半身転生

片山瑛二朗

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第6章 公国復興編

第474話 救いが必要なのは

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 アラタたち元公国軍第1192小隊と、それを追いかけるノエルが向かうのは、帝国戦役における因縁の地レイクタウン。
 あのレイクタウン攻囲戦では、1192小隊も大きな損害を被った。
 精鋭たちが何人も命を落とし、アラタも部下を犠牲にしながら命からがら逃げ延びた。
 あの街は陥落してから誰の手も入っておらず、噂では武装ゲリラの巣窟となっていると言われていた。

 公国は一度あの街を放棄したが、帝国もこの街を手中に収める余力が残されていなかった。
 だからどっちつかずの状態となり、アラタたちに指令が下った。
 レイクタウン近辺の脅威を取り除き、あの街をもう一度公国民が住めるような礎を築く事。
 1個小隊では少し心もとないと思うかもしれない。
 でも大丈夫、アラタがいるから。
 その周りを固める黒装束たちの実力も半端ではないから。

 夜になったが、宿場町なんてものは無い。
 遥か彼方まで広がる地平線の向こうに向かっている最中、寝床は平地に自分たちで作り出すのだ。

「カロン、見るなって言っただろ」

「そうは言っても……視界に入るんだから仕方ないじゃないですか」

 野営のためのテントを張っている最中も、少し遠くからの視線を感じる。
 ノエルだ。

 アラタが付いてくるなといったのにもかかわらず、彼女はノコノコついてきた。
 彼がノエルを拒絶した時にも言ったように、ノエルが付いてくるとなると警戒態勢を大幅に変更する必要がある。
 2人1組で互いをカバーするだけで成立するハイレベルな第1192小隊の班行動が、彼女を守るためにリソースを消費するのは得策ではない。
第一、この先の場所ではいつ敵が襲ってくるのか分からないのだから、大公の娘であるノエルを連れて歩きたくないのは当たり前だ。
 自分たちの命も懸かっているというのに、余計な重荷を抱える余裕なんてありはしない。

 アラタはカロンの視線の先を睨みつける。
 すると木の陰からポニーテールがはみ出しているのが見える。
 あれで本当に隠密行動を取っているつもりなら、彼女の冒険者ランクの見直しを考えなければならない。
 アラタはその適当さにイラっとしたのか、ちゃんと聞こえる様に声を張り上げる。

「連れてかないからな!」

 返事はない。
 周囲の隊員もただ黙々とテントを設営していくだけ。
 アラタは『ハァ』と溜息をつき、テントを固定するためのペグを地面に打ち込み始めた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「夜間警備を決める。けどまぁ、俺はどうせ寝れねーから警備担当。あと2人誰かやって欲しい」

「2人ですか? 1人か3人じゃなくて?」

 ツーマンセルを基本とするのだから、アラタを抜けばリャンの言ったとおりの数になる。
 しかしアラタは彼の質問を否定した。

「2人。俺は1人でいい」

 アラタの不眠が酷いことは1192の隊員なら全員知っている。
 無理に寝かせようとしても意味がないのなら、と彼らはアラタの単独行動を容認した。
 手早く食事を終え、明日以降の予定を確認し、あとは自由時間となる。
 戦争中なら早く寝ろとアラタとアーキムが巡回に来るところだが、2人とも警備に立っているしもうそこまで煩く言うつもりもなかった。

 寒空の下、時折燃える木が弾ける音がする。
 パキッ、パチッと爆ぜる度に、赤色の星が天に昇っては消えていく。
 いつものようにリャンの隣に座っているキィは、ふと彼の方に体を寄せた。

「ねえ、あの人どうするの?」

「どうするって、アラタが放っておけって」

「でも、可哀想だよ」

 ヒソヒソ声で会話中の目の前には、エルモとカロンが座っていた。
 彼らは比較的ノエルに対して寛容で受容的である。

「あの方、火使ってました?」

「いや? 見てない」

「ご飯食べてないんじゃないですか?」

「まさかぁ」

 2人組が2つ、4人は焚火をぐるりと囲んでいる。
 そのほんの少し外側、デリンジャーは火を背にして横になっていた。
 テントに入れば寝れるだろうが、背中を炙って体温を確保してから眠りたいらしい。
 エルモはデリンジャーにも意見を聞く。

「お前は? おいデリンジャー」

「自分ですか」

「そう」

「隊長に怒られたくはないなあ」

「バレなきゃいいんだよ」

「絶対バレますよ。あのアラタさんですよ?」

「でもよ、きっと権力はあっちの方が上だぜ? なにせ大公のご息女なんだからな。じゃああっちにゴマすった方が良くね?」

 短絡的かつ長いものに巻かれるタイプの男、エルモ。
 アラタに逆らうと後が怖い、がしかし、別に命まで取られるわけではない。
 あとで多少怒られるとか、せいぜいその程度。
 エルモの中で、天秤が傾いた。

「ノエル様、こっち来ませんか?」

「来ませんって。アラタがダメって言ってたんですし」

「来たぞ」

「えぇ…………」

 困惑するリャンをよそに、ノエルは案外すんなりと彼らの元へやって来た。
 キョロキョロと辺りを警戒しているところを見ると、アラタのことは怖いのだろう。
 リャンとエルモが焚火の前を譲ると、ちょこんとそこに収まった。

「グゥゥゥウウウー」

 無言のノエルの腹の虫が鳴った。
 ちょっと図々しい気もする。
 だがまあ、一同の緊張が解けたのだから良しとしよう。

「そりゃアラタも怒るわ」

「大物ですね」

 呆れたエルモを遮るように、リャンが優しく声をかけた。
 既に食事は終わっているので、彼は持ち込んでいたパンの上にチーズをのせて網の上に置いた。
 それだけで十分美味しそうだというのに、罪深いことに干し肉を炙り始めた。
 それに加えて今度はレタスまで。
 レタスは日持ちしないので恐らく今日と明日で使い切るつもりだったのだろう、小隊全体でも1玉しかない。
 すぐにチーズが溶けだしてきたので、網ごと火から遠ざける。
 上にレタスと干し肉を乗っけて、厚手の布巾でくるんで完成。

「どうぞ。あまりものですが」

「……ありがとう」

 上流階級の人だから、食べ方の上品なのかな。
 そんなカロンとキィの予測は、良くも悪くも裏切られた。
 普通に遠慮なくかぶりついたし、食べっぷりもいい。
 そのくせして妙に器用に食べるから粗野に感じない。
 貴族でもこんなファストフードじみたものを食べているのかと、彼らの中で少し親近感が湧いた。
 まあ彼女も冒険者、貴族の中では比較的一般人と近い感覚を有している。

 あっという間にパンを食べ終えたノエルは、周囲から降り注ぐ好奇の視線に対してどう応えたらいいのか分からなかった。
 カロンもエルモも話しかけられず、結果的に年長のリャンにお鉢が回って来た。

「アラタと喧嘩したんですか」

 ノエルは無言で頷く。
 エルモがこの後どうするんだよと無言でリャンを急かす。
 そんなに聞きたいことがあるのならご自分でどうぞと、リャンは手で先を譲る仕草をした。
 そんなこと言わないでさぁとばかりにジェスチャーをするエルモは視覚的に非常に喧しい。
 内弁慶だなとエルモのことを見下しながら、リャンのトークは続く。

「ご飯は持ってこなかったんですか?」

「入れたと思ったんだが、忘れてしまった」

「寝泊まりするためのものも?」

「着替えはあるのだが……他は忘れた」

 焚火を囲む隊員たちは、段々この女が悪いような気がしてきた。
 アラタが意地をはる理由がなんとなくわかった。
 ただ、リャンは懐の深さが尋常ではなく、まだ話を聞いてあげようという気持ちを崩していない。

「アラタはきっと、危ない目に合わせたくないから遠ざけたんですよ。そういう人なのはノエル様も知っていますよね?」

「……置いてけぼりはもう嫌なんだ。いつもいつもアラタばっかり不幸な目に遭っている。苦しいのも辛いのも、いつもアラタばかり。私の日常は、アラタの不幸に上に成り立っている」

 言葉を絶やすまいとしてきたリャンの口が止まった。
 紅玉のような赤い瞳を潤ませながら、ノエルは泣きそうになりながら言った。

「アラタに申し訳ないよ」

 ノエルは剣聖の呪いのせいで、家事が苦手だ。
 洗濯も洗い物も掃除も何もかも、人並みに出来ない。
 それでも彼女は大金持ちの家の子供だから、将来的にも家事ができなくても生きていくことができる。
 代わりに人並み外れた剣の才能があるから、それでよかった。
 だからアラタと行動を共にし始めてからも、確固たる剣の実力が彼女を支えていた。
 家では役立たずでも、クエストでアラタを助けてあげればいいと思っていた。

 しかしある日、実力が逆転したのだと悟った。
 手合わせしたわけでもなければ、冒険者の等級で劣っている訳でもない。
 ただ純粋に、負けたと思った。
 冒険者として、剣士として、魔術を織り交ぜながら戦うアラタに勝てるイメージがわかなくなったのだ。
 聞けばアラタは、ウル帝国の剣聖オーウェン・ブラックともまともに斬り合ったという。
 呪いを克服できていない自分とは比べ物にならない相手と互角にやり合ったのだ。
 彼女が彼女でいるためのアイデンティティが崩壊していく音が聞こえた。
 アラタとノエルは対等ではなくなり、やがてノエルはアラタのいう事に反対できなくなってしまった。
 今だって、アラタがいないからこうして焚火を囲むことができている。

 なみなみの涙を流すノエルを見て、1192の隊員たちは顔を見合わせた。
 リャンのせいだぞとエルモは顔で伝える。
 言われたリャンは眉を八の字にして困り果て、キィも頭を捻る。
 デリンジャーはいつの間にか寝ていて、カロンも何といったものか途方に暮れていた。

「どういう状況だ? アラタは構うなと……」

「すまなかった。帰る」

 警備から一時的に戻って来たアーキムの言葉に、ノエルはすっくと立ちあがった。
 服の袖で涙を拭うと、持ってきた荷物を背負って馬の方へと向かおうとする。

 空気の読めない男が最悪のタイミングで帰ってきて最悪の言葉を吐いたと、一同は天を見上げた。
 エルモはアーキムのことを人の心が分からない奴めと心内で罵りつつも、特にノエルを引き留めることもなく見送ろうとする。
 異常者ばかりでバレていないが、エルモもたいがい人でなしである。

「ノエル様、お待ちを」

 そんな中、第1192小隊最後の良心として名乗りを上げたのは、意外なことにバートン・フリードマンだった。
 彼はアーキムの親友で、アーキムと同じ立場を表明することが非常に多い。
 それ故に、こうして声を発しただけでも周りの度肝を抜いた。

「アラタだって本当に帰らせたいのなら、きっと力づくで帰らせるはずですよ。でもアラタは無視しておけと言うだけだった。まだいけますよ、まだ芽はあります。アラタが帰ってきたら頼んでみればいいじゃないですか。アーキムだってエルモだって力を貸してくれるはずですよ」

「は?」

「あ?」

 バートンは名前を出された2人がフリーズしているのを無視して続ける。

「今日は遅いですし、多分アラタも来ませんよ。テントはどこか3人になれば1つ空きますし……どうです?」

 ノエルの心が軽くなる。
 彼女の心理構造は結構単純なので、優しくされると回復する。
 アラタが追い返さない件に関しても、本当は普通にただ構う事すら面倒くさいだけなのに、都合よく解釈することができた。
 物は捉えようとはよく言うが、ここまで来るとポジティブも狂気の沙汰である。

「……世話になる」

「決まりですね」

 パンッとリャンが手を叩き、この場はこれでお開きになった。
 アーキム、バートンは引き続き警備に精を出し、他は就寝する。
 あれやこれや作業に取り掛かった隊員たちを尻目に、アーキムとバートンは闇の中を歩いていく。

「どういう風の吹き回しだ?」

「俺なりに考えがあるんだよ」

「どんなだ?」

「救いが必要なのは、あの女の子だけじゃねえのよ」

「……裏目に出ないと良いけどな」

 2人が歩く闇はまだ少し光が射している。
 アラタが行くのはそれよりも暗い漆黒の中。
 光となるのは何か。
 灯りとなるのは誰なのか。

 いよいよ明日、任務が本格的に始まる。
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