寂しい竜の懐かせ方

兎騎かなで

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☆離したくない

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 金の髪に青い目をした女性は初対面の男女に食い入るように見つめられて、居心地悪そうに視線を逸らそうとしたが、ふと何かに気がついたようにジルに顔を近づけてきた。

「あら? 貴方の瞳……ねえ、不躾なお願いで申し訳ないのだけれど、ショールをとってお顔を見せてもらってもいいかしら」
「奥様……おやめください、こんな時代錯誤な服装をした二人組に関わるのはやめましょうよ、きっと訳ありな人たちですわ」

 メイドが小声で女性の耳にささやくが、距離が近かったためジルにも聞こえていた。女性は首を横に振って再びジルに向き直る。

「どうしても知りたいの、私の息子も生きていれば同じ年頃よ。すごくあの子に似ている気がする……私はエミリー・バートン。貴方のお名前は?」

 突然スピネルがジルの体を引き寄せた。そのまま引きずるようにして、婦人を無視して歩いていこうとする。

「あ、待って! 怪しい者ではないのよ、ねえ!」
「奥様!」

 メイドに引き止められた女性は、ジル達を追ってはこなかった。ジルは強引なスピネルに戸惑いながら彼の表情を盗み見た。

 険しい表情をしていて、何かただならぬことが起きたのだろうと察する。空気を読んでついていった。

 スピネルは町の外れまで来ると、再びジルを抱えて壁を乗り越える。雪の中を彼の腕に抱えられたまま進んでいく。

 町を出たことだし、そろそろ聞いてもいいだろうか。

「何でそんなに急いでいるんだ? 大丈夫なのか」

 彼はハッとしたように足を止めた。赤く縦に瞳孔の開いた目は一瞬ジルを見た後、バツが悪そうに逸らされる。

「……」

 スピネルは何か言おうとして口を開くが、言葉が出てこなかったらしい。

 決して離さないとばかりに抱きかかえられながら、空き地に戻った。

 ジルを背負った竜は、脇目も振らずに巣に向かって飛んでいく。

 されるがまま背中の袋に入って、町のことを思い出しながら過ごした。

 それにしても、あの婦人は誰だったのだろう……考えこんで、鏡の中の自分と似ているのだと気づいた。

 しかし、それが何を意味するのかジルにはわからない。

 世の中には似ている顔の人がたくさんいるのだろうか、今日会った中ではエミリーという夫人が一番ジルに似ていた。

 スピネルのように肌が褐色の人間には一人も会わなかった。竜はやはり人と違うからだろうか。

 町にいけばいろいろわかるかと思ったのに、むしろ疑問に思うことが増えてしまった。

 考えこんでいるうちに目的地に辿り着いたらしく、足側から振動が伝わってくる。

 顔を出してみるといつもの洞窟へと舞い戻ってきていた。

 背中を滑り降りると、すぐに竜は人の姿になる。彼は勢いよくジルの背中をかき抱いた。

「……っ、スピネル?」
「……ジル」

 彼は身体を少し離すと、そのままキスをしてくる。とくんと心臓が跳ねたが、抵抗もせずに受け入れた。

「ん……っん!?」

 舌で唇をこじ開けられて、口の中にぬるりと入りこんでくる。驚いてたたらを踏むとしっかりと腰を抱かれて、二股の舌で口の中を探られた。

「むっ、ぅ、ん!」

 歯列をなぞり頬の裏側をくすぐられ、じわりと腰の奥から快感が湧き出てくる。

 そのことに動揺して思わず口を開くと、滑らかな舌先がより奥に潜りこんできた。

「ふ、ぅう……っ」

 頸の後ろを固定されて、口内を蹂躙される。くちゅりと水音が漏れるのがとてつもなく淫靡な気がして、一気に顔が赤くなった。

 あ、まずい。股の間のモノが兆しはじめている……っ!

 腰を引こうとするが許されず、太腿でぐりぐりと刺激されてますます欲望が育っていく。

 パニックになって暴れると、バランスを崩して転がってしまう。転がった先はベッドの上で、スピネルはすかさず追いかけてきてジルを組み伏せた。

「待ってくれスピネル! いきなり、なにをするんだ」

 片手でひとまとめにされて捕えられた腕は、いくら力を込めてもびくともしない。

 スピネルは赤い目をギラつかせながらジルを見下ろし、ドレスの胸元を力づくで破り裂いた。

「っ、あぁ!」

 露出した肩に牙を立てられ、噛みつかれた。鋭い痛みを感じた次の瞬間には顔が離れていく。

 ジルの悲鳴を聞いて正気に戻ったのか、彼は酷く傷ついたような表情をしていた。

 どうしてそんな顔をするんだ? 心の内を知りたくてじっと縦長の瞳孔を見つめるが、彼は目を逸らしてしまう。

 できた歯形と流れ出た血を、スピネルは丁寧に舐めとった。むず痒くて身を捩ると、やっと黒い嵐はジルから離れて身を起こした。

「うう、痛い……」
「すまない……どうしても離したくなくて、制御が効かなかったのだ」
「え……?」

 今なんと言ったのだろう。一連の謎の行動からやっと開放されて気を抜いていたから、ちゃんと聞き取れなかった。

「手当をしよう」

 スピネルはジルの手を優しく引いて座らせると、新しい服と清潔な布を持ってきてくれた。

 着替える時に寒いといけないと気遣ってくれたのか、火をつけてくれた。

 服を普段着に取り替える時に、肩の傷口に布を巻きつけて保護をしてくれる。

 その手つきは大切な物を扱うかのように細やかで、先程までの様子とは別人のようだ。

 手当を終えると、沸かしてくれた湯を木で作ったカップに入れて手渡される。定位置に座って、ありがたくそれを受け取った。

「なあ、さっきはなんて言ったんだ?」
「聞こえなかったのか? どうしても……いや、その前にお前の意見を聞こうか」

 スピネルはジルの向かい側に腰掛け、苦悩を瞳に滲ませながらジルに問いかけた。

「ジル。お前は一人は寂しいと、今でも思っているか」
「……そうだな、思っているよ」

 猟師がいなくなってからの一年間、心細くてたまらなかった。今はスピネルがいてくれるから、毎日がとても楽しい。

 先ほどのように訳のわからないことをされても、それでも離れたくないと素直に思える。

 ちゃんと謝って手当もしてくれたし、特に気にしてはいない。いや、なぜ肩を噛んだのかは気になるけれども。

「そうか……」

 パチパチと燃える火が、赤々とスピネルの瞳を照らす。

 一見無表情のように見えるが、なんとなく悲しんでいる気がしたジルは、彼に向かって呼びかける。

「スピネル? どうかしたのか」
「いや、なんでもない。初めての町はどうだった」
「すごく面白かったよ。人があんなにもいたし、見たことのないものがたくさんあった」
「冬だからあれでも人通りは少ない方だ。春になればもっと活気づいて見応えがあるだろう」
「そうなんだな、へえ……気になるなあ。また行ってみたいな」

 わくわくと胸を躍らせていると、低く静かな声が洞窟内に響いた。

「町に住めるとしたら、住んでみたいか」

 あの町に住むだって? それはまるで夢のような話だった。

 宝石眼を持っているジルが町に住めるはずがないということは、スピネルだってわかっているはずなのに。

 きっと彼は冗談を言っているのだろう。猟師もたまに冗談を口にして、ジルの反応を面白がったものだ。

 逆にスピネルをからかってやろうと、にやりと笑って答えた。

「そうだな、住んでみたい。今日すれ違った男の人みたいな格好をして町を歩くんだ。それでお店で買い物をしたり、友達をたくさん作ったりする!」

 それは素晴らしい夢物語だった。幼い頃、猟師に叱られた時なんかは町の子どもである自分を想像して、空想の友達と話をしていた。

 本当にそうできたらどんなにいいだろう。

 素晴らしい想像に胸を膨らませるジルは、スピネルの瞳が暗く陰ったのに気づくことができなかった。

 その後は、日課の魔法練習をしているうちに夜になる。実戦で使えるくらいに魔法の展開が速くなってきたと褒められて、鼻高々なジルだった。

 食事を終えると、隣にピッタリ寄り添って二人きりの夜を過ごす。そのうちに寝床に入れと誘われて、スピネルと一緒に横になるのが常だ。

 彼の体温を感じながら話をする時間は、ジルにとって安らぎと喜びを感じる穏やかな時間だった。腕の中に抱えられてホッと一息つく。

「寒くないか」
「温かいよ。ほら見て、スピネルに買ってもらった手袋をしているんだ」
「寝るときは外すものではないか?」
「そうなのか? でも今日はつけていたいな」
「……まあ、構わないが」

 スピネルは言葉少なにぽつぽつと話をした。ジルが眠るのを惜しんでいるようで、どことなく落ち込んでいるように見える。思いきって尋ねてみることにした。

「やっぱり今日のスピネルはおかしい。何か悩んでいるなら話してみてくれ。俺にできることは少ないけれど、話を聞くくらいならできるぞ」

 暗がりの中、スピネルは胸の前にジルの顔を抱き寄せた。

「聞いてくれるのか」
「ああ。なんでも言ってくれ」
「愛している」
「え?」

 顔を上げようとしたが、がっちりと腕が巻きついていて離れない。モゴモゴともがくとようやく離してくれた。

 スピネルの表情は暗すぎてよく見えないが、笑っているように見えた。

「お前には幸せになってほしい」
「それは、どういう意味だ」

 それに、さっきの愛しているって……思い出すだけで心臓がドキドキしてきたが、スピネルは首を横に振って話を遮った。

「……もう寝ておけ。よく眠るんだ、深く、深く……お前の意識は夜の底まで降りていく。朝日を目にするまでは、決して目覚めることがないだろう」

 スピネルが魔力を含んだ声をジルの耳に流しこむと、竜に心を開いているジルは簡単に影響されてしまった。

 みるみるうちに眠くなってきて、瞼を開けていられなくなる。そのままスピネルの望み通り、眠りについた。
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