれているから当然なのかな)
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