上 下
8 / 43

子守唄

しおりを挟む
 悪戯する子どもを止める時と同じように手のひらを重ねると、琉麒は奇妙な顔をした。

「白露、なぜ止める? これから寝ようではないか」
「ええ、そうですね。もう寝ましょう。では歌いますね、僕の子守唄はすぐ寝られるって村でも評判だったんですよ」
「いや、寝るの意味が違うのだが」

 何か言いかけた琉麒だったが、白露が穏やかな旋律を歌いはじめると途端に目頭が降りてくる。

「な、これは……何か、術を……はく、ろ……」

 一節歌い終わる前に、琉麒は健やかな寝息をたてはじめた。よっぽど疲労が溜まっていたのだろうか、里でもここまで早く眠る子はいない。

 瞳を閉じると麗しい青玻璃の目の印象が薄れて、顔の白さがよくわかる。より隈が目立って見えて、白露は案じるように彼の目の下を指先でなぞった。

(皇帝のお仕事って忙しいんだね。ゆっくり寝かせてあげよう)

 白露はしばらくの間、琉麒の寝顔を見つめていた。立派な黒角や竹を斜めに切って根本を窄めたような形の耳が物珍しく、触ってみたい衝動にかられる。

(ちょっとだけ……)

 角を指先で撫でてみると、思ったよりも固い感触がしてすぐに手を引っ込めた。寝ている皇帝を勝手に触るだなんて、なんだかいけないことをしているような気分になってきた。

 けれどどうしても興味を惹かれる。見るだけならいいかなと、飽きることなく彼の寝顔に見入った。

 心いくまで琉麒を眺めてから、ベッドの中央に寄せた。さて、これから何をしたらいいんだろうと白露は首を傾げる。

(琉麒は僕のことを運命の番だって言ってた……だったら、母さんと父さんみたいに助け合える関係になりたいな)

 いつだって仲がいい白露の両親に、その秘訣は何かと聞いた里の者がいた。その時母さんはこう答えていた。

『私達夫婦はなんでも分け合うのさ。苦しいことも喜びも一緒に感じて、困っていたら相手の仕事を代わってあげる。そうやって思いやりを持って過ごすから、仲がいいんじゃないかねえ』

 番というのは夫婦のことで間違いないだろう。琉麒が目の下に隈をこさえているのは、きっと仕事が大変だからだ。白露にできることがあったら手伝いたい。

 考えた末に、白露は琉麒に上かけをかけて寝室の出口へと向かう。扉を押し開けると、扉前に控えていた護衛の一人と目があった。

「番様? 皇上と交流をされるのではなかったのでしょうか」
「琉麒は寝ちゃいました。あの、ちょっと聞きたいんだけどいいですか。琉麒がするはずだったお仕事の中で、僕が手伝える物があったりしますか?」

 護衛達は顔を見合わせて相談していたが、しばらくすると一人がふさふさの狐尻尾をなびかせながら駆けていった。猪獣人が生真面目な口調で告げる。

「少々お待ちください、仕事内容がわかる者に問い合わせをしております」
「わかりました。部屋で待っていますね」

 白露が琉麒の元に戻ると、彼は変わらず眠っていた。寝台に染み込んだ彼自身の香りを目を閉じて吸い込む。

 深呼吸を続けていると、扉からコンコンと音が聞こえた。芳しい匂いを振り切って部屋の出入り口に駆けつける。

「はーい」

 扉の外には黒い髪の狼獣人が立っていた。白露にひらひらと手を振っている。

「太狼!」
「よお、白露。腰は無事か?」
「腰、ですか?」
「なんだ、何もされてねえのか」

 彼は寝室の奥で眠っている琉麒を一目見ると、おお、と意外そうな声を出した。

「寝てる……アンタが寝かしつけてくれたのか?」
「はい、そうです」

 狼獣人は弾かれたように笑って、白露の肩を叩いた。

「ははっ、すごいじゃないか! さすが運命の番様だな! 寝て休めと言ってもなかなか寝てくれないヤツで困ってたんだよ」
「番様だなんて……白露って呼んでください」
「そうか、それなら遠慮なく今まで通り呼ばせてもらうわ」

 太狼はニカリと笑った。

「それで、アンタが呼んでるって聞いたんだが。仕事がしたいんだって?」
「はい、ぜひ! 琉麒は三日も寝てないって言うんです。すごく忙しいのでしょう? 何か僕にできるお仕事があったら手伝わせてください」

 白露は胸の前でグッと手を握りしめ、気合いの入ったポーズをとって見せた。太狼は困ったように頭を掻く。

「気持ちはありがたいんだがな……白露は字が読めるのか?」
「いいえ、読んだことありません」
「計算は?」
「数は数えられますよ、百までなら」
「今までにやったことがある仕事はなんだ?」
「竹を切ったり裂いたりして、竹籠や装飾品を作っていました」
「うーん、そうか」

 ニコニコしながら答える白露に、太狼はうんうんと納得したように頷いた。

「そうだな。アンタには重要な使命がある。これは白露にしかできないことだ」
「なんですか?」

 太狼はもったいつけた口調で、人差し指を立てた。

「夜になったら琉麒を寝かせてやって、求めに応じることだ」
「なるほど……! 求めに応じるってなんですか?」

 白露がこてんと首を横に傾げると、太狼は明後日の方向を向いた。

「あー、そうだな……白露、お前には経験があるのか?」
「経験ってなんのですか?」
「わかった、つまりないんだな。だったら琉麒のやりたいことを受け入れてやってくれ。俺から言えるのはそれだけだ」
「はあ……わかりました」

 どうやら白露の仕事は、琉麒を寝かしつけて求めとやらに応じることらしい。後半は琉麒が起きたら確かめることにしよう。

「ということは、今日の仕事はもうおしまいってことですか?」

 太狼は腕を組みながら鷹揚に笑った。

「そういうことになるな。突然ここに連れてこられて疲れているんじゃないか? もう休むといい」
「休む……そうですね。ではそうします。どこか部屋を貸していただくことってできますか? お金はあんまり持っていないんですが」
「金なんて取らねえよ。すぐに部屋を用意させるな」

 白露は琉麒の隣の部屋へと案内された。琉麒の部屋は赤や黒のうるし塗りの家具や金の装飾を施された香机などがあって豪華な様相をしていたが、この部屋はほとんどが木でできた家具に囲まれていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

螺旋の中の欠片

琴葉
BL
※オメガバース設定注意!男性妊娠出産等出て来ます※親の借金から人買いに売られてしまったオメガの澪。売られた先は大きな屋敷で、しかも年下の子供アルファ。澪は彼の愛人か愛玩具になるために売られて来たのだが…。同じ時間を共有するにつれ、澪にはある感情が芽生えていく。★6月より毎週金曜更新予定(予定外更新有り)★

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛孫と婚約破棄して性奴隷にするだと?!

克全
BL
婚約者だった王女に愛孫がオメガ性奴隷とされると言われた公爵が、王国をぶっ壊して愛孫を救う物語

伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜

にゃーつ
BL
大きなお屋敷の蔵の中。 そこが俺の全て。 聞こえてくる子供の声、楽しそうな家族の音。 そんな音を聞きながら、今日も一日中をこのベッドの上で過ごすんだろう。 11年前、進路の決まっていなかった俺はこの柊家本家の長男である柊結弦さんから縁談の話が来た。由緒正しい家からの縁談に驚いたが、俺が18年を過ごした児童養護施設ひまわり園への寄付の話もあったので高校卒業してすぐに柊さんの家へと足を踏み入れた。 だが実際は縁談なんて話は嘘で、不妊の奥さんの代わりに子どもを産むためにΩである俺が連れてこられたのだった。 逃げないように番契約をされ、3人の子供を産んだ俺は番欠乏で1人で起き上がることもできなくなっていた。そんなある日、見たこともない人が蔵を訪ねてきた。 彼は、柊さんの弟だという。俺をここから救い出したいとそう言ってくれたが俺は・・・・・・

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

処理中です...