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いつか、ここを噛むから
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華族の使う言葉は難しい物が多いなあと感じた白露は、魅音にお願いをした。
「好きに過ごしていいのなら、僕は字を習いたい。字がわかったら琉麒の仕事を手伝えるかもしれないよね?」
「そうですね。可能性は無くはないでしょう」
曖昧な肯定だったけれど、白露が字を習うこと自体は歓迎してくれるようだ。字が読めるようになったら、華族の使うことわざとやらも覚えやすいかもしれない。
言葉が難しすぎて一度聞いただけでは覚えられないから、字を書くことができれば何度も唱えて練習することができる。
「よおし、僕がんばるよ!」
白露は割り当てられた自室に移動し、朝食を食べ終えたら早速字を習いはじめた。魅音は書庫から綴じ本を持ってきてくれて、見本を見せながら紙に簡単な文字を書いてくれる。
「音読致しますので、音の響きと文字を一致させましょう」
普段何気なく話していた言葉がこんなにも複雑な字で構成されているなんてと驚きながらも、白露は魅音の用意してくれた音節表を頼りに文字を一つずつ読みはじめた。
白露は宣言通り勉強をがんばった。太陽が空高く昇る頃まで音読を繰り返していると、白露の部屋に皇帝が訪れる。黄金の髪に負けないくらいに麗しい顔に微笑を浮かべて、柔らかな声音で語りかけてきた。
「白露、精が出るね」
「琉麒! もうお仕事は終わった?」
「いや、昼餉の時間だから一度抜け出してきたんだ。一緒に食事を摂らないか」
「うん、食べたい!」
「あまり時間がないからここに運んでもらおう。魅音、頼む」
「かしこまりました」
琉麒は白露を膝の上に乗せたいのか、ポンポンと膝の上を手のひらで示す。
「おいで、白露」
恥ずかしさもあったけれどそれ以上に琉麒とくっついていたい気持ちが強かったので、ゆっくりと歩み寄り膝の上にお邪魔した。
包みこむような伽羅の香りに、心がほぐれていく。すり、と肩口に額を擦り付けると琉麒はくすぐったそうに笑った。
「勉強をしていたんだね。捗っているか?」
「どうだろう、まだ全然わからないや」
「急ぐことはない、ゆっくりと覚えていけばいい……こういうことも」
琉麒が白露の頸を指先でなぞる。ぞわりと肌が反応して、白露はパッと首の後ろを手で押さえた。
琉麒の手は巧みに白露の手を避けると、首のつけ根辺りを指先で押した。本能的に恐怖を感じて肩を強張らせる。
「……っ」
「発情期がきたら、君の頸を噛んで正式な番にしたい。今頸を噛んでしまうと番になれないかもしれないから、君の体が大人になるのを待つよ」
切ないくらいに真剣な声色で囁かれて、白露も自然と声を潜めた。きっと今すぐにでも番になりたいと思ってくれているのだろう。白露が変なオメガであるばっかりに番になれなくって申し訳ないなあと肩を落としながら、彼の言葉に頷いた。
「……うん、わかった」
落ち込む白露を見て、番になるのを怖がっているとでも思ったのだろうか。琉麒は切なげに眉尻を下ろした。
「白露は私と運命の番でよかったと思っているか?」
「僕は……」
琉麒のことは一昨日初めて会ったなんて信じられないくらい慕わしく、離れがたく感じている。
(まさか皇帝様の番として選ばれちゃうだなんて、夢を見ているみたいだ。これからどうなるのかなって不安はある。けれど)
それでも琉麒と離れたいとか、もっと普通の人が番だったらよかったなんて欠片も思わなかった。
(番になるなら琉麒がいいな。彼と一緒に暮らしてみたいし、力になりたい)
側にいるだけで湧きあがる幸福感に酔いしれながら、白露は淡く微笑んだ。
「運命の番のことはよくわからないけれど、琉麒と一緒にいたい。番になりたいなって思うよ」
「そうか」
琉麒は嬉しそうに破顔し、白露の首筋にチュッとキスを落とした。ピリッと痛みが走って、思わず声を上げる。
「いたっ」
「痛かったか? すまないね……私の番だと主張したくて跡をつけてしまった」
「何かついてるの?」
琉麒の指先が指し示した卓の上に、金縁の鏡が置いてある。目を凝らして見てみると、キスをされた場所が赤くなっていた。なんだか恥ずかしいもののように感じて首の付け根を手で隠すと、琉麒は白露の手のひらの上に彼の手を被せた。
「いつか、ここを噛むから」
鏡の中でうっそりと笑う琉麒はひどく妖艶で、白露はたちまち頬を赤らめた。初々しい様子を満足気に眺めた琉麒は、鏡から視線を外し直接白露を流し見た。
「君に首輪を贈りたい。誰か別の獣人に噛まれないようにしなければな。つけてくれるか?」
「う、うん。僕も琉麒以外には噛まれたくないから」
「いい子だ」
黒髪をパンダ耳ごと撫でられて、心地良い指先の動きにうっとりと目を閉じる。給仕の者が大皿を抱えてやってきて、慌てて居住まいを正した。
「好きに過ごしていいのなら、僕は字を習いたい。字がわかったら琉麒の仕事を手伝えるかもしれないよね?」
「そうですね。可能性は無くはないでしょう」
曖昧な肯定だったけれど、白露が字を習うこと自体は歓迎してくれるようだ。字が読めるようになったら、華族の使うことわざとやらも覚えやすいかもしれない。
言葉が難しすぎて一度聞いただけでは覚えられないから、字を書くことができれば何度も唱えて練習することができる。
「よおし、僕がんばるよ!」
白露は割り当てられた自室に移動し、朝食を食べ終えたら早速字を習いはじめた。魅音は書庫から綴じ本を持ってきてくれて、見本を見せながら紙に簡単な文字を書いてくれる。
「音読致しますので、音の響きと文字を一致させましょう」
普段何気なく話していた言葉がこんなにも複雑な字で構成されているなんてと驚きながらも、白露は魅音の用意してくれた音節表を頼りに文字を一つずつ読みはじめた。
白露は宣言通り勉強をがんばった。太陽が空高く昇る頃まで音読を繰り返していると、白露の部屋に皇帝が訪れる。黄金の髪に負けないくらいに麗しい顔に微笑を浮かべて、柔らかな声音で語りかけてきた。
「白露、精が出るね」
「琉麒! もうお仕事は終わった?」
「いや、昼餉の時間だから一度抜け出してきたんだ。一緒に食事を摂らないか」
「うん、食べたい!」
「あまり時間がないからここに運んでもらおう。魅音、頼む」
「かしこまりました」
琉麒は白露を膝の上に乗せたいのか、ポンポンと膝の上を手のひらで示す。
「おいで、白露」
恥ずかしさもあったけれどそれ以上に琉麒とくっついていたい気持ちが強かったので、ゆっくりと歩み寄り膝の上にお邪魔した。
包みこむような伽羅の香りに、心がほぐれていく。すり、と肩口に額を擦り付けると琉麒はくすぐったそうに笑った。
「勉強をしていたんだね。捗っているか?」
「どうだろう、まだ全然わからないや」
「急ぐことはない、ゆっくりと覚えていけばいい……こういうことも」
琉麒が白露の頸を指先でなぞる。ぞわりと肌が反応して、白露はパッと首の後ろを手で押さえた。
琉麒の手は巧みに白露の手を避けると、首のつけ根辺りを指先で押した。本能的に恐怖を感じて肩を強張らせる。
「……っ」
「発情期がきたら、君の頸を噛んで正式な番にしたい。今頸を噛んでしまうと番になれないかもしれないから、君の体が大人になるのを待つよ」
切ないくらいに真剣な声色で囁かれて、白露も自然と声を潜めた。きっと今すぐにでも番になりたいと思ってくれているのだろう。白露が変なオメガであるばっかりに番になれなくって申し訳ないなあと肩を落としながら、彼の言葉に頷いた。
「……うん、わかった」
落ち込む白露を見て、番になるのを怖がっているとでも思ったのだろうか。琉麒は切なげに眉尻を下ろした。
「白露は私と運命の番でよかったと思っているか?」
「僕は……」
琉麒のことは一昨日初めて会ったなんて信じられないくらい慕わしく、離れがたく感じている。
(まさか皇帝様の番として選ばれちゃうだなんて、夢を見ているみたいだ。これからどうなるのかなって不安はある。けれど)
それでも琉麒と離れたいとか、もっと普通の人が番だったらよかったなんて欠片も思わなかった。
(番になるなら琉麒がいいな。彼と一緒に暮らしてみたいし、力になりたい)
側にいるだけで湧きあがる幸福感に酔いしれながら、白露は淡く微笑んだ。
「運命の番のことはよくわからないけれど、琉麒と一緒にいたい。番になりたいなって思うよ」
「そうか」
琉麒は嬉しそうに破顔し、白露の首筋にチュッとキスを落とした。ピリッと痛みが走って、思わず声を上げる。
「いたっ」
「痛かったか? すまないね……私の番だと主張したくて跡をつけてしまった」
「何かついてるの?」
琉麒の指先が指し示した卓の上に、金縁の鏡が置いてある。目を凝らして見てみると、キスをされた場所が赤くなっていた。なんだか恥ずかしいもののように感じて首の付け根を手で隠すと、琉麒は白露の手のひらの上に彼の手を被せた。
「いつか、ここを噛むから」
鏡の中でうっそりと笑う琉麒はひどく妖艶で、白露はたちまち頬を赤らめた。初々しい様子を満足気に眺めた琉麒は、鏡から視線を外し直接白露を流し見た。
「君に首輪を贈りたい。誰か別の獣人に噛まれないようにしなければな。つけてくれるか?」
「う、うん。僕も琉麒以外には噛まれたくないから」
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