半身転生

片山瑛二朗

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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編

第514話 ちょっと不器用でちょっと諦めが悪い(神と呼ばれた少女1)

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「最近、誰かにけられている気がするんだ」

「俺もお前ノエルにストーキングされてるけどな」

「ストーカーじゃないよ! 私はちょっと恋愛面が不器用で諦めが悪いだけだから!」

「世の中ではそれをストーカーと呼ぶんだよ」

 アラタは溜息をつきながらノエルの主張に付き合っている。
 普段なら何を戯言を抜かしているんだと無視する所だが、彼女の場合あながち気のせいとも言えないのだ。
 なにせ彼女はこの国の最高権力者の娘、ストーカーではなくてもその立場から危険な連中が様々な理由で狙ってくる。
 身代金目的の誘拐、大公とイデオロギーが一致しない反対勢力の過激派、シンプルな変態。
 そんな身の上の彼女に対してそこまで大した護衛を付けていないのは、彼女自身が剣聖というクラスに恵まれていて極めて高い戦闘力を誇るから。
 それに周りをリーゼ、クリス、アラタが固めているのだからさらに盤石。
 というわけで、盤石が盤石であり続けるための対策会議を開く運びとなった。
 屋敷のリビングで開催された会議を取り仕切るのはリーゼだ。

「で、いつから尾けられていると感じたんですか?」

「1週間くらい前かな。もう少し前からかもしれない」

「気のせいだろ」

「アラタッ」

 リーゼが注意すると、茶化していたアラタは猫じゃらしを振り回しながら言う。

「だってよ、それ普通に俺らだろ」

「どういうことですか?」

「どうもこうも、大公に頼まれて偶に俺らが様子見してんの。ノエルが感じた気配はそれだろ」

 ケットシーのダイフクもだいぶアラタに気を許したみたいで、今は彼の持つ猫じゃらしの先端を追いかけ回している。
 リーゼは隣に座っているノエルの方を向いた。

「そうなんですか?」

 もしそうなら杞憂に終わってめでたしめでたし、とそうは問屋が卸さない。
 ノエルはフルフルと首を横に振った。

「アラタたちがいるのは気づいていたよ。でもそれとは違う感じなの。こう……ジトォって感じなの」

「それはアラタだな」

「おい」

 ふざけたクリスに対してアラタがツッコんだ。
 彼女はその拍子に猫じゃらしを強奪してダイフクと遊ぶ権利を勝ち取った。
 ノエルはノエルで、アラタと距離が近いクリスに羨望の眼差しを送っている。

「じゃあやっぱりストーカーなんですかね……ねえノエル?」

「あ、あぁ。多分、いや絶対間違いない」

「心当たりとかないです?」

「ないと思う。でもまあ、理由はたくさんあるから」

「ですよね」

 敵の姿が見えないと、毎回こんな感じで会議が行き詰まる。
 そりゃそうだ、存在さえ不確かな相手にどんな具体的な対策を取ればいいというのだ。
 出来るのはせいぜい安全対策を強化するくらいで、結局のところ相手が尻尾を出すまでまともに話が進まない。
 リーゼは非常に高価な手帳を取り出すと、そこにまだ珍しい鉛筆を使って何かをかき込んでいく。
 何かの表らしく、横軸は7マス作られていた。

「アラタ、クリス、直近の予定は?」

「仕事」

「同じく」

「休みは?」

「「ない」」

「ブラックすぎます……」

 悲しいハモリが決まってしまったことで、リーゼの表は真っ白のままになっている。
 彼女はノエル警備のシフトを組むつもりだったのだ。
 だがこの仕事中毒の2人のせいでろくに計画を練ることもできない。
 リーゼは2人のワーカホリックさにほとほと嫌気がさしながらも、代替案を考える。

「クレスト家とクラーク家に護衛を頼みましょう。アラタとクリスも時間があるときは遠くからでいいので少し見守ってください」

「分かった」

「安請け合いするなバカアラタ

「あ!?」

 バカ呼ばわりされたアラタがクリスを睨みつける。
 単に喧嘩しそうなだけなのだが、ノエルはまた『いいな』と思っている。

「お前明日から出張だろうが」

「あ…………」

 どうやらアラタはおバカだったらしい。

「荷造りしてくる」

「ちょっと! あぁー……」

 リーゼの制止も聞かず階段を上がっていったところから察するに、代わりを立てるのは難しそうだった。
 仕方なくアラタ抜きでの警備計画を練り続けた3人だったが、どうにもうまくいかない。
 アラタ同様クリスも忙しく、それはリーゼとて同じこと。
 かといってノエルを1日中屋敷に閉じ込めておくかと言われるとそれも難しい。
 もう働いている大人たち、そう簡単にリモートワークに切り替えることはできないのだ。
 特にノエルとリーゼは面と向かって話をする事が価値になる。
 クリスだって現場に居なければ意味がないし、それはアラタも同じ。
 結局、リーゼが実家に頼んで警備を付けてもらうという形に収まった。



「なーんか嫌な感じだな」

 教導部に来た案件のため、公国の西部にて軍事演習中のアラタはひとりでに溢す。
 野営中、彼と同じ焚火を囲んでいるのは2係の連中だ。

「例のストーカーですか?」

 ここに来る途中、ノエルのストーカーの件については何度か話題になった。
 リャンの質問にアラタは頷く。

「なんかよ、この演習俺たち必要か?」

「必要かって、お前が俺らを連れてきたんだろ」

「そういう命令だったからな」

 エルモは今日使用して傷ついた装備の補修をしている。
 08式防御兵装。
 現行技術で隠密効果を極限まで追求したのが05式で、08式は防御力にリソースを割いた装備である。
 黒装束と同じ材質をした布地をベースに黒鎧と同じく竜鱗を練り込んだアルミを使用、装備に刻み込まれた魔術回路のピッチ幅が前のモデルから2/3にまで減少したことでより濃密な反応装甲リアクティブアーマー機構を実現。
 黒鎧までの装備と異なり、機能をオフにしている状態なら色は選ばない。
 魔力を流して装備を起動すると赤みがかった黒色になってしまうのだが、これはいいだろう。
 アラタをはじめ、元1192小隊の面々はこの装備のテスト運用に携わっていた。
 魔道具試験課らしい仕事である。

 エルモはちくちくと針仕事をしている。
 木の枝に引っ掛けてほつれた裾を修正するためだ。
 この程度ならこんなに簡単に修復できるのだから、運用上の簡便さも兼ね備えている優れもの。
 2係、特にエルモはこの新装備に大層満足していて、これを触っている間は心が落ち着くとか言っていた。

「アラタさぁ、俺も暇じゃないんだぜ?」

「サラちゃんにフラれたんだから暇だろ」

「お前それっ! 何で知ってんだ!」

「俺も元諜報組織のトップだからね。結構いろいろ知ってるよ」

「くっ、殺してくれ」

 女騎士テンプレのセリフだが、アラタはいまいちわかっていない。
 リャンの隣で焚火に当たっていたバートンは死んだような目をしている。

 ……男がやっても全然嬉しくねえ。

「バートン?」

 彼の向かい側のデリンジャーは彼の異変に気付いた。
 ただしょうもなさすぎて話すに値しないので、バートンも苦し紛れに首を横に振る。

「なんでもない」

 演習後ということもあって少々グダっているこの雑談。
 アラタは働かない脳みそを頑張って動かして最低限話を進める。

「でよ、例によって俺とかお前らがノエルの傍から遠ざけられたんじゃね?」

「それなら大人しく遠ざけられた方がいいですよ。あんまり賢いと思われると動きにくいですし」

「確かに」

 リャンの言葉にアラタとキィが頷いた。
 彼ら3人にクリスを加えた4人組で活動していた時期と言うのが過去にはあって、その頃から彼らの中には強固な共有イメージが構築されている。
 だが、イエスマンばかりでは会議が面白くない。
 そういう意味でエルモみたいな跳ねっかえりは重宝する。

「俺は逆だと思うね」

「どういう風に?」

 エルモは08式を後生大切そうに畳むと、火に小枝を放り入れた。

「大公は騙されてるのかもしれないけどよ、基本的にノエル様のことを害そうだなんて考えないわけだ。じゃあ動いてんのは別勢力、さっさと潰しといたほうが良くね?」

「簡単に言うなよ。相手がクラーク家とかラトレイア家とかだったらどうすんだよ」

「クラーク家はねえだろ」

「確かに。訂正するわ」

「とにかく、お前だけでも帰った方がいいって。今度こそ護るんだろ?」

 エルモの声がワントーン下がった。
 それに合わせて周囲の気温も一段階低下した気がする。
 2係の人間たちも真面目な表情をしている。
 彼らは多くを失った人間たちだ。
 護ることができたものより失ったものの方が遥かに多い。
 それはアラタも例外ではない、というより誰よりも多くを失ってきた男であると誰もが認めている。
 そんな不名誉な称号を返上するためにはどうするべきか。
 失ってきた以上にこれから護っていくしかない。
 今あるものを大切に、今近くにいる人を大切に。
 2係もとい、第1192小隊共通の理念だった。
 アラタは無言で立ち上がり、自身の荷物が置いてあるテントの方に歩き出した。

「……後は任せた」

「おう」

「了解です」

 エルモ、リャン、それに続いてここにいる2係全員が返事をした。
 アラタはさっさと荷物をまとめるとそのままここを後にした。
 闇夜に消えていくアラタを見送った彼らは、再び焚火の前に集まる。
 こうも寒くては、寝るギリギリまでここから離れられそうにない。

「あれもう惚れてるだろ」

 ヒソヒソ声でエルモは周囲に同意を求めた。
 だが意見は十人十色でまとまらない。

「いやいや、アラタさんはレイフォード卿一筋なんすよ」

「でも花屋のレイさんとイイ感じだってバートンが」

「そうだっけ? 俺は孤児院のシスターとって聞いたけど」

 一同の表情が徐々にどす黒く変色していく。

「なあ皆」

「えぇ」

「あぁ」

「やっぱ許せねえなぁ」




 部下たちからヘイトを集めてるなんて露知らず、アラタは夜を徹して首都アトラへと帰って来た。
 何かがおかしいと思ったら脇目も振らず行動するべし。
 何かと後悔することが多い彼が経験則として日頃から思っていることだった。
 今回は部下に背中を押されてこうして行動している。
 夜に出発して、丸1日経過しその次の昼頃にアトラに到着した。

「ただいまー」

「アラタ!? どうして!?」

 予定ではあと数日あとに帰ってくるはずだったアラタが突如出現した。
 それはノエルも驚くことだろう。
 しかも屋敷ではなく直接貴族院へ来ているところから考えるに、彼は自分の所にやって来たのだ。

「帰って来ちゃだめ?」

「ダメッ、じゃないけど……おかえり。どうして?」

 嫌な予感がして気が気じゃなかったから。
 そんなことは流石に言えないアラタは適当に取り繕う。

「前に約束したろ。あれだあれ、迎えに行くっていうやつ」

 ノエルもアラタに劣らずの愚か者だが、元の性格と剣聖というクラスの能力もあって相手が隠し事をしているのを見破るのは上手い。
 ついでに相手がどんな気持ちでそれをしているのかくらいは分かる。
 つまり、アラタが心配して来てくれたことなんてお見通しなのだ。

「えぇ~、嬉しいけどぉ、本当にそれだけかなぁ? ねぇねぇ」

「そんだけだよ」

「ふ~ん、へぇ~、ヒヒヒッ」

「なんだこいつ」

 ノエルが溢れ出る笑みを隠そうともしないでアラタの肩をバシバシ叩いていると、そこにリーゼが飛び込んできた。

「ノエル! 無事ですか! ……アラタだ!」

「リアクションが忙しいね」

「そうなんです、最近私こんなのばっかりで……じゃなくて! ストーカーの元が分かったかもしれません!」

 リーゼが焦ってここまでやってきた理由を理解したアラタが先を促す。

「それは?」

「……クマリ教、最近勢力拡大中の新興宗教です!」

 アラタ、ノエルが肥溜めを見るような目をしたのは言うまでもない。
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