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第四章 ダンジョン騒動編

24 戦闘

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 山羊の攻撃が俺に届く前に、カイルはとっさに剣を捻ってモンスターの行く手を阻んだ。

「ぐっ⁉︎」

 剣が当たったところから、ぬちゃりとヘドロが撒き散らされたような音がして、モンスターの前足が変形する。

「うわっカイル君、気持ち悪いね。こんなモンスターは初めて見たよ」
「おい、俺が気持ち悪いかのような物言いをするな」
「あはは、そんなつもりはないよ」

 クインシーは軽口を叩きながらも、レイピアを不定形のモンスターに突き入れた。穴が空いたところから噴水のようにヘドロが飛び出す。

「嘘でしょ⁉︎ あーあ、ドロドロじゃないか」

 豹獣人はひょいと後ろに飛んだが、間に合わなかったようで、ヘドロを腕のあたりに引っ被ってしまった。

「気持ち悪いのはお前のほうだったな」

 カイルがフンと鼻を鳴らすと、クインシーは笑顔をひくつかせた。

「うわ、否定できないなあ。今の俺、気持ち悪いことになってる」
「クインシーは下がってろよ、俺がやる」

 俺も追撃するべく、光魔法を手のひらから放つ。光線のように飛び出した魔法は、黒山羊を霧のように霧散させた。

 シュウウとダンジョン内の空気に完全に溶けたことを確認し、ホッと肩の力を抜く。

 さて、みんな他に怪我はないかと仲間の姿を見渡した。気分が悪いのか、クインシーは口を覆ってしゃがみこんでいる。

「派手に汚れちまったな、クインシー」
「本当だよ。ヘドロに触れてると気分が悪くなる……まるで気力を吸いとられているみたいだ」

 手袋と袖の間から、皮膚に直接ヘドロがくっついたらしい。

 このヘドロには、闇魔法の精神汚染効果も含まれているようだ。顔色が悪いし、早いとこ助けてやらねえと。

「ここは私にお任せください」

 フェナンがクインシーの前に膝をついて、彼の手をとって治療を施す。ヘドロはシュウシュウと音をたてながら小さくなり、やがて空中へと消えた。

 クインシーは青い顔をしながらも、茶化すようにフェナンに笑いかける。

「わお、ありがとう。魔法が使える山羊獣人ってことは、君も魔人なのかな?」
「!」

 フェナンはしまった! と肩を強張らせる。ギギギと効果音がしそうなくらいビビりながら、カイルの方をうかがい見た。

 カイルは不機嫌そうに腕を組んで言い放つ。

「構わん。豹野郎には正体をバラしても問題ない。そこの二人もだ」
「そ、そうでしたか。では改めまして、おっしゃるとおり私は魔人です。フェナンといいます」
「そう、俺はクインシー。好きに呼んでくれていいよ。なんなら呼び捨てとかでも歓迎するし」
「好きに、とは……」

 純朴そうな魔人は、クインシーの申し出の意味を測りかねて戸惑っている。

 おいクインシー、アンタは魔人の呼び名について理解してるんだから、あんまりからかってやるなよな。

 魔人は生涯の友か家族や伴侶しか、名前を呼び捨てで呼ばないんだって。

 前から知ってるからこそ、本気でカイルをキレさせないように、いつも君づけで呼んでるんだろ。わかってるんだからな。

 フェナンは動揺のあまり、考えていることを全て口からダダ漏れにしている。

「名前を呼び捨てにするほどの間柄でもない、部下でもないから愛称も呼べない、ここは無難に様づけがいいでしょうか……」
「豹野郎でいい」
「ちょっとカイル君、前から思ってたけどその呼び方どうにかならない? もっと俺に相応しい呼び名があると思うよ」
「例えばどういうものだ」
「そうだね……」

 クインシーは膝に手をついてゆっくりと立ち上がり、真剣に悩みはじめた。あのな、そういうのは後にしろって。

 テオとレジオットまでもが一緒に悩みだして、三人でこそこそと話しあっている。はは、全部聞こえてんぞ。

「無難にボスでいいんじゃないっスか?」
「彼は俺の部下じゃないよ」
「クインシー様はどうでしょう」
「ありきたりすぎじゃない? それに魔人はそもそも、名前自体をあまり呼びたくないんじゃないかな。すごく特別な物と思ってそう」

 あーだこーだと言いあってから、クインシーはこほんと咳払いをして、カイルとフェナンのほうを振り向いた。

「俺のことは今後、カリスマ溢れる豹の化身と呼んでもらっても」
「おい豹野郎」
「だからその呼び方は嫌だってば!」
「ふざけていないで上に戻れ。お前たちでは役不足だ」

 クインシーは唇をキュッと引き結びながら、肩を落とした。

「ああ、わかってるよ。君たちが応援に来てくれたんだろう? だとしたら、ここはイツキたちに任せて俺たちは上に戻るべきだね。報告もしなきゃいけないし」

 クインシーは魔導話を懐から取り出し苦笑する。トントンと指先でつついて、反応しないことを確かめて苦笑した。

「なんで通じないんだろうね。このダンジョンはおかしい。ほんの数時間しか潜ってないのに、三日間さまよっていたってくらい疲れているし」

 クインシーは額に指先を当ててため息をつく。テオはそんな上司の顔をのぞきこんで、おろおろしている。

「ボス、ほんとに元気ないっスね」
「はは、君はいつも直球だねえ……」

 もう言い返す気力もないみたいだ。こんなに弱っているところは初めて見たな。

 おそらく、リーダーであるクインシーを妨害すべく、闇魔法の効果が一番強くかけられていたのだろう。

 いつもは余裕そうにゆらゆらしている豹の尻尾も、今日は取り繕う余裕がないくらいしょんぼりと萎れている。うん、よっぽど疲れてるんだな。

「安心しろよ、必ず俺たちが元凶をどうにかしてやるから」
「イツキ……ありがとう。ありがとうついでに耳を触らせてもらっていいかな、もっと元気になれそう」
「おい」

 カイルが後ろから凄んでいるが、俺は首を振って苦笑した。

「いつも通り振る舞おうとしてるけど、相当疲れてるだろ」
「あはは……イツキにもわかっちゃうか」

 最近は耳を触らせろだとか言わなくなってたのに、誤魔化し方が下手くそだ。いいから虚勢を張ってる暇があったら、早く戻れって。

「上で待ってるヴァレリオを、安心させてやってくれ」
「……ああ、うん。本当にそうだね」

 豹獣人は青白い顔をしながらも、ほんのり微笑んだ。ヴァレリオのことを思い浮かべているのだろう。

 クインシーはその後すぐに真剣な表情に戻って、俺たちを順に見つめた。

「イツキたちなら大丈夫だと思うけれど、気をつけて」
「ああ、十分気をつける」
「頼んだよ」

 豹獣人はそう告げて、来た道を戻っていく。テオはふらつくクインシーを支えにいった。

 レジオットは蜂蜜色の髪を揺らしながら、俺の前までやってくる。ん、なんだ?

「イツキもこんな夜遅くにやってきて、疲れてるんじゃない? これあげるから元気出して」

 レジオットは手のひらいっぱいにナッツを分けてくれた。まったく、かわいいヤツだなと自然に笑みが溢れる。

「ああ、ありがとな。元気でた」
「本当? よかった。じゃ、上で待ってる」

 レジオットも手を振りつつ、クインシーを支えにいった。俺はぺたぺたと頬を両手で探る。

「そんなに疲れて見えるか?」

 だいぶ魔力が減ってる自覚はあるが、体が動かしにくいとかそういうのは、今のところないんだが。
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