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子守唄
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悪戯する子どもを止める時と同じように手のひらを重ねると、琉麒は奇妙な顔をした。
「白露、なぜ止める? これから寝ようではないか」
「ええ、そうですね。もう寝ましょう。では歌いますね、僕の子守唄はすぐ寝られるって村でも評判だったんですよ」
「いや、寝るの意味が違うのだが」
何か言いかけた琉麒だったが、白露が穏やかな旋律を歌いはじめると途端に目頭が降りてくる。
「な、これは……何か、術を……はく、ろ……」
一節歌い終わる前に、琉麒は健やかな寝息をたてはじめた。よっぽど疲労が溜まっていたのだろうか、里でもここまで早く眠る子はいない。
瞳を閉じると麗しい青玻璃の目の印象が薄れて、顔の白さがよくわかる。より隈が目立って見えて、白露は案じるように彼の目の下を指先でなぞった。
(皇帝のお仕事って忙しいんだね。ゆっくり寝かせてあげよう)
白露はしばらくの間、琉麒の寝顔を見つめていた。立派な黒角や竹を斜めに切って根本を窄めたような形の耳が物珍しく、触ってみたい衝動にかられる。
(ちょっとだけ……)
角を指先で撫でてみると、思ったよりも固い感触がしてすぐに手を引っ込めた。寝ている皇帝を勝手に触るだなんて、なんだかいけないことをしているような気分になってきた。
けれどどうしても興味を惹かれる。見るだけならいいかなと、飽きることなく彼の寝顔に見入った。
心いくまで琉麒を眺めてから、ベッドの中央に寄せた。さて、これから何をしたらいいんだろうと白露は首を傾げる。
(琉麒は僕のことを運命の番だって言ってた……だったら、母さんと父さんみたいに助け合える関係になりたいな)
いつだって仲がいい白露の両親に、その秘訣は何かと聞いた里の者がいた。その時母さんはこう答えていた。
『私達夫婦はなんでも分け合うのさ。苦しいことも喜びも一緒に感じて、困っていたら相手の仕事を代わってあげる。そうやって思いやりを持って過ごすから、仲がいいんじゃないかねえ』
番というのは夫婦のことで間違いないだろう。琉麒が目の下に隈をこさえているのは、きっと仕事が大変だからだ。白露にできることがあったら手伝いたい。
考えた末に、白露は琉麒に上かけをかけて寝室の出口へと向かう。扉を押し開けると、扉前に控えていた護衛の一人と目があった。
「番様? 皇上と交流をされるのではなかったのでしょうか」
「琉麒は寝ちゃいました。あの、ちょっと聞きたいんだけどいいですか。琉麒がするはずだったお仕事の中で、僕が手伝える物があったりしますか?」
護衛達は顔を見合わせて相談していたが、しばらくすると一人がふさふさの狐尻尾をなびかせながら駆けていった。猪獣人が生真面目な口調で告げる。
「少々お待ちください、仕事内容がわかる者に問い合わせをしております」
「わかりました。部屋で待っていますね」
白露が琉麒の元に戻ると、彼は変わらず眠っていた。寝台に染み込んだ彼自身の香りを目を閉じて吸い込む。
深呼吸を続けていると、扉からコンコンと音が聞こえた。芳しい匂いを振り切って部屋の出入り口に駆けつける。
「はーい」
扉の外には黒い髪の狼獣人が立っていた。白露にひらひらと手を振っている。
「太狼!」
「よお、白露。腰は無事か?」
「腰、ですか?」
「なんだ、何もされてねえのか」
彼は寝室の奥で眠っている琉麒を一目見ると、おお、と意外そうな声を出した。
「寝てる……アンタが寝かしつけてくれたのか?」
「はい、そうです」
狼獣人は弾かれたように笑って、白露の肩を叩いた。
「ははっ、すごいじゃないか! さすが運命の番様だな! 寝て休めと言ってもなかなか寝てくれないヤツで困ってたんだよ」
「番様だなんて……白露って呼んでください」
「そうか、それなら遠慮なく今まで通り呼ばせてもらうわ」
太狼はニカリと笑った。
「それで、アンタが呼んでるって聞いたんだが。仕事がしたいんだって?」
「はい、ぜひ! 琉麒は三日も寝てないって言うんです。すごく忙しいのでしょう? 何か僕にできるお仕事があったら手伝わせてください」
白露は胸の前でグッと手を握りしめ、気合いの入ったポーズをとって見せた。太狼は困ったように頭を掻く。
「気持ちはありがたいんだがな……白露は字が読めるのか?」
「いいえ、読んだことありません」
「計算は?」
「数は数えられますよ、百までなら」
「今までにやったことがある仕事はなんだ?」
「竹を切ったり裂いたりして、竹籠や装飾品を作っていました」
「うーん、そうか」
ニコニコしながら答える白露に、太狼はうんうんと納得したように頷いた。
「そうだな。アンタには重要な使命がある。これは白露にしかできないことだ」
「なんですか?」
太狼はもったいつけた口調で、人差し指を立てた。
「夜になったら琉麒を寝かせてやって、求めに応じることだ」
「なるほど……! 求めに応じるってなんですか?」
白露がこてんと首を横に傾げると、太狼は明後日の方向を向いた。
「あー、そうだな……白露、お前には経験があるのか?」
「経験ってなんのですか?」
「わかった、つまりないんだな。だったら琉麒のやりたいことを受け入れてやってくれ。俺から言えるのはそれだけだ」
「はあ……わかりました」
どうやら白露の仕事は、琉麒を寝かしつけて求めとやらに応じることらしい。後半は琉麒が起きたら確かめることにしよう。
「ということは、今日の仕事はもうおしまいってことですか?」
太狼は腕を組みながら鷹揚に笑った。
「そういうことになるな。突然ここに連れてこられて疲れているんじゃないか? もう休むといい」
「休む……そうですね。ではそうします。どこか部屋を貸していただくことってできますか? お金はあんまり持っていないんですが」
「金なんて取らねえよ。すぐに部屋を用意させるな」
白露は琉麒の隣の部屋へと案内された。琉麒の部屋は赤や黒の漆塗りの家具や金の装飾を施された香机などがあって豪華な様相をしていたが、この部屋はほとんどが木でできた家具に囲まれていた。
「白露、なぜ止める? これから寝ようではないか」
「ええ、そうですね。もう寝ましょう。では歌いますね、僕の子守唄はすぐ寝られるって村でも評判だったんですよ」
「いや、寝るの意味が違うのだが」
何か言いかけた琉麒だったが、白露が穏やかな旋律を歌いはじめると途端に目頭が降りてくる。
「な、これは……何か、術を……はく、ろ……」
一節歌い終わる前に、琉麒は健やかな寝息をたてはじめた。よっぽど疲労が溜まっていたのだろうか、里でもここまで早く眠る子はいない。
瞳を閉じると麗しい青玻璃の目の印象が薄れて、顔の白さがよくわかる。より隈が目立って見えて、白露は案じるように彼の目の下を指先でなぞった。
(皇帝のお仕事って忙しいんだね。ゆっくり寝かせてあげよう)
白露はしばらくの間、琉麒の寝顔を見つめていた。立派な黒角や竹を斜めに切って根本を窄めたような形の耳が物珍しく、触ってみたい衝動にかられる。
(ちょっとだけ……)
角を指先で撫でてみると、思ったよりも固い感触がしてすぐに手を引っ込めた。寝ている皇帝を勝手に触るだなんて、なんだかいけないことをしているような気分になってきた。
けれどどうしても興味を惹かれる。見るだけならいいかなと、飽きることなく彼の寝顔に見入った。
心いくまで琉麒を眺めてから、ベッドの中央に寄せた。さて、これから何をしたらいいんだろうと白露は首を傾げる。
(琉麒は僕のことを運命の番だって言ってた……だったら、母さんと父さんみたいに助け合える関係になりたいな)
いつだって仲がいい白露の両親に、その秘訣は何かと聞いた里の者がいた。その時母さんはこう答えていた。
『私達夫婦はなんでも分け合うのさ。苦しいことも喜びも一緒に感じて、困っていたら相手の仕事を代わってあげる。そうやって思いやりを持って過ごすから、仲がいいんじゃないかねえ』
番というのは夫婦のことで間違いないだろう。琉麒が目の下に隈をこさえているのは、きっと仕事が大変だからだ。白露にできることがあったら手伝いたい。
考えた末に、白露は琉麒に上かけをかけて寝室の出口へと向かう。扉を押し開けると、扉前に控えていた護衛の一人と目があった。
「番様? 皇上と交流をされるのではなかったのでしょうか」
「琉麒は寝ちゃいました。あの、ちょっと聞きたいんだけどいいですか。琉麒がするはずだったお仕事の中で、僕が手伝える物があったりしますか?」
護衛達は顔を見合わせて相談していたが、しばらくすると一人がふさふさの狐尻尾をなびかせながら駆けていった。猪獣人が生真面目な口調で告げる。
「少々お待ちください、仕事内容がわかる者に問い合わせをしております」
「わかりました。部屋で待っていますね」
白露が琉麒の元に戻ると、彼は変わらず眠っていた。寝台に染み込んだ彼自身の香りを目を閉じて吸い込む。
深呼吸を続けていると、扉からコンコンと音が聞こえた。芳しい匂いを振り切って部屋の出入り口に駆けつける。
「はーい」
扉の外には黒い髪の狼獣人が立っていた。白露にひらひらと手を振っている。
「太狼!」
「よお、白露。腰は無事か?」
「腰、ですか?」
「なんだ、何もされてねえのか」
彼は寝室の奥で眠っている琉麒を一目見ると、おお、と意外そうな声を出した。
「寝てる……アンタが寝かしつけてくれたのか?」
「はい、そうです」
狼獣人は弾かれたように笑って、白露の肩を叩いた。
「ははっ、すごいじゃないか! さすが運命の番様だな! 寝て休めと言ってもなかなか寝てくれないヤツで困ってたんだよ」
「番様だなんて……白露って呼んでください」
「そうか、それなら遠慮なく今まで通り呼ばせてもらうわ」
太狼はニカリと笑った。
「それで、アンタが呼んでるって聞いたんだが。仕事がしたいんだって?」
「はい、ぜひ! 琉麒は三日も寝てないって言うんです。すごく忙しいのでしょう? 何か僕にできるお仕事があったら手伝わせてください」
白露は胸の前でグッと手を握りしめ、気合いの入ったポーズをとって見せた。太狼は困ったように頭を掻く。
「気持ちはありがたいんだがな……白露は字が読めるのか?」
「いいえ、読んだことありません」
「計算は?」
「数は数えられますよ、百までなら」
「今までにやったことがある仕事はなんだ?」
「竹を切ったり裂いたりして、竹籠や装飾品を作っていました」
「うーん、そうか」
ニコニコしながら答える白露に、太狼はうんうんと納得したように頷いた。
「そうだな。アンタには重要な使命がある。これは白露にしかできないことだ」
「なんですか?」
太狼はもったいつけた口調で、人差し指を立てた。
「夜になったら琉麒を寝かせてやって、求めに応じることだ」
「なるほど……! 求めに応じるってなんですか?」
白露がこてんと首を横に傾げると、太狼は明後日の方向を向いた。
「あー、そうだな……白露、お前には経験があるのか?」
「経験ってなんのですか?」
「わかった、つまりないんだな。だったら琉麒のやりたいことを受け入れてやってくれ。俺から言えるのはそれだけだ」
「はあ……わかりました」
どうやら白露の仕事は、琉麒を寝かしつけて求めとやらに応じることらしい。後半は琉麒が起きたら確かめることにしよう。
「ということは、今日の仕事はもうおしまいってことですか?」
太狼は腕を組みながら鷹揚に笑った。
「そういうことになるな。突然ここに連れてこられて疲れているんじゃないか? もう休むといい」
「休む……そうですね。ではそうします。どこか部屋を貸していただくことってできますか? お金はあんまり持っていないんですが」
「金なんて取らねえよ。すぐに部屋を用意させるな」
白露は琉麒の隣の部屋へと案内された。琉麒の部屋は赤や黒の漆塗りの家具や金の装飾を施された香机などがあって豪華な様相をしていたが、この部屋はほとんどが木でできた家具に囲まれていた。
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