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第三章 魔人救済編

229 見知った顔

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 叔父さんは終始にこにこしながら、クレミアの一挙一動を眺めては、締まらない顔で笑み崩れていた。

 カトラリーを持つ手つきが様になってきたと褒めちぎり、クレミアが言葉を返すと大袈裟に喜んで、キザなセリフと仕草で返答している。

 だからさ、その顔で気取ってんじゃねえよ……カイルで想像しちまうじゃねえか。

 いつまでたっても降りてこないエイダン達には会えなかったが、和気藹々と四人で食事をしてから家に帰った。

 天井からぶら下がる電魔の光量は、読書をするのに支障がなさそうだ。俺は早速ロディアスが執筆した『魔人との共存』を読みはじめた。

 結論から言うと、魔人の食糧問題を解決するようなヒントは書かれていなかった。

 しかし魔人と獣人が共存共栄できる方法について、彼なりの見解が載せられていた。

『魔力を持つ獣人は魔人に魔力を提供し、対価を払ってもらえばよい。そうすれば野蛮な方法を取らずとも、気高き彼らは協力してくれる』

 著者は本を書いた当時、奴隷から解放した魔人と暮らしていたらしい。俺と同じ境遇ってことか……親近感がわくじゃねえか。

 本人に会えたらいろいろ話を聞いてみてえな。本の内容を読む限り、魔人の文化にも詳しいみてえだし。

「読み終えたか、俺にも貸してくれ」
「はいよ」

 カイルに本を手渡して、先に風呂に入った。ちゃんとこだわってバスタブも買いつけたから、毎日シャワーだけじゃなく風呂にも入れて快適だな。

 お風呂を楽しんだ後、まだ本を読んでいるカイルを置いて、先に寝入ってしまった。





 数日後。穏やかな気候の春麗かな日に、見知った人影を見つけて思わず声をかけた。

「ん? クインシーじゃないか」
「あれ、イツキ? 偶然だね」

 彼は露店を観察しながら、連れと何か話をしていた。俺が声をかけるとパッと振り向き、にこやかに返答する。

 隣の連れにも見覚えがあった。カイルよりも上背の高い狼獣人……ヴァレリオとかいったか、対抗戦の時に見た顔だな。

 目があったので会釈をすると、フッと口元を綻ばせた黒髪の彼は、硬派な顔立ちを緩めた。

「領地対抗戦で見かけた顔だ。俺はヴァレリオ・バルトフォスという。貴方の名前を聞いてもいいだろうか」
「ご丁寧にどうもな、樹だ。こっちは連れのカイル」

 カイルはジッとヴァレリオに視線を向けていたが、やがて興味なさそうに視線を逸らした。

 ヴァレリオはそんなカイルを気にする様子もなく、自信に満ちた笑顔を俺達に向けた。

「イツキ殿とカイル殿だな。対抗戦ではクインが世話になったようだ、礼を言う」
「ちょっと、勝手なことしないでくれよ」
「挨拶をしているだけだろう」

 なんかアンタら、仲良さげじゃないか? クインとか呼ばれてるし。

 その辺りを聞いてみようと口を開こうとした時、通りの向こうから見知った犬獣人と鼠獣人が駆け寄ってきた。

「ボスー! どこも評判いいみたいっスよ!」
「ヴァレリオ様、今戻った。万事抜かりないようだ」
「ああ、ナダルご苦労。リゴの実パイの市場調査は、そろそろ切り上げてもいいのではないか?」
「そうだね……ありがとうテオ、一度屋敷へ戻ろう」
「わかりました!」

 クインシーは残念そうに眉尻を下げ、肩を竦めた。

「せっかく君達と会えたんだし、食事にでも誘いたかったんだけど。あいにくと次の予定が詰まってるんだ」
「気にするなよ、また機会があれば会えるだろ」
「マーシャルに滞在している間に、また声をかけるよ。前と同じ宿屋にいるのかな?」
「いや。実は家を買ったんだ」
「へえ、イツキやるねえ」

 住所を告げると、今度こそクインシーは去っていった。さりげなくヴァレリオの腕を引いているのを見て、ピンときた。

「ああ、もしかして婚約がどうのって言ってたのは、ヴァレリオのことなのか……どう思う? カイル」
「興味がない」
「アンタな……仮にもひと冬の間、一緒に過ごした間柄じゃねえか」
「興味はないが、上手くいくといい。その方が安全だ」
「はあ? よくわかんねえな」
「お前は知らなくてもいいことだ」
「出たよ、カイルの秘密主義が」

 軽口をかけあいながら、好物のリゴの実パイを買って帰った。
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