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第三章 魔人救済編

260 カイルの奮闘

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「お父様」
「なんだいクレミア」
「お父様は、魔王になるおつもりはないのですね?」
「私は摂政として魔王様を支えることに、我が人生を捧げているのだ。魔王にはイツキ陛下がふさわしいと考えているよ」
「わかりました」

 次にクレミアは、リドアートをひたりと見つめた。

「リドアート殿下」
「なんだいクレー。いくら君の頼みでも、イツキ陛下がいるのに魔王役を引き受けるつもりなんてないぞ」
「そうですよね、今の魔王はイツキ陛下です」

 クレミアは強い眼差しで俺を見据えた。

「陛下、今後王座を誰かに譲るとしても、これは貴方がやり遂げようとはじめたことです。わたくしはイツキ陛下が魔王として、獣人と交渉するのがよいと思います」

 な、なんだって? クレー、アンタもか……俺はガックリと項垂れてから、頭をぐしゃぐしゃに掻き回した。

 王座に俺が座っているのを見た時の、クインシーとヴァレリオの驚く顔が目に浮かぶな……まあアイツらなら、交渉の場をめちゃくちゃに荒らすこともないか……

「あーもう、わかったよ。やってやるよ、しょうがねえ。今は俺が魔王だからな」
「うむ。その意気だ!」
「当日は支えてくれよ? リッド、キエル」
「はっはっは! 任せてくれてまえ!」
「もちろんですとも」

 殿下にも対抗戦の時に顔を見られていた恐れがあるが、有象無象の中のモブの一人だったんだから、ろくに覚えられちゃいないだろう。

 もし会ったことがあると言われても、他人の空似で押し通すぞ。大丈夫だ、世の中には同じ顔が三つはあるそうだからな。





 覚悟を決めた数日後。ついにレオンハルト御一行はシャルワール魔王城に足を踏み入れた。旅程が押したようで、日暮れ近くに入城した。

 旅の疲れを癒してもらえるよう、存分に寛いでもらえとキエルに申しつけてあるから、そっちは大丈夫だろう。

 俺は来たる明日の条約締結に向けて、最終確認をしていた。そこに足音も立てずに現れた影が一つ。

 ハッと視線を上げると、旅装を身に纏ったままのカイルが、執務室に忍びこんできていた。

「カイル、おかえり! 面倒な仕事を押しつけちまってすまなかったな、怪我はないか?」
「問題ない。特に大きな事件も起こらず、平和なものだった」
「殿下御一行を隠れて護衛するなんて、面倒な仕事を頼んでしまって疲れただろ? 今晩はゆっくり休めよ」
「そうだな……イツキをゆっくり味わってから休みたい」

 カイルは俺に触れようとして、自身の手が土や砂で汚れていることに気づいて、ハッと手を引っこめた。別に気にしねえのに。

 ニッと笑いかけて、俺から彼の手を取る。

「風呂行こうぜ。今日は特別に一緒に入ってやるよ」
「恥ずかしいから嫌なんじゃなかったか」
「だから特別なんだよ。がんばったアンタにご褒美をやる」
「ご褒美? そうか、楽しみだ」

 カイルは疲れを滲ませた声を、少しばかり弾ませた。

 今日はちょっとぐらいエロいお願いでも聞いてやろうかな、とドキドキしながら入浴すると、よっぽど疲れていたらしい。

 風呂から上がるなり、ちょっとの間俺にキスをして魔力を吸った後、カイルはベッドに倒れこんで眠ってしまった。

 ああ、きっと何日も徹夜で護衛したんだろうな……

 途中で誰かに護衛を代わらせるって言ってるのに、絶対に何かあっちゃいけないからって、全部自分で引き受けてくれちゃってさ……

 改めてカイルの様子を観察すると、目の下には酷い隈ができていた。指先でなぞって、くしゃりと顔を歪ませた。

「ごめんな、無理させちまったな……おやすみカイル、いい夢みてくれよ」

 カイルはすーすーと寝息を立てていた。俺もベッドに上がって横になる。久しぶりに感じた体温は、とても安心できた。
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