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第三章 魔人救済編
226 甘くていい匂い
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換気のために浴室の窓を開けると、すっかり外は春めいていた。小鳥が空を舞い、新芽が顔を出し、色とりどりの花がそこら中に咲いている。
「春か……」
この世界に来てもう半年が経つんだなと、柄にもなく感慨に耽った。
しばらく窓の外を見ていたが、いい加減戻らないとカイルが心配するかもしれない。
顔をあわせると羞恥で焼け焦げそうになるんだが、まさか会わないわけにもいかないので、勇気を出してリビングに戻った。
カイルは何事もなかったかのようにシャツとパンツを身につけ、テーブルの上で本を読んでいた。
側に近づくと赤紫色の瞳が、耳のつけ根から爪先までを検分するように動く。
「戻ったか。どこか不調はないか」
不調……変なところが筋肉痛になっているのは、不調のうちに入らないだろうな。俺は苦笑してみせた。
「お陰様でピンピンしてるよ。迷惑をかけたなカイル、お前がいてくれて助かったぜ」
「迷惑などとんでもない。いつも以上にイツキを堪能できて、素晴らしい時間を過ごせた。一年に一度でなく、一月に一度この状態でもいいくらいだ」
「いや、はは……それはさすがに、俺の体がもたねえよ……」
カイルの性欲は俺の予想を遥かに上回っていて、俺は淫乱なんじゃないかと悩んでいたのが、馬鹿らしくなってくるほどだった。
「もう満足したから、これからのことを考えようか」
魔石の実験が途中になっていたし、春が訪れたから、フェルクの古本屋もそろそろ開店しているだろう。
外の空気を吸って気分を一新したかったので、古本屋に出かけることにした。帰りに女将のところに寄って、エイダン達の様子も見にいくか。
一歩家から外に出ると、心地よい春風が髪を揺らして吹き抜けていった。
軽くなった耳を揺らしながら、カイルと共に通りをゆっくり歩いた。人々はみな明るい顔で、春の訪れを喜んでいるように見える。
屋台通りを通ると、リンゴのような甘い匂いが鼻をくすぐった。なにやら人集りができている。
「お、アップルパイか。この世界では初めて見た」
「なんだそれは」
「果実をパイ生地と一緒に焼いたお菓子だよ。一つ買っていこう」
リゴの実パイと名づけられたそれを購入する。アップルパイ好きなんだよな、ゆっくり味わって食べよう。
フェルクの古本屋は、予想に違わず開店していた。店番をしている馬獣人のホセに挨拶をして、店内に入る。
店の奥からひょっこりと姿を見せた、フェレット獣人のフェルクは、薄茶の瞳を輝かせて俺達の訪れを歓迎した。
「いらっしゃいませイツキさん、カイルさん! この前はお土産をありがとうございました、とても楽しい気分で読める本でした」
「よおフェルク、そりゃよかった。今日は約束していた土産話をしにきたんだ」
「是非お願いします!」
王都のダンジョンにどんなモンスターがいて、どんな地形だったかなどを、抑揚をつけて面白おかしく話すと、フェルクは手を叩いて喜んだ。
「すごいやイツキさん! 王都のダンジョンは、伝説の冒険者エイダン様もチャレンジしているって噂なんですよ!」
「へえー、そりゃすごいな」
「僕もいつか、入り口だけでもいいから見てみたいです……」
うっとりとしているところ悪いが、王都のダンジョンは現在閉鎖中だ。
エイダンもマーシャルに連れてきちまったから、王都に行ってもアンタのお目当ては、何もないんだよな……
ダンジョン崩落はセンセーショナルな大事件だが、あまり触れたくない話なので、フェルクには黙っておくことにした。そのうち風の噂で聞くことになるかもな。
「春か……」
この世界に来てもう半年が経つんだなと、柄にもなく感慨に耽った。
しばらく窓の外を見ていたが、いい加減戻らないとカイルが心配するかもしれない。
顔をあわせると羞恥で焼け焦げそうになるんだが、まさか会わないわけにもいかないので、勇気を出してリビングに戻った。
カイルは何事もなかったかのようにシャツとパンツを身につけ、テーブルの上で本を読んでいた。
側に近づくと赤紫色の瞳が、耳のつけ根から爪先までを検分するように動く。
「戻ったか。どこか不調はないか」
不調……変なところが筋肉痛になっているのは、不調のうちに入らないだろうな。俺は苦笑してみせた。
「お陰様でピンピンしてるよ。迷惑をかけたなカイル、お前がいてくれて助かったぜ」
「迷惑などとんでもない。いつも以上にイツキを堪能できて、素晴らしい時間を過ごせた。一年に一度でなく、一月に一度この状態でもいいくらいだ」
「いや、はは……それはさすがに、俺の体がもたねえよ……」
カイルの性欲は俺の予想を遥かに上回っていて、俺は淫乱なんじゃないかと悩んでいたのが、馬鹿らしくなってくるほどだった。
「もう満足したから、これからのことを考えようか」
魔石の実験が途中になっていたし、春が訪れたから、フェルクの古本屋もそろそろ開店しているだろう。
外の空気を吸って気分を一新したかったので、古本屋に出かけることにした。帰りに女将のところに寄って、エイダン達の様子も見にいくか。
一歩家から外に出ると、心地よい春風が髪を揺らして吹き抜けていった。
軽くなった耳を揺らしながら、カイルと共に通りをゆっくり歩いた。人々はみな明るい顔で、春の訪れを喜んでいるように見える。
屋台通りを通ると、リンゴのような甘い匂いが鼻をくすぐった。なにやら人集りができている。
「お、アップルパイか。この世界では初めて見た」
「なんだそれは」
「果実をパイ生地と一緒に焼いたお菓子だよ。一つ買っていこう」
リゴの実パイと名づけられたそれを購入する。アップルパイ好きなんだよな、ゆっくり味わって食べよう。
フェルクの古本屋は、予想に違わず開店していた。店番をしている馬獣人のホセに挨拶をして、店内に入る。
店の奥からひょっこりと姿を見せた、フェレット獣人のフェルクは、薄茶の瞳を輝かせて俺達の訪れを歓迎した。
「いらっしゃいませイツキさん、カイルさん! この前はお土産をありがとうございました、とても楽しい気分で読める本でした」
「よおフェルク、そりゃよかった。今日は約束していた土産話をしにきたんだ」
「是非お願いします!」
王都のダンジョンにどんなモンスターがいて、どんな地形だったかなどを、抑揚をつけて面白おかしく話すと、フェルクは手を叩いて喜んだ。
「すごいやイツキさん! 王都のダンジョンは、伝説の冒険者エイダン様もチャレンジしているって噂なんですよ!」
「へえー、そりゃすごいな」
「僕もいつか、入り口だけでもいいから見てみたいです……」
うっとりとしているところ悪いが、王都のダンジョンは現在閉鎖中だ。
エイダンもマーシャルに連れてきちまったから、王都に行ってもアンタのお目当ては、何もないんだよな……
ダンジョン崩落はセンセーショナルな大事件だが、あまり触れたくない話なので、フェルクには黙っておくことにした。そのうち風の噂で聞くことになるかもな。
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