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第四章 ダンジョン騒動編

21 不穏

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 カイルには後で事情を聞くとして、まずはこの場を納めねえとな。

「呼び名がないんじゃいざって時に困るから、今回はフェムの意見を取り入れさせてもらう」
「……イツキ」
「いろいろあるのはわかるけど、カリカリしてちゃ上手くいくもんもいかなくなるだろ?」

 安心させるようにニッと笑いかけると、カイルは大きなため息をついた。

「……話をしている時間が無駄だ、すぐに向かおう」
「おう」

 どうやら保留にするらしい。後でちゃんと話を聞くからなと目配せすると、フイと逸らされた。

 拗ねちまったのかな、しっかりフォローしてやらないと。

「そんじゃ、飛ぶぞ。二人とも、俺に捕まってくれ」

 カイルは迷わず俺の手を掴み、続けてフェナンも反対側の手を遠慮がちに繋いでくる。

 おいカイル、フェナンを睨むなって。やれやれと息を吐いて目をつぶり、マーシャルの家に設置してある移動陣へと飛んだ。

 家の中は真っ暗だった。もう日が暮れちまったもんな。魔法で手元に光を出現させながら、家を抜け出す。

「マーシャルには異変がなさそうだな」

 町にはポツリポツリと雷魔の灯りが灯っていて、飲んだくれた狐獣人が笑いながら連れと歩いている。

「今から王都に飛ぶぞ。カイル、フェム、ついてきてくれ」
「ああ」
「わかりました」

 カイルは自力で、フェナンは魔力量の問題で難しそうなので、俺が補助しながら飛んでいくことになった。

 飛びはじめてしばらくした頃、カイルが異変に気づく。

「いつもより速く飛べていないか」
「ん? ああ、言われてみればそうだな」

 『魔力の支配』持ちで、魔法を最高の効率で使える俺に比べると、カイルはほんの少しもたつくところがある。

 けれど今日は、無意識のうちに俺と同じ速度で飛んでいたようだ。カイルは腹の辺りに手を当てて、首を傾げている。

「……魔力の抜けも早いような気がする」
「そうか?」

 身体の中にうごめく魔力の総量を測ってみる。たしかに二回移動陣を使った程度にしちゃ、減りが早いかもしれない。

「ミスリル温泉の効果かもな」
「イツキ、魔力残量は問題ないのか?」
「まだ半分以上残ってるから心配すんなって」

 マーシャルから王都ケルスに飛んで、残り半分ちょっとってところだろうか。

 それでもカイルの三倍近くの魔力量が残ってるし、最悪俺の場合は体が獣人だから、魔力がゼロになっても気絶するだけだ。

「すみません、私がお役に立てないせいで、余分な魔力を使わせてしまって」
「アンタを運ぶ程度で無くならねえから。ほら、話をしてる暇があったら急ぐぞ」

 いつもよりキレッキレな速度で飛んで、就寝前の時間には王都ケルスにたどりついた。

 王都は雷魔の街灯に照らされていて、夜でも結構明るい。どこかにダンジョンが落ちてねえかなと見渡すと、町外れに人だかりができている場所を見つけた。

「あれじゃねえか」
「そのようだな。行ってみよう」

 人だかりから少し離れた場所に降りたち、カイルは久しぶりに山羊耳を偽装する。フェナンもカイルを手本にして、見よう見まねで山羊獣人に擬態した。

 本当はこんなコソコソしたくねえんだが、ダンジョンと魔人の関係が獣人に発覚したら、全面戦争突入も待ったなしの案件だからな……

 不穏な芽は摘んでおくに限る。ということで、偽山羊二人を引き連れて、俺たちは人の多い方へと向かった。

「なあ、見たか?」
「見た。ダンジョンだよな?」
「新しいダンジョンが産まれたぞ、やったぜ!」

 ざわざわ話しあう野次馬たちは、意外なことに不安や動揺よりも、期待の声のほうが多いような気がする。

「これでやっと、息子にかっこいいところを見せてやれる!」
「収入がなくて困ってたんだよ、一攫千金と行くかあ!」
「早く入れてくれよ騎士さんよお、あんまり遅いと勝手に入っちまうぞ!」

 待てよアンタら、血気盛んすぎるだろ。突然できたダンジョンなんだから、もっと警戒しろよな。

 騒ぐ獣人たちの間をくぐり抜け、入り口らしきほうへと近づいていく。途中で虎の獣人に弾き飛ばされそうになって、カイルに支えられた。

「悪い、カイル」
「いいから俺を盾にしておけ」

 お言葉に甘えてカイルの後ろをぴったりついていく。しんがりにフェナンも続いた。

 入り口付近では、元ダンジョン冒険者らしき獣人と、騎士団の者が言い争っているようだ。大きな怒鳴り声が聞こえてくる。

「入れろって言ってんだろ!」
「調査が終わるまで待て!」
「そんなの待ってたら、お宝がみんな国に取られちまうじゃねえか!」

 うわ、揉めてんなあ。ダンジョン本体はどうなってるのかと視線を移すと、石畳の下の地面が盛り上がって、ぽっかりと暗い穴が空いていた。

 なかなか雰囲気があるじゃねえか、攻略しがいがありそうだ。

 こっそりダンジョンまで向かうために、体を透明にしようとしたところで、見知った狼獣人と目があった。

 緑の瞳を驚愕で見開いたヴァレリオは、黒い狼の耳をピンと立てながら、こちらに駆け寄ってくる。

「イツキ殿、なぜここに」
「よおヴァレリオ。実は俺たちはとあるお方のご意向で、事件を解決しにきたんだ」

 暗に「魔王はダンジョン作成に反対しており、混乱を阻止しようとしている」と匂わせておく。

 万が一、新しいダンジョンができたのは魔人による敵対行動だと思われてしまっては、せっかく結んだ和平が台無しになっちまう。

 ここはしっかりと、俺たちはアンタらの味方だとアピールしておかなくちゃな。

 ヴァレリオは意図を察して、顎に手を当てた。豊かな黒毛の尻尾が思案げにパタリと揺れる。

「……しばし待て」

 彼は同僚に一言抜けると告げてから、俺たちに合図をして物陰へと移動した。
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