半身転生

片山瑛二朗

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第6章 公国復興編

第488話 戦友よ、安らかに眠れ

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 ——スキルが起動しない?

 アラタは自分の体に起こった異変に気付いた。

 ——魔術もか!?

 魔力を練ることはできても、それを体外に放出することが出来ない。
 刀に流し込むこともできない。
 こういった場合、まず考えるべきは自分の不調。
 しかし何の前触れもなく魔術とスキルが使用不能になることはまずありえない。
 毒? 薬? その可能性も極めて低い。
 シルやアラン・ドレイクが食事に毒物を混入することは考えづらかった。
 では、敵の能力が考えられる。

 何なんだよ、結構やべーな。

「かかれ」

 平坦さが大部分を占めつつも、僅かに激情が漏れ出ている声。
 どんな声だよと思うかもしれないが、アラタの耳は確かにそう捉えた。
 アラタは自分のできる範囲、つまり体内でのみ魔力循環を成立させ、【身体強化】を魔力で再現する。
 彼は元々、スキルと魔術の両方で【身体強化】を行使することが可能だ。
 彼の身体能力向上を完封したいのであれば、体内にまで作用するタイプのスキル及び魔術が必要だった。

 【魔力効果減衰】……いや無効化か?
 スキルの使用停止って【剣聖の間合い】と同じ、いや……あれは体内の魔力循環にまで作用してきた、まあオーウェンとノエルの能力の違いかもしれないけど。

 アラタの数えた限り、敵は最低でも8人以上いた。
 接近して攻撃を仕掛けてくるのが4名、それから遠巻きにして弓を構えるのが2名、残りはその護衛とバックアップか。
 まず4対1、普段のアラタなら余裕で捌ける人数。
 しかし、普段とは条件が違うのと、今回は特別押される理由がある。

「ふっ」

 アラタの刺突が躱された。
 回避自体は特段珍しくもない。
 そもそも真剣勝負、攻撃を1回でもまともに受ければ死ぬ世界なのだから。
 問題は敵の動きにあった。
 見て動いたというより、予測。
 もっと言えば、事前情報ありきの分析の結果によるもの。

「お前ら……誰だ!」

 右手1本の左一文字斬り。
 アラタから見て左側から右側へ、横一直線に斬りつけた。
 その一撃は敵の想定を上回る伸びをみせたからか、相手の装備に切れ込みが入る。
 黒装束の下には金属防具を着込んでいるのか、手ごたえはいまひとつ。
 アラタは一度下がろうとした敵に張り付き、執拗に攻撃を加える。
 右斜め後ろから矢が飛んできたが、羽が風を切る音に気付くことで間一髪回避する。
 こんな時だけは、強化された五感に感謝せざるを得ない。

 左に体を傾けて矢を躱したところに、左横から敵の槍が飛んできた。
 視界にはばっちり入っている。
 が、今度は敵の攻撃が思った以上に伸びた。

「お゛っ! マジかよ」

 咄嗟に槍を受け流し、直接被弾を防いだアラタ。
 そのせいで張り付いていた敵を逃がしてしまう。
 この人数差で魔術とスキルを封じられると、中々戦いにくいものだ。
 それでも簡単には死なないところが彼の化け物じみているところではある。

 黒装束持ち、しかもあれは俺たちのモノ。
 つまりレイクタウンもしくは大公選の時期に外部に流れたモノ。
 俺の戦いの癖を知っていて、それを実戦に活用するレベルの使い手がいる。
 個人的な恨みもあるみたいだし、誰だ?

 考えても候補が多すぎて1つに絞り切れない。
 こんな時に日頃の行いの悪さが邪魔をする。
 アラタに恨みを持っている人間なんて、数えきれないほどいるから。
 中には完全な逆恨みも含まれているが、大抵の場合は正当な怨恨だ。
 邪魔されて事業に失敗した、親兄弟を殺された、などなど。
 じゃあ大人しく罪を償って殺されるかと聞かれると、そうは問屋が卸さない。
 彼にはまだ、生きてやる事が残っている。
 アラタはポケットの中をごそごそと探り、今後の動きを決定する。
 とりあえず引き続きポケットの中をまさぐるとして、再び接近してきた敵を捌くべく刀を構えた。

 さっきの槍、それ以外もかな、多分毒か。
 人を呼んだところで黒装束使って撤退されるのがオチ、しかもここは孤児院の敷地内。
 子供を攫われて人質にされたら……まあ人質ごと殺すけども、それは少し角が立つなぁ。
 これ以上印象が悪くなったら周りにも迷惑がかかる。
 ……まあ何とかなるべ。

 多対一戦闘の基本は、機動力でかき回すことだ。
 1箇所に固まって戦うのは基本的にNG、何か理由がある場合に限る。
 とにかく死角に入り込ませないのが大前提で、そこから1人ずつ丁寧に処理するしかない。
 複数の相手と戦いながら、いかに局地的タイマン状態を作り出すのか、それに全神経を使うべきだ。

 アラタは適度に打ち合いながら敵の戦力評価を進めていく。
 一番に向かってくる短めの剣を持つ敵は、正直いつでも落とせる。
 問題は槍使い、こいつはまあまあできるし、現状彼の立ち回りがアラタを守備的に動かしている。
 近接要員のうち残り2人は雑魚。
 ただし、アラタの動きをかなり正確に学習しているらしく、回避だけは一丁前にこなして見せた。
 この2人が地味にいらつく。
 遠距離からの射撃組は、魔術を撃ってくることはあっても基本は弓矢。
 速射性も連射性も、熟練の魔術師なら魔術に頼ることを考えると、魔術の腕は大したことない。
 もしくは魔術阻害の効果が味方にも及んでいて、敵も積極的に魔術を行使できない可能性。
 であれば、敵が魔術を行使したタイミングで確認することが出来る。

「リカバリー!」

 短剣の男が叫ぶと、遠距離組が魔術を行使した。
 雷撃と火球、それから石弾、どれも初級の大したことない魔術。
 リカバリーというだけあって、近接組に休息を取らせるための援護射撃だった。
 アラタはそれに乗って距離を取り、同時に魔術起動の可否を確かめる。

 パチパチッ。

 敵が気付くか気付かないか、出来れば気付かないでほしいと願いながら、アラタの掌に電撃が奔った。
 仮説は正しかったようで、敵の魔術阻害は敵同士にも適用されている。
 アラタの中で、徐々に事実が積み上げられていく。
 彼の長所は、命のやり取りの最中にこうして1つ1つ敵の情報を収集して覚えておくことが出来るという点だ。
 学校のテストは穴埋めでもろくに解けないというのに、こういうことは案外簡単に覚えている。
 本当に残念な性質だ。

 近接組が魔術の邪魔してるわけじゃなさそうだな。
 合図の前に射撃組は魔術を起動していた。
 もしかしたら時間で決めているのかもしれないけど、それならそもそも合図の意味が薄くなる。
 気づいてるか? ミソッカス2人組、合図されて結構びっくりしてたぜ。
 ファーストターゲットは遠距離組かその護衛、もしくは潜伏している奴か。
 経験上、この手のスキルは効果範囲の制約が厳しい傾向にある。
 じゃあこの近くにいるはずで、この状況で把握できねーなら黒装束をフル起動しているかそもそも存在しない、つまり8人のうち誰かが魔術阻害をしている可能性。
 同様にスキル阻害もこの8人から選ぶとなると……

 ふと、アラタの意識が推理に引っ張られ過ぎたような気がした。
 手練れはこの隙を逃さない。
 槍使いの繰り出した穂先がアラタの身体を捉えた。
 左わき腹を掠める様に通り抜け、シャツが破け血が出る。
 確定演出だ。

「下がれ! 包囲を継続!」

 短剣持ちが敵の首魁なのか、彼の指示通りに敵が動いた。
 アラタは攻撃が止んだので一安心、そう思っていた矢先に彼の足元がふらついた。

「おっと」

「徐々に包囲を縮める。気を付けろ、この状態でもかなり動くぞ」

「……毒かぁ」

 アラタが気付いた通り、敵の武器には全て毒物が塗布されていた。
 殺意100%、味方への誤射ですら命取りになりかねない武器を使っている彼らの覚悟の深さ。
 まあ解毒薬も用意していることだろうし、誤射に関しては即死というわけでもないだろう。
 問題なのはアラタだ。
 筋弛緩系の薬なのか、アラタは立っていられずに膝をついた。
 汗もひどく、視線もおぼつかない。

「お前ら誰だ?」

「答えるわけがないだろう」

「絶対誰か俺のこと知ってるだろ。じゃなきゃ説明がつかない」

「どうだかな。殺せ!」

 アラタはぐるりと1回転し、周囲を確認してみせた。
 普通の動体視力ならぼやけた景色にしか見えなくても、彼の視力は異常に強化されている。
 しっかりと敵の姿を8つほど捉えて、さらにそれを情報処理する。

 低い体勢は視線を悟られにくくするためと、走り出しの加速の為。
 回転してみせたのは、最も距離を取っている人間を確認するため。
 魔力の身体強化のみで走り出したアラタの体は、戦時中に服用したドレイクの薬のおかげで弾かれた玉のように動き出した。

「なっ! 防御! 回避!」

 短剣の男が叫んだのも束の間、射撃要員の護衛に立っていた敵のうち背の高い方の胸に刃が突き立てられた。
 無論、アラタの日本刀の刃である。

「ぐふっ……ごぼぉ」

 本当に一部の隙も許されない。
 アラタは体外に溢れ出す魔力と共に、スキルが起動する感触を覚えた。

「すげーな。阻害系スキル2種持ち、それもかなり強力。今まで何してたんだこいつ?」

 彼はすぐに魔術戦の主導権を握るべくアクションを起こした。
 地中に魔力を流し込み、遠隔起動を可能にしたうえで雷槍を起動する。

「逃げ……撤退! 装備を起動しろ!」

「逃がすわけねえだろ」

 アラタの反撃の時間がやって来た。

※※※※※※※※※※※※※※※

 黒装束も万能ではない。
 あれはノイズキャンセリングイヤホンと原理的に近い。
 人間の発する魔力と同じ周波数を半位相ずらしてぶつけることで外部に漏れだすことを防ぐ技術。
 従って最新型の黒鎧でもない限り、出来るだけ肌を隠すことが好ましい。
 しかし敵は、黒装束のフードを被っていなかった。
 恐らく戦闘の邪魔になると思ったのだろう。
 アラタは阻害スキル2種持ちを含めた7名を瞬殺し、半径50m以内にその骸を並べた。
 残る1人はこうして片腕を落とされ無力化されたうえで、アラタの治療を受けている。

「治癒魔術……こんなの情報に無かった」

「俺も日々成長するからねぇ」

「毒が効かなかったのもそれだったのか……」

「うんまあそんな感じ」

 実は彼、解毒に治癒魔術は使用していない。
 ポケットの中に入っていたポーションは飲む隙が無かったし、アラタは何となく解毒できそうな感覚を覚えていた。
 こればかりは当人の才覚というか感覚なのでいかんともしがたいのだが、彼は【毒耐性】のスキルを身につけている可能性が高かった。
 未確定でも、賭けるには十分。
 もしきちんと動作しなくても治癒魔術の範疇なら問題ないから。
 敵の質問が尽きたところで、今度はアラタが聞く。

「俺の能力、戦い方はどこが情報源?」

「……言うと思っゔっ! ごほっ」

 木に背中を預けて座っていた敵の腹部に、アラタの足がめり込んだ。
 肋骨が折れて激痛が走っている。
 痛みもあるが、目の前の男の冷たい視線と気配に冷や汗が止まらない。

「魔力にはまだ余裕があるからな、治癒魔術で出来る限り治しながら壊していく。それが嫌ならさっさと喋れ」

「……ダリルという男だ。レイクタウン攻略で捕虜になった男だ」

「続けて」

「奴はどんな拷問を受けても決して味方の情報を吐かなかったと聞く。敵ながら見事なものだ。ただ、スキルの前には無力だったらしい」

 聞く、らしい、その言葉尻からアラタは辛うじて刀を振り抜くことを我慢することが出来た。
 目の前で虫の息になっているこの敵は、ダリルを拷問した張本人ではなさそうだから。
 ただ帝国繋がりで指示を受けてアラタを襲撃したように見えたから。
 だが、その割にはやけに憎悪が強く映る。

「ダリルはどうなった?」

「死んだ。治癒魔術師は貴重なんだ、分かるだろ?」

「……そっか。最後に、お前がやけに俺のことを恨んでいるように見えるのは?」

「決まっている、あの戦争で兄を殺されたからだ」

 想像の範疇を出ない回答に、アラタは溜息をついて呆れた。

「聞く価値も無かったわ」

「なにを! きさんがいなければ兄さんは——」

 そこまで言ったところで、アラタは敵の顎を蹴り飛ばして意識を飛ばした。
 ついでに頭をシャカシャカとシェイクしておき、縄で木に縛り付けておく。
 警邏を呼ぶには十分な処置だ。

 アラタは林から警邏機構の建物に走り出す前に、東のウル帝国の方を向いて手を合わせた。

 ——ダリル、お前は俺の自慢の部下だったよ。
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