超好みな奴隷を買ったがこんな過保護とは聞いてない

兎騎かなで

文字の大きさ
80 / 91
第四章 ダンジョン騒動編

37 燕尾服と銀のハンカチーフ

しおりを挟む
 帰り道、カイルの脇腹をちょいと肘でつついて問いかけた。

「なあ、ヴァレリオとなに話してたんだよ」
「知りたいか?」
「気になるから聞いてるんだ」

 カイルは唇に弧を描きながら、コートの下で尻尾をにゅるんと振った。

「明日になればわかる」
「なんだよ、もったいつけんなって」
「イツキと一緒に行きたい場所があるから、魔人國に帰る前に時間をくれないか」
「ああ、いいけど」

 結局その日はなにをするつもりなのか、教えてもらえなかった。

 適当にとった宿で、いつものように兎耳のブラッシングをされているうちに、目蓋がガクンと落ちてしまう。

 翌朝、目覚めた時にはカイルの姿はベッドの上になかった。シーツの窪み触ってみると冷めている、けっこう前に起きたみたいだ。

「カイル?」

 どこに行ったのかと辺りを見回していると、ガチャリと部屋の扉が開いた。

「イツキ、目が覚めたのか」
「ああ、おはよ……へ?」

 カイルは朝食をとりに行ってくれたらしい、手のひらにはプレートが乗っている。それはいい、ただありがてえなって思うだけだ。

 普通じゃないのは服装で、黒の燕尾服っぽいフォーマルな衣装を着ていた。胸元には銀のハンカチーフまであつらえられている。

「なんだその格好、朝っぱらから誰かの結婚式にでも出席したのか?」
「違う」

 カイルは若干頬を赤らめながら首を横に振ると、気を取り直したようにベッドの端に座る俺のところまで寄ってくる。

 枕元のサイドテーブルに朝食を置いたカイルは、熱のこもった瞳で俺を見つめる。

 なんだなんだと思っているうちに跪かれて、手の甲にキスをされた。

 おいおいおい、本当にどうしたんだよと茶化したいのに、伏せた瞳から発せられる濃密な色気にあてられて、ドッドッドと心臓が逸りはじめる。

「イツキ。俺と共に結婚式を挙げてくれないか」
「……はあ?」

 なんでいまさらとか、恥ずかしすぎるとか、魔人と獣人の結婚式なんて受け入れられるのかとか、疑問と戸惑いがいっぺんに頭の中を駆け巡る。

 けれどそれと同時に、カイルに熱烈に求められているのを感じて、体の底が熱くなってきちまう。

 手を振り払うことすらできずに固まったまま、無理やり口角を押し上げて、動揺を誤魔化そうと試みた。

「どうしたんだよカイル、わざわざ結婚式なんてしなくても、俺とお前は契約で結ばれた正式な伴侶のつもりだぜ?」

 実際に、俺たちの間で契約陣も交わしてあるしな。

「ああ、わかっている」
「じゃあなんで、いまさら結婚式がしたいと思ったんだ?」

 別に式を挙げるのがどうしても嫌なわけじゃない。ただ俺は今の状態で満足してるし、アンタだってそうだろうと思っていたから、純粋に疑問なんだ。

 カイルは一度目を伏せて考えた後、赤みがかった葡萄色の瞳で俺を真正面から見上げた。

「俺は今まで、結婚などという制度に囚われる必要はないと思っていた。今でもお互いがわかりあっていればそれでいいと思っている。だが」

 カイルは一度言葉を切り、眉根を寄せて瞳を揺らした。

「……お前がだんだん冷たくなっていくのを目の当たりにして、証がほしくなったんだ」
「証?」
「思い出と言い換えてもいい。上手く言えないが、一つでも多くイツキとの思い出がほしいんだ」

 普段口数の多いほうじゃないカイルの、たどたどしい説得は、俺の胸にスッと飛び込んできて心の深いところを打った。

 そうだよなカイル、俺だってアンタとの思い出がたくさん欲しいよ。

「俺と結婚式をあげてくれないか、イツキ。お前は俺の伴侶なんだと、世界中に知らしめたい」

 その言葉を聞いただけで、俺の頭のてっぺんから足の先までが、ピリリと痺れたような気がする。

 俺のやることなすことに、呆れながらもついてきてくれる。そして守ってくれて、さりげなく手助けをしてくれるカイル。

 そんな彼が、はじめてまともに言ったわがままが熱烈すぎて、頭の中が沸騰しそうな心地になる。

 たちまち瞬間湯沸かし器のように顔へと熱が昇って、垂れ耳がピンと立つほどに衝撃を受けた。

「カイル……っ! アンタ、とことん独占欲の塊だな⁉︎」
「だが、お前はそんな俺が」
「好きだよ! くっそ……」

 自信ありげに微笑む顔は、いっそ目の部分に黒線を入れて隠したいくらいに強烈に美麗で、魅力的で。

 俺はろくに何も言えねえ。ただただ圧倒的に惹かれる美貌に、見惚れていることしかできない。

 真っ赤になった顔に手のひらを押し当てて、顔を隠しながら視線を塞ぐと、立ち上がったカイルに手首を掴まれ止められた。

「よせ、乱暴なことをするな。顔に傷がつくだろう」
「こんぐらいじゃ傷つかねえよ、せいぜい鼻が潰れるだけだ」
「それは困る、イツキが好いてくれている俺の匂いが、嗅げなくなるかもしれない」

 ちょんと鼻頭にキスを落とされる。ちょっと待て、俺はアンタの匂いが好きだなんて一言も言った覚えがないんだが⁉︎

「なんで知って……っ?」
「お前を見ていればわかる。今までだって、お前は恥ずかしがりながらも、俺に好きだという合図をいくつも送ってくれていた」

 それは伝わっていて嬉しい限りだが、同時に指摘されると、恥ずかしさが天を突破しちまいそうでもあり……

 何も言えなくなって俯く俺の額に、カイルは再びそっと唇を落とした。

「明確な言葉をくれないことで、時々不安に思っていた。イツキはこんなにも明白に、俺が好きだと態度で表してくれているのに」
「も、もう黙れって……」

 これ以上俺を口説いてどうするつもりだ、とっくにアンタに心なんて預けきってるんだ。真っ赤になりすぎて憤死したっておかしくない。

 俺の弱々しい懇願を聞いたカイルは、唇を閉じて弧の形に円を描き、かっかと火照る俺の身体を優しく抱きしめた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!

ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。 牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。 牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。 そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。 ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー 母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。 そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー 「え?僕のお乳が飲みたいの?」 「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」 「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」 そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー 昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!! 「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」 * 総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。 いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><) 誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。

猫宮乾
BL
 異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。