半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第423話 戦争の出口

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「ふぅーー…………」

「お疲れ様でございます」

「本当にね」

 シャノン・クレストはカナン公国大公である。
 同時に公国軍最高司令官も兼任しており、軍事に関する責任を負う立場にある。
 彼が戦場に出ることはまずないが、この戦争の落としどころについて考えなければならない。
 公国の歴史上、今回で15回目になるウル帝国との戦争。
 過去の例に倣って第十五次帝国戦役と呼ばれるわけだが、今回はとりわけ酷かった。

 帝国の工作によって東部の地方貴族たちが一斉蜂起、それは中央軍が出張ったことにより短期間の内に鎮圧された。
 しかし、農作物の収穫時期に兵士として駆り出された東部民の怒りの矛先は中央にも牙を剥く。
 駆りだしたのは反乱の首魁ライアン・メトロドスキー子爵なのだが、一般市民からすれば貴族というカテゴリでしかない。
 結果、東部民の心は離れ、中央からではコントロールが効かなくなる。
 そこに流れ込む帝国資本と工作員、情勢の不安定化は必定だった。

 状況を打開するために秘密裏に地方政治に介入も行ったし、大本であるウル帝国での政治的取引を含む活動にも余念が無かった。
 ただ、帝国議会の大半はカナン公国と戦争をしたくてしたくて堪らなかったらしく、大勢を変えることは叶わぬまま戦争に突入した。

「次をくれ」

 葉巻を1本吸い終えたシャノンは、傍付きに次の1本を要求する。
 老齢の執事は純白の手袋を着用した手でNoと拒絶した。

「吸い過ぎは良くありません。それに、おやめになられたのでは?」

「戦時下ではそうも言ってられない。ストレス軽減に煙草これが効果を上げているのは事実だ」

「しかし……」

「くどい」

「は、失礼いたしました」

 押し切られた執事は葉巻の先端を切りそろえ、シャノンに渡した。
 そこに火を点け、またプカプカと吸いながら公務に励む。

「ノエルが生まれたときはあんなに簡単にやめられたのだがな」

「大公の中で、それだけノエル様が大きな存在だという事でしょう」

「せめてもう1人、男児がいれば……」

 現代を生きる一般人と、戦国の世を生きる一国の統治者とでは、前提条件が違いすぎる。
 彼らにとって、血を残すことは至上命題の一つであり、特に男児の跡継ぎを残すことはどんな手を使ってでも遂行されなければならなかった。
 そんな重大責任を、シャノンとその妻アリシアは放棄していた。

 確かに、ノエルを産んだ時のアリシアの産後が優れなかったというのがある。
 だが、貴族社会で妻を複数人持つことは珍しくないし、アリシアもそれは了承していた。
 気が乗らなかったのはシャノンの方だ。
 ノエルが生まれてから、彼は自身と家の行く末について考えることが増えた。
 婿入りである彼同様、外から家に男を入れればそれでいいのではないかと。
 元の産地は違えど、国内で一定期間飼育すれば、それは国内産アサリとして販売してもいいのではないかと。

 外部から来た人間がシャノンのようにまともな人間であればよし。
 内部の腐った人材が血縁というだけで家を継ぐよりは100倍良い。
 しかし、外部からの人材登用は問題を引き起こしやすいことも事実。
 それと同時に、自分の下に男児が生まれた際のノエルの扱いに困ることも事実。
 本来なら他の家との結びつきを強めるために他所にやるのが一般的だが、シャノンという男はそういう面で貴族らしからなかった。

 出来ることなら、自由な人生を歩んでほしい。
 だから冒険者になることを許した。
 文官の家柄にしては珍しく、剣聖というクラスに恵まれたこともある。
 そのせいで随分と大騒ぎに発展したが、それもシャノンからすれば思い出の1ページだ。

 要するに、シャノンは優柔不断で甘ちゃんだった。
 2人目以降の子をアリシア以外ともうけようとせず、かと言ってノエルを貴族らしく育て上げることもしなかった。
 それは愛娘への愛情故なのか、彼の弱さ故なのか。
 ノエルを他国でも通用するような女に育てておけば、帝国との架け橋として使うことも出来ただろう。
 そしてそれが上手くいった場合、戦場で散った兵士たちやその家族、東部を追われたりその道中で亡くなったりした罪も無き市民たちの犠牲は無かったかもしれない。

 人の道を外れぬように精一杯愛情を注いで子育てを行ったつもりが、他の誰かの子供の命を、父親の命を奪ってしまった重責に圧し潰されそうになる。
 だから2本目の葉巻もすぐになくなるのだ。

「交渉はどうなってる」

「望みは薄いかと」

「奴らはどれだけ戦争を続けたいのだ」

「国内の鬱憤を戦争で晴らそうとする流れは毎度のことでして……政治家連中も味を占めているのでしょう」

「ふつう逆だろうに。徴兵されれば民衆の怒りがどうなると思っている」

「そこは自治区の人間に比重を置くことで精神的優位性を与えているのかと」

「愚かだ」

「ごもっともかと」

 シャノンの元には、軍の被害状況は戦況などが次々と届けられている。
 参謀本部を介しての報告がほとんどだが、クレスト家の独自ルートでファクトチェックも行っている。
 その辺は流石文官の家、優秀な人材が揃っており、ケムトレイルのような真偽性のはっきりしていることに対して注力するほど愚かではない。
 真偽不明の情報を、彼らの能力を以て判断する、前提条件として客観的に、論理的に、定量的に、それがファクトチェックだ。
 とにかく、結果として参謀本部がきちんと動作していることの確認が取れたわけだが、戦況は芳しくないということも同時に確定してしまった。

 敗北に次ぐ敗北、時折大きな勝利を収めることもあるが、帝国軍は粘り強く、不死鳥のように再生する。
 終始帝国軍ペースで進められた戦争は、ミラ丘陵地帯で第1師団が崩壊したという状態で止まっている。
 実際には一発逆転の手が秘密裏に進行中なのだが、これはまだ公国にも伝わっていない。
 公国の頭脳は、ミラ丘陵地が突破された前提で作戦を組むことを強いられている。

「ナリリカ砦の現状は?」

「敵影無しとのこと」

「追加徴収はどうなっている」

「やはり風向きは厳しいかと」

「具体的には?」

「反戦デモが続いております」

「あぁ、聞こえている」

 国内事情も複雑で、貴族の合議で政治が決まる現行体制を批判する勢力が一定数存在する。
 そしてそれらが国外工作員と結びつくことによって、肥溜めの一丁上がりとなる。
 彼らの救えないところは、貴族を打倒すれば開かれた平等で公平な社会が訪れると本気で思っているところである。
 空いた権力の座に自分たちが座れると本気で思っているのだ。
 帝国の属国になれば、今を超える酷い国内状況になるというのが分からない。
 なぜなら今が満たされていないから。
 何となく多くを持っている人が気に入らないから。
 だから自分たちより幸せそうな人を見つけては、叩き、潰し、妬み、嫉むのだ。

「昔は100年以上戦い続けるなんて愚かだと思っていたが……」

 外から聞こえるデモ活動の声は、ただの環境音として処理されている。
 人間の言語によく似た畜生の鳴き声は聞くに値しないから。

「愚かなのはどちらの国も同じだな」

「左様で」

「敵がミラから動かない理由を参謀本部は何と言っている?」

「足止めを食っているか、ミラまでを占領統治するつもりかの2択だと。分析では前者ではないかという意見が大半を占めたようです」

「私もその考えを支持しよう。最後の勝負だ」

「では早速、貴族院の皆々様との会議を……」

「いや、それは必要ない。いつまで経っても話が前に進まないからな。必要なのは私と参謀本部の間のみ。残りは全て捨て置け」

「は……」

「この戦争を終わらせよう」

 そう言うと、シャノンは4本目になる葉巻に火を点けたのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「報告」

「クリア」

「クリア」

「クリア」

「ダメージ報告まで」

「ありません」

「なしって言うんだよ。なし」

「なし」

「よし」

 ここはミラ丘陵地帯、十番砦と十一番砦の跡地にほど近いとある山中だ。
 枯れ落ちた葉に鮮血が染みこみ赤黒く色を変える。
 常緑樹も生えているこの地域では、森の中の視認性はすこぶる悪い。
 だから、両軍ともに発見が遅れてしまう危険性がある。
 アラタ、キィ、カロン、ピコの4人組は、この辺りの監視任務に当たっていた兵士2人組を殺害、報告が無くなった彼らを餌に2個分隊を葬り去っていた。

 敵にもそれなりの使い手はいるだろうが、【感知】ホルダーが2人、暗視も同じ人間が持ち、黒鎧が3着、新入りの中でトップクラスの成績を持つ人間で構成された1個分隊を捕捉するのは至難の業だった。
 正面戦闘はアラタが受け持ち、キィ、カロンは軽量だが速度と隠密性が高い。
 細かいところに気が利くピコは早くもこの分隊にフィットしつつあった。

「次はどうします?」

「前に進みたいところだけど、場所を変えて敵を狩りに行く。少し南に下がって狩りだ」

「警戒されない?」

「俺たちがこのラインで暴れている間に、みんなはさらに奥に入り込んでいる。俺たちはその上でここを突破するんだ」

「だからここだけ戦力集中させたんですか?」

 カロンの問いに、アラタは深く頷いた。

「魔術師が出てくるならピコよりリャンなんだけどな。まあそのレベルの術師はこんなところにいないだろ」

 本人のいないところで、遠回しにピコより戦闘力が低いと言われているリャンだが、反論のしようがないのが辛いところ。
 彼のスキル【魔術効果減衰】は非常に強力だが、発動時間が短いうえにカバーが必須となる。
 対魔術師戦闘ではアラタとの相性が最高なのだが、使いどころが難しいスキルである。

「あと4日。間に合いますか?」

「分からん。俺たちは小規模で動けるからいいけど、他の部隊は厳しいだろうなぁ」

「冒険者が多くなりそうだね」

「キィもそう思ったか」

「だって、軍の装備じゃ絶対見つかるよ」

「それは中将たちも分かってると思う」

「どうだかなぁ」

 キィはどこか疑わしそうな口調でアラタの言葉を受け流した。
 冒険者だらけ、最悪自分たちの中隊だけで戦うことになりかねないと、少年は思っているのだろう。
 そんな彼の予測が的中しないことを祈りつつ、アラタ分隊は一時南下を開始した。
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