半身転生

片山瑛二朗

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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編

第531話 アラタの地雷

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 大公シャノン・クレストからアラタへの呼び出しは、大抵の場合屋敷に直接使いの者がやってきて要件を伝える。
 時にはそのまま馬車でアラタを連行することもざらにある。
 戦闘力に関して、アラタは大公から全幅の信頼を得ている。
 あれだけ戦えるようになれば、それは妥当な評価だろう。
 一方で人間的というか、社会的というか、人格面の評価は微妙なところだった。
 今日も貴族院の使いは服の下に防具を身につけていて、護衛の装備もそれなりに厚い。
 アラタが何かしでかすかもしれないと警戒されているのは明白だった。

「で、今日の御用件はなんでしょうか?」

「そっ、それはですね……」

 屋敷がギスギスしている今に限って、使いの人間も歯切れが悪い。
 背が高く体格の良いアラタを前にして、必要以上に委縮してしまっているみたいだ。
 ゆったりとした上下の服は、体格よりもやや大きすぎるのではないかという印象をアラタに与える。
 実際はもっと細いのだろうが着込んだ防具で丁度いい、そんな感じだ。

「落ち着いて。別に何もしませんから」

「こ、これはしゅつ礼をば……」

「噛みまくりじゃないですか」

「そのですね、大公から御息女のノエル様のことでお聞きしたいことがあると伺っております」

「……またか」

 少し不機嫌になったアラタを前にした使いは震えあがる。
 アラタはそんなに怖がらなくても、とかえって冷静になった。

「分かりました。わざわざご苦労様です、これから向かいますのでそのようにお伝えください」

 今日は既に別件で外に出ていたアラタは、外出の用意を済ませてある。
 セミフォーマルくらいのジャケットの上から05式兵装を纏っていて、玄関には袋に入れられた刀もある。
 ただこの人と一緒に馬車で向かうのはこの人が可哀そうだなという彼なりの気遣いだ。
 使いの男は返事を聞いて大層安心したらしく、一切隠す気を見せず胸をなでおろすと、心なしか和やかになった表情を見せた。

「では、貴族院でお待ちしております」

「はい、よろしくお願いします」

 敵から恐れられる分にはウェルカムなアラタでも、味方というか同じ国の住人に怖がられるのは少しへこむ。
 ただ、それも仕方ないことなのだと理解はしていた。
 戦争から帰還しても、目つきが怖いとか端々に暴力的な性質が垣間見えるとか、そういった理由で兵士の社会復帰は遅々として進まないのが現状である。
 必然的に冒険者になる者や軍に残る者が大半を占める様になり、それ以外の仕事は人手不足であるにも関わらず採用が進んでいない。
 これ幸いにとタリキャスやエリンといった隣国からの出稼ぎ労働者が幅を利かすようになり始めたのだが、異文化異国の者が入ってくると今度は別の問題が浮上するのは歴史が証明している。

 それはそれとして、アラタは嫌な予感にこめかみの辺りを抑えつつ、玄関に置いてある刀を背負った。
 あとは馬車を追いかけるように貴族院へ向かうだけだ。

「クリス!」

 アラタの呼び声に呼応するように階段を足が叩く音が聞こえた。
 2階から降りてきたクリスは何か作業の途中だったのか、油に汚れた小汚い布巾を手にしていた。

「なにしてたの?」

「道具の手入れだ」

「悪いんだけどさ、2係を招集して装備の備蓄状況を把握させてほしい。足りないやつは予算を使って調達して、それでも足りないと思うからギルドで俺の代わりに金貨を引き出して使ってちょうだい」

「分かったが……緊急事態か?」

「いや、数週間から数か月後に大きめの案件が入るかもしれない」

「分かった、やっておこう」

「助かる」

 アラタは引き出し代理人の書状を冒険者証をクリスに預け、屋敷を出た。

※※※※※※※※※※※※※※※

 過保護。
 親バカ。
 バカ親。

 大公シャノン・クレストとその妻、大公妃アリシア・クレストをそう罵るのは適確ではないだろう。
 どちらかと言うとバカは子供のノエルの方で、もし両親が過保護であるとするのならそれはそうせざるを得ないノエルの方に原因がある。
 育て方が間違っていたかと問えば、それも少し違う。
 ただアラタは目の前に広がっている覆しようのない現実に、『面倒めんどくさっ』と思った。

「呼び立ててすまないね」

「……いえ、まあ、はい」

 そんなことありませんよと世辞を言う余裕はない。
 なにせ迷惑であることは事実で、しかもややこしいことになっている予感しかなかったから。
 沈んだ表情のノエルと、笑っても怒ってもいない中庸な表情の両親。
 ノエルがまた何かしでかしたと推測するのは簡単だった。
 アラタは応接間の長いソファに腰かけて相手を見据えた。
 ノエルを中心にその両翼を両親が固める布陣。
 話を切り出したのはアラタから見て右側に座る大公シャノンだ。

「少し回りくどいかもしれないが、ここ数日ノエルと話をしたかい?」

「えぇっとー、屋敷を引き払うことにしたと伝えたきりですね」

「そうか、他には無いかい?」

「多分ないです」

「そうか……」

 このやり取りにどんな意味があるのか考えるアラタ。
 しかし如何せん情報が少なすぎるせいで結論は出ない。

「アラタ君、例の任務の件だが、誰にも漏らしていないよね?」

「それはもちろん。こいっ……ノエル様にも話していないです」

「ノエル、どうかな?」

「それは本当……です」

 尻すぼみに声が小さくなりながらも、ノエルの言葉はギリギリ最後まで聞くことが出来た。
 心なしかポニーテールも元気を失っているように見えて、あれはあれで独立した1つの生命なのではないかと思えてくる。

「そうか……」

 シャノンは深く息を吐くと、ノエルを跨いで妻アリシアの方を見た。
 アリシアは特に何も言わず、ただ黙って首を横に振る。
 そこには夫婦にしか分からない情報のやり取りがあるのだろう。

「大公様、それで本日の御用件と言うのは……」

 意味深なやり取りを見せられたところで、アラタにとって何の得にもならない。
 潜入任務の準備や訓練などやることが山積みの彼は早く本題に入って欲しいのだ。

「ハァァァアアアァァァ」

 長い溜息のあと、シャノンはかなり参ったように口を開いた。

「ノエルがウル帝国に嫁ぐと言っている」

「……意味が分かりませんが、とりあえず続きをお願いします」

「どこから聞いてきたのか知らんが、この子は帝国の皇帝の側女になると言って聞かないんだ。それで情報の流出源を明らかにする必要があってだね」

「なるほど。事情は分かりました」

 やや呆れたようにアラタがノエルを見つめると、彼女の背筋が縮こまって小さくなっていく。
 それでも意志そのものは変わりないようで、特に言葉を発する様子はない。

「知っているのは大公と側近、自分の側で本人と先生くらいですから。まあほぼ100%先生経由でしょうね。なあノエル様?」

「それは………………」

 ここまで追い詰められてもウンと首を縦に振らないノエルを見ると、アラタは無性にイライラしてきた。
 何のために自分が身銭を切ってあれこれとやってきたと思っているのかと、そういう怒りが沸々と沸いてきたのだ。

「なぁ」

「……言えない」

「なぁ!」

 アラタは左の拳で机を叩いた。
 腹の底に響くような音と、自分のことを睨みつける想い人の視線。
 黙りこくっていたノエルに怯えの感情が付与されて、アラタは少しまずったかと反省した。
 2人きりならいざ知らず、相手の両親もいる前でとる態度ではなかった。
 まあそれだけノエルのやったことは彼にとって腹に据えかねるものだったわけだ。

「落ち着きたまえアラタ君」

「……すみません」

「弟子である君の前でこんなことを言うのは少し配慮に欠けるとは思うのだが、まあ、私もドレイク殿から流出したと考えるのが妥当だと思う。彼の家の近くでノエルを見たという者がいた」

「なるほど。先生には自分からも聞いてみます」

「助かるよ。それでこちらの話なのだが……」

 シャノンは隣を見て少し物思いにふける。
 彼はノエルの父親であると同時に、この国の最高権力者の大公だ。
 親ではなく、国家元首としての損得勘定を働かせるのであれば、ノエルを帝国に差し出してアラタをホールドするのはアリな選択だった。
 実際アラタは公国になくてはならない人材になりつつあり、ただ大公の娘だと言うだけでノエルを飼い殺しにするよりは遥かに価値のある人的資源なのである。
 ただ、そんな差配を下せばアラタが黙っていないというのは分かり切った話で、国民の感情的にもプラスにはならないことはサルでもわかる。
 じゃあ秘密裏にアラタを放出もとい工作員として送り込む方がいくらかマシな選択だ。
 今回は娘のノエルがその考えを理解できずに突っ走ってしまったのが問題の原因である。

「ひとまず現状維持で頼みたい。ノエルには少し頭を冷やさせるから、少しそちらには帰らないと思う」

「はぁ……」

「私は帝国に行きます」

「まだ言ってら」

 母アリシアは静観しているだけ、もしかしたらシャノンから黙っているように言われたのかもしれない。
 アラタは半ば呆れていて、シャノンもそれに近い。

「現状を見なさい。それは現実的な話ではない」

「頑張るから」

「頑張ったところで、おめぇ……ノエル様に側女は無理だって大公様は言ってるんだよ」

 ところどころ敬語の張りぼてが崩れてきているアラタの喋り方に、アリシアはクスっと笑う。
 シャノンも少し面白かったが、それよりもノエルのことだ。

「アラタ君の言う通り、頑張りだけではどうにもならない。そもそも向こうからそんな申し出は今のところない」

「自分から行った方がいいはずです」

「いい加減にしなさい」

「父上、私は譲りません。帝国に行って、両国の架け橋として、人質として責務を果たします」

「ノエル、いい加減になさい」

 ついにアリシアも口を開いた。
 高度な政治的問題が絡んできているものの、本質は休日のショッピングモールの一幕と大差ない。
 駄々をこねる子供と、それにほとほと困り果てつつも周りの迷惑にならないように気を揉む両親の姿だ。
 やれアイスが食べたい、服が欲しい、疲れたからおんぶして欲しい、靴が欲しい、鞄が欲しい、飽きたから帰りたい、アラタの代わりに帝国に行きたい。
 確かに内容と年齢次第では微笑ましい光景であることも確かだ。
 ただアラタにとって酷く不快な有様で、怒りのあまり立ち上がって机を乗り越えノエルの胸ぐらを掴むことを責めることはできないだろう。

「アッ、アラタ君!? おっおっ落ち着いて!」

「てめーマジで大概にせえよ! 親のいう事を聞け!」

 それでもノエルは反抗的な眼をしたまま、その真紅の瞳はアラタのことを見つめていた。
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