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身内の定義
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食事を終えた太狼は、思わせぶりに両手を卓の上で組んだ。
「オメガ子息を皇帝に嫁がせたかった勢力は、しばらく荒れるだろうな」
「太狼」
咎めるように短く嗜めた虎炎に、太狼は肩を竦める。
「知らないより知っていた方がいいだろう? 白露は正式に番としてお披露目できない状態なんだから」
「それは、まだ僕が琉麒と番になれていないせいなのかな?」
「そういうことだ。麒麟族は運命の番じゃなきゃ無理だっつってんのに、それを軽んじる輩がいるんだよ。だが心配しなくてもいい、腕が折れたら袖で隠してやればいいだけのことだ。こんな風にな」
プラプラと右腕を左右に振って遊ばせる太狼に、白露は言葉の意味を尋ねた。
「それもことわざなの?」
「うん? ああ、何か不都合があった時には、身内がそれを庇ってやるもんだって意味だ。アンタが琉麒の番になるのなら、俺にとっても身内同然だからな。守ってやる」
「ありがとう」
心強い宣言に白露は頬を緩めた。白露には足りないところがたくさんあるけれど、心優しい味方がいれば何とかやっていけそうな気がした。
「身内……」
琉麒が何か言いたげに声を発し、太狼は口角を釣り上げた。
「ただの言葉の綾だろう? 本当に余裕がないな、珍しい」
「まだ番ではないからね。首輪をしていない白露と君が会ったと聞いた時、どんなに私が焦ったか忘れた訳ではなかろう?」
「あー、あの時の琉麒の顔といったら! 美形が台無しだぜ、天下の皇帝様があんなもごっ」
いきなり太狼の動きが止まり、口が聞けなくなった。何が起こったのだろうと目を丸くして琉麒に身を寄せると、彼は太狼の方を向いたまま抱き返してくれる。虎炎が深々とため息をついた。
「さもありなん。口が減らぬ男だ」
「しばらくこのままでいてもらおうか」
「どうしたの? 太狼はなんで止まっちゃったのかな」
琉麒は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、太狼を見つめ続けていた。
「これが私の術の能力だ。視認した任意の人物の動きを止める。ただ、これには弱点があってな。視線を逸らすと術が解ける」
琉麒が太狼から視線を外すと、太狼は急に術が解かれたせいなのか卓に突っ伏した。ゴンッと痛そうな音が部屋に響く。料理皿が片付けられていたのは不幸中の幸いだった。
「いってえー!」
「自業自得であるな」
額をさする太狼に対して、虎炎も琉麒も白けた視線を送る。白露が一人ハラハラと心配していると、頬にそっと手を添えられて琉麒の玻璃の瞳が眼前に映りこんだ。眉根を苦しげに寄せた琉麒は真剣な表情で白露に頼みこむ。
「白露、私と正式な番になるまで、決して首輪を外してはならないよ。太狼と会う時は特に」
「何もしねーよ! 信用ないなあ、酷いぜ」
「君が何もする気はなくとも、急に白露の発情期が来るかもしれないだろう」
「まあ、そりゃそうか。俺も十分に気をつけるとするよ」
琉麒は白露の髪を切なげに撫でた。早く番になりたいなあと白露も願いを込めて見つめ返す。吸い込まれそうな青玻璃の瞳を、いつまででも見ていたくなった。
「二人の世界だなあ。まったく、羨ましいぜ」
「白露は私の番だ」
「わかってるってば、取らねえからそんなに怖い目で見るなよ」
二人は旧知の仲らしく、お互いに言いたいことをあけすけなく言い合う仲のようだ。白露もちょっぴり二人の関係が羨ましくなった。
「琉麒、僕にも遠慮なくなんでも言ってもいいからね?」
「突然何を言いだすんだ白露。私は君に想いを伝えられていると思っていたけれど、ひょっとして十分ではなかったのだろうか」
涼やかな声が段々と熱を帯び始めたのを察して、白露は肩を竦めて手を左右に振りたくった。
「そうじゃないよ! そうじゃなくて、琉麒のカッコ悪いところを知っても嫌いになんてなったりしないよって言いたかったんだ」
琉麒はピシリと体の動きを止める。太狼が思い出したかのようにフッと吹き出した。
「あの時の琉麒はカッコ悪かったなあ。聞きたいか白露」
「太狼? また術をかけられたいのか」
「滅相もない」
太狼は術をかけられる前に自主的に黙り込んだ。虎炎が咳払いをして気まずい空気を誤魔化そうとしている。琉麒は白露から瞳を逸らしたまま、気まずげに告げた。
「お互いのことは、おいおい知っていけばよいと思っている。白露がどうしても知りたいと言うのなら、伝えるが」
「ううん、琉麒に無理をさせたいわけじゃないから、話したくないなら話さなくていいよ」
「それは助かる。あまりにもその、我ながらみっともなかったからな。かわりと言ってはなんだが、望みがあれば言ってごらん。なんでも叶えよう」
琉麒はホッとしたように息を吐くと話題を変えた。琉麒が焦った時にどんな反応をしていたのか気にはなるけれど、無理矢理聞き出して恥ずかしい思いをさせたい訳ではないので、話題転換に乗ることにする。
「そういえば、琉麒にお願いしたいことがあったんだけどいいかな?」
「なんだ?」
「教師をお願いしたいんだ」
「もちろんいいよ、何を習いたいんだ」
「何を習えばいいんだろう……えっと、文字と算学、華族の使うことわざ、琉麒のお仕事に役立つ知識、それから楽器も?」
指を折りながら列挙していくと、琉麒は苦笑した。
「とてもいっぺんには覚えられないだろう。まずはアルファとオメガについて正確に知り、宮廷での立居振る舞いを覚えることが必要だと思うが、どうだ」
「あ、それも必要だよね」
気が逸って肝心なことが抜け落ちていた。
「オメガ子息を皇帝に嫁がせたかった勢力は、しばらく荒れるだろうな」
「太狼」
咎めるように短く嗜めた虎炎に、太狼は肩を竦める。
「知らないより知っていた方がいいだろう? 白露は正式に番としてお披露目できない状態なんだから」
「それは、まだ僕が琉麒と番になれていないせいなのかな?」
「そういうことだ。麒麟族は運命の番じゃなきゃ無理だっつってんのに、それを軽んじる輩がいるんだよ。だが心配しなくてもいい、腕が折れたら袖で隠してやればいいだけのことだ。こんな風にな」
プラプラと右腕を左右に振って遊ばせる太狼に、白露は言葉の意味を尋ねた。
「それもことわざなの?」
「うん? ああ、何か不都合があった時には、身内がそれを庇ってやるもんだって意味だ。アンタが琉麒の番になるのなら、俺にとっても身内同然だからな。守ってやる」
「ありがとう」
心強い宣言に白露は頬を緩めた。白露には足りないところがたくさんあるけれど、心優しい味方がいれば何とかやっていけそうな気がした。
「身内……」
琉麒が何か言いたげに声を発し、太狼は口角を釣り上げた。
「ただの言葉の綾だろう? 本当に余裕がないな、珍しい」
「まだ番ではないからね。首輪をしていない白露と君が会ったと聞いた時、どんなに私が焦ったか忘れた訳ではなかろう?」
「あー、あの時の琉麒の顔といったら! 美形が台無しだぜ、天下の皇帝様があんなもごっ」
いきなり太狼の動きが止まり、口が聞けなくなった。何が起こったのだろうと目を丸くして琉麒に身を寄せると、彼は太狼の方を向いたまま抱き返してくれる。虎炎が深々とため息をついた。
「さもありなん。口が減らぬ男だ」
「しばらくこのままでいてもらおうか」
「どうしたの? 太狼はなんで止まっちゃったのかな」
琉麒は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、太狼を見つめ続けていた。
「これが私の術の能力だ。視認した任意の人物の動きを止める。ただ、これには弱点があってな。視線を逸らすと術が解ける」
琉麒が太狼から視線を外すと、太狼は急に術が解かれたせいなのか卓に突っ伏した。ゴンッと痛そうな音が部屋に響く。料理皿が片付けられていたのは不幸中の幸いだった。
「いってえー!」
「自業自得であるな」
額をさする太狼に対して、虎炎も琉麒も白けた視線を送る。白露が一人ハラハラと心配していると、頬にそっと手を添えられて琉麒の玻璃の瞳が眼前に映りこんだ。眉根を苦しげに寄せた琉麒は真剣な表情で白露に頼みこむ。
「白露、私と正式な番になるまで、決して首輪を外してはならないよ。太狼と会う時は特に」
「何もしねーよ! 信用ないなあ、酷いぜ」
「君が何もする気はなくとも、急に白露の発情期が来るかもしれないだろう」
「まあ、そりゃそうか。俺も十分に気をつけるとするよ」
琉麒は白露の髪を切なげに撫でた。早く番になりたいなあと白露も願いを込めて見つめ返す。吸い込まれそうな青玻璃の瞳を、いつまででも見ていたくなった。
「二人の世界だなあ。まったく、羨ましいぜ」
「白露は私の番だ」
「わかってるってば、取らねえからそんなに怖い目で見るなよ」
二人は旧知の仲らしく、お互いに言いたいことをあけすけなく言い合う仲のようだ。白露もちょっぴり二人の関係が羨ましくなった。
「琉麒、僕にも遠慮なくなんでも言ってもいいからね?」
「突然何を言いだすんだ白露。私は君に想いを伝えられていると思っていたけれど、ひょっとして十分ではなかったのだろうか」
涼やかな声が段々と熱を帯び始めたのを察して、白露は肩を竦めて手を左右に振りたくった。
「そうじゃないよ! そうじゃなくて、琉麒のカッコ悪いところを知っても嫌いになんてなったりしないよって言いたかったんだ」
琉麒はピシリと体の動きを止める。太狼が思い出したかのようにフッと吹き出した。
「あの時の琉麒はカッコ悪かったなあ。聞きたいか白露」
「太狼? また術をかけられたいのか」
「滅相もない」
太狼は術をかけられる前に自主的に黙り込んだ。虎炎が咳払いをして気まずい空気を誤魔化そうとしている。琉麒は白露から瞳を逸らしたまま、気まずげに告げた。
「お互いのことは、おいおい知っていけばよいと思っている。白露がどうしても知りたいと言うのなら、伝えるが」
「ううん、琉麒に無理をさせたいわけじゃないから、話したくないなら話さなくていいよ」
「それは助かる。あまりにもその、我ながらみっともなかったからな。かわりと言ってはなんだが、望みがあれば言ってごらん。なんでも叶えよう」
琉麒はホッとしたように息を吐くと話題を変えた。琉麒が焦った時にどんな反応をしていたのか気にはなるけれど、無理矢理聞き出して恥ずかしい思いをさせたい訳ではないので、話題転換に乗ることにする。
「そういえば、琉麒にお願いしたいことがあったんだけどいいかな?」
「なんだ?」
「教師をお願いしたいんだ」
「もちろんいいよ、何を習いたいんだ」
「何を習えばいいんだろう……えっと、文字と算学、華族の使うことわざ、琉麒のお仕事に役立つ知識、それから楽器も?」
指を折りながら列挙していくと、琉麒は苦笑した。
「とてもいっぺんには覚えられないだろう。まずはアルファとオメガについて正確に知り、宮廷での立居振る舞いを覚えることが必要だと思うが、どうだ」
「あ、それも必要だよね」
気が逸って肝心なことが抜け落ちていた。
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