上 下
146 / 178
第四章 ダンジョン騒動編

16 はあ気持ちいい

しおりを挟む
 俺が服を着直すと、カイルも渋々それに続く。今度こそ鍵をきっちりかけると、やっと一息つけた。

「そのまま座っててくれ。膝借りるな」

 俺はカイルの膝の上に頭を乗せた。モカブラウンの垂れ耳が視界の端を横切っていく。

 カイルは俺の兎耳を目で追いかけながら、さらりと撫でた。宝物を扱うような優しい指先を感じて、自然と笑みが溢れ出る。

「さあ、ブラッシングしてくれ」

 いつもは頼まなくても勝手にカイルがやってくれるから、自分から頼むのはなんか変な感じだ。

 カイルは櫛をインベントリから取り出すと、無言で俺の耳に櫛を通しはじめた。

「はあー気持ちいい……そこそこ、つけ根の近く、そうそこ梳いてほしい」

 カイルは俺の要望通り、つけ根の耳毛を重点的に梳いた。耳の表面から内側まで、カイルの施す優しい動きに包まれて、心が解きほぐされていく。

 頭の中がぼんやりしてきて、多幸感に包まれる。俺が猫獣人だったらゴロゴロ言っててもおかしくねえくらいに、リラックスしきっていた。

「はあ、このまま寝ちまいてえよ……」
「いいぞ、寝てしまえ」
「駄目だ、さっき汚した部屋の掃除をしねえと」

 いろいろと匂いやら痕跡やら、垂れた液やらが残っているからな。億劫だが早めに処理しておくかと体を起こそうとすると、カイルは俺の目の上に手のひらを乗せる。

「俺が片づけておくから、イツキは寝てもいい」
「ん、そうか……? 悪いな……」

 視界が塞がれているので目を閉じていると、どんどん眠気が増してくる。

 垂れ耳を撫でられ続け、極上のマッサージでも受けているかのような気分で、気がつくと俺の意識は夢の中に落ちていた。



 次の日は晴天快晴、絶好の外出日和となった。体調もすこぶるいい。やっぱしっかり睡眠取ると頭も体もスッキリするよな。

 作り置きした食事をインベントリから取り出して、カイルと二人で食べた。

「さて、温泉調査といきたいところだが」

 昨日盗み聞きする形になった、陰謀とやらが気になる。俺たちを除け者にしようったってそうはいかねえ。

「カイル、リッド叔父さんのところへ行くぞ」

 アーガイル柄の床の上を、カツカツと靴音を響かせながら魔王の執務室へと向かう。

 ノックをすると、現れたのはリドアートではなくクレミアだった。彼女はぱちぱちと目をしばたいて、羊ツノが重そうな頭を傾げる。

「あら、昨日ぶりですね」
「おう。リッド叔父さんはいないのか?」
「リドアートなら、キエルと共に出かけました」
「どこに?」
「南部領地のほうに用事があるとのことで、しばらく留守にするそうです」

 なんてこった、もう出かけた後なのか。南だなんて、温泉調査と正反対の方向じゃねえか。

 どうすっかなと考えながら俺たちの部屋に戻る途中、カイルが耳打ちをしてくる。

「南地へ向かうのか? イツキが追いかけたいのなら協力するが」
「うーん……いや、先に依頼をこなそう」

 いつでもいいとは言われているが、あまり長い間放置しておくのもよくないだろう。

 帰ってきたら問い詰めてやると決めたところで、猛スピードでやってくる山羊角の魔族とすれ違った。

 前だけをひたすら見つめていて、なにやら切羽詰まった表情をしている。

「あれ、あいつどこかで見たような」
「イツキ、調査に向かうのだろう」
「そうだな、部屋に戻って準備しよう」

 カイルにグイッと肩を前に向けられて、気持ちも未来に引っ張られる。

 向かう先が本当に温泉だったらいいな。そしたら調査ついでに入浴させてもらおう。

 翼を持つ爬虫類ってのも気になるし、ドラゴンっぽい見た目だったらぜひ写真を撮っておきたい。

 緋色コートの前ボタンをきっちりと閉め、チャコールグレーのマフラーをぎゅぎゅっとキツめに巻いてから、カイルに声をかけた。

「準備はできたか? カイル」

 彼も紺色のコートに青のマフラーを巻いた姿で頷く。

「ああ」
「それじゃ行くか。結構遠いから、最初っから飛んでいくぞ」

 長距離移動をする場合は、飛行するのが一番早い。俺は窓を開け放ち、窓枠に足をかけるとカイルの手を引いた。

 しっかりと手を繋いでから宙に浮き上がる。外から窓を閉めて、さて速度を上げるかと思ったところで城の衛兵と目があった。目があうなりビシッと敬礼される。

「イツキ殿下、カイル殿下! 行ってらっしゃいませ!」

 おいおい、王族であるカイルはともかく、俺相手にかしこまる必要はねえってば。

 衛兵は敬礼したまま動かない。仕方なく手を振ってから背を向けた。

 リドアートに王位を譲った後、魔王に戻れと言われるのが嫌すぎて、ブーイングを覚悟の上で兎耳姿を晒して城中を歩いたんだが。

「殿下、そのうさ耳はなんですか⁉︎ とても愛らしいですね!」
「お戻りいただけて嬉しいです。リドアート陛下もイツキ殿下やカイル殿下に会いたいと、待ちわびておりましたよ」

 衛兵たちからは諸手を挙げて歓迎された。魔人ってのは全体的に、獣人を侮っていたはずだろうに。

「魔人的には、獣人が王だったってことは気にならねえのかな」
「魔人は能力のある者……とりわけ魔力の扱いに長けていて、魔力保有量が多い存在を崇める傾向にある。一般的な獣人を侮っている者は、魔力が少ないことを馬鹿にしているんだ」

 ははーん、なるほどな。俺が『魔力の支配』持ちで、歴代魔王の中で一番魔力保有量が多いから、そこを買ってくれているわけだ。

「期待に応えるとするか。カイル、スピードを上げるぞ」
「ああ」

 リドアートに示された北方の領土は、國の中でも最北に位置しているらしい。

 なるべく日が暮れるまでに帰りたいので、結界を張って寒さと風を緩和しながら、猛スピードで飛び去った。

 やがて険しい山が眼前に立ち塞がる。俺は借りてきた地図と周囲の地形を見比べた。

「うーん、今はこの辺か? カイル、どう思う?」
「一番標高の高い山が右手側に見えるから、この辺りじゃないか」

 地図を見ながら相談して、温泉がありそうなほうを探して飛んでいく。

 魔人の住む地域の近くには魔物がいないが、この山の付近には普通に生息しているようだ。姿は見えないが、地上でいくつかの魔力反応がある。

「おっと、魔物の鳥がお出ましだ」

 カイルが無造作に魔氷を打ち出すと、カラスを二回りほど大きくした鳥は羽を負傷し、ギャアギャア騒ぎながら地面へと落ちていった。

「たわいもないな」

 この程度の魔物、俺たちの前では敵じゃねえ。何度か妨害にあいながらも、確実に温泉へと近づいていく。

 途中で昼休憩を挟み、さらに山奥へと飛んでいく。険しい斜面に針葉樹がこんもりと生えている地域にさしかかった。

 ここにはまだ雪も残っているようで、息を吐くと白くなるほど気温も低い。

「あーさみい、もうそろそろ着きそうなんだけどな」
「方向としては、こちら側になるだろう」

 カイルが指し示す木の方向を目指して、ふわふわと飛びながら辺りを散策していく。

 ん? なんだか大きな魔力の反応があるな。魔力感知しながら木々の隙間に目を凝らす。カイルも気づいて、暗がりの奥を睨みつけた。

「……ダンジョン五十階層程度の強さの魔物がいるようだ」
「なかなか強そうだな」
「未知の魔物だ。警戒を怠るな」

 わかってるって。しっかりと頷き、また木々の奥へと視線を向ける。予想したようなドラゴン姿なのだろうか。

 なんの魔物か見極めようと『魔力の支配』能力で敵の全容を探ろうとする。

 だが、俺が魔力の糸を伸ばした瞬間、向こうから反応があった。

「グルオオオォォォオ!」

 地響きがしそうなほど大きな音が鼓膜を揺らす。

 身構えながら音の方向を注視していると、ずんぐりむっくりとしたシルエットの生物が、木々の隙間から姿を見せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~

トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。 しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。 貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。 虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。 そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる? エブリスタにも掲載しています。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

虎獣人から番になってと迫られて、怖がりの僕は今にも失神しそうです(した)

兎騎かなで
BL
文学部の大学生、紺野静樹は突然異世界に飛ばされ、虎顔の獣人と出会った。怖がりの静樹は内心大パニック。 「と、虎⁉︎ 牙が怖すぎるっ、食べられる……! あ、意識が……」 「わーい! やっと起きたね人間さん! ……あれ、また寝ちゃったの?」 どうやら見た目は恐ろしいが親切な白虎の獣人、タオに保護されたらしい。 幼い頃に猫に噛まれたせいで獣の牙が大の苦手である静樹は、彼の一挙一動にびくびくと怯えてしまう。 そんな中、タオは静樹を番にしたいと迫ってきて……? 「シズキってかわいくっていい匂いだね、大好きだよ! 番になってほしいなあ」 「嫌です無理です、死んじゃいます……っ!」 無邪気な虎獣人と、臆病な異世界人のドタバタラブストーリー。 流血表現あります。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

モフモフ異世界のモブ当主になったら側近騎士からの愛がすごい

柿家猫緒
BL
目を覚ますとRPGゲーム『トップオブビースト』の世界に、公爵家の次期当主“リュカ”として転生していた浅草琉夏。獣人だけの世界に困惑するリュカだったが、「ゲームのメインは父。顔も映らない自分に影響はない」と安穏と暮らしていた。しかし父が急逝し、リュカが当主になってしまう! そしてふたつの直属騎士団を設立し、なぜか魔王討伐に奮闘することに……。それぞれの騎士団を率いるのは、厳格な性格で圧倒的な美貌を持つオオカミ・ヴァンと、規格外な強さを誇る爆イケなハイエナ・ピート。当主の仕事に追われるリュカだったが、とある事件をきっかけに、ヴァンとピートから思いを告げられて――!? 圧倒的な独占欲とリュカへの愛は加速中! 正反対の最強獣人騎士団長たちが、モフモフ当主をめぐって愛の火花を散らしまくる! 2023年9月 続編はじめました。

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。