超好みな奴隷を買ったがこんな過保護とは聞いてない

兎騎かなで

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第四章 ダンジョン騒動編

23対等

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 不意に視線を感じて振り向くと、フェナンが俺とカイルを穴が開きそうなほど見つめているのに気がつく。

「はっ、すみません」
「ああ、いや俺のほうこそ悪かった」

 こんな緊急事態にイチャつくなんて、なんだこいつらって思われたよな。カイルと離れようとしたが、何故か当の本人に阻止され肩を抱かれる。

 おいカイル、くっついてる場合じゃねえだろと焦って見上げるが、彼は堂々と俺の肩を抱いたままフェナンを見据える。

「なんだ、言いたいことがあるなら言え」
「え、と、その……カイル殿下がイツキ殿下と親しいというのは、知識として聞き及んでいましたが。実際に見るとですね」

 フェナンはチラチラとこちらをうかがいながら、言葉を探している。

 なんだよ、ハッキリ言ってくれよ。アンタが堂々としていないと、余計に俺が恥ずかしいことをしている気分になるからやめろよな。

 そして、カイルは離れろって……顔が赤くなっちまうだろうが。腕に力を入れるがびくともしない。

 茶色の垂れ目をうろうろさせたフェナンは、やっと言いたいことが見つかったようで、俺たちの方を向く。

「獣人と魔人は、実はそう変わらない対等な人同士なのだなと、改めて思いまして」

 ああ、俺がカイルを慰めてるのが意外だったのか?

 魔人が獣人の奴隷を可愛がるみたいに、ひたすら俺を愛でているカイルの図を予想していたのかもしれない。

「なにを当たり前のことを言っている」

 カイルがドヤ顔してるけど、アンタだって俺と出会った最初の頃は、獣人をバカにしてただろ。

 あの跳ねっ返りがよくぞここまで素直になったなと、感慨深く見上げる。硬質な美貌が誇らしげに綻んだ。

 うわ、その顔はヤバいって……あまりにも魅力的で視線が釘づけになりそうになり、慌てて逸らした。

「あー、まあな。俺とカイルは恋人である以前に、相棒だから」

 な? そうだよなと見上げると、片眉を上げながらも頷いてくれた。ふっふっふ、そうこなくっちゃな。

「よし、先に進むぞ!」

 気合いを入れて立ち上がると、カイルもそれにならう。フェナンもよろよろと立ち上がった。

「ええ、行きましょう……私たちの隣人である、獣人を助けるために!」
「遅れるなよ」

 カイルはちくちくと小言をフェムに寄越したが、彼はめげずに返事をした。

「はい!」

 気持ちのいい返事だな。頼り甲斐はないが、根は悪くなさそうだ……実際に家族に会った時に、どう行動するかが気がかりだけどな。

 でもさっきから、なんかの魔法を使って俺たちを守ってくれてるみてえだし、ひとまずは様子を見守っていてもよさそうだ。 

 フェナンの様子に気を配りながらどんどん坂を下っていくと、道はでこぼこと足場が悪くなってなっていく。

 ほのかに光るダンジョンの壁は脈打つように明滅していて、なんとなく気味が悪い。

「この壁にも闇属性の効果がかかってんのかな」
「闇属性のダンジョンだとしたら、そうだろう」
「ふうん、闇ってもっと暗いイメージだったんだが、注意すれば歩けるくらいには明るいなんて不思議だ」
「闇属性の魔法効果を思いだしてみるといい」

 なんだっけと『魔力の支配』知識を使って脳内検索してみると、目眩し、闇を深くする、身体や精神を汚染する魔法と結果が出た。

「なるほど。元々見えていた方が、目眩しや闇を深くする効果が出やすいのか」
「それもある。さらに、薄暗がりだと幻覚にかけやすい。視覚的に恐怖を植えつけることで、精神汚染をしやすくしているのだろう」

 精神汚染とか、えげつねえよな。俺は『魔力の支配』があるからかからないだろうが、カイルとフェナンには効果が及ぶかもしれない。

「安心してくださいお二方、私の得意魔法は光属性です。光を発して視界を確保し、精神汚染を解除することもできます。今もうっすらかけて守護していますよ」

 ああ、やっぱり人知れず守ってくれていたようだ。

 意外と有能だな、フェナン。今だって額に汗をダラダラかいているがちゃんと足は動かしているし、口だけの男じゃなさそうだ。

「へえ、魔人でも光属性って使えるんだな」
「ええ、まあ。魔人らしくないですよね」

 自嘲するように目を伏せたフェナンは、小声でつけたす。

「もっとも、私の魔力量では大それた攻撃魔法は使えません。防御や回復で精一杯です」
「使えないな」
「すみません」
「こらカイル、いちいち突っかかんなって」

 その時、微かに前方から叫び声が聞こえた気がした。立ち止まって耳を澄ます。

「この声……テオか?」
「やっと追いついたのか」
「なんかあったらしい。急ぐぞ!」

 足場の悪いゴツゴツとした石畳を降りていくと、闇の気配が濃くなっていく。

 視界が悪い中、仲間たちの騒ぐ声が耳に飛び込んできた。

「ぎゃーもう無理ですって、どこにいるかわからないっス!」
「がんばってテオ、もう少し引きつけてくれたら魔法を打てる!」
「刺しても刺しても、まるで手応えがないなんて。いったいどうなってるんだ?」

 三者三様の声が、ダンジョンの壁に響いている。俺は前方に光魔法を放った。

 ほとんど何も見えない暗闇だったのが、ちょうどいいくらいの明るさになる。

「おーいアンタら、大丈夫か⁉︎」
「えっ、イツキ?」

 三人はてんでバラバラな場所に分断されていた。

 クインシーの前には敵がおらず、レジオットは壁に向かって手を構えていて、テオはモンスターに背を向けている。うわ、危ねえぞ⁉︎

「おいテオ、後ろ!」
「へっ? うひゃあ! いたたたたた!」

 注意を促すが一歩遅かったらしく、背中側をざっくりいかれちまったようだ。犬の尻尾をピンと立てて、ぴょんぴょん跳ね回っている。

「テオ! よくも!」

 レジオットはためていた魔力を放出した。稲妻となって敵へと飛んでいく。

 黒く実体の掴めない、霧のようなモンスターはスッと立ち消えた。

「な、どこへ……」

 レジオットは狐耳を目まぐるしく動かしながら気配を探っているが、敵は見つからない。俺は警戒しながらテオの元に駆けつけた。

「おいテオ、こっちに背中を向けてくれ」
「いたたた、痛いっス旦那ぁ!」
「今、治してやるから。じっとしてろよ」

 テオの傷口を、魔力をまとった手で撫でながら癒していく。たちどころに傷は塞がった。

「ええっ、イツキの旦那は治癒魔法も使えるんっスか⁉︎」
「話は後だ、敵を倒さねえと」

 いつの間にか俺の背後を守っていたカイルが、ヒヒイロカネの剣を構えた。

「来るぞ」

 ざわざわと闇が凝り固まり、山羊の形へと収束する。

「なにあれ、ライオン?」
「僕には虎に見えます」
「狼じゃないっスか?」

 どうやら三人とも、精神汚染の一種である幻覚にかかっているようだ。

 フェナンが光魔法を放つと、ぼんやりした表情だったクインシーの顔が引き締まる。

「違う、山羊だ! 見せかけよりも小さいね、どおりで攻撃がなかなか当たらないわけだ」

 山羊はゆらりと輪郭を揺らめかせながら、姿勢を低くする。カイルが剣を構え、クインシーがレイピアを持ち直す。

 モンスターはひと啼きすると、二人の奥にいる俺を目がけて襲いかかってきた。
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