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相応しいのは
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宇天は白露の奇妙な反応に構うことなく、踊るようにくるりと体を離して笑い飛ばした。
「なーんてね。そんなことあるはずないよね。だって皇帝様の番になるのはボクって決まっているし」
「えっ」
宇天は無邪気に笑うと、夢見るように両手を組んで空を眺めた。
「皇帝琉麒様、ボクが幼い頃からずっと憧れの人。白磁の肌に黄金の川のような髪、黒い宝石のような角に美しい金色の耳、豊かな尻尾……麒麟獣人は王族の獣人にしか現れない特徴で、特別感があるよね。ボクは絶対に将来、麒麟獣人の子どもを産むんだ」
口の端を緩めた宇天は、自らの言葉に酔いしれながら語り続ける。
「見た目も能力も優れた人ばかりでうっとりしちゃうよ。皇帝様は政治的な手腕も素晴らしいんだよね。四大神獣の末裔とされる四獣華族からも支持されていて……」
宇天の口から語られる琉麒は、白露の知らない人のようだった。立石に水のごとく流暢に流れる話は途切れることはなく、白露が口を挟む暇もない。
美辞麗句を尽くして時にことわざで皇帝を讃えながら、宇天の演説はいつまでも続く。
やがて話はそんな素晴らしい皇帝の番になるために、いかに自身を磨いてきたかという話題へ移り、蝋燭の火が尽きるほどの長時間を語りつくしてやっと満足したらしい。柔らかな曲線を描く耳をぴこぴこと満足そうに動かした。
「ってことだから、やっぱり皇帝様の番に相応しいのはボクだと思うんだ。ボク以上に美しくて芸事に秀でていて、家柄もいいオメガなんてそうそういないよ。ねえ、白露もそう思うでしょ?」
白露は何も答えられなかった。鉛でも飲み込んだかのように舌が動かない。宇天はなんの反応もないことを不満に思ったようで、ムッとした顔をしながら白露の方に振り向き、目を見開く。
「キミ、なんでそんな青白くなってるわけ? ああ、さてはボクとキミの才能の違いを比べて絶望しちゃった? 大丈夫だって、首輪を贈ってもらえるくらいに仲のいい婚約者がいるんでしょ、自信持ちなよ」
「う、うん……」
首輪をぎゅっと指先で握りしめる。青い玉が指先に触れて、ハッと息が漏れた。
(そうだ、琉麒は僕のことを唯一無二の番だって言ってくれた)
宇天がどんなに望んだって、彼が皇帝の番になることはない……はずだ。白露は震える声で言い返した。
「皇帝様は、運命の番じゃなきゃダメだって……」
「ああ、そのこと。どうせ麒麟族を必要以上に神格化したがる、年寄り連中が言い出したことでしょ。ボクたち若手のオメガは誰も信じちゃいないよ」
今度こそ言葉を失って黙りこむ。宇天は白露の様子に構うことなく空を見上げた。
「ああ、ボク本当にもう行かなきゃ。またね白露」
宇天の話にろくに反論できないまま、彼は去ってしまった。ショックを受けて立ち尽くしていると、魅音が気遣うように声をかけてくる。
「白露様、彼を脅威に感じる必要はありません。皇上は貴方を選んだのですから、堂々としていればよいのです」
「……そう、だね」
宇天があんなことを言うなんて予想もしていないなかった。まだ心臓がドクドクと音を立てている。
将来、宇天が琉麒の番となって彼の子どもを産む……? 考えたくもなかった。ぷちりと笹の葉をちぎって食べてみても、全然味を感じられない。
「白露様、ここではなくて、お部屋でお召し上がりになりませんか」
魅音が焦ったように声をかけてくる。ああそうだった、笹を食べるのはおかしな人に見えるんだったと頭の端でぼんやり考える。
宮廷の事情にはまだ慣れない。いつか慣れる日が来るのだろうか。提案通りに何枚かちぎっていき、部屋でつまむことにした。
(宇天は琉麒が好きなんだ……あんなに綺麗で優しい人で、しかも皇帝様だもんね。誰だって彼の番になりたいと思うよね)
白髪の美しいテン獣人は辺境出身の白露と違って優美で、笙も演奏できて物知りで、華族として理想的な姿のように思える。
重く息苦しい感覚が腹の底から這い上がってきて、ちくちくと白露の胸を苛んだ。
肩を落としながら部屋に戻ると、以前切らせてもらった竹が骨と竹ヒゴの形になって返ってきていた。引き寄せられるように手に取る。
糸とハサミも用意されていることを確かめると、白露は靴を脱いで板の上に座りこみ、竹骨を重ねはじめた。
放射線状に重ねた竹骨を素足で押さえつけながら、中心点から交互に二本の竹ヒゴを通していく。何度も何度も竹ヒゴを引っ張り、均等に隙間なく編んだ。
ただの紐が重なって、形になっていく様は何度見ても見飽きない。少しだけ、胸のつかえがおりた気がした。
慣れた作業をで手を忙しなく動かしながら、つらつらと考え続ける。
白露が皇帝の番であることを知ったら、宇天はどう感じるだろう。怒るかな、泣くかもしれない。すんなり受け入れてもらえるとは到底思えなかった。
(琉麒はみんなが番になりたがる憧れの存在なのに、正当な番であるはずの僕は体が大人になりきれていない、出来損ないのオメガだ)
このままじゃ彼の番だと認めてもらえない。一生発情期が来なかったらどうしよう……悩みながらも竹骨を重ね、だんだんと円を大きくしていく。
このまま編み続ければ、ちゃんとカゴができあがると白露は知っている。
(大丈夫、きっと僕の体も大人になるはず。人よりちょっと成長が遅いだけだ。そうだよね? 本当のところは原因がわからないけれど……お医者様に診てもらったり、琉麒と愛しあうことで何か変わるかもしれない)
昨夜だって発情期が来そうな前兆があった気がするし、白露の体は確実に大人に近づいていると自分に言い聞かせる。
気合を入れて竹ヒゴを引っ張ったところで、手元に影がかかった。
「白露?」
「わあっ!? え、琉麒……! 来てたんだ」
「声をかけても気づかないほどに集中していたね」
琉麒は床に座りこんだ白露のすぐ側にしゃがみこむと、素足に目を止めた。
「竹細工というのは、足も使って編む物なのか」
「あ」
もしかしたら、不潔だと思われたのだろうか。恐る恐る足を離すと、編みかけのカゴを手に取られる。
「待って、まだ触らないで。汚いよ?」
「部屋は綺麗に掃除してあるし、素足で外を歩いたわけでもないのだろう? 心配いらない」
琉麒はそう言うけれど、気になってしょうがない。
「なーんてね。そんなことあるはずないよね。だって皇帝様の番になるのはボクって決まっているし」
「えっ」
宇天は無邪気に笑うと、夢見るように両手を組んで空を眺めた。
「皇帝琉麒様、ボクが幼い頃からずっと憧れの人。白磁の肌に黄金の川のような髪、黒い宝石のような角に美しい金色の耳、豊かな尻尾……麒麟獣人は王族の獣人にしか現れない特徴で、特別感があるよね。ボクは絶対に将来、麒麟獣人の子どもを産むんだ」
口の端を緩めた宇天は、自らの言葉に酔いしれながら語り続ける。
「見た目も能力も優れた人ばかりでうっとりしちゃうよ。皇帝様は政治的な手腕も素晴らしいんだよね。四大神獣の末裔とされる四獣華族からも支持されていて……」
宇天の口から語られる琉麒は、白露の知らない人のようだった。立石に水のごとく流暢に流れる話は途切れることはなく、白露が口を挟む暇もない。
美辞麗句を尽くして時にことわざで皇帝を讃えながら、宇天の演説はいつまでも続く。
やがて話はそんな素晴らしい皇帝の番になるために、いかに自身を磨いてきたかという話題へ移り、蝋燭の火が尽きるほどの長時間を語りつくしてやっと満足したらしい。柔らかな曲線を描く耳をぴこぴこと満足そうに動かした。
「ってことだから、やっぱり皇帝様の番に相応しいのはボクだと思うんだ。ボク以上に美しくて芸事に秀でていて、家柄もいいオメガなんてそうそういないよ。ねえ、白露もそう思うでしょ?」
白露は何も答えられなかった。鉛でも飲み込んだかのように舌が動かない。宇天はなんの反応もないことを不満に思ったようで、ムッとした顔をしながら白露の方に振り向き、目を見開く。
「キミ、なんでそんな青白くなってるわけ? ああ、さてはボクとキミの才能の違いを比べて絶望しちゃった? 大丈夫だって、首輪を贈ってもらえるくらいに仲のいい婚約者がいるんでしょ、自信持ちなよ」
「う、うん……」
首輪をぎゅっと指先で握りしめる。青い玉が指先に触れて、ハッと息が漏れた。
(そうだ、琉麒は僕のことを唯一無二の番だって言ってくれた)
宇天がどんなに望んだって、彼が皇帝の番になることはない……はずだ。白露は震える声で言い返した。
「皇帝様は、運命の番じゃなきゃダメだって……」
「ああ、そのこと。どうせ麒麟族を必要以上に神格化したがる、年寄り連中が言い出したことでしょ。ボクたち若手のオメガは誰も信じちゃいないよ」
今度こそ言葉を失って黙りこむ。宇天は白露の様子に構うことなく空を見上げた。
「ああ、ボク本当にもう行かなきゃ。またね白露」
宇天の話にろくに反論できないまま、彼は去ってしまった。ショックを受けて立ち尽くしていると、魅音が気遣うように声をかけてくる。
「白露様、彼を脅威に感じる必要はありません。皇上は貴方を選んだのですから、堂々としていればよいのです」
「……そう、だね」
宇天があんなことを言うなんて予想もしていないなかった。まだ心臓がドクドクと音を立てている。
将来、宇天が琉麒の番となって彼の子どもを産む……? 考えたくもなかった。ぷちりと笹の葉をちぎって食べてみても、全然味を感じられない。
「白露様、ここではなくて、お部屋でお召し上がりになりませんか」
魅音が焦ったように声をかけてくる。ああそうだった、笹を食べるのはおかしな人に見えるんだったと頭の端でぼんやり考える。
宮廷の事情にはまだ慣れない。いつか慣れる日が来るのだろうか。提案通りに何枚かちぎっていき、部屋でつまむことにした。
(宇天は琉麒が好きなんだ……あんなに綺麗で優しい人で、しかも皇帝様だもんね。誰だって彼の番になりたいと思うよね)
白髪の美しいテン獣人は辺境出身の白露と違って優美で、笙も演奏できて物知りで、華族として理想的な姿のように思える。
重く息苦しい感覚が腹の底から這い上がってきて、ちくちくと白露の胸を苛んだ。
肩を落としながら部屋に戻ると、以前切らせてもらった竹が骨と竹ヒゴの形になって返ってきていた。引き寄せられるように手に取る。
糸とハサミも用意されていることを確かめると、白露は靴を脱いで板の上に座りこみ、竹骨を重ねはじめた。
放射線状に重ねた竹骨を素足で押さえつけながら、中心点から交互に二本の竹ヒゴを通していく。何度も何度も竹ヒゴを引っ張り、均等に隙間なく編んだ。
ただの紐が重なって、形になっていく様は何度見ても見飽きない。少しだけ、胸のつかえがおりた気がした。
慣れた作業をで手を忙しなく動かしながら、つらつらと考え続ける。
白露が皇帝の番であることを知ったら、宇天はどう感じるだろう。怒るかな、泣くかもしれない。すんなり受け入れてもらえるとは到底思えなかった。
(琉麒はみんなが番になりたがる憧れの存在なのに、正当な番であるはずの僕は体が大人になりきれていない、出来損ないのオメガだ)
このままじゃ彼の番だと認めてもらえない。一生発情期が来なかったらどうしよう……悩みながらも竹骨を重ね、だんだんと円を大きくしていく。
このまま編み続ければ、ちゃんとカゴができあがると白露は知っている。
(大丈夫、きっと僕の体も大人になるはず。人よりちょっと成長が遅いだけだ。そうだよね? 本当のところは原因がわからないけれど……お医者様に診てもらったり、琉麒と愛しあうことで何か変わるかもしれない)
昨夜だって発情期が来そうな前兆があった気がするし、白露の体は確実に大人に近づいていると自分に言い聞かせる。
気合を入れて竹ヒゴを引っ張ったところで、手元に影がかかった。
「白露?」
「わあっ!? え、琉麒……! 来てたんだ」
「声をかけても気づかないほどに集中していたね」
琉麒は床に座りこんだ白露のすぐ側にしゃがみこむと、素足に目を止めた。
「竹細工というのは、足も使って編む物なのか」
「あ」
もしかしたら、不潔だと思われたのだろうか。恐る恐る足を離すと、編みかけのカゴを手に取られる。
「待って、まだ触らないで。汚いよ?」
「部屋は綺麗に掃除してあるし、素足で外を歩いたわけでもないのだろう? 心配いらない」
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