半身転生

片山瑛二朗

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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編

第502話 攻略会議

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「じゃあノエルはシルのお義母さんになるの?」

「そんな……気が早いよもうっ」

「ノエル~戻ってきて下さ~い」

 ノエルがアラタへの恋心を明確に言葉にしてから数十分後、アラタの屋敷では本人不在の中彼の攻略会議が開かれていた。
 参加者はノエル、リーゼ、シル、それからラグエル。
 ベルフェゴールは大して興味がないのか参加せず、アラタとクリスは辺境へ魔物討伐に向かっている。
 この場を取り仕切るリーゼは先ほど、ノエルを全力で支援することを約束してしまった。
 何でそんな難しいことをノリで引き受けてしまったのかと今は少しだけ後悔している。
 彼女はノエルが抱えている難問を共有すべく、テーブルの上に黒板とチョークを置いた。
 現代で言うタブレットのようなものだと想像すればいいだろう。
 紙と羽ペンよりもこちらの方が使い勝手がいい。

「いいですか。まず大公を説得します」

「アラタじゃなくて?」

 シルは初めから疑問符を投げかけた。
 先にアラタを落として彼の協力を得ながら大公と大公妃攻略が正道だろうと考えたから。
 リーゼはシルの反論に対して首を横に振った。

「ノエル、もしアラタにフラれたら……例え! 例えの話ですから!」

 想像しただけで少し涙腺が脆くなってしまうノエルのことをカバーしながらリーゼは訊く。
 ノエルは先ほどの出奔も含めて少しナーバスになっている。

「……諦めたくない」

「ですよね。じゃあOKしてくれたら?」

「すぐに籍を入れる」

「まあ議論の余地はありますが、概ねそのような流れになると思います。ではもし、もしも大公が首を縦に振らなかったら? シルちゃん」

「えぇっと、駆け落ち?」

「でしょうね」

 リーゼは大きく頷きながら2つのルートを書いた。
 アラタにフラれたケースと、フラれなかったが大公が認めなかったケース。
 どちらも大いに時間がかかるし、正直問題の解決は難しい困難な道だ。

「ラグエルちゃん、いまノエルが抱えているお見合いの件数知ってます?」

「え、知らないです」

「6件です」

「「多っ」」

 ラグエルとシルの声が重なった。
 6人の男性とその家族から婚約を打診されておいて、それでもアラタが良いとノエルは言っている。
 彼女は余程アラタに入れ込んでいるようだ。

「正直私の見立てではアラタは絶対に1度では首を縦に振りません。ぜぇったいに答えを引き延ばすかやんわりと断るかの2択で攻略には時間がかかります。その間大公に一言もなくお見合い相手を待たせるのはどうでしょう」

「まずい気がする」

「ですよね」

「それどころか、私は早急にごめんなさいして話を無かったことにしてもらわなければならないじゃないか」

 リーゼは黒板に6個の丸を書き、そこから右に向かって線を伸ばした。

「ノエルが大公やお相手に話をするのが遅くなればなるほど、彼らの時間は失われていきます。お見合い相手に話を通して謝罪と撤回をするのが最優先、そしてそのためには大公の了承つまり攻略が不可欠。みなさんおわかりですね?」

 シルはごくりと唾を飲みながら、隣に座っている自称天使のことを見た。
 ラグエルは天使なのにこんなに特定の人間に肩入れしてもいいのかなと、そんな感じで見ていた。
 ラグエルはシルからの視線に気づいていたが、彼女の心の内までは読むことが出来ず放置している。
 ベルフェゴールが嫌がらせをしているのか、それともシル本人がプロテクトをかけているのか、ラグエルからではシルの頭の中をのぞくことが出来ない。
 しばしば天使の権能を行使して人類の心中を盗み見ることのあるラグエルだが、屋敷の中で能力の行使が有効な相手はクリスとリーゼだけだった。
 アラタ、シル、ベルフェゴールはプロテクトがかかっていて覗けず、ノエルは簡単だが頭の中がアラタか食べ物のことばかりで覗くに値しない。
 ラグエルが天使らしさを発揮し損ねている間にも会議は進んでいく。

「シルは分かったけど……リーゼ以外にどうしようもなくない?」

「そうなんですよね……」

 リーゼの顔にははっきりと受難の相が現れていた。
 シルは人間らしく振舞っているものの、アラタから生み出されたシルキーという妖精だ。
 大公と交渉するには少し厳しい。
 ラグエルなんて表に出せるはずもなく、ノエルでは大公相手に言い負かされてしまう。
 結論として、リーゼしかいなかった。

「やっぱりアラタが異世界人であることを言うしか……」

「ダメ。それじゃ意味がない」

 悩むリーゼの出した案を速攻でノエルが却下した。
 考えてもらっておいてなんだが、彼女的に譲れない部分なのだろう。
 リーゼもそれではアラタからの信用が失われて告白どころではなくなるなと考えを改めた。
 しかし考えを変えたところで、他に名案が浮かぶわけでもない。

「シル的には泣き落としが一番だと思う。ノエルは一人っ子だし」

「シル、酷くないか?」

「じゃあノエルが案を出してよ」

「それは……誠心誠意お願いするとか」

「相手が引き下がってくれるといいね」

「なんか棘があるんだよなぁ。そんなところばっかりアラタに似ないでよ」

「ノエルが殴りやすいから……」

「はいその辺で。ラグエルちゃんはどうです?」

 この2人に頼ってもろくな案が出てこないことは想定済みなので、未知数な天使に話を振ってみる。
 リーゼはこの天使の案を実は期待していた。
 ここに居る面子は共に過ごした時間がそこそこ長いので、思考パターンもちょっと似てきつつある。
 普段はストレスが無くていいかもしれないが、一発逆転の一手を生み出すにはアイディアのバリエーションが偏り過ぎてしまう。
 他の3人の期待の眼差しを受けながら、ラグエルは首を捻り、ついでに頭も捻る。
 結論として、ラグエルはまず正攻法で攻めてみることにした。

「まずはお見合い相手のことを徹底的に調べるというのは?」

「どういうことです?」

「相手からすれば、このお見合いは大公の娘婿になろうというものですよね。失礼かもですけど下心の1つや2つあるものでは?」

「失礼かもじゃなくて失礼だな」

「でも事実でしょ? もちろん大公もそれなりに調べているとは思いますが……」

「ここ数年間の不正や内通の多さを考えればあり得ない話ではないと」

 リーゼはラグエルの言わんとしていることを察した。

「アラタさんがノエルさんのことをどう考えているかは知りませんけど、お見合い相手の吟味をしっかりと裏表両面でするのは必要なのではないですか?」

「アラタはいわば2年かけて評価されたわけですからね」

「ボロが出たら脱落、そうでなければ向こうの殿方だって十分魅力的なのでは?」

「でも私はアラタが……」

 ノエルはどうしてもアラタが良いようで、話が堂々巡りに入りそうな気配が出てきた。
 リーゼは話を元の流れに戻すべく少し強引にいく。

「でも、どちらにせよ大公との交渉材料は必要ですよ。お見合い相手を精査するのとアラタを認めさせるのはまた別の話ですから」

「シルさー、いいこと思い付いちゃった」

「なんです?」

「アラタが今まであげてきた功績をちゃんと清算して、勲章モリモリのスーパー叩き上げ軍人にするの。アラタの功績なら佐官なんて余裕だし、もしかしたら少将くらいまで見えてくるかも」

「それはアラタが受け入れるんですかね」

「授与だけなら一方的でも大丈夫でしょ?」

「あ……」

 ここまであまり参加できていないノエルが、何かを思い出したようで短く息を漏らした。
 思い出したのはあまり良いことではなかったみたいだ。

「どうしました?」

「アラタさ、この前勲章返却しちゃってる。貴族院から嫌がらせされて怒ってそれで……」

「もう1回あげればいいじゃないですか」

「それがね、貴族院のおバカたちが丁度いい機会だって功績も消しちゃったの。報奨金も財源が無いからって」

「誰ですかそんなことした痴れ者共は。クラーク家の名前で締めあげてやりますよ」

「いずれにしてもあまり現実的な方法ではなさそうですね」

 ラグエルが全体を俯瞰してそう言うと、とたんに雰囲気が落ち込んできた。
 大公やお見合い相手を説得するのも大変だが、ここにきてアラタが自由奔放に振舞った結果と貴族院の腐敗が良い感じに悪く働いている。
 シルは少し投げやりになりながら代案を出す。

「もうさ、お見合い相手個別にお金出して解決しない? 異世界人ってこと以外にアラタの価値を底上げするのは無理だよ」

「それはすごく後味が悪くなるのだが……」

「そんなの拘ってたらいつまで経っても解決できないって」

「シルってどっちかというと妖精よりも悪魔とかそっち寄りですよね」

「リーゼ失礼!」

 シルが両手をブンブン振り回して抗議する。
 しかしリーゼは割と妥当な評価でしょうと取り合わない。
 リーゼは半ば諦めたように締めくくった。

「まあ、お見合い相手を調査しつつ先延ばしですかね。このままでは断る理由すらまともに言えませんし」

「でも、早くしないとアラタが帰ってきちゃう。絶対早くお見合いしろって言われるよ」

「そうですねぇ」

 一同が沈黙して、これで会議は終わりかに見えた。
 名案を期待されていたラグエルも不発のまま、ただ真っ白な灰になっている。
 そんな時、ソファに寝っ転がりながら猫のダイフクを撫でていたベルフェゴールは独り言を言い始めた。

「そういえば、アラタはウル帝国に行きたがっていたわね」

「なに?」

「諸事情でね。これってまずいかしら」

 少し甘かったかなとベルフェゴールは反省した。
 ただ彼女にも目的があって、今アラタにこの国を出て行かれると少し困るのだ。
 ノエルはいまいちピンと来ていないようだったが、他の3人は同じことを思ったらしい。

「Bランク最上位の国外流出」

「それもまだ休戦状態の敵国へ」

「それを防止する鎖としての役割」

「「「ありですね」」」

 リーゼは隣に座るノエルの顔を見て、満足げに笑った。

「ノエル、何とかなりそうですよ」

 まだ事態が飲み込めていないノエルだったが、自信満々に言い放つリーゼを見てなんだか元気が出てきた。

「……そっか、そっか!」

「早速大公の所に行きますよ!」

「うん!」
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