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第二章 陰謀恋愛編
182 鮮血
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魔人の女性は、カイルがはっきり姿を視認できる距離まで近づいてくると、スッと床に両膝をついて、ローブを両手で開いて持った。
「お初にお目にかかります、わたくしはクレミア・ナイロと申します。度重なる無礼に寛大なるご配慮をいただき、恐悦至極でございます。我らが偉大なる魔王様の……」
「御託はいい。要件を言え」
カイルはクレミアの挨拶を遮り、不機嫌そうに眉根を寄せた。彼女は姿勢を変えずに顔だけ上げて、カイルに懇願した。
「はい。我が息子、エイダンに情けを賜りたく存じます。魔人の秘密は契約において生涯秘匿させますので、野に放逐いただけましたらと」
「母さん!? 僕だけ外に放りだすつもり? 母さんも一緒じゃなきゃ、僕は帰らないよ」
ええと、どういうことだ。エイダンの母さんはダンジョンに住んでいるのか?
それに魔人の秘密って……そうかクレミアには、ダンジョンに留まらなければいけない理由があるのか、その理由とは……
考えこんでいると、突然カイルが俺を庇うように身構えた。エイダンが背中から斧を抜こうとする。
全てがまるで、スローモーションのようだった。突然現れた氷の矢が、振り向きかけたエイダンの母親を背後から貫く。
カハッと鮮血を吐いて、崩れ落ちるクレミアに駆け寄り、彼女を支えるエイダン。その背後に広がる暗闇から、コツコツと靴音を立てて男が姿を見せた。
「仕留め損ねてしまいましたか。まあいい、彼女のコアは既に我が手中にあります」
手に光る球体を携えて、彼は歩み寄ってくる。誂えのよいコートに身を包み、黒髪を後ろに撫でつけた壮年の男だった。
エイダンがポーションをクレミアにふりかけながら、彼を睨みつけて吼えた。
「母さんに何をする!!」
「うるさいですね、家畜は黙っていなさい」
エイダンはしゃがんだまま土魔法で巨石を出現させ、男に振り下ろそうとした。男は結界を張って巨石を弾き返す。
「目障りですよ。獣の分際で、魔王様からわけ与えられた力を使うなど」
エイダンに向かって氷の礫が降りそそぐ。俺はとっさに結界を張ってそれを防いだ。
男の目が俺に向く。その赤い瞳は、とても人を相手に向けているとは思えない、冷たい色をしていた。
羽虫を見るような顔をされて、ゾッと背筋が凍る。
「ここにも余計な小動物がいましたか」
「何の用だ。お前は俺に用事があって、あえて姿を見せたんじゃないのか」
カイルが男の前に立ち塞がりながら、注意を自分に向けるような素振りで問いかけた。
すると彼は、冷たい印象を一変させて、媚びるような笑みを浮かべて、カイルにひざまづいた。
「ええ、ええ! そうですとも! このミルヒ・ルイメン! 必ずや貴方様にお会いできると信じて、ここまでやって参りました!!」
「チッ……縁が切れたと、せいせいしていたんだが」
「またそのようなことをおっしゃって、照れなくたっていいんですよ?」
「照れていない……」
カイルは腕を組んで、彼を拒絶するようなオーラを出しているが、ミルヒは全くそれに動じる様子を見せずに、まくしたてた。
「私は貴方様のために、ここまで力を集めて参りました。魔王様の跡を継ぐのは、正統なる血筋を受け継ぐ貴方様しかおりません、カイル殿下」
カイル殿下、だって? はあ? アンタ魔人の国の王子様だったのか?
カイルの鈍銀色の頭を後ろから見つめるが、彼は何も言葉を発せず、身じろぎもしなかった。
ミルヒはぞんざいな仕草で、光る玉を足元に置く。そして懐から、禍々しい光を発する闇属性の巨大な魔石を取りだした。
「さあ、カイル殿下。私の集めた魔力を使って、新たなダンジョンを創りましょう。そして愚かな国賊共に、誰が真に魔王の冠を継ぐ者かを、思い知らせてやるのです!」
「お初にお目にかかります、わたくしはクレミア・ナイロと申します。度重なる無礼に寛大なるご配慮をいただき、恐悦至極でございます。我らが偉大なる魔王様の……」
「御託はいい。要件を言え」
カイルはクレミアの挨拶を遮り、不機嫌そうに眉根を寄せた。彼女は姿勢を変えずに顔だけ上げて、カイルに懇願した。
「はい。我が息子、エイダンに情けを賜りたく存じます。魔人の秘密は契約において生涯秘匿させますので、野に放逐いただけましたらと」
「母さん!? 僕だけ外に放りだすつもり? 母さんも一緒じゃなきゃ、僕は帰らないよ」
ええと、どういうことだ。エイダンの母さんはダンジョンに住んでいるのか?
それに魔人の秘密って……そうかクレミアには、ダンジョンに留まらなければいけない理由があるのか、その理由とは……
考えこんでいると、突然カイルが俺を庇うように身構えた。エイダンが背中から斧を抜こうとする。
全てがまるで、スローモーションのようだった。突然現れた氷の矢が、振り向きかけたエイダンの母親を背後から貫く。
カハッと鮮血を吐いて、崩れ落ちるクレミアに駆け寄り、彼女を支えるエイダン。その背後に広がる暗闇から、コツコツと靴音を立てて男が姿を見せた。
「仕留め損ねてしまいましたか。まあいい、彼女のコアは既に我が手中にあります」
手に光る球体を携えて、彼は歩み寄ってくる。誂えのよいコートに身を包み、黒髪を後ろに撫でつけた壮年の男だった。
エイダンがポーションをクレミアにふりかけながら、彼を睨みつけて吼えた。
「母さんに何をする!!」
「うるさいですね、家畜は黙っていなさい」
エイダンはしゃがんだまま土魔法で巨石を出現させ、男に振り下ろそうとした。男は結界を張って巨石を弾き返す。
「目障りですよ。獣の分際で、魔王様からわけ与えられた力を使うなど」
エイダンに向かって氷の礫が降りそそぐ。俺はとっさに結界を張ってそれを防いだ。
男の目が俺に向く。その赤い瞳は、とても人を相手に向けているとは思えない、冷たい色をしていた。
羽虫を見るような顔をされて、ゾッと背筋が凍る。
「ここにも余計な小動物がいましたか」
「何の用だ。お前は俺に用事があって、あえて姿を見せたんじゃないのか」
カイルが男の前に立ち塞がりながら、注意を自分に向けるような素振りで問いかけた。
すると彼は、冷たい印象を一変させて、媚びるような笑みを浮かべて、カイルにひざまづいた。
「ええ、ええ! そうですとも! このミルヒ・ルイメン! 必ずや貴方様にお会いできると信じて、ここまでやって参りました!!」
「チッ……縁が切れたと、せいせいしていたんだが」
「またそのようなことをおっしゃって、照れなくたっていいんですよ?」
「照れていない……」
カイルは腕を組んで、彼を拒絶するようなオーラを出しているが、ミルヒは全くそれに動じる様子を見せずに、まくしたてた。
「私は貴方様のために、ここまで力を集めて参りました。魔王様の跡を継ぐのは、正統なる血筋を受け継ぐ貴方様しかおりません、カイル殿下」
カイル殿下、だって? はあ? アンタ魔人の国の王子様だったのか?
カイルの鈍銀色の頭を後ろから見つめるが、彼は何も言葉を発せず、身じろぎもしなかった。
ミルヒはぞんざいな仕草で、光る玉を足元に置く。そして懐から、禍々しい光を発する闇属性の巨大な魔石を取りだした。
「さあ、カイル殿下。私の集めた魔力を使って、新たなダンジョンを創りましょう。そして愚かな国賊共に、誰が真に魔王の冠を継ぐ者かを、思い知らせてやるのです!」
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