超好みな奴隷を買ったがこんな過保護とは聞いてない

兎騎かなで

文字の大きさ
59 / 91
第四章 ダンジョン騒動編

16 はあ気持ちいい

しおりを挟む
 俺が服を着直すと、カイルも渋々それに続く。今度こそ鍵をきっちりかけると、やっと一息つけた。

「そのまま座っててくれ。膝借りるな」

 俺はカイルの膝の上に頭を乗せた。モカブラウンの垂れ耳が視界の端を横切っていく。

 カイルは俺の兎耳を目で追いかけながら、さらりと撫でた。宝物を扱うような優しい指先を感じて、自然と笑みが溢れ出る。

「さあ、ブラッシングしてくれ」

 いつもは頼まなくても勝手にカイルがやってくれるから、自分から頼むのはなんか変な感じだ。

 カイルは櫛をインベントリから取り出すと、無言で俺の耳に櫛を通しはじめた。

「はあー気持ちいい……そこそこ、つけ根の近く、そうそこ梳いてほしい」

 カイルは俺の要望通り、つけ根の耳毛を重点的に梳いた。耳の表面から内側まで、カイルの施す優しい動きに包まれて、心が解きほぐされていく。

 頭の中がぼんやりしてきて、多幸感に包まれる。俺が猫獣人だったらゴロゴロ言っててもおかしくねえくらいに、リラックスしきっていた。

「はあ、このまま寝ちまいてえよ……」
「いいぞ、寝てしまえ」
「駄目だ、さっき汚した部屋の掃除をしねえと」

 いろいろと匂いやら痕跡やら、垂れた液やらが残っているからな。億劫だが早めに処理しておくかと体を起こそうとすると、カイルは俺の目の上に手のひらを乗せる。

「俺が片づけておくから、イツキは寝てもいい」
「ん、そうか……? 悪いな……」

 視界が塞がれているので目を閉じていると、どんどん眠気が増してくる。

 垂れ耳を撫でられ続け、極上のマッサージでも受けているかのような気分で、気がつくと俺の意識は夢の中に落ちていた。



 次の日は晴天快晴、絶好の外出日和となった。体調もすこぶるいい。やっぱしっかり睡眠取ると頭も体もスッキリするよな。

 作り置きした食事をインベントリから取り出して、カイルと二人で食べた。

「さて、温泉調査といきたいところだが」

 昨日盗み聞きする形になった、陰謀とやらが気になる。俺たちを除け者にしようったってそうはいかねえ。

「カイル、リッド叔父さんのところへ行くぞ」

 アーガイル柄の床の上を、カツカツと靴音を響かせながら魔王の執務室へと向かう。

 ノックをすると、現れたのはリドアートではなくクレミアだった。彼女はぱちぱちと目をしばたいて、羊ツノが重そうな頭を傾げる。

「あら、昨日ぶりですね」
「おう。リッド叔父さんはいないのか?」
「リドアートなら、キエルと共に出かけました」
「どこに?」
「南部領地のほうに用事があるとのことで、しばらく留守にするそうです」

 なんてこった、もう出かけた後なのか。南だなんて、温泉調査と正反対の方向じゃねえか。

 どうすっかなと考えながら俺たちの部屋に戻る途中、カイルが耳打ちをしてくる。

「南地へ向かうのか? イツキが追いかけたいのなら協力するが」
「うーん……いや、先に依頼をこなそう」

 いつでもいいとは言われているが、あまり長い間放置しておくのもよくないだろう。

 帰ってきたら問い詰めてやると決めたところで、猛スピードでやってくる山羊角の魔族とすれ違った。

 前だけをひたすら見つめていて、なにやら切羽詰まった表情をしている。

「あれ、あいつどこかで見たような」
「イツキ、調査に向かうのだろう」
「そうだな、部屋に戻って準備しよう」

 カイルにグイッと肩を前に向けられて、気持ちも未来に引っ張られる。

 向かう先が本当に温泉だったらいいな。そしたら調査ついでに入浴させてもらおう。

 翼を持つ爬虫類ってのも気になるし、ドラゴンっぽい見た目だったらぜひ写真を撮っておきたい。

 緋色コートの前ボタンをきっちりと閉め、チャコールグレーのマフラーをぎゅぎゅっとキツめに巻いてから、カイルに声をかけた。

「準備はできたか? カイル」

 彼も紺色のコートに青のマフラーを巻いた姿で頷く。

「ああ」
「それじゃ行くか。結構遠いから、最初っから飛んでいくぞ」

 長距離移動をする場合は、飛行するのが一番早い。俺は窓を開け放ち、窓枠に足をかけるとカイルの手を引いた。

 しっかりと手を繋いでから宙に浮き上がる。外から窓を閉めて、さて速度を上げるかと思ったところで城の衛兵と目があった。目があうなりビシッと敬礼される。

「イツキ殿下、カイル殿下! 行ってらっしゃいませ!」

 おいおい、王族であるカイルはともかく、俺相手にかしこまる必要はねえってば。

 衛兵は敬礼したまま動かない。仕方なく手を振ってから背を向けた。

 リドアートに王位を譲った後、魔王に戻れと言われるのが嫌すぎて、ブーイングを覚悟の上で兎耳姿を晒して城中を歩いたんだが。

「殿下、そのうさ耳はなんですか⁉︎ とても愛らしいですね!」
「お戻りいただけて嬉しいです。リドアート陛下もイツキ殿下やカイル殿下に会いたいと、待ちわびておりましたよ」

 衛兵たちからは諸手を挙げて歓迎された。魔人ってのは全体的に、獣人を侮っていたはずだろうに。

「魔人的には、獣人が王だったってことは気にならねえのかな」
「魔人は能力のある者……とりわけ魔力の扱いに長けていて、魔力保有量が多い存在を崇める傾向にある。一般的な獣人を侮っている者は、魔力が少ないことを馬鹿にしているんだ」

 ははーん、なるほどな。俺が『魔力の支配』持ちで、歴代魔王の中で一番魔力保有量が多いから、そこを買ってくれているわけだ。

「期待に応えるとするか。カイル、スピードを上げるぞ」
「ああ」

 リドアートに示された北方の領土は、國の中でも最北に位置しているらしい。

 なるべく日が暮れるまでに帰りたいので、結界を張って寒さと風を緩和しながら、猛スピードで飛び去った。

 やがて険しい山が眼前に立ち塞がる。俺は借りてきた地図と周囲の地形を見比べた。

「うーん、今はこの辺か? カイル、どう思う?」
「一番標高の高い山が右手側に見えるから、この辺りじゃないか」

 地図を見ながら相談して、温泉がありそうなほうを探して飛んでいく。

 魔人の住む地域の近くには魔物がいないが、この山の付近には普通に生息しているようだ。姿は見えないが、地上でいくつかの魔力反応がある。

「おっと、魔物の鳥がお出ましだ」

 カイルが無造作に魔氷を打ち出すと、カラスを二回りほど大きくした鳥は羽を負傷し、ギャアギャア騒ぎながら地面へと落ちていった。

「たわいもないな」

 この程度の魔物、俺たちの前では敵じゃねえ。何度か妨害にあいながらも、確実に温泉へと近づいていく。

 途中で昼休憩を挟み、さらに山奥へと飛んでいく。険しい斜面に針葉樹がこんもりと生えている地域にさしかかった。

 ここにはまだ雪も残っているようで、息を吐くと白くなるほど気温も低い。

「あーさみい、もうそろそろ着きそうなんだけどな」
「方向としては、こちら側になるだろう」

 カイルが指し示す木の方向を目指して、ふわふわと飛びながら辺りを散策していく。

 ん? なんだか大きな魔力の反応があるな。魔力感知しながら木々の隙間に目を凝らす。カイルも気づいて、暗がりの奥を睨みつけた。

「……ダンジョン五十階層程度の強さの魔物がいるようだ」
「なかなか強そうだな」
「未知の魔物だ。警戒を怠るな」

 わかってるって。しっかりと頷き、また木々の奥へと視線を向ける。予想したようなドラゴン姿なのだろうか。

 なんの魔物か見極めようと『魔力の支配』能力で敵の全容を探ろうとする。

 だが、俺が魔力の糸を伸ばした瞬間、向こうから反応があった。

「グルオオオォォォオ!」

 地響きがしそうなほど大きな音が鼓膜を揺らす。

 身構えながら音の方向を注視していると、ずんぐりむっくりとしたシルエットの生物が、木々の隙間から姿を見せた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!

ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。 牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。 牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。 そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。 ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー 母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。 そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー 「え?僕のお乳が飲みたいの?」 「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」 「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」 そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー 昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!! 「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」 * 総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。 いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><) 誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。