超好みな奴隷を買ったがこんな過保護とは聞いてない

兎騎かなで

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番外編

結婚式の花あられ

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 はらり、はらりと落ちる細かい毛をカイルが丁寧に払ってくれる。時々甘い声が漏れるのをそのままに、毛布にくくまれて夢見心地で優しい指先を堪能した。

「終わったぞ」
「ん、サンキュー……ふわぁ」

 カイルの指先は、俺がすごく気持ちよくなる撫で方を知っているかのように、ちょうどいい強さで耳を撫でてくれる。

 くたっと背もたれに体を預けていると、櫛をインベントリに仕舞い終えたカイルが、俺の髪と垂れ耳の縁を梳いた。ぴくりと耳の付け根が反応する。

「ん……」
「やはりお前はこの姿が自然でいい。魔王姿も威厳があってよかったが」
「そうかあ? 自分じゃよくわかんねえけど」

 すっかり兎耳も板についちまったな。換毛期に備えて事前に巣篭もりならぬ家篭もりの準備もできたことだし、そろそろ俺もいっぱしの兎獣人を名乗ってもいいかもしれないな。

 カイルとマーシャルの家に戻って、そろそろ十日が経とうとしている。秋は深まり、窓辺の木々は黄色や赤に色づきはじめていた。

 朝からよく晴れているし、秋の換毛期特有の寒気も引いてきた。そろそろ外出してもいいんじゃないか? だってこんなにいい天気なんだしさ。

 窓の外を見つめてにんまりと笑う。そのまま背後に立つカイルを振り向いた。美しいアレキサンドライトの瞳と目があう。

「なあ、今日は外に出かけようぜ」
「どこに行きたいんだ」
「どこにすっかなあ……」

 こういう時、今までであればダンジョンやギルドに出かけていたんだが。マーシャルのダンジョンは今、最後の稼ぎ時とばかりに獣人達がわんさか押し寄せているらしい。

 獣人の獅子王は、全てのダンジョンが近い未来に閉鎖されることを、国民に告知したからな。

 民の混乱はあれど、その分魔人國から輸出される魔石で賄われるとわかると、冒険者は村の用心棒に立候補したり、魔物狩りに勤しんだりと各々動いている。

 俺は今後、金に困ったら魔石を作って売って生活するつもりだ。なんせ魔力を込めた水に漬けて、毎日魔力を注ぎなおすだけで魔石ができあがるからな。手軽でいい。

 さて今日はどこに行こうか……と考えて、チラリと実験室の転移陣の存在が頭に過ぎる。実はあれ、王の寝室に繋がっているんだが……

 いや、魔人の國はしばらく放っておこう。大丈夫、今頃有頂天になったリドアートが舵取りをしてくれているはずだ。しっかり者のクレミアもいることだしな。

 スパッと意識からリドアートのことを追い出し、外に出てから考えるかと出かける準備をする。

 玄関ポストをのぞくと、手紙が来ていた。ずいぶん前に届いたようだが、帰ってきた時には転移陣を経由したから気づかなかったみたいだ。

 狼の牙と獅子の立て髪がデフォルメされた、大層立派な紋章の封蝋がされている。誰だ? クインシーじゃない他の貴族の知りあいってなると……ヴァレリオだろうか。

「なんだ? 出かけないのか」
「手紙が来てたから、これだけ見ていくよ」

 封筒を持って部屋に引き返した。ペーパーナイフなんて洒落たものはなかったので、ミスリルの短剣で封筒の端を切り開く。

 硬い筆跡で書かれた丁寧な文章は、やはりヴァレリオから送られたものらしい。俺は最初の一文を見て、目を見張った。

「おい、結婚式の招待状だぞコレ」
「ほう。挙式はいつだ」
「……嘘だろ、今日じゃねえか!」

 夏頃に届いていたらしき手紙は、式のひと月前までに、結婚式への出席の可否を知らせてほしいと書かれていた……完璧に遅刻しまくっている。

 本来は夏の半ばに予定していた挙式だが、諸事情が重なり換毛期前後となるため、体調がよければぜひ参加してほしいとの言葉が添えられている。

 焦りながらも読み進めて、場所と時間を確認する。五の鐘、王都の教会にて……太陽の位置を確認して、カイルの手を取った。

「行こうカイル! 今から飛べば間にあう!」
「行くのか?」
「もちろん! 友達の門出なんだ、盛大に祝ってやろうぜ!」

 急いで町門まで小走りで駆けていき、十分に町から遠ざかったところで目眩しの結界を張り、空へと飛び上がった。

 びゅうびゅうと吹きつける風が存外寒く、そこでフォーマルな衣装に着替えていなかったことを思い出した。

 やべ、これじゃ式に駆けつけられたとしても、あいつらに会わせる顔がねえな……そもそも招待席も確保されていないだろうし。

 考えた末に、俺は魔人國で愛用していた灰色のローブを頭から被った。せっかくだから、ヤツらにサプライズプレゼントといこう。

「カイルは寒くないか?」
「俺は平気だ」
「ちょっと考えたんだけどさ、どうせアイツらを祝ってやりたくても、正攻法じゃ会場に入れなさそうだろ? だから、こうしようと思うんだが」

 空中会議を重ねること数分、俺達はサプライズの方法を決定して、意気揚々と王都ケルスへ乗り込んだ。

 王都ケルスは以前と同様に栄えていた。目眩しの結界を張ったまま地上を見下ろし、教会を探す。威容ある荘厳な建物を見つけ、アタリをつけて近づいた。

「お、ここであっていそうだな」

 オレンジ屋根が大きく立派な教会の元、貴族らしき肉食獣人が勢揃いしていた。

 ガーデンパーティーってやつなのか、中庭を豪華絢爛に飾りつけて、なにやら盛り上がっている。宴もたけなわってやつだな。

 さてさて、本日の主役はどこかなっと……ああ、見つけたぞ。一段高いテラスの上でグラスを掲げながら、主役の二人で談笑している。

 白いフォーマルスーツをヒラヒラに飾り立てた衣装に、ふんだんに刺繍された緑の片マントを羽織ったクインシーは、見たことがないくらい幸せそうな顔で、ヴァレリオをうっとりと見つめていた。

「……なあ、あれ本当にクインシーであってるよな?」
「表情や雰囲気はまるでメス猫のようだが、身体的特徴は豹野郎であっている……はずだ」

 カイルは自信なさげに肯定した。だよな、あってるよな? 

 そんなとろけた顔をして、アンタ誰だよってなったわ。一瞬別人かと思ったぜ……ヴァレリオに心底惚れてるって感じで、えらく幸せそうじゃないか。

 騎士服の礼装を着たヴァレリオも、表情こそ穏やかな笑みを浮かべているが、伴侶しか目に入らないといった様子で、黒い狼尻尾をずっと左右に振っている。
 熱愛っぷりがここまで伝わってくる有様だ。

「これはいっちょ、気合を入れて祝ってやらねえとな」

 カイルを見上げると、こくりと頷かれる。次の瞬間、彼は山羊耳の幻影を消した。俺も兎耳を羊ツノに擬態し、尖り耳と尻尾をつけ足す。

 カイルと手を繋いで空中に浮かんだまま、目眩しの結界を消した。あ、会場の隅っこにいたテオとさっそく目があったな。

 彼は目を擦って、幻覚でも見ているのかと首を傾げているようだ。

 隣の蜂蜜色の髪をもつ狐獣人の肩をツンツンして、こっちに視線を誘導し、二人して首を捻っている。思わずプッと吹きだした。

「ははっ、テオとレジオットが早速俺達に気づいたぞ。やっぱりぱあっと驚かせてやりてえなあ、花火は悪手だと思うか?」
「やめた方がいい。敵対行動だと見做されかねない」

 カイルは重々しく首を横に振った。ちぇー、どうせならドカンと一発祝ってやりたかったんだが。

 魔人の心象がよくなりつつある今、俺が下手を打って台無しにするわけにはいかねえもんな。わかったよ、手筈通りにいくさ。

 右手を宙に掲げて、意識を集中させる。俺の手のひらからフワリと光の花が生まれ、パッと弾けては散っていく。

 ふわり、ヒラヒラ。次から次へと生まれいでし花は、降りていくうちに花弁が分かたれ、まるで桜吹雪のように細かくなって地上に降り注ぐ。

 にわかに教会の中庭が騒がしくなった。天から降り注ぐ祝福のような花の群れに気づいて、クインシーとヴァレリオが空を仰いだ。

 俺とカイルを見つけて、金髪の豹獣人は破顔しテラスから身を乗りだし、大きく手を振った。ヴァレリオが落ちないようにと彼の体を支えている。

「君達! 来てくれたんだね、嬉しいよ!」
「結婚おめでとうクインシー、ヴァレリオ!」

 水魔法と光魔法を駆使した幻の花びらで、彼ら二人とついでに参列者も、まるごと包みこんで祝福した。

 アンタらのお陰で俺もスムーズに目的を達成できて、念願のカイルとの二人暮らしを満喫できてるからな。今日はサービスしてやるよ。

 魔人が魔法を使っている! と城下街のあちらこちらから声が聞こえるが、それは警戒を呼びかける響きではなく、美麗な光景を見たという驚きと喜びのこもった声色だった。

 テオは目をかっぴろげて、俺の羊ツノを凝視しているが、レジオットは無邪気に光の花を眺めて喜んでいた。相変わらずかわいいな、アイツは。

 歓声を浴びていい気分になった俺は、おまけに空へと虹をかけてやった。俺もこの一年でずいぶんと獣人の文化に詳しくなったんだが、空にかかる虹にはジンクスがあるらしい。

 虹がかかる空を、恋人やパートナーと一緒に目撃すると、いつまでも末永く一緒にいられるらしいんだ。

 幸せにな、二人とも。祝いの言葉はまた改めて魔道話で伝えるとして、今は花のシャワーでお祝いさせてもらうぜ。

 ひとしきり花を降らせた後は、また目眩しの結界で視線を切ってから、カイルと一緒に地上に降り立った。

「あいつら、喜んでくれたかな」
「いい顔をしていたと思う」
「だよな? へへっ、俺たちも仲良くデートでもしようぜ、カイル」

 カイルは目を細めて、慈しむような視線で俺に問いかける。

「いいな、どこへ行こうか」
「たまにはカイルが決めてくれよ」
「そうだな……」

 俺は耳を戻して、カイルは魔人の姿そのままで、街を歩きはじめた。

 道行く人はカイルの尖り耳を見つけて、俺達の仲睦まじい様子を目を丸くして見つめるが、花と虹の効果だろうか。

 微笑ましそうに見送られるばかりで、悪魔だと指を刺してくるようなヤツは一人もいなかった。
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