半身転生

片山瑛二朗

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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編

第518話 緊張と緩和と緊張(神と呼ばれた少女5)

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 例えば天下の往来で剣を抜いたとして、警察がやってこない国はまずいだろう。
 治安機能がまともに働いていないのだから、まともな市民程そこには住みたがらなくなる。
 アトラの街はそういう意味で流石カナン公国の首都だった。
 通報を受けて瞬く間に警邏がすっ飛んできて、渦中の人物たちを取り囲みつつ避難誘導に当たる。

「全員そのまま動くな! 武器を離して投降しろ!」

 警官の声が大通りに響いた。
 警官と一口に言っても、彼は凶悪犯罪専門の重装警邏である。
 鎧ごと叩き潰せそうな幅の両手剣に板金の鎧。
 顔まで金属で覆う徹底ぶりでいかにも危険そうな連中を相手取ることを想定していた。
 鎧の隙間から騒ぎの根源を見て、彼は言葉に迷う。
 あれは、あの黒髪ポニーテールの剣士は。

「ノエル・クレスト様!?」

 大公の娘、剣聖のクラスホルダー、天災と呼ばれた少女。
 彼女に非は無いことは分かっていつつも、とかく暴走しがちな彼女に近づこうなんてもの好きはそう多くなかった。
 かく言う警邏も彼女にはできるだけ近づきたくないし、彼女が絡む案件にも巻き込まれたくない。
 大公選中に何人の同僚が死んだか分からない程だ。
 だがこれも仕事、尻尾を巻いて逃げるようでは一般市民を護るだなんて言えなくなる。
 彼は勇気を振り絞って一歩前に足を踏み出して、剣を構えた。

「双方やめ! 全員包囲されている! 大人しく指示に従え!」

「緊急事態だ! 多めに見ろ!」

「そんなことを言われましても……」

「警官さん! 私とノエルは自衛権の行使と貴族特権の行使中です! まずはこの人たちを外に漏らさないようにするのと避難誘導を優先してください!」

「クラーク様……分かりました! 1課は包囲継続、2課と4課は市民の保護に当たれ!」

 ノエルは自分の言ったことは何一つ信用してくれなかったのにと口を尖らせた。
 そんなこと言っても説明不足だし、そもそも彼女の日頃の行いが悪いせいなので警邏に非は無い。

「リーゼばっかりずるいよ」

「はいはい、ちゃんと集中してくださいね」

「分かってる」

 リーゼは折り畳み式の警棒と魔術杖の2本差し、ノエルは切れ味鋭い直刃の剣1本。
 対する敵の武器は鉈、のこぎり、金槌など大したことはない。
 それに見たところ腕の立つ敵もいなさそうだ。

「瞬殺してアラタの方にいかないと」

 そう言うと、ノエルは前傾姿勢になって敵に突っ込んでいった。

※※※※※※※※※※※※※※※

 ——逃げるか?

 ——いや、メイソンの救出はできる限り諦めたくない。それに05式の流出も極力防がないと。

 ——ワンセットくらいは別の場所に運ばれていると思うぞ?

 ——だとしても、今ならまだ回収のめども立つでしょ?

 ——それもそうだな。

 アラタは狭い室内での戦いでも刀を使う。
 大公選期間中、レイフォード家傘下の特殊配達課で室内格闘戦の基礎はみっちり練習してきた。
 そして特配課が消滅してからも実戦経験を積み上げ続けてきた。
 天井、側面の壁、机や椅子などの家具に引っかからないように刀を振る技術と言うのは案外難しい。
 それには相応の訓練期間が必要で、そんなものに時間を費やすくらいならクリスのようにナイフ格闘術を修めてしまった方が小回りが利く。
 アラタがそれをしないのは、刀を手放すことが難しいからである。

 彼の刀は少々特別製で、2本と同じものが無い性能を有している。
 絶対に折れず、曲がらず、欠けないし劣化もしないという代物。
 世界の因果律がねじ曲がっている気がしてならないこの逸品、仮に室内の戦闘で使わないとしてもどこかに放り投げておいていいものではない。
 それで死んだら元も子もないが、とにかくこの刀は文字通りアラタの相棒だった。

「距離を開けるな! 魔術を絶対に使わせるな!」

「しっかり対策してるねぇ」

 口の端に笑みを浮かべながら、アラタは高速の刺突を繰り返し放つ。
 だがその悉くを正面の巨体に防がれて有効だが入らない。
 金属の鎧を貫こうにも、こう狭くては予備動作を十全に取ることが出来ない。
 溜めの少ない刺突では敵の防御を突破できないのだ。
 1本道の廊下、幅は普通の民家のそれと変わらない。
 敵が大勢いるせいで魔力干渉を起こし魔術の行使が難しく、アラタは攻めあぐねていた。
 【狂化】で無理矢理道を切り拓くことも考えたが、それではあまりに芸がない。
 選手交代とばかりにアラタは一度後ろに下がった。

 ——デブのガードを下ろさせろ。そしたら魔術ぶち込んで大人しくさせる。

 2人が侵入した部屋にアラタは一度戻り、その陰からクリスが入れ替わった。
 逆手に持った短剣二刀流、分かりやすい軽戦士だ。

「入れ替わったぞ!」

「とにかくそのまま抑えてろ!」

 敵の最前線に立つ巨漢は後ろに指示を仰ぎ、その結果ステイの命令が下った。
 敵にぶつけるカードをそのままにするという判断は果たして吉と出るか凶と出るか。
 大振りの鉈がクリスに迫った。

「豚が」

 汚い言葉と共にクリスは1回転して攻撃を避ける。
 丁度サッカーのルーレットドリブルのように斬撃を躱した。
 敵はそこに合わせて左上の盾でシールドバッシュを繰り出す構え。
 確かにこれだけ動く場所が限定されている空間なら、面制圧可能な攻撃は非常に有用である。
 まあ、それは相手が並の使い手の場合なのだが。

「へっ?」

 伸びきった左腕の上に足を置いている。
 しゃがんでいるから天井に頭をぶつけることもなく、彼女はただ無表情でこちらを見つめていた。
 もし彼の見間違いでなければ、クリスは壁を蹴って天井に張り付き、そして落ちてきた。
 見間違いかもしれないと感じた理由としては、その一連の動きの中で彼女の姿がぼやけて見えたから。
 ひょっとして幻を見ているのかもしれないと思ったから。

「デブは甘えだ」

 敵の男がクリスを両断しようと鉈を振るよりも速く、クリスの短剣は敵の左肘を刺し貫いた。
 その痛みが腕を駆け上がって脳に到達するか否かという速さで、今度は右腕の腱をカウンターで斬り裂いた。
 アラタの要望通り、完全にガードは降ろされた。
 彼女は素早くその場を離れると、部屋の中からこちらに刀の鋒を向けているアラタに合図した。

 ——やれ。

「おう」

 殺しはしない。
 その心づもりで放たれた150発の雷撃は、十分人を死に至らしめる攻撃力を有している。
 言うなれば強力な花火を室内で150発同時に炸裂させるようなもの。
 発射後に廊下に滞留する魔力と反発して多少その威力を落としたとしてもだ。
 窓ガラスが割れ、辺りをつんざく炸裂音と眩いばかりの閃光がその恐ろしさを物語っていた。




「ミイラ取りがミイラってレベルじゃねえな」

「あぁ、まったくだ。自分の作った魔道具にここまで翻弄される人間なんて聞いたことが無い」

「おっしゃる通りで……その節はご迷惑を」

 建物の1階で縮こまっているのは、行方不明だったメイソン・マリルボーンその人。
 最悪バラバラ死体になっているところまで覚悟していたアラタとクリスはほっと胸をなでおろした。
 ひとまず最重要目標は達成したことを確認して、次の話に移る。

「05式はこれで全部なんだろうな?」

「僕が持っているのはこれで全部のはずです。ひとまず流出は防げましたね」

「お前もうちょっとさぁ……いや、危険な任務に巻き込んですまんかった」

「いえ、色々面白い話も聞けたので良かったです」

 幼げな笑みを見せたメイソンは、やはり頭のねじが少しおかしくなっているように思えた。
 アラタは自分が変わり者だと認識していて、実際その感覚は当たっている。
 ただメイソンもそれに負けず劣らずの変質者であることには変わりないのだ。

「面白い話って何のことだ? 私やアラタに関係あるのか?」

「いえ、どちらかというとノエル様に関係ありそうだなって感じでした」

「どんな?」

「この人たちですね、呪いが付与されるクラスの持ち主を崇拝しているんです。暗黒騎士、黒魔術師、召喚術師、それから剣聖。人ならざる存在から与えられるのがクラスの力で、より強力なクラスを持つ人間は神の現身であると、現人神であると、そう考えているらしいんです」

「じゃあなんで暗黒騎士と黒魔術師は襲われたんだよ」

「それが何ともちぐはぐで……呪いを制御できない出来損ないは器として不完全だから殺してもいいと考えているらしく」

「崇拝するのはあくまでもクラスそのもので、ホルダーはその力の器でしかないということか?」

「ですかね……」

 クリスの指摘にメイソンも同意する。
 クマリ教の過激派はそのような理由で黒魔術師と暗黒騎士のクラス保持者を手にかけたということだった。

 そうなるとノエルは……

 アラタの脳内には、剣聖の呪いを克服できずに台所を焦土に変える同居人の姿が浮かんでいた。

 あれでオッケーならクマリ教もいくらか寛容なんだろうが……

「クリスはメイソンの体調を見てやってほしい。あれだろ? どうせ自分の作った催眠魔道具で操られてたんだろ?」

「おっしゃる通りで……」

「敵の残党がいるかもしれないから警邏を呼んで対応させとけ。俺はノエルとリーゼの所に行く」

「気を付けろよ。呪い付きの連中を殺ったのなら相応にやり手だぞ」

「分かってる」

 アラタは落ちていた05式を拾い上げて、それをカバンの中にしまった。
 隠密性能を上げた分バサバサと動きにくいからである。
 道を駆け抜けるアラタはふとした考え事に夢中になっていた。
 クラスがあーだこーだ言っている連中から見て、自分という存在はどう映っているのか。
 神の恩恵だとか現身だとか言っているが、そもそもクラスを持たない自分はどう思われているのか。
 過激派だとかそういうのは抜きにして、クマリ教の人間と付き合う際にどういうことに注意しなければならないのか。
 アラタは自分が排斥される側であることを認識していて、きっとそれは正しいのだろう。
 差別を受けることを受け入れてしまうのは少し寂しい気持ちになったが、それも仕方のないことだと割り切った。
 いよいよ市街地に入り貴族院が近づいてくる。
 そんな時、意識の外から何かがとんでもないスピードで接近してきたことを察知した。

「チッ」

 出だしが遅れたと後悔しつつ、アラタは刀を抜いて魔力を練り始めた。
 【痛覚軽減】も起動してしっかり臨戦態勢である。
 だがそれも長くは続かない。
 覚えのある気配で、姿形も心当たりがあったから。

「アラタ!」

「ノエル! リーゼ!」

「何でこんなところに! いやそれよりも私たちはアラタが!」

「お前ら血が付いてんじゃねえか! やっぱり何か……」

「2人とも、落ち着いて情報共有!」

「襲撃は返り討ちにしてアラタの方に行こうって」

「メイソンは奪還してノエルたちが危ないと思ったから助けに行こうと」

 答えは得たとばかりに、リーゼが手を叩いた。

「ひとまず安心できそうですね!」

 安堵したからなのか、それとも思ったより敵が大したことなくて拍子抜けだったのか、アラタは体から力が抜けてしゃがみこんだ。

「アラタ?」

「ふぃ~、良かったぁ~」

「……へへ、そうだね!」

 笑いながら一件落着を確信したノエル、だから彼女は詰めが甘いと言われるのだ。

「そう思ったのなら我々の思い通りだ」

 その声と共に現れた一団は、すべて回収したはずの05式隠密兵装を身に纏っていた。
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