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第四章 ダンジョン騒動編

18 ミスリルの温泉

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「あーあったけえ、気持ちいい」

 泉はかなり深いようで、立ったままでも肩まで浸かることができた。座りやすい場所を探してうろうろしていると、カイルも入水してくる。

「ふむ、これはいい」
「幻の秘湯って感じだよなあ」

 薄青く染まった湯の中でゆらゆらと腕を遊ばせていると、水深の深さに目を見張ったカイルが、俺を後ろから抱き寄せた。

「かなり深い、足を踏み外したら溺れかねないぞ」
「そんなヘマしねえって」
「普段のお前なら大丈夫だろうが、今は気が抜けているだろう。いいから側にいてくれ」

 守るように両腕を交差されて、フッと口元が笑みの形に緩んだ。心配性だなあと思いながらも、されるがままカイルの膝に腰掛ける。

 柔らかいままのブツの感触を尻尾の下辺りで感じてしまい、もぞもぞと尻の位置を調整した。

「……こんなところで盛るなよ?」
「イツキに煽られたら堪える自信がない」
「じゃあ大丈夫だな。誰もいないとはいえ、屋外で誘ったりするつもりねえし」
「自覚がないとは恐ろしい」
「なにがだよ?」
「いや、お前はそのままでいい」

 カイルが笑った気配がして、首筋に吐息がかかる。くすぐったくて肩をすくめた。

 幸いなことに、カイルが悪戯をしてくる気配はない。俺がリラックスして温泉を楽しみたいって、わかってくれているらしい。

 鎖骨下にあるカイルの腕に、手を重ねながら目を閉じる。遠くから鳥のさえずりがごくわずかに聞こえる、静かな森だ。

「はあ、極楽……」

 こんな秘湯にめぐりあえるなんてついてるぜ。リッド叔父さん様々だ。

 カイルは穏やかな呼吸をしながら、周囲を見回している。こんな時でも警戒を欠かさないつもりらしい。

 魔王を辞めて契約陣を更新してからも、カイルは俺を守りたいと言ってくれて、護衛のような振る舞いをすることがある。

 そういうことをされると、胸の中までむずむずしちまう。

 そんなに大事大事にしてくれなくても、もうちょっと雑に扱ってくれてもいいんだが。

 振り向くと、紫がかった柘榴色の目と視線があった。

「なんだ」
「さっき周囲を確認してなんもいなかったし、そこまで気を張らなくたっていいんだぜ?」
「もしもの場合があるだろう。俺のことはいいから、イツキは入浴を楽しんでおくといい」

 あーもうだから、そういうところがだなあ……とくんとくんと心臓の音がうるさくなる。

 顔が無様に赤くなっていそうで、ぶくぶくと鼻のあたりまで湯の中に潜って頬を隠した。

 俺たちは対等なパートナーだってのに、カイルは妙に俺を持ち上げたり宝物のように扱ったりする。

 気恥ずかしいけど嫌なわけじゃない。今日だって、一緒に湯に浸かってくれてるし、気を使いすぎてるわけでもない。

 ただ、そんなに気を張らなくてもいいのになって思う。

 不意に、酔った時のカイルの言葉を思い出す。

『離れないでくれ、いつも俺のことだけ見ていてほしい』

 んなこと心配しなくても、俺だって同じことを願ってるってのに……

 もう一度振り返り体を横向きにして、カイルの首に腕を回し抱きしめた。

「イツキ?」
「……あったかいな」
「ああ」

 今すぐ証明なんてできやしないけれど、ずっと一緒にいることで不安が溶けてなくなるといい。

 そんな祈りを込めて、カイルの背をギュッと抱きしめた。

「あ、そうだカイル。酔っ払ってた時に話したこと、覚えてるか?」

 一つ願いを叶えてやるから散歩に行こうと誘ったことを思い出す。たとえカイルが覚えてないとしても、約束は約束だからな。

「ああ、覚えている……記憶から消し去りたい」

 カイルは苦虫を百匹くらい噛んだような顔をしながら、思いきり視線を顔ごと逸らしていた。

「ははっ、たまには素直なカイルも見せてくれよ。毎日あんな風に情熱的に迫られちゃ、身がもたねえけど」
「忘れてくれ。あんな醜態を晒すなど、恥だ」

 カイルはどうやら、俺に泣き言を言いながら縋るような真似をしたことを、悔いているようだ。

 酔って暴走したあげく、俺を抱き潰した時はひたすら労わってくれるだけで、こんな反応しなかったもんな。

「そんじゃ、聞かなかったことにしてやるよ」
「……ああ、そうしてくれ」

 カイルは眉間に皺を寄せたまま、深く頷いた。耳の先が赤く染まっている。

 そんなに気にしてたのか。弱気なカイルも可愛くて新鮮だったんだけどなあ。

 それに言ってくれるからこそ、気にかけてやれるし。ま、それについては俺も課題かもな。恥ずかしくって伝えられないことが多すぎる。

「で、どんな願いがいいんだ? 遠慮なく言えよ」
「そうだな……考えておく」
「そんなに考えることか? あんまりヤバい願い事は聞かねえぞ? 発情期を毎月やるとかは勘弁な」
「できるのか?」
「いや期待に満ちた目で見るなよ、しねえってば」

 俺たちはほかほかに温まるまで、温泉を楽しんだ。

 さてそろそろ出るかと、周囲の空気を暖めて泉から上がった。カイルも後に続く。

「ふうー、体が軽くなった気がするな」

 なんせミスリルの湯だし、なんらかの効果があってもおかしくはない。

「イツキの言う通り、体が軽い気がする」
「カイルもそう感じるってことは、やっぱなんかあるんじゃねえか」

 魔力が回復してるってこともねえし、いったいなんだろうな? 悪い変化じゃなさそうなので、ほおっておくことにした。

「あれ、なんか飛んできてるぞ」
「あれは……魔鳥か、珍しい」
「魔鳥?」

 『魔力の支配』ギフトを使って観察してみると、全身が魔力で構築されている、鳥の形をした魔法だということがわかった。

 魔鳥は一直線に俺たちの方へ向かって飛んでくると、カイルの腕に止まって喋りだした。

「大変だカイル、ハニーくん! すぐに城まで戻ってきてくれたまえ!」
「今の声って」
「リドアートだ。なにかあったらしい、すぐに戻ろう」

 魔鳥はメッセージを言い終えると空中に溶けて消える。俺たちは地を蹴って、空へと舞い上がった。
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