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帰りたい?
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何度か離れてはまたくっつくのを繰り返した後、先端が二つに分かれた舌でベロンと唇を舐められた。びくりと仰け反ると、腰を抱きとめられる。
「どうした、嫌なのか?」
「い、やというか、急に舐められてびっくりしたんだ……!」
「はは、初心だな。よいぞ、少しづつ進めて、慣れるのを待ってやろう」
スピネルは上機嫌でジルの足を抱えて片腕に乗せた。こ、これは抱っこされているのでは……!
さっきから予想外のことばかりされて、思考が追いつかない。固まっているうちに石の椅子に毛皮を敷いた定位置に下ろされ、目の前に火を灯してくれた。
「今日は私の話ではなく、お前の話を聞かせてくれ」
「え、俺には話せるような知識は何もないよ」
「知識が聞きたいわけではない。お前の気持ちだったり生い立ちだったり、そういうことが知りたいのだ」
「え……?」
ジルの気持ちを無視して自分の住処に留め置いていたくせに、一体どういう心境の変化があったのか。
シトリンとサファイアの瞳をめいっぱい見開いて、まじまじと至近距離にいるスピネルの顔を仰ぎ見る。
「もしかして、家に帰りたいと言ったら、帰してくれるのか……?」
「帰りたいのか? そうだな……少々不本意だが、一時的に荷物を取りに戻る程度のことであれば許可してやろう」
ジルの胸の内側が、じわじわと驚きの気持ちで満ちていく。
帰りたいと言おうとして、気づいた。不思議なことに、あの小屋に帰りたいとはもう思わない。
アルノー達の様子は気になるものの、冬の間は姿を見せないだろうし、様子を見にいくとしても春でいい。
「いや、今はいい」
「そうか。家族は一緒に住んでいなかったのか?」
「いないよ。去年育ての親代わりの人が死んでからは、独りだったんだ」
「本当の親はどうした。お前の年齢ならまだ、親と一緒に暮らしていてもおかしくはないだろう」
ジルは首を横に振った。スピネルの問いには答えられそうになかった。
「親の顔は知らないんだ。記憶に残らないくらい小さい頃に、森の中で泣いていたらしい。育て親の猟師は、迷子になったか何か事件に巻き込まれたんだろうと言っていた。仕立てのいい服を着て、薄汚れた格好をしていたそうだ」
物心ついた時には猟師とあの小屋で生活をしていた。
森の安全な歩き方、木の実の場所、動物の縄張りに弓や斧の使い方、それに料理の仕方まで、一人でも生きていけるすべを猟師が教えてくれた。
「だから俺にとっては、猟師が親みたいなものだよ」
「そうか。本当の親には会いたいと思わなかったのか? 人間は家族を大切にする生き物だと聞いた」
「うーん……」
自分の本当の親について想像したことはあるけど、そもそも宝石眼のせいで人と会うのは諦めていたジルだから、深く考えたことはなかった。
「一人は寂しいけれど、家族に会いたいと思ったところで会えるものでもない。森で生き抜くことだけを考えていた」
「そうか。狩りは得意なのか?」
「それなりにはね。自分一人を生かすことくらいはできる」
「それだけできれば十分であろう」
スピネルはぽつりぽつりとジルに質問を投げかけた。いつもはジルが聞く側だったから、新鮮な気持ちで話をする。
穏やかな声音で言葉を紡ぐスピネルとの会話は、いつまでも話をしていたくなるほど楽しい時間だった。
*
日課の魔法練習をして、スピネルが貯蔵してくれている食材で料理を作って食べた。その日の晩、背後から抱きかかえられるような体勢で寝床に入ると、スピネルはジルの服の中に手を差し込んできた。
「わっ、なに?」
「ん? 冷たかったか」
「そうじゃないけど……」
さわさわと腹回りの肉づきを確かめられる。ほとんど脂肪のないお腹をひと撫でした後、手は胸の方へと移動した。胸の突起に指先が引っかかると、くすぐったいようなむず痒いような感覚がした。
「あ……」
「ここは自分で触ったことはあるのか?」
「川で洗う時くらい……? ん、ちょっと、くすぐったい」
カリカリと指先で引っ掻かれると、腰が疼いてしまう。スピネルの腕を掴んでお腹の方に持ってきた。
「もうやめてくれ」
「嫌だったか?」
「嫌っていうか……」
あまり続けられると、また勃ってしまいそうな気がした。そうなったらまたスピネルの手で逝かせられてしまうかもしれない。
ジルにはそれが怖かった。だってすごくドキドキして気持ちがよくて、変になってしまいそうだから。
友達以上に大切なスピネルの前で、変な姿を見せたくない。だからそう、これ以上続けられたらまずい。
「嫌というよりは、困るんだ」
「何を困ることがある。やはりお前の考えることはよくわからん」
「俺にはスピネルが何を考えているのかわからない」
「ジルともっと仲良くなりたいと思っている」
「もっと? これ以上?」
たくさん話ができて触れあえて、すでに満ち足りていて幸せだというのに、これ以上があるというのか。ジルには想像ができなかった。
「ああ。仲良くしてくれると言っただろう」
「言った、けど……」
仲良くすると体にたくさん触るのだろうか。それだと恋人みたいじゃないか? だけど竜と人で恋人同士になんてなれるものなのか、ジルにはわからなかった。
あまりにもわからないことが多すぎて、混乱して頭が熱くなってきた。頭を抱えて丸くなっていると、宥めるようにスピネルはジルの頭を撫でた。
「これでも刺激が強いのか。前途多難だな」
「なんの話?」
「お前は気にせずともよい。私が考えておこう」
もう大人なのに、子どもの頃みたいに知恵熱が出そうになるなんてかっこ悪い……ジルはドキドキと逸る心を持て余しながら呟いた。
「うう……もっと頭がよくなりたい」
「お前は好奇心も学ぶ意欲も高いから、学べば伸びるのではないか」
「そう思うか? だったら、町に行ってみたい。色々なことを知れば、ちゃんとスピネルのことも考えられると思う」
「町か……」
スピネルは顎を撫でながら黙考していたが、そのまま眠ってしまったらしい。規則的な寝息が後ろ首の皮膚をくすぐった。
ジルは火照った頭と体を持て余しながら、スピネルに抱かれてじっとその温かさを享受した。もっと賢くなりたいと、願いを胸に秘めながら。
*****
翌日、晴れ渡った空を見上げてスピネルは衝撃的な一言を放った。
「ジル、町へ行くぞ。ついてこい」
「え? 俺も行っていいのか?」
「そうだ」
どうやら聞き間違いじゃないらしい。耳を疑いそうになったが、スピネルは真顔でジルの反応を待っている。勢い勇んで返事をした。
「行く!」
「では用意をしよう。お前の目を隠す布を探さなければ」
一人と一匹は宝の山をひっくり返し、ショールのような薄布を見つけた。これがあれば目の色を隠せそうだ。人間の町に着ていく服を、ああでもないこうでもないと相談しながら選んだ。
ショールは基本的に女の人がするものらしいので、ジルは女性の服を着ることになった。ジルは背丈が大きい方ではないらしく、女性用のドレスも着ることができた。
煌びやかな服ばかりだったが、その中で一番暖かそうで動きやすい、スカートが膨らまないタイプの水色のドレスを選んだ。四苦八苦しながら着て、鏡で自分の姿を確認する。
ボサボサ髪の野生的な少年がドレスを身につけている……ジルにはどうも、似合っているとは思えなかった。
「どれ、私が整えてやろう」
スピネルはどこからか調達してきた櫛でジルの髪を梳かし、リボンを髪に結えてくれた。意外にも慣れた手つきで髪を整えられて目を剥く。
「髪、上手だな」
「昔はよくやっていた」
相手は女の人だろうか。きっとそうだろう、女性は髪を伸ばして綺麗に結うのだと聞いた覚えがある。
女の人が相手であれば、スピネルも恋人になったのだろうか……どうしても気になって、聞かずにはいられなかった。
「……恋人がいたのか?」
「恋人ではなかった。ただの友人だ。いや……友人ですらなかったのかもな」
なにやら意味深な答えが返ってきた。スピネルは酷く悲しそうな目をしていて、それ以上聞くのは躊躇われて口をつぐんだ。
「どうした、嫌なのか?」
「い、やというか、急に舐められてびっくりしたんだ……!」
「はは、初心だな。よいぞ、少しづつ進めて、慣れるのを待ってやろう」
スピネルは上機嫌でジルの足を抱えて片腕に乗せた。こ、これは抱っこされているのでは……!
さっきから予想外のことばかりされて、思考が追いつかない。固まっているうちに石の椅子に毛皮を敷いた定位置に下ろされ、目の前に火を灯してくれた。
「今日は私の話ではなく、お前の話を聞かせてくれ」
「え、俺には話せるような知識は何もないよ」
「知識が聞きたいわけではない。お前の気持ちだったり生い立ちだったり、そういうことが知りたいのだ」
「え……?」
ジルの気持ちを無視して自分の住処に留め置いていたくせに、一体どういう心境の変化があったのか。
シトリンとサファイアの瞳をめいっぱい見開いて、まじまじと至近距離にいるスピネルの顔を仰ぎ見る。
「もしかして、家に帰りたいと言ったら、帰してくれるのか……?」
「帰りたいのか? そうだな……少々不本意だが、一時的に荷物を取りに戻る程度のことであれば許可してやろう」
ジルの胸の内側が、じわじわと驚きの気持ちで満ちていく。
帰りたいと言おうとして、気づいた。不思議なことに、あの小屋に帰りたいとはもう思わない。
アルノー達の様子は気になるものの、冬の間は姿を見せないだろうし、様子を見にいくとしても春でいい。
「いや、今はいい」
「そうか。家族は一緒に住んでいなかったのか?」
「いないよ。去年育ての親代わりの人が死んでからは、独りだったんだ」
「本当の親はどうした。お前の年齢ならまだ、親と一緒に暮らしていてもおかしくはないだろう」
ジルは首を横に振った。スピネルの問いには答えられそうになかった。
「親の顔は知らないんだ。記憶に残らないくらい小さい頃に、森の中で泣いていたらしい。育て親の猟師は、迷子になったか何か事件に巻き込まれたんだろうと言っていた。仕立てのいい服を着て、薄汚れた格好をしていたそうだ」
物心ついた時には猟師とあの小屋で生活をしていた。
森の安全な歩き方、木の実の場所、動物の縄張りに弓や斧の使い方、それに料理の仕方まで、一人でも生きていけるすべを猟師が教えてくれた。
「だから俺にとっては、猟師が親みたいなものだよ」
「そうか。本当の親には会いたいと思わなかったのか? 人間は家族を大切にする生き物だと聞いた」
「うーん……」
自分の本当の親について想像したことはあるけど、そもそも宝石眼のせいで人と会うのは諦めていたジルだから、深く考えたことはなかった。
「一人は寂しいけれど、家族に会いたいと思ったところで会えるものでもない。森で生き抜くことだけを考えていた」
「そうか。狩りは得意なのか?」
「それなりにはね。自分一人を生かすことくらいはできる」
「それだけできれば十分であろう」
スピネルはぽつりぽつりとジルに質問を投げかけた。いつもはジルが聞く側だったから、新鮮な気持ちで話をする。
穏やかな声音で言葉を紡ぐスピネルとの会話は、いつまでも話をしていたくなるほど楽しい時間だった。
*
日課の魔法練習をして、スピネルが貯蔵してくれている食材で料理を作って食べた。その日の晩、背後から抱きかかえられるような体勢で寝床に入ると、スピネルはジルの服の中に手を差し込んできた。
「わっ、なに?」
「ん? 冷たかったか」
「そうじゃないけど……」
さわさわと腹回りの肉づきを確かめられる。ほとんど脂肪のないお腹をひと撫でした後、手は胸の方へと移動した。胸の突起に指先が引っかかると、くすぐったいようなむず痒いような感覚がした。
「あ……」
「ここは自分で触ったことはあるのか?」
「川で洗う時くらい……? ん、ちょっと、くすぐったい」
カリカリと指先で引っ掻かれると、腰が疼いてしまう。スピネルの腕を掴んでお腹の方に持ってきた。
「もうやめてくれ」
「嫌だったか?」
「嫌っていうか……」
あまり続けられると、また勃ってしまいそうな気がした。そうなったらまたスピネルの手で逝かせられてしまうかもしれない。
ジルにはそれが怖かった。だってすごくドキドキして気持ちがよくて、変になってしまいそうだから。
友達以上に大切なスピネルの前で、変な姿を見せたくない。だからそう、これ以上続けられたらまずい。
「嫌というよりは、困るんだ」
「何を困ることがある。やはりお前の考えることはよくわからん」
「俺にはスピネルが何を考えているのかわからない」
「ジルともっと仲良くなりたいと思っている」
「もっと? これ以上?」
たくさん話ができて触れあえて、すでに満ち足りていて幸せだというのに、これ以上があるというのか。ジルには想像ができなかった。
「ああ。仲良くしてくれると言っただろう」
「言った、けど……」
仲良くすると体にたくさん触るのだろうか。それだと恋人みたいじゃないか? だけど竜と人で恋人同士になんてなれるものなのか、ジルにはわからなかった。
あまりにもわからないことが多すぎて、混乱して頭が熱くなってきた。頭を抱えて丸くなっていると、宥めるようにスピネルはジルの頭を撫でた。
「これでも刺激が強いのか。前途多難だな」
「なんの話?」
「お前は気にせずともよい。私が考えておこう」
もう大人なのに、子どもの頃みたいに知恵熱が出そうになるなんてかっこ悪い……ジルはドキドキと逸る心を持て余しながら呟いた。
「うう……もっと頭がよくなりたい」
「お前は好奇心も学ぶ意欲も高いから、学べば伸びるのではないか」
「そう思うか? だったら、町に行ってみたい。色々なことを知れば、ちゃんとスピネルのことも考えられると思う」
「町か……」
スピネルは顎を撫でながら黙考していたが、そのまま眠ってしまったらしい。規則的な寝息が後ろ首の皮膚をくすぐった。
ジルは火照った頭と体を持て余しながら、スピネルに抱かれてじっとその温かさを享受した。もっと賢くなりたいと、願いを胸に秘めながら。
*****
翌日、晴れ渡った空を見上げてスピネルは衝撃的な一言を放った。
「ジル、町へ行くぞ。ついてこい」
「え? 俺も行っていいのか?」
「そうだ」
どうやら聞き間違いじゃないらしい。耳を疑いそうになったが、スピネルは真顔でジルの反応を待っている。勢い勇んで返事をした。
「行く!」
「では用意をしよう。お前の目を隠す布を探さなければ」
一人と一匹は宝の山をひっくり返し、ショールのような薄布を見つけた。これがあれば目の色を隠せそうだ。人間の町に着ていく服を、ああでもないこうでもないと相談しながら選んだ。
ショールは基本的に女の人がするものらしいので、ジルは女性の服を着ることになった。ジルは背丈が大きい方ではないらしく、女性用のドレスも着ることができた。
煌びやかな服ばかりだったが、その中で一番暖かそうで動きやすい、スカートが膨らまないタイプの水色のドレスを選んだ。四苦八苦しながら着て、鏡で自分の姿を確認する。
ボサボサ髪の野生的な少年がドレスを身につけている……ジルにはどうも、似合っているとは思えなかった。
「どれ、私が整えてやろう」
スピネルはどこからか調達してきた櫛でジルの髪を梳かし、リボンを髪に結えてくれた。意外にも慣れた手つきで髪を整えられて目を剥く。
「髪、上手だな」
「昔はよくやっていた」
相手は女の人だろうか。きっとそうだろう、女性は髪を伸ばして綺麗に結うのだと聞いた覚えがある。
女の人が相手であれば、スピネルも恋人になったのだろうか……どうしても気になって、聞かずにはいられなかった。
「……恋人がいたのか?」
「恋人ではなかった。ただの友人だ。いや……友人ですらなかったのかもな」
なにやら意味深な答えが返ってきた。スピネルは酷く悲しそうな目をしていて、それ以上聞くのは躊躇われて口をつぐんだ。
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