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第6章 公国復興編
第490話 一番綺麗な終わり方(第6章最終話)
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「アラタ、どこか行くの?」
「いや、どっちかというと人が来る感じ」
「ふーん」
「ふーんじゃなくて、お前も着替えるんだよ」
「はーい」
悪くない。
最近アラタが優しい。
ご飯は私の好きなものをたくさん作ってくれるし、パーティーのクエストもよく来てくれる。
こんなに楽しくていいのかな。
初見でベルフェゴールと険悪な雰囲気になっていたノエルだったが、悪魔との共同生活は案外うまく回っていた。
ラグエルという天使が間を取り持ってくれているというのが大きいだろう。
でも、ベルフェゴールも初日以外はノエルに突っかかるようなことをしていない。
彼女曰く、面倒くさいとかアラタとの契約があるからとか、それらしい理屈をこねている。
まあ結果的に平穏無事に屋敷が回っているのだから、誰も文句はない。
ノエルはシルの作った朝食を摂ってから、来客に失礼のないような服装に着替えた。
クラスの呪いで家事能力全般が壊滅的な彼女は、自分で服を用意するという事がほとんどできない。
服を見繕うことはできても、畳んだりクローゼットに並べたりすることが出来ないのだ。
その日着る服を選んだとして、その過程で出し入れした服が綺麗に元通りになることはない。
甘やかされているとかそういう次元の問題ではなかったから、屋敷の人間たちも理解を示してくれている。
ノエルは寝間着を脱いでベッドの上に乱雑に置くと、リーゼが用意してくれた服装に着替える。
良質な生地のパンツは濃紺、白のワイシャツはこれ1着で金貨1枚する。
3着で銅貨20枚の安物を身につけているアラタからすると、ちょっとしたファンタジーの世界の住人だ。
ノエルは姿見の前に立って細かいところを整えると、ニカッと笑ってみせた。
笑顔確認が完了したところで、机の上に置かれた香水の瓶を手に取る。
これと髪留めだけはどうしても適当に扱うことは許せないらしく、物が積みあがって小山を形成している机の中で唯一毎日同じ場所に置かれていた。
香水を一吹きしてから、髪留めにお気に入りのリボンを付ける。
ポニーテールにまとめると、赤いリボンがほんの少しだけ自己主張をしていた。
時刻にして午前9時、来客にしては少し早い気もするが、玄関に人の気配を感じた。
誰だろう?
そう考えたのも束の間、ノエルには来客の正体がすぐにわかった。
彼女のクラス【剣聖】の能力の一端だ。
ノエルは急いで階段を駆け下りて、そのまま玄関まで向かった。
「父上!」
「や。急にすまないね」
「どうして父上が? 私たちが向かうのではなく?」
「まぁ色々、ね」
ノエルの父親、カナン公国第23代大公シャノン・クレストは言葉を濁しながら家に上がった。
アラタ、クリス、リーゼは整列済み、シルは台所でもてなしの準備、ベルフェゴールとラグエルは存在がややこしいから奥の部屋に閉じ込めてある。
ベルフェゴールの聞き分けがやけによかったのは、きっとアラタと何らかの契約を結んだからだろう。
彼女は事あるごとにアラタに対して貸しを作りたがる。
この後にどんな恐ろしい代価の取り立てがあるのかは定かではないが、アラタもそんなことを気にする人ではないのでじゃんじゃん貸しが増えていく。
大公シャノンとその護衛たち合計9名が家に上がり、残りの人員は屋敷の外で待機する運び。
自宅という事もあってアラタたちに武装の有無を指図することは無かったが、形式上彼らは非武装で大公を出迎える。
玄関を上がり廊下を歩き始めてすぐ左側に位置する部屋、そこが応接間兼リビングだった。
「散らかっていてすみません」
「いや、大方ノエルの物だろう?」
「いやいや、あはは……」
はいそうです、お宅の娘さんのズボラさにはほとほと困り果てていて……なんてアラタは口が裂けても言えない。
それに本当の所は大公も分かっているだろうから、いたずらにノエルに恥をかかせる理由なんてどこにもない。
席についた大公の周りに護衛が立ち、アラタたち家の人間はその向かい側に座った。
ノエルは当然のようにアラタの隣に座り、リーゼがノエルをアラタと挟み込むように座る。
クリスの席も用意されていたのだが、まだ貴族に対する警戒心が溶け切っていないのかアラタの後ろに立つ。
舞台が整ったところで、シャノンが切り出した。
「アラタ君、クリス君、君たちには本当に助けられた。魔物資源の安定的な生産能力拡大は今後も続けていきたい。頼めるかい?」
「もちろんです」
「はい」
即答したアラタと、それを見てから応えたクリス。
シャノンはそれを見てから、次にリーゼへと視線を向けた。
「リーゼ君も、困ったことがあれば何でも言いたまえ。助力は惜しまない」
「は……もったいないお言葉」
「ノエルは……うん、頑張っているね」
「父上! 私にもなんかあるでしょう!」
しっかりオチに使われたノエルがツッコむところまでがワンセット、アラタたちが我慢できずに噴き出した。
それを受けて真隣にいたノエルは両脇の人間の腕を掴んで抗議する。
それでも笑いがすぐに収まるわけではない。
「アラタ笑いすぎ!」
「いや、綺麗だったなぁ」
「えぇ、本当にですよ」
「リーゼも! クリス、クリスは私の味方だよね? ね!?」
「………………」
「ねえってば!」
口をへの字にして苦しそうな表情を見せるクリスは、沈黙が答えという事らしい。
そこでさらに笑いが起こったところで、ようやくシャノンの表情が徐々に真面目になってきた。
ノエルが2人の腕から手を離し、4人とも居住まいを正す。
「前置きはこの辺にして、実はノエルに貴族教育を再度施したい。そのために一度帰ってきて欲しい」
「嫌です。冒険者を辞めるくらいなら——」
「冒険者を廃業する必要はない。ただ、少しこちら側の世界に戻って来てほしい」
父上のそういうところは嫌いだ。
貴族の世界とか冒険者の世界とか、そんな線引きをして生きるのは息が詰まりそうになる。
私は、私たちはこれからなんだ。
アラタが戻ってきて、最近少し笑うようになってきて、これからみんなでもっと楽しいことをたくさんやりたいんだ。
「家を継げるわけでもないし、頭がいい訳でもないのに私は……まだここに居たい」
ノエルはりらりと右側を見た。
アラタは私の味方をしてくれるよねと、頼み込むように見た。
「アラタ君、どうだい?」
「どうだと言われましても……家庭内の問題ですから、それはそちらで決めていただければ」
「アラタ、ヤダ。まだここに居させてよ」
「どのみちずっとここに居るわけにも、冒険者を続けるわけにもいかない。それならノエル様は今のうちからそちらに戻った方がいいと思います」
「なんで様なんて付けるんだ、ヤダ、また私を遠ざけるのか、そんなのヤダ。リーゼ、クリス、シル、何とか言ってよ」
アラタは無表情のまま態度を変えない。
クリスも同じく。
リーゼとシルはやや辛そうにしていたが、ノエルに賛同してはくれない。
そこで初めて彼女は、何も知らないのは自分だけだったのだと悟った。
他は全員知っていたのだ。
今日シャノンがここにきて自分を連れ戻しに来ること。
実質的にパーティーは解散することになること。
そしてそれらをすでに了承していること。
彼女の心から感情が溢れ出す。
「止めてよ、ヤダって言ってよ。私がいないと嫌だって言ってよ。みんな」
アラタとリーゼの方を交互に見て、ノエルは懇願した。
その様子を間近で見ていたシャノンは、ここに預けて正解だったと満足していた。
わがままなところはまるで治っていないが、それでもノエルの人間的な成長を促したのはこの環境だ。
クレスト本家で蝶よ花よと育てていたらこうはなっていない。
冒険者という危険な職業を認めたのも、全て上手くいったからよし。
密かに満足しているシャノンの前で、ノエルはアラタに縋りついていた。
少々みっともないが、それだけ思い入れのある場所だったのだとシャノンも目を瞑る。
「ねぇ、アラタ……」
「俺とクリスがその辺の生まれで、リーゼ様がクラーク家のお嬢様であるように、ノエル様がクレスト公爵家当主の一人娘で大公の御息女であることは変えられない。あなたは貴族の堅苦しいのが苦手だと言うけれど、彼らがそういう世界で仕事をしてくれているおかげで俺たちは自由に振舞うことが出来ている。権利を行使して恩恵を享受したのなら、義務と責任を果たさなければならないと俺は思う」
ド正論パンチはノエルによく効く。
ノエルが察したようにアラタたちがこの話を聞き、それを了承したのは1週間前だった。
彼らが1週間悩んで出した結論と説得のロジックに対して、ノエルが即興で対抗できるわけがない。
よほどアラタ側に後ろめたいことでもなければ、この論理にケチをつけるのは難しい。
ノエルはアラタの説得が無理だと悟ったのか、今度はリーゼの方を見た。
「リーゼ、まだ一緒にいたいよ」
「……私もです。でも私も伯爵家の次期当主として、私もノエルと同じように家に戻らなければならないんです」
「あっ……」
「ごめんなさい。ノエルの力になってあげたかった」
「クリス……」
「2人の気持ちを察してやれ」
ノエルは再びアラタを見た。
バツが悪そうに薄く笑みを浮かべている彼は、決して嬉しいわけでも楽しいわけでもない。
ただ、少し寂しかっただけだ。
彼の笑顔と呼んでいいか分からない笑顔が、決着をつけるに至った。
ノエルは膝の上でギュッと手を握ると、やがてその手から力を抜いた。
「……帰る、帰ります」
事は成ったと、シャノンは席を立つ。
「悪いがあまり時間がない。荷物は追々取りに来るとして、ひとまずノエルだけでも一緒に帰ろう」
「……はい」
「大丈夫、彼らにはまたいつでも会える」
それは気休めか事実か、それとも嘘か。
ノエルはシャノンとその護衛に促されるままに外へと向かう。
「ノエル、みんなに挨拶を」
普段なら自分もそちらに並んでいるはずなのに、向かい合っている違和感を押し殺してノエルは精一杯言葉を紡ぎ出した。
「みんな、家に遊びに来てね。まだ冒険者だから、クエスト誘ってね。まだ遊びに行きたいところが山ほどあるんだ、だから……」
「大丈夫、楽しみに待ってる」
アラタがそう言うと、ノエルは不思議と安心できた。
彼は言ったことをすぐ反故にするし、何ならすぐ嘘をつく。
言葉の重みで言えば決して信を置けない類の人間のはずなのに、剣聖としての彼女の直感はその言葉を信じた。
「うん。またね!」
最後は笑顔と共に去っていったノエルを見送り、玄関の扉が閉まる。
リーゼはノエルの背中が馬車の中に消えた辺りから号泣していて、クリスも心なしか落ち込んでいるように見えた。
ラグエル、ベルフェゴール、シル、クリス、リーゼ、アラタ、この家の現在の住人が勢ぞろいする。
「グスッ、アラタは人でなしです。鬼、悪魔」
「だってベルさん」
「アラタに悪魔は無理よ。頭悪いもの」
「ディスはやめてくれないかな」
「アラタがごねれば何とかなったのに。どうして素直に受けてしまったんですか」
「いや、ただ、これが灼眼虎狼の結末としては一番綺麗な終わり方かなって、そう思っただけ」
「やっぱり人でなしですよ」
「ただ、あれだな」
アラタは靴を脱いで玄関を上がると、リビングへの入り口で立ち止まった。
「妹がいたらこんな感じだったのかなって。俺を寮に送り出してくれた時、親もこんな気持ちだったのかなって、そう思った」
ここにいる人は全員アラタが異世界人であることを知っている。
この世界にはいない、離れ離れになった家族とノエルを重ねていたと知り、彼の決断の重さを慮る。
「ま、まあノエルのことですから、どうせすぐに戻ってきますよ! ねえクリス!」
「だろうな。アラタもあまり感傷に浸りすぎると帰って来た時恥ずかしいぞ」
「ほどほどにしとく」
※※※※※※※※※※※※※※※
楽しい時間を過ごさせてもらった。
人生やり直したいくらいの後悔をたくさんしたけれど、それでも楽しい時間も確かに在った。
灼眼虎狼はこれで解散、ノエルは貴族の世界に戻ってめでたしめでたし。
リーゼも大変なことになったけど、伯爵家の次期当主になるのだから別に最悪ではない。
クリスは……あいつは何すんだろう。
俺は……何すんだろう。
まあ、復興を頑張って、それからでも遅くはないか。
「アラタ、今日こそミラヴォ―ドのフルーツタルト買って来なさいよ」
「はいはい。他には?」
「あっあの、出来れば私はミノタウロスのステーキが食べてみたいです」
「天使のくせに肉食なの?」
「ベルさん、天使は雑食なんだからイチャモンつけないで。仲良く待ってなさい」
「はーい」
アラタは買い物に行く時でも刀を手放せない。
流石に帯刀は人目もあるのでやめておく。
深い紫色の袋に入れた刀を背負い、買い物に行くために靴を履いた。
扉を開けて外に出ても、ノエルのくれた耳栓のおかげで過度な情報に悩まされることはない。
玄関の鍵をかけていざお買い物、という時にアラタの眼に幻覚かもしれないものが映った。
「………………は?」
何着持っているのか分からないオーバーオール。
綺麗なストレートの黒髪。
ポニーテールをまとめる髪留めはアラタがプレゼントした。
弾けるような笑顔は、今まで見てきた中でも最上級クラスに嬉しそうに見えた。
「うっそだろおうぇぃ……」
走って来た勢いそのまま、ノエルがアラタの胸に飛び込んできた。
あまりの運動エネルギーにさばおりになって背骨が折れてしまうかと思ったが、何とか生きている。
「アラタ! 帰って来た!」
「まだ1日しか経っていないんですけど……」
「母上に泣いて頼み込んだらここに住んでいいって!」
「あの人か……」
「今日からここに住むから! こっちから本家に通うの!」
アラタは受け止めきれない現実に頭がクラクラしてきた。
万力のような力で抱き締めてくる馬鹿力の剣聖を、これからもここで面倒見なくてはいけないのだ。
「ノエル様、一応ここの家主は俺なわけで、何の話もなしにいきなりはちょっと……」
「アラタは私が帰ってきて嬉しい? 私はアラタと一緒だから嬉しい!」
……全然綺麗な終わり方じゃねえし。
締まらねえなぁ、俺。
「……おかえり、ノエル」
束の間の様付けは、昨日1日限りで終了だ。
ちゃんとその違いに気づいたノエルは、185cm 85kgもあるアラタのことを軽々と持ち上げながら笑った。
「ただいま!」
第6章 公国復興編 完
第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編
毎日更新予定
「いや、どっちかというと人が来る感じ」
「ふーん」
「ふーんじゃなくて、お前も着替えるんだよ」
「はーい」
悪くない。
最近アラタが優しい。
ご飯は私の好きなものをたくさん作ってくれるし、パーティーのクエストもよく来てくれる。
こんなに楽しくていいのかな。
初見でベルフェゴールと険悪な雰囲気になっていたノエルだったが、悪魔との共同生活は案外うまく回っていた。
ラグエルという天使が間を取り持ってくれているというのが大きいだろう。
でも、ベルフェゴールも初日以外はノエルに突っかかるようなことをしていない。
彼女曰く、面倒くさいとかアラタとの契約があるからとか、それらしい理屈をこねている。
まあ結果的に平穏無事に屋敷が回っているのだから、誰も文句はない。
ノエルはシルの作った朝食を摂ってから、来客に失礼のないような服装に着替えた。
クラスの呪いで家事能力全般が壊滅的な彼女は、自分で服を用意するという事がほとんどできない。
服を見繕うことはできても、畳んだりクローゼットに並べたりすることが出来ないのだ。
その日着る服を選んだとして、その過程で出し入れした服が綺麗に元通りになることはない。
甘やかされているとかそういう次元の問題ではなかったから、屋敷の人間たちも理解を示してくれている。
ノエルは寝間着を脱いでベッドの上に乱雑に置くと、リーゼが用意してくれた服装に着替える。
良質な生地のパンツは濃紺、白のワイシャツはこれ1着で金貨1枚する。
3着で銅貨20枚の安物を身につけているアラタからすると、ちょっとしたファンタジーの世界の住人だ。
ノエルは姿見の前に立って細かいところを整えると、ニカッと笑ってみせた。
笑顔確認が完了したところで、机の上に置かれた香水の瓶を手に取る。
これと髪留めだけはどうしても適当に扱うことは許せないらしく、物が積みあがって小山を形成している机の中で唯一毎日同じ場所に置かれていた。
香水を一吹きしてから、髪留めにお気に入りのリボンを付ける。
ポニーテールにまとめると、赤いリボンがほんの少しだけ自己主張をしていた。
時刻にして午前9時、来客にしては少し早い気もするが、玄関に人の気配を感じた。
誰だろう?
そう考えたのも束の間、ノエルには来客の正体がすぐにわかった。
彼女のクラス【剣聖】の能力の一端だ。
ノエルは急いで階段を駆け下りて、そのまま玄関まで向かった。
「父上!」
「や。急にすまないね」
「どうして父上が? 私たちが向かうのではなく?」
「まぁ色々、ね」
ノエルの父親、カナン公国第23代大公シャノン・クレストは言葉を濁しながら家に上がった。
アラタ、クリス、リーゼは整列済み、シルは台所でもてなしの準備、ベルフェゴールとラグエルは存在がややこしいから奥の部屋に閉じ込めてある。
ベルフェゴールの聞き分けがやけによかったのは、きっとアラタと何らかの契約を結んだからだろう。
彼女は事あるごとにアラタに対して貸しを作りたがる。
この後にどんな恐ろしい代価の取り立てがあるのかは定かではないが、アラタもそんなことを気にする人ではないのでじゃんじゃん貸しが増えていく。
大公シャノンとその護衛たち合計9名が家に上がり、残りの人員は屋敷の外で待機する運び。
自宅という事もあってアラタたちに武装の有無を指図することは無かったが、形式上彼らは非武装で大公を出迎える。
玄関を上がり廊下を歩き始めてすぐ左側に位置する部屋、そこが応接間兼リビングだった。
「散らかっていてすみません」
「いや、大方ノエルの物だろう?」
「いやいや、あはは……」
はいそうです、お宅の娘さんのズボラさにはほとほと困り果てていて……なんてアラタは口が裂けても言えない。
それに本当の所は大公も分かっているだろうから、いたずらにノエルに恥をかかせる理由なんてどこにもない。
席についた大公の周りに護衛が立ち、アラタたち家の人間はその向かい側に座った。
ノエルは当然のようにアラタの隣に座り、リーゼがノエルをアラタと挟み込むように座る。
クリスの席も用意されていたのだが、まだ貴族に対する警戒心が溶け切っていないのかアラタの後ろに立つ。
舞台が整ったところで、シャノンが切り出した。
「アラタ君、クリス君、君たちには本当に助けられた。魔物資源の安定的な生産能力拡大は今後も続けていきたい。頼めるかい?」
「もちろんです」
「はい」
即答したアラタと、それを見てから応えたクリス。
シャノンはそれを見てから、次にリーゼへと視線を向けた。
「リーゼ君も、困ったことがあれば何でも言いたまえ。助力は惜しまない」
「は……もったいないお言葉」
「ノエルは……うん、頑張っているね」
「父上! 私にもなんかあるでしょう!」
しっかりオチに使われたノエルがツッコむところまでがワンセット、アラタたちが我慢できずに噴き出した。
それを受けて真隣にいたノエルは両脇の人間の腕を掴んで抗議する。
それでも笑いがすぐに収まるわけではない。
「アラタ笑いすぎ!」
「いや、綺麗だったなぁ」
「えぇ、本当にですよ」
「リーゼも! クリス、クリスは私の味方だよね? ね!?」
「………………」
「ねえってば!」
口をへの字にして苦しそうな表情を見せるクリスは、沈黙が答えという事らしい。
そこでさらに笑いが起こったところで、ようやくシャノンの表情が徐々に真面目になってきた。
ノエルが2人の腕から手を離し、4人とも居住まいを正す。
「前置きはこの辺にして、実はノエルに貴族教育を再度施したい。そのために一度帰ってきて欲しい」
「嫌です。冒険者を辞めるくらいなら——」
「冒険者を廃業する必要はない。ただ、少しこちら側の世界に戻って来てほしい」
父上のそういうところは嫌いだ。
貴族の世界とか冒険者の世界とか、そんな線引きをして生きるのは息が詰まりそうになる。
私は、私たちはこれからなんだ。
アラタが戻ってきて、最近少し笑うようになってきて、これからみんなでもっと楽しいことをたくさんやりたいんだ。
「家を継げるわけでもないし、頭がいい訳でもないのに私は……まだここに居たい」
ノエルはりらりと右側を見た。
アラタは私の味方をしてくれるよねと、頼み込むように見た。
「アラタ君、どうだい?」
「どうだと言われましても……家庭内の問題ですから、それはそちらで決めていただければ」
「アラタ、ヤダ。まだここに居させてよ」
「どのみちずっとここに居るわけにも、冒険者を続けるわけにもいかない。それならノエル様は今のうちからそちらに戻った方がいいと思います」
「なんで様なんて付けるんだ、ヤダ、また私を遠ざけるのか、そんなのヤダ。リーゼ、クリス、シル、何とか言ってよ」
アラタは無表情のまま態度を変えない。
クリスも同じく。
リーゼとシルはやや辛そうにしていたが、ノエルに賛同してはくれない。
そこで初めて彼女は、何も知らないのは自分だけだったのだと悟った。
他は全員知っていたのだ。
今日シャノンがここにきて自分を連れ戻しに来ること。
実質的にパーティーは解散することになること。
そしてそれらをすでに了承していること。
彼女の心から感情が溢れ出す。
「止めてよ、ヤダって言ってよ。私がいないと嫌だって言ってよ。みんな」
アラタとリーゼの方を交互に見て、ノエルは懇願した。
その様子を間近で見ていたシャノンは、ここに預けて正解だったと満足していた。
わがままなところはまるで治っていないが、それでもノエルの人間的な成長を促したのはこの環境だ。
クレスト本家で蝶よ花よと育てていたらこうはなっていない。
冒険者という危険な職業を認めたのも、全て上手くいったからよし。
密かに満足しているシャノンの前で、ノエルはアラタに縋りついていた。
少々みっともないが、それだけ思い入れのある場所だったのだとシャノンも目を瞑る。
「ねぇ、アラタ……」
「俺とクリスがその辺の生まれで、リーゼ様がクラーク家のお嬢様であるように、ノエル様がクレスト公爵家当主の一人娘で大公の御息女であることは変えられない。あなたは貴族の堅苦しいのが苦手だと言うけれど、彼らがそういう世界で仕事をしてくれているおかげで俺たちは自由に振舞うことが出来ている。権利を行使して恩恵を享受したのなら、義務と責任を果たさなければならないと俺は思う」
ド正論パンチはノエルによく効く。
ノエルが察したようにアラタたちがこの話を聞き、それを了承したのは1週間前だった。
彼らが1週間悩んで出した結論と説得のロジックに対して、ノエルが即興で対抗できるわけがない。
よほどアラタ側に後ろめたいことでもなければ、この論理にケチをつけるのは難しい。
ノエルはアラタの説得が無理だと悟ったのか、今度はリーゼの方を見た。
「リーゼ、まだ一緒にいたいよ」
「……私もです。でも私も伯爵家の次期当主として、私もノエルと同じように家に戻らなければならないんです」
「あっ……」
「ごめんなさい。ノエルの力になってあげたかった」
「クリス……」
「2人の気持ちを察してやれ」
ノエルは再びアラタを見た。
バツが悪そうに薄く笑みを浮かべている彼は、決して嬉しいわけでも楽しいわけでもない。
ただ、少し寂しかっただけだ。
彼の笑顔と呼んでいいか分からない笑顔が、決着をつけるに至った。
ノエルは膝の上でギュッと手を握ると、やがてその手から力を抜いた。
「……帰る、帰ります」
事は成ったと、シャノンは席を立つ。
「悪いがあまり時間がない。荷物は追々取りに来るとして、ひとまずノエルだけでも一緒に帰ろう」
「……はい」
「大丈夫、彼らにはまたいつでも会える」
それは気休めか事実か、それとも嘘か。
ノエルはシャノンとその護衛に促されるままに外へと向かう。
「ノエル、みんなに挨拶を」
普段なら自分もそちらに並んでいるはずなのに、向かい合っている違和感を押し殺してノエルは精一杯言葉を紡ぎ出した。
「みんな、家に遊びに来てね。まだ冒険者だから、クエスト誘ってね。まだ遊びに行きたいところが山ほどあるんだ、だから……」
「大丈夫、楽しみに待ってる」
アラタがそう言うと、ノエルは不思議と安心できた。
彼は言ったことをすぐ反故にするし、何ならすぐ嘘をつく。
言葉の重みで言えば決して信を置けない類の人間のはずなのに、剣聖としての彼女の直感はその言葉を信じた。
「うん。またね!」
最後は笑顔と共に去っていったノエルを見送り、玄関の扉が閉まる。
リーゼはノエルの背中が馬車の中に消えた辺りから号泣していて、クリスも心なしか落ち込んでいるように見えた。
ラグエル、ベルフェゴール、シル、クリス、リーゼ、アラタ、この家の現在の住人が勢ぞろいする。
「グスッ、アラタは人でなしです。鬼、悪魔」
「だってベルさん」
「アラタに悪魔は無理よ。頭悪いもの」
「ディスはやめてくれないかな」
「アラタがごねれば何とかなったのに。どうして素直に受けてしまったんですか」
「いや、ただ、これが灼眼虎狼の結末としては一番綺麗な終わり方かなって、そう思っただけ」
「やっぱり人でなしですよ」
「ただ、あれだな」
アラタは靴を脱いで玄関を上がると、リビングへの入り口で立ち止まった。
「妹がいたらこんな感じだったのかなって。俺を寮に送り出してくれた時、親もこんな気持ちだったのかなって、そう思った」
ここにいる人は全員アラタが異世界人であることを知っている。
この世界にはいない、離れ離れになった家族とノエルを重ねていたと知り、彼の決断の重さを慮る。
「ま、まあノエルのことですから、どうせすぐに戻ってきますよ! ねえクリス!」
「だろうな。アラタもあまり感傷に浸りすぎると帰って来た時恥ずかしいぞ」
「ほどほどにしとく」
※※※※※※※※※※※※※※※
楽しい時間を過ごさせてもらった。
人生やり直したいくらいの後悔をたくさんしたけれど、それでも楽しい時間も確かに在った。
灼眼虎狼はこれで解散、ノエルは貴族の世界に戻ってめでたしめでたし。
リーゼも大変なことになったけど、伯爵家の次期当主になるのだから別に最悪ではない。
クリスは……あいつは何すんだろう。
俺は……何すんだろう。
まあ、復興を頑張って、それからでも遅くはないか。
「アラタ、今日こそミラヴォ―ドのフルーツタルト買って来なさいよ」
「はいはい。他には?」
「あっあの、出来れば私はミノタウロスのステーキが食べてみたいです」
「天使のくせに肉食なの?」
「ベルさん、天使は雑食なんだからイチャモンつけないで。仲良く待ってなさい」
「はーい」
アラタは買い物に行く時でも刀を手放せない。
流石に帯刀は人目もあるのでやめておく。
深い紫色の袋に入れた刀を背負い、買い物に行くために靴を履いた。
扉を開けて外に出ても、ノエルのくれた耳栓のおかげで過度な情報に悩まされることはない。
玄関の鍵をかけていざお買い物、という時にアラタの眼に幻覚かもしれないものが映った。
「………………は?」
何着持っているのか分からないオーバーオール。
綺麗なストレートの黒髪。
ポニーテールをまとめる髪留めはアラタがプレゼントした。
弾けるような笑顔は、今まで見てきた中でも最上級クラスに嬉しそうに見えた。
「うっそだろおうぇぃ……」
走って来た勢いそのまま、ノエルがアラタの胸に飛び込んできた。
あまりの運動エネルギーにさばおりになって背骨が折れてしまうかと思ったが、何とか生きている。
「アラタ! 帰って来た!」
「まだ1日しか経っていないんですけど……」
「母上に泣いて頼み込んだらここに住んでいいって!」
「あの人か……」
「今日からここに住むから! こっちから本家に通うの!」
アラタは受け止めきれない現実に頭がクラクラしてきた。
万力のような力で抱き締めてくる馬鹿力の剣聖を、これからもここで面倒見なくてはいけないのだ。
「ノエル様、一応ここの家主は俺なわけで、何の話もなしにいきなりはちょっと……」
「アラタは私が帰ってきて嬉しい? 私はアラタと一緒だから嬉しい!」
……全然綺麗な終わり方じゃねえし。
締まらねえなぁ、俺。
「……おかえり、ノエル」
束の間の様付けは、昨日1日限りで終了だ。
ちゃんとその違いに気づいたノエルは、185cm 85kgもあるアラタのことを軽々と持ち上げながら笑った。
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特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
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とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
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第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
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