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第5章 第十五次帝国戦役編
第462話 自分の力を試してみたい
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帝国戦役の後、退役し戦場での経験を文章にしたためて残した男がいた。
出版した訳でもなく、作られたのは手書きの2冊だけ。
一冊は友人の伝手によって帝国書庫に流れ着き、今でも所蔵されている。
そしてもう一冊は、あの時の出来事を忘れることのないようにと男が生涯持ち続け、彼の死後遺体と共に荼毘に伏された。
曰く、流れ星が落ちてきたのかと思ったらしい。
それも1つではない。
幾筋の光が曇天を切り裂くように空を駆け抜けて、地球の引力に引き寄せられるように落ちてきた。
美しいと思ったのはほんの数秒、その後には文字通り地獄が待っていた。
「対魔術防御!」
「間に合いません!」
「各個回避行動を……ぐぁあ!」
アラタの放った50本の高難易度魔術、雷槍は1本も消えることなく大地に突き刺さり、周囲に惨憺たる被害をもたらした。
アラタが今までに1回の戦闘で上限と定めていた雷槍の本数は15本。
魔力切れのリスクを無視し、かなり体に負荷をかけて20本。
それの2.5倍の本数を撃ちだしておいて、アラタは息ひとつ切れていなかった。
「なるほど」
アラタはタリアの言っていた言葉の意味を解釈する。
もう前の自分には戻れないと。
確かに戻れない。
みんなと協力して知恵を絞って戦っていた時には戻れない。
強化された感覚器官は、【感知】なしでも十分広範囲に及ぶし、集中すれば100m先でペンが落ちた音も聞こえるはずだ。
オフにする事は今のところできない。
これはクラス、スキル、魔術といった要素を含んでいないから。
純粋に体を作り替えて、身体能力そのものを拡張している。
日本を含む世界の現代科学をはるかに超越する技術を持つ男、アラン・ドレイク。
その技術要素は魔術的な側面が強く、科学技術が未発達な異世界での高水準な技術力に繋がっている。
で、彼はアラタに何をしたのか。
タリアに持たせたのは魔石を素材の一部に使用した人体改造薬。
何の魔物の魔石なのかは秘密。
彼の規定した効果は、五感の大幅な強化と魔力容量の増加、それから魔力回復速度の向上。
これには彼が持つスキル【急速回復】、【聴覚強化】、【思考加速】の効果を再現した技術が組み込まれている。
レイフォード家の特配課が使用していた黒装束は隠密効果が付与されていて、これはスキル【気配遮断】の魔術的再現。
インディゴブルーの魔術回路結晶を持つ装飾品は【精神操作】のエッセンスを出来る限り再現しようとしたもの。
個人に発現するスキルを魔道具化し、誰でも使えるようにしようという研究は古くから行われている。
彼の薬もその一種という事だ。
ただし、この薬は誰にでも処方できるものではない。
アラタのように、何らかのスキルで後天的に人体を作り替えていなければ、服薬時のノックバックで服薬した人間が死亡する。
アラタが何も問題を感じなかったのは、それだけ彼の身体が常人離れした強度を持つ証でもある。
そんな彼をこれ以上強化して、ドレイクは一体何を企んでいるのか。
タリアはそれを明らかにすることができないまま、ただ薬を持たされた。
絶対に使うものかと心に決めていたのに、激化する戦況でアラタが死なないためにはやむを得なかった。
アラタはドレイクうんぬんの話を知らないが、タリアを責めるつもりは毛頭ない。
彼女は精一杯自分の責務を果たしたから。
自分のことが好きという彼女の気持ちに偽りがないことは分かっていたから。
純粋な気持ちを打ち明けてくれたのに、それに応えられない不甲斐なさを持った自分のことは嫌いでも、彼女のことを嫌いになることは恐らくない。
アラタはまだ余裕のある魔力を一度しまい、刀を握り締めた。
雷槍の目標にしたのは敵の中盤から後半。
先頭を進む敵はこのまま彼の目視範囲内に入ってくるはず。
そう感じていた。
——こんな気持ちは戦争が始まって以来初めてだ。
自分の力を試してみたい、なんて。
道の右側が崖になっているカーブを曲がり、敵が出現する。
帝国軍からしてみれば、アラタこそ敵だ。
「スゥー、ハァー」
冷えた空気が気持ちいい。
冷たくて、尖っていて、研ぎ澄まされた不純物の無い空気感。
結構好きだ。
「敵は1人だ! 何かあるぞ!」
「周囲警戒!」
「なんだ、来ないのか」
てっきり流れるままに交戦するかと思っていたアラタは少し拍子抜けした。
しっかり周囲の警戒を行ってから攻めるつもりらしい。
ここにきて、意外と帝国軍も慎重に見える。
ならば、
「俺からいくか」
「敵が来ます!」
「戦闘用意! 重装歩兵は密度を高めろ!」
以前からアラタは、あまりにも実力の乖離した人間と力比べをすることが嫌いだった。
勝負ごとに手を抜くなんてありえないという考えの元、獅子博兎を地でいくアラタは時折、残酷すぎる結果を相手に突き付けることがあった。
32対0、それも5回までアラタのパーフェクトピンチングでコールドゲームということもあった。
手を抜くくらいなら試合なんてしない方がマシという考えに変わりはなくても、流石に少し相手のことが惨めに思えてくる。
だから、彼は弱い者イジメになってしまうような戦いは好まなかった。
しかし、それも変わりつつある。
締めが甘いと、アラタは間隙に糸を通すように刀を振った。
鋒から放出される魔力は、火竜の咆哮を受け止めることのできる威力を持つ。
つまり、咆哮と同等の破壊力を持っていた。
「うん、いい感じだ」
地面を抉る斬撃は盾を構える歩兵の1列後ろに控えていた兵士の身体を真っ二つにした。
そのさらに後ろの兵士の防具にも大きな凹みが入り、気を失っている。
ほんの僅かな隙間、それを隙間と呼ぶには少し可哀想なくらいの隙間を生み出していた2枚の盾は、アラタの魔力が駆け抜けた衝撃で破砕される。
それを手に持っていた兵士が無事であるわけもなく、複雑に入り乱れた魔力反応によって肉体を破壊されて昏倒した。
アラタが敵の真っ只中に斬り込む。
「近接!」
「誰かっぐぁあ!」
「押すな! 敵が見えねえだろ!」
「隊長! 隊長!」
阿鼻叫喚の地獄と化した隊列の中。
片腕を失った兵士は後ろからアラタに襲い掛かる。
見えていないはず、ならばと渾身の力で握り締めた短剣を彼に突き立てようと迫る。
「グフッ…………」
別の敵の指を折り、奪ったナイフをノールックで投擲した。
それは当てずっぽうではなく、確かな狙いを以てかの兵士の眼に突き刺さった。
刃は脳まで達していて、兵士は無表情になり地面に倒れ、そのまま死んだ。
「ここで仕留めろ!」
アラタも聞いたことのある敵の指揮官の声がした。
彼は名前を知らないが、イェール大尉がここにきているという事は、トマスとカイワレは抜かれたか別働隊に足止めさせていることになる。
遠くでの戦闘音が止んだことからして、すでに彼らは……
繰り出された槍を躱し、柄を掴んでこちらに引き寄せながら余った右手の刀で斬りつける。
片手左一文字に斬りつけた流れのまま、自身の左から迫る敵には仕留めた敵の肉体でガードをして、右側面から来る敵の軌道上に刃をセットする。
人間急には止まれないので、回避しながらアラタに攻撃するしかない。
首元の攻撃に対して体を斜めに倒して躱すと、流れのままカウンター気味にアラタを斬ろうとした。
だが、一手遅い。
斜めになりながらもアラタのことを取らえていた視界が急に暗くなり、顔面に激痛と衝撃が奔った。
膝蹴りを食らったという認識はない。
その前に、彼の首は後ろにへし折れたから。
2人殺し、空いた左手が刀の柄に添えられる。
両手持ちで初めて、日本刀は真価を発揮する。
人口密度の高さ由来の魔力干渉を跳ねのけるほどの魔力の奔流。
結界術の要素を含んだ魔術は無理でも、刀の中で魔力を奔らせる分には問題ない。
やや下段に向かって、1回転しながら刀を振った。
高熱を持つ魔力は敵の防具を焼き切る……までは難しくとも、熱湯をかけられた時のような火傷を負わせることだってできた。
「あつっ!」
「臆するな! 怯むな!」
「おぉお!」
アラタという兵士が完成された。
戦場は人を変える。
そこに善悪などない。
ただ戦場はそこにあるだけ。
その状況に至る過程に善意や悪意の介在する余地は多分にあったとしても、ことここに至ってしまえば在るのは純粋な殺し合いのみ。
経緯はどうであれ、アラタはこの戦場で完成した。
殺す。
そのただ1つの目的のために動く、キリングマシーンとでも呼ぶべき存在。
自分より弱く、圧倒的実力差で屠られる敵に『可哀想』なんて考える日本人はここにはいない。
いるのは、人並み外れた殺しの腕を持つ異世界人だ。
「フゥー…………」
流れるような納刀は、はじめはカッコいいからとノエルに教わった。
今は速やかな抜刀への予備動作、殺すための予備動作として行われている。
鞘の中でギチギチと音を立てて魔力が充填されると、神速の居合で横一文字に刀を振る。
刃の間合いの中には、斬るべき対象は何もない。
だがその延長線上にあった。
大量の魔力を使い切る気持ちで展開した者、魔力耐性のある鎧で攻撃を受けた者、そもそも攻撃範囲外にいたか、刀の軌跡の延長線上にいなかった者。
それ以外の人間全てが、血飛沫を上げて腑をまき散らしながら絶命する。
乱戦の最中、アラタは今まで積み上げてきたものを全て使って敵を殺した。
魔術、体術、剣術、スキル。
公国兵はアラタ1人、すぐに片が付くと思っていたが、すでに少なくない数の兵士が死亡していて、もうアラタが死んでも死ななくても採算が取れそうにないことは分かり切っていた。
イェール大尉が撤退の判断を下すのは遅いと糾弾されたが、まあ出来る限り即決した方だろう。
「撤退! 直ちに撤退だ! 逃げるぞ!」
帝国兵はやっとかと思いながら、我先にと逃げ出す。
動き出すのが遅ければ遅いほど、最後尾になる可能性が高くアラタの追撃を受けやすい。
乱戦が解かれて帝国兵が逃げ出す間、アラタは刀を振らなかった。
だが情けをかけたわけではない。
「豪雷、豪炎、氷槍、雷槍、炎槍、大瀑布、徹甲弾、死ねよ」
前までのアラタにはこれだけの魔術を正常に起動し行使するだけの魔力も力量もない。
人間の身体はこれだけの魔術を同時発動するのに耐えられる設計をしていない。
【不溢の器】、そのスキルはスキル自身の制限を解放しつつあった。
効果はもはや成長限界を取っ払うだけのものではない。
限界を引き上げる事に付随して、それに耐えうる肉体へと作り替える事もスキルの要項に含まれる。
それは持ち主の意志に呼応するように、足りない魔力を補うために、負荷に耐えられるように、体を作り替える。
「全員回避体勢ー!」
アラタの怒りがこれでもかと降り注いだ。
出版した訳でもなく、作られたのは手書きの2冊だけ。
一冊は友人の伝手によって帝国書庫に流れ着き、今でも所蔵されている。
そしてもう一冊は、あの時の出来事を忘れることのないようにと男が生涯持ち続け、彼の死後遺体と共に荼毘に伏された。
曰く、流れ星が落ちてきたのかと思ったらしい。
それも1つではない。
幾筋の光が曇天を切り裂くように空を駆け抜けて、地球の引力に引き寄せられるように落ちてきた。
美しいと思ったのはほんの数秒、その後には文字通り地獄が待っていた。
「対魔術防御!」
「間に合いません!」
「各個回避行動を……ぐぁあ!」
アラタの放った50本の高難易度魔術、雷槍は1本も消えることなく大地に突き刺さり、周囲に惨憺たる被害をもたらした。
アラタが今までに1回の戦闘で上限と定めていた雷槍の本数は15本。
魔力切れのリスクを無視し、かなり体に負荷をかけて20本。
それの2.5倍の本数を撃ちだしておいて、アラタは息ひとつ切れていなかった。
「なるほど」
アラタはタリアの言っていた言葉の意味を解釈する。
もう前の自分には戻れないと。
確かに戻れない。
みんなと協力して知恵を絞って戦っていた時には戻れない。
強化された感覚器官は、【感知】なしでも十分広範囲に及ぶし、集中すれば100m先でペンが落ちた音も聞こえるはずだ。
オフにする事は今のところできない。
これはクラス、スキル、魔術といった要素を含んでいないから。
純粋に体を作り替えて、身体能力そのものを拡張している。
日本を含む世界の現代科学をはるかに超越する技術を持つ男、アラン・ドレイク。
その技術要素は魔術的な側面が強く、科学技術が未発達な異世界での高水準な技術力に繋がっている。
で、彼はアラタに何をしたのか。
タリアに持たせたのは魔石を素材の一部に使用した人体改造薬。
何の魔物の魔石なのかは秘密。
彼の規定した効果は、五感の大幅な強化と魔力容量の増加、それから魔力回復速度の向上。
これには彼が持つスキル【急速回復】、【聴覚強化】、【思考加速】の効果を再現した技術が組み込まれている。
レイフォード家の特配課が使用していた黒装束は隠密効果が付与されていて、これはスキル【気配遮断】の魔術的再現。
インディゴブルーの魔術回路結晶を持つ装飾品は【精神操作】のエッセンスを出来る限り再現しようとしたもの。
個人に発現するスキルを魔道具化し、誰でも使えるようにしようという研究は古くから行われている。
彼の薬もその一種という事だ。
ただし、この薬は誰にでも処方できるものではない。
アラタのように、何らかのスキルで後天的に人体を作り替えていなければ、服薬時のノックバックで服薬した人間が死亡する。
アラタが何も問題を感じなかったのは、それだけ彼の身体が常人離れした強度を持つ証でもある。
そんな彼をこれ以上強化して、ドレイクは一体何を企んでいるのか。
タリアはそれを明らかにすることができないまま、ただ薬を持たされた。
絶対に使うものかと心に決めていたのに、激化する戦況でアラタが死なないためにはやむを得なかった。
アラタはドレイクうんぬんの話を知らないが、タリアを責めるつもりは毛頭ない。
彼女は精一杯自分の責務を果たしたから。
自分のことが好きという彼女の気持ちに偽りがないことは分かっていたから。
純粋な気持ちを打ち明けてくれたのに、それに応えられない不甲斐なさを持った自分のことは嫌いでも、彼女のことを嫌いになることは恐らくない。
アラタはまだ余裕のある魔力を一度しまい、刀を握り締めた。
雷槍の目標にしたのは敵の中盤から後半。
先頭を進む敵はこのまま彼の目視範囲内に入ってくるはず。
そう感じていた。
——こんな気持ちは戦争が始まって以来初めてだ。
自分の力を試してみたい、なんて。
道の右側が崖になっているカーブを曲がり、敵が出現する。
帝国軍からしてみれば、アラタこそ敵だ。
「スゥー、ハァー」
冷えた空気が気持ちいい。
冷たくて、尖っていて、研ぎ澄まされた不純物の無い空気感。
結構好きだ。
「敵は1人だ! 何かあるぞ!」
「周囲警戒!」
「なんだ、来ないのか」
てっきり流れるままに交戦するかと思っていたアラタは少し拍子抜けした。
しっかり周囲の警戒を行ってから攻めるつもりらしい。
ここにきて、意外と帝国軍も慎重に見える。
ならば、
「俺からいくか」
「敵が来ます!」
「戦闘用意! 重装歩兵は密度を高めろ!」
以前からアラタは、あまりにも実力の乖離した人間と力比べをすることが嫌いだった。
勝負ごとに手を抜くなんてありえないという考えの元、獅子博兎を地でいくアラタは時折、残酷すぎる結果を相手に突き付けることがあった。
32対0、それも5回までアラタのパーフェクトピンチングでコールドゲームということもあった。
手を抜くくらいなら試合なんてしない方がマシという考えに変わりはなくても、流石に少し相手のことが惨めに思えてくる。
だから、彼は弱い者イジメになってしまうような戦いは好まなかった。
しかし、それも変わりつつある。
締めが甘いと、アラタは間隙に糸を通すように刀を振った。
鋒から放出される魔力は、火竜の咆哮を受け止めることのできる威力を持つ。
つまり、咆哮と同等の破壊力を持っていた。
「うん、いい感じだ」
地面を抉る斬撃は盾を構える歩兵の1列後ろに控えていた兵士の身体を真っ二つにした。
そのさらに後ろの兵士の防具にも大きな凹みが入り、気を失っている。
ほんの僅かな隙間、それを隙間と呼ぶには少し可哀想なくらいの隙間を生み出していた2枚の盾は、アラタの魔力が駆け抜けた衝撃で破砕される。
それを手に持っていた兵士が無事であるわけもなく、複雑に入り乱れた魔力反応によって肉体を破壊されて昏倒した。
アラタが敵の真っ只中に斬り込む。
「近接!」
「誰かっぐぁあ!」
「押すな! 敵が見えねえだろ!」
「隊長! 隊長!」
阿鼻叫喚の地獄と化した隊列の中。
片腕を失った兵士は後ろからアラタに襲い掛かる。
見えていないはず、ならばと渾身の力で握り締めた短剣を彼に突き立てようと迫る。
「グフッ…………」
別の敵の指を折り、奪ったナイフをノールックで投擲した。
それは当てずっぽうではなく、確かな狙いを以てかの兵士の眼に突き刺さった。
刃は脳まで達していて、兵士は無表情になり地面に倒れ、そのまま死んだ。
「ここで仕留めろ!」
アラタも聞いたことのある敵の指揮官の声がした。
彼は名前を知らないが、イェール大尉がここにきているという事は、トマスとカイワレは抜かれたか別働隊に足止めさせていることになる。
遠くでの戦闘音が止んだことからして、すでに彼らは……
繰り出された槍を躱し、柄を掴んでこちらに引き寄せながら余った右手の刀で斬りつける。
片手左一文字に斬りつけた流れのまま、自身の左から迫る敵には仕留めた敵の肉体でガードをして、右側面から来る敵の軌道上に刃をセットする。
人間急には止まれないので、回避しながらアラタに攻撃するしかない。
首元の攻撃に対して体を斜めに倒して躱すと、流れのままカウンター気味にアラタを斬ろうとした。
だが、一手遅い。
斜めになりながらもアラタのことを取らえていた視界が急に暗くなり、顔面に激痛と衝撃が奔った。
膝蹴りを食らったという認識はない。
その前に、彼の首は後ろにへし折れたから。
2人殺し、空いた左手が刀の柄に添えられる。
両手持ちで初めて、日本刀は真価を発揮する。
人口密度の高さ由来の魔力干渉を跳ねのけるほどの魔力の奔流。
結界術の要素を含んだ魔術は無理でも、刀の中で魔力を奔らせる分には問題ない。
やや下段に向かって、1回転しながら刀を振った。
高熱を持つ魔力は敵の防具を焼き切る……までは難しくとも、熱湯をかけられた時のような火傷を負わせることだってできた。
「あつっ!」
「臆するな! 怯むな!」
「おぉお!」
アラタという兵士が完成された。
戦場は人を変える。
そこに善悪などない。
ただ戦場はそこにあるだけ。
その状況に至る過程に善意や悪意の介在する余地は多分にあったとしても、ことここに至ってしまえば在るのは純粋な殺し合いのみ。
経緯はどうであれ、アラタはこの戦場で完成した。
殺す。
そのただ1つの目的のために動く、キリングマシーンとでも呼ぶべき存在。
自分より弱く、圧倒的実力差で屠られる敵に『可哀想』なんて考える日本人はここにはいない。
いるのは、人並み外れた殺しの腕を持つ異世界人だ。
「フゥー…………」
流れるような納刀は、はじめはカッコいいからとノエルに教わった。
今は速やかな抜刀への予備動作、殺すための予備動作として行われている。
鞘の中でギチギチと音を立てて魔力が充填されると、神速の居合で横一文字に刀を振る。
刃の間合いの中には、斬るべき対象は何もない。
だがその延長線上にあった。
大量の魔力を使い切る気持ちで展開した者、魔力耐性のある鎧で攻撃を受けた者、そもそも攻撃範囲外にいたか、刀の軌跡の延長線上にいなかった者。
それ以外の人間全てが、血飛沫を上げて腑をまき散らしながら絶命する。
乱戦の最中、アラタは今まで積み上げてきたものを全て使って敵を殺した。
魔術、体術、剣術、スキル。
公国兵はアラタ1人、すぐに片が付くと思っていたが、すでに少なくない数の兵士が死亡していて、もうアラタが死んでも死ななくても採算が取れそうにないことは分かり切っていた。
イェール大尉が撤退の判断を下すのは遅いと糾弾されたが、まあ出来る限り即決した方だろう。
「撤退! 直ちに撤退だ! 逃げるぞ!」
帝国兵はやっとかと思いながら、我先にと逃げ出す。
動き出すのが遅ければ遅いほど、最後尾になる可能性が高くアラタの追撃を受けやすい。
乱戦が解かれて帝国兵が逃げ出す間、アラタは刀を振らなかった。
だが情けをかけたわけではない。
「豪雷、豪炎、氷槍、雷槍、炎槍、大瀑布、徹甲弾、死ねよ」
前までのアラタにはこれだけの魔術を正常に起動し行使するだけの魔力も力量もない。
人間の身体はこれだけの魔術を同時発動するのに耐えられる設計をしていない。
【不溢の器】、そのスキルはスキル自身の制限を解放しつつあった。
効果はもはや成長限界を取っ払うだけのものではない。
限界を引き上げる事に付随して、それに耐えうる肉体へと作り替える事もスキルの要項に含まれる。
それは持ち主の意志に呼応するように、足りない魔力を補うために、負荷に耐えられるように、体を作り替える。
「全員回避体勢ー!」
アラタの怒りがこれでもかと降り注いだ。
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