半身転生

片山瑛二朗

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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編

第508話 義理人情+気分屋

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「……ちょっと剣振ってくる」

「ノエル、落ち着いて待っていると約束したじゃないですか」

「でもぉ」

 リーゼは情けない顔をしているノエルを手招きすると、隣に座らせて自分の膝の上に寝かせた。

「モチモチ」

「アラタに任せましょう。ねえクリス」

 リーゼがソファから後ろに振り返ると、黒鎧を身につけて外出しようとしているクリスがいた。
 まだ装備のスイッチを入れていないので、隠密効果が発揮されていない。
 クリスもバツが悪そうな、少し後ろめたそうな顔で返事をした。

「ちょっと着ていただけだ」

「そうですね。超高性能魔道具を身につけてどこかに出かけるわけではないですよね」

 クリスの考えはお見通しとばかりにリーゼは笑った。
 まったくノエルもクリスも、内心は心配でたまらないらしい。
 リーゼは2人を安心させるために、少し今のアラタについて説明することにした。

「アラタはBランク冒険者ですよ? 信じましょう」

「私たちみんなBランカーじゃないか」

「そうですけど、それはアラタがこの国にいるからでしょ?」

「冒険者ギルド本部か」

 クリスの呟きにリーゼも頷く。

「名誉職のSランク、カナンで最高位のBランク。この間に位置するAランクはちょっとあれなんですよ」

「あれって?」

「常軌を逸しているんです。Bランクが限界の人間とAランカーの間には明確な違いがあります。はいクリス」

「強い」

「当たってますけど足りません。正解はDランク以下の人間が相手なら何人で何日かけようと仕留められない、です」

「でもそれくらいなら私だって……」

「無理ですよね?」

「できるもん」

 リーゼの太ももの上で頬を膨らませても、いまいち迫力に欠ける。
 彼女はノエルの頬を指でつつきながら続ける。

「アラタは現状の公国で唯一Aランクに届き得る戦士です。それはつまり、何人かけようと彼には勝てないということでもあります。信じて待てばいいんですよ、ね?」

 リーゼのウインクにノエルも反論を諦めた。
 それにノエルだってアラタに負けて欲しいわけじゃない。
 むしろ完璧に勝って欲しい、怪我せずに勝って欲しい。
 ノエルはリーゼの太ももにうつぶせになると、何やら小声でモガモガと喋った。

「……そうですよね、帰ってきたら思いっきり労ってあげなきゃですね」

「………………うん」

 耳を赤くしながら頷いたノエルは、やがてそのままの体勢で寝た。




「真剣オッケーなのは悪意を感じるなー」

 アラタは腰の刀をポンポンと叩きながら運営委員に言ってみた。
 ただレギュレーションを決めたのは委員ではないので、彼に言われても困る。
 男はヘラヘラと笑いながらアラタに説明の続きをしていた。

「エリア外へ出ると失格です。なにせ魔物狩りという名目でこれだけの戦力を動かすのはかなり怪しいので」

「でしょうね」

「それから一応治癒魔術師を含めた医療班も待機しておりますので、まあ大丈夫という事で」

「はぁ」

「制限時間は5時間、アラタさんは生き残るか敵を殲滅すれば勝利となります。何か質問はありますか?」

「いいえ」

「では向こうの準備が確認でき次第10分のカウントのあとに開始となります。ご武運を」

「はーい」

 アラタの周囲は見渡す限りの山中だ。
 先ほど説明があったように、今回は貴族の催し物であるモンスターハントを隠れ蓑にして秘密裏に開催される行事。
 だだっ広い平地の方が貴族側が有利になっただろうが、そうできないのにはそれなりに理由があった。

 アラタはリュックサックの中から緑色の布を取り出すと、それを羽織って首元で留めた。
 それは森林迷彩つきマントそのもので、アラタは追加で草木や花を盛り付けていく。
 腰元のベルトにはこれでもかとポーションが蓄えられていて、とても5時間で使い切れる量ではない。
 数日山に潜伏するかのような装備だった。

「アラタさん、あと10分で模擬戦開始となります! 好きな位置へどうぞ!」

「はーい」

 魔道具に刻み込まれた魔術回路、そこに魔力が流れ込む。
 初めは魔術励起のために少し多めにエネルギーが必要なのは家電と大差ない。
 回路が魔力で満たされて、循環を開始して、回路の側壁が少しだけ熱を帯びていく。
 それを冷却するための仕組みも順調に動き始めることで、アラタの姿形が景色に溶け込んだ。

 隠密行動に特化させた、黒鎧の後継兵装。
 正式な名称はまだ決まっておらず、あるのは05式というナンバリングのみ。
 黒鎧を00とした時の、プロトタイプやテストタイプを含めた開発順だ。
 01から04までは機能不十分と判断されて計画を廃棄、一部ノウハウが05式以降に引き継がれた。
 新たな装備、05式隠密兵装を身に纏い、アラタは戦場で何を成すのか。

「とりあえず、ゆっくりしよう」

 そう呟くと、アラタは大きな木の根元に座って目を閉じた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「まだ見つからないのか」

「は、目下全力で捜索中でありまして……」

「分かった。早く見つけ出して追い立てろ」

「ははっ!」

 男は不機嫌そうに報告係を追いやると、椅子に浅く腰掛けて上を見た。
 多くの人が取りがちなこの体勢、実はかなり効率的に腰を破壊するという効果があるので、今そうしている人は早急に改めた方がいい。
 模擬戦闘の開始から約1時間、たった1人の相手であるアラタが見つからずに6家合同チームは攻めあぐねていた。

 まあ予測できた展開ではある。
 アラタは正々堂々といったスポーツマンシップに拘るような男じゃない。
 ルールの範囲内なら平気で不文律をぶち壊すし、バレなければ不正をしても問題ないとすら思っている。
 彼の規範意識の低さは要改善として、今はルールの範囲内で潜伏をしているだけだ。
 だが最新装備の05式を身につけて、そのうえ【気配遮断】まで使っているとなると一筋縄ではいかない。
 勝敗条件に照らし合わせると、アラタはこのまま残り4時間を潜伏して過ごす可能性すらあった。

「おい」

 指揮官らしき男は周囲の戦闘員たちに声をかけた。
 その目はとても善人には見えない。

「術師を総動員して森を焼き払え」




 初めは焦げ臭い香りが風に乗って来ただけだった。
 やがてそれが山火事であると悟ったのは、目視範囲内に火の手を確認してからだった。

「チッ、マジふざけんなよ」

 額に青筋を立てながらアラタは水属性魔術を起動する。
 05式の外側から水を被り、それから中の服もしっかりと濡らす。
 多少の動きにくさは着衣水泳に通じるところがあり気持ち悪い。
 それでも【身体強化】があれば許容範囲内、多少なりとも熱に耐性を持っておく方が得策だった。

 属性魔術を行使する際、魔術師は魔力で自身を保護している。
 かつてのアラタのように、魔力操作が未熟だと事故を引き起こすこともあることから分かるように、無条件で魔術攻撃が無効化できるわけではないのだ。

「きめぇ、マジできめぇ」

 そう愚痴をこぼしながら火から距離を取る。
 戦闘範囲に制限がある以上、意図的に発生したであろう火災から逃げきることはできそうにない。
 それにフィールドの端の方まで追いやられるのもよろしくない。
 アラタは周囲をキョロキョロと見渡しながら、今後の方策を練っていた。

 春が近づきつつある森は、そう簡単に燃えない。
 湿度も徐々に上がってきて、火の気が自然にもたらされることはほぼないから。
 ごくまれにキオウチョウと呼ばれる燃える蝶による火災が発生することがあるのだが、この季節にはその蝶はここにいない。
 誰かが火をつけてそれをあおっているのは明白だとアラタは結論付ける。
 この試合の在り方についてあとで抗議をすることが決まり、反撃の手を考えるアラタの眼にフォレストウルフの群れが見えた。

 狼の危険度は異世界でも変わらず、1対1なら人間でも平気で命を落とす。
 野犬よりもさらに強靭さを増したこの獣は、アラタの琴線に触れた。
 アラタはかねてより家でケットシーという猫型の魔物を飼育しているが、元来は犬派である。
 命令に忠実でモフモフしていて、凛々しく時に愛らしいその姿は彼の心に大層刺さった。
 とはいえ魔物を倒すクエストなら中途なく刀を振り下ろし、彼がこれまで屠って来た狼の数は3桁を超えている。
 そのフォレストウルフの群れが、たまたま炎に追われて逃げていた。
 しかもまだ小さい子狼を連れて。

 同情でも憐憫でも、好きな取り方をすればいいとアラタは誰に言うわけでもなく言い訳をした。
 今まで食用や毛皮にするなどの商用利用や危険を排除するための駆除、訓練相手として幾度となく殺してきた。
 今更それを助けたところでどうこうなる話ではないのは分かっている。
 今日もこうして魔物狩りにカモフラージュをして模擬戦をしている訳であるからして、彼の行為にはかなりの矛盾点がある。

 でも思ってしまったのだ。
 たかが模擬戦、たかが貴族のゴタゴタ程度で狼が死にゆくのは採算が合わないと。
 あんまり動物を粗末に扱うと、その内動物園でしか見られなくなるのだと。

 アラタは逃げるのをやめ、05式隠密兵装を取った。
 その下は黒のズボンと黒のブーツ、白いシャツに身を包んでいる。
 そこまで戦い向きの格好ではなかった。
 アラタはそのまま右手を前に構えると、隠す気のない魔力を押し出した。

「水陣」




森に住まう動植物たちが溺死しないか心配になるほどの大洪水。
 周囲が水浸しになり、助けたはずのフォレストウルフは高い所からアラタのことを睨みつけている。
 そしてそれより近くにやってきたのは、それぞれ貴族家の紋章を刻んだ私兵たち。
 アラタを包囲した兵士たちの中において、さらに一歩踏み込んだ男がいた。
 彼のことをアラタは知らない。

「むやみやたらに燃やすんじゃねーよ」

「品がない喋り方ですね。それでは貴族にはなれませんよ」

「なる気ねーよタコ」

 緑がかった黒髪の貴族は、見たところクレスト家の紋章を掲げていた。
 それを見て元々低かったアラタのやる気がさらに減っていく。
 不毛過ぎるこの時間を何とかして補填して、何なら返して欲しいとすら思っている。
 ただし、現実は現実のまま変えようがないと彼は知っていた。

 アラタは刀を抜いて、正眼に構える。

「降参するなら軽く叩くだけで収めてやるぞ?」

「貴族には何の借りもねーけどよ、個人的な借りは返させてもらういい機会だ」

 開始から1時間と15分、ようやく本格的な戦闘の火蓋が切って落とされた。
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