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第5章 第十五次帝国戦役編
第418話 前提条件の崩壊
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「こんだけやって死者ゼロって。普通に凄いな」
「まあ特殊部隊レベルだからな」
「何でアーキムがドヤるんだ?」
「エルモ黙れ」
「なんで俺だけ!?」
まずアラタは、共に戦っていたアーキム、エルモ、カロンと合流、それからほどなくして第1192小隊全員と合流した。
驚くべきは、小隊全員が1人の死者もなく再集結したこと。
カロンやエルモがそうしていたように、乱戦の中では後ろから刺されることなんて珍しくもなんともない。
技量がどうこうではなく、単純に人間が対処しきれる戦いのスケールではないのだ。
1192小隊は、小規模とはいえそれを御し切ってみせた。
死者ゼロ、負傷離脱者ゼロという数字は、戦後この戦いにおける同小隊の凄まじさを表す都市伝説へと成長していく。
八番砦と九番砦の中間付近、戦略的重要地である平野を捨てて撤退したアラタたちは、実のところ何で逃げているのか理解していない。
まあこの規模の戦場ならよくあることだ。
敵の偽情報に踊らされていないことを祈るばかりだが、こればかりは終わってみないと何とも言えない。
とにかく追撃に動く敵に屠られないように逃げるのみ。
乱戦を解いた公国軍に対し、帝国軍は川を渡る手前までは追撃を続けた。
逃げ遅れた兵士たちは悉く河川敷で討ち取られ、例によって大損害を被った。
この戦争始まってから何度目になるか分からない敗北、アラタはその原因について、延々と考え続けてきた。
「なぁリャン」
「なんですか?」
「帝国軍は強いのかな」
「……さぁ?」
アラタたちは川を渡り、馬に乗り換えて退却を続けていた。
その最中、アラタは唐突に元帝国工作員の意見を聞く。
単純な仮説だが、兵士の質が違えば当然勝敗も変わってくる。
「そうですね……」
リャンは分からないなりに知恵を絞り、質問に答えようとする。
彼も別に帝国中枢にいたわけではなく、ウル帝国の南に位置する少数民族の保護されている自治区の出身だ。
別に帝国式軍隊育成メソッドについて精通している訳ではない。
「そうですね」
リャンはアラタの方を向きながら人差し指を立てながら答えた。
「やはり、貧乏な方が精神的にタフなのでは?」
「なんだそれ」
「今回の敵の大部分は帝国の西部方面隊です。西部と言えば田舎ですが、農業に適した土地も少なく、かと言って酪農なども盛んではありません。ただひたすらに荒野、そうなれば敵は必死になって公国と戦うのでは?」
「地続きなのに何でそんなに違うんだよ」
「帝国人は自堕落なんですよ。あとなぜかカナンとウルの国境付近で農作物の出来不出来に違いが出ます」
「なんだそれ」
「それ以上は私も分かりません。でも説としてはアリだと思いますけど」
「俺もそう思う」
リャンの意見に同意したのはアーキムである。
「公国は長く眠りすぎた。やはり教育は厳しくせねば」
「何こいつ?」
アラタが不思議そうな顔で、それでいて少し引き気味に指をさすと、エルモが『諦めろ』と言わんばかりの表情で首を横に振った。
「ラトレイア家の教育はスパルタで有名だからな。他の家とか軍隊の鍛え方は生ぬるくていかんってお気持ち表明なんでしょ」
「否定はしない」
「うわぁ、アーキムって意外と昔の方が良かったとか言っちゃう系男子?」
アラタは過去の経験からこの手の輩が少し苦手だ。
お前はそんなことないよな? とアーキムに確認を取る。
Z世代的視点で見ると、この時点でアラタはアーキムに対して同調圧力をかけている訳で、アラタもアーキムも同じ穴の狢である。
まあ彼は体育会系の頂点に立っていたような人物だから、多少思想が偏っていても大目に見てあげて欲しい。
「お前に言われたくない」
同族嫌悪か、アーキムは反論する。
人のこと言えた義理かとカウンターパンチを食らわせる。
「アラタだってこの前似たようなことを言っていたじゃないか」
「忘れた」
「食事が遅い、内臓が弱い奴は肉体も弱いって」
「あ~、それは事実だから」
「ほら、この筋肉原理主義者め」
「いいだろ。筋肉いいだろ!」
アラタの興味が筋肉に移り始めたところで、この話はお開きになる。
「まあまあ、仮にも私たち逃げている最中ですから。もう少ししゅんとしましょうよ」
「ま、そうか」
アラタたちはそのまま七番砦近くの味方と合流すべく、馬を走らせ続けたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「おいおいマジかよ。ガッツリ乱戦じゃねえか」
川を渡り、逃げ続けること数十分。
アラタたちは何故自分たちが撤退を開始したのかようやく理解した。
川よりこちら側の七番砦、その麓で公国軍と帝国軍が乱戦状態になっていた。
だからなのかと、アラタは自分を納得させる。
元々砦に帝国軍を封じ込めたから平地の重要性が増していたというのに、その前提条件が崩壊したのだから戦い自体に意味がなくなる。
この場合、まずいのは指揮系統が分散して連絡が取りにくい公国軍の方である。
「中隊長! どうしますか!」
部下たちから問われても、答えられるはずがない。
アラタだって彼ら部下たちと同じ情報しか持っていないのだから。
一介の中隊長程度では次にどうすべきか確かな判断を下せるはずもない。
「大隊長は?」
「別行動中です」
「チッ。そういやそうだったな」
アラタ率いる第206中隊、その上に位置するのは第32特別大隊、通称冒険者大隊である。
発足当時500名の冒険者から構成されていた同隊は、戦争開始とほぼ同時に分割されてそれぞれが軍の小間使いに変貌した。
それ自体はまあ仕方のないことだし、双方納得しての物である。
ただ、こんなところで首を絞めてくるなんて夢にも思わなかったらしい。
「連絡はつくのか?」
「いえ、今どこにいるのかすら……」
仮にも敗戦して逃亡中の身、判断には速度が必要だった。
「1個小隊を後方の警戒に回せ。それからアーキムとルークさんに乱戦の様子を探らせろ」
「アーキムさんがもう出ました」
「よし。本隊はここで待機」
アラタは一緒に移動を続けていた部隊と共同で動くか検討したが、やめた。
理由は2つ。
1つは作戦の指揮権周りで必ず揉めると確信していたから。
アラタは冒険者、つまり正規の兵士ではない。
さらにそのスピード出世から彼のことを快く思わない人間も少なくない。
さらに彼は事あるごとに司令部と衝突していて、相手が委縮してしまう可能性がある。
要するに、嫌われている公算が高かった。
もう1つは、戦闘に参加しなかった場合、参加したとして敗北した場合、足手纏いが増える懸念。
この戦争が始まってからずっとそうだが、アラタとその仲間たちは常に高い負荷を受けて活動している。
アサインされるのは毎回激戦地、大体の場合兵士の数も少なく精鋭としての矜持で無理矢理もたせているような状況だ。
そんな最中、彼らよりも足の遅い一般兵なんて抱え込んでみろ、確実に救援要請が出る。
それを断ろうものなら、あとで生き残りにあることないこと言われることはエルモでも分かる。
そんなことになればまた嫌われる。
そして1個目の理由にループするわけだ。
ここまで言い訳がましくアラタが単独行動をする理由を羅列したわけだが、アラタだって出来れば大人数で戦いたい。
カバーするからたまにはカバーして欲しいし、別の形でもいいから助けた分の1/10でも返してほしかった。
ただ、残念なことに、帝国戦役が始まってからそんな心温まる絆エピソードは1つたりともない。
悲しい話だ。
「アラタさん、帰って来たみたいです」
「よし」
時間にして5分ほど、後方からの追撃も終わったので中隊は束の間の休息を取っていた。
その間に偵察に行っていたアーキムからの報告を受ける。
「どうだった?」
「無理だろうな。数は同程度、恐らく片方で500もいないだろうが、公国軍が嬲り殺しに遭っているようなものだった。とてもではないがあれは無理だ」
「あー」
先ほど公国軍は弱いという話をしたばかりで、アラタは早速例が出来てしまったと嘆息した。
「横を通り抜けるか?」
アーキムの提案は、七番砦の横をすり抜けて、ルーラル湖の湖畔を望む街道を駆け抜けるものだ。
三番、二番、一番砦の順に到達することの可能な最短ルートである。
アラタの処理能力を超える戦況の推移、アラタは周りに判断を投げる。
「リャン、アーキムはどう思う?」
「私は良いと思いますよ」
「俺はそうは思わない。川沿いを北上して八番砦の裏に出るべきだ」
「さっきお前言ったやん」
「あれは一般論だ」
「リャンは? こいつの話を聞いて意見変わった?」
「そうですね……」
道のりとしては、ルーラル湖の右を抜けるか左を抜けるか。
目的地としては、司令部を目指すか北を目指すか。
合理的な判断がどのようなものかは置いておくとして、リャンの脳内にはつい先日の補給中襲撃を受けた件がこびりついている。
帝国はミラ丘陵地帯の南部を手中に収めかけている。
では、そちらの方に進むのは危険なのではないか。
北に向かって再起を図るべきなのではないか。
北の方が敵は薄いのではないか。
「北に向かいましょう」
「分かった」
アラタは腹心2名の判断を支持し、部隊を回転させる。
「総員! 北に向かうぞ! 急げ!」
何かを決断した人間は、その直後からある悩みに苛まれる。
この判断で合っているのか、と。
しばらくして結果が出て、成功に終わったとしても、それが最高の結果をもたらすことが出来たのか、必要以上に考え込んでしまう人は意外と多い。
アラタやアーキムは比較的その辺が鈍感なので別にいいのだが、リャンはイメージ通り悩む人種だ。
今後死傷する仲間たちは自分の責任であると、そこまで想像が膨らんでしまう。
悪い意味で、彼は優しかった。
世界は優しい人間に対して優しく出来ていない。
今日は10月31日、ハロウィン。
それが終われば日本ではいよいよクリスマス、年末が見えてくる。
それまでに戦争は終わるのか、それとも無関係に継続されるのか。
そもそも、来年までカナン公国は存続することが出来るのか。
戦局はさらなる泥沼へと足を踏み入れることになる事を、まだ誰も知らない。
「まあ特殊部隊レベルだからな」
「何でアーキムがドヤるんだ?」
「エルモ黙れ」
「なんで俺だけ!?」
まずアラタは、共に戦っていたアーキム、エルモ、カロンと合流、それからほどなくして第1192小隊全員と合流した。
驚くべきは、小隊全員が1人の死者もなく再集結したこと。
カロンやエルモがそうしていたように、乱戦の中では後ろから刺されることなんて珍しくもなんともない。
技量がどうこうではなく、単純に人間が対処しきれる戦いのスケールではないのだ。
1192小隊は、小規模とはいえそれを御し切ってみせた。
死者ゼロ、負傷離脱者ゼロという数字は、戦後この戦いにおける同小隊の凄まじさを表す都市伝説へと成長していく。
八番砦と九番砦の中間付近、戦略的重要地である平野を捨てて撤退したアラタたちは、実のところ何で逃げているのか理解していない。
まあこの規模の戦場ならよくあることだ。
敵の偽情報に踊らされていないことを祈るばかりだが、こればかりは終わってみないと何とも言えない。
とにかく追撃に動く敵に屠られないように逃げるのみ。
乱戦を解いた公国軍に対し、帝国軍は川を渡る手前までは追撃を続けた。
逃げ遅れた兵士たちは悉く河川敷で討ち取られ、例によって大損害を被った。
この戦争始まってから何度目になるか分からない敗北、アラタはその原因について、延々と考え続けてきた。
「なぁリャン」
「なんですか?」
「帝国軍は強いのかな」
「……さぁ?」
アラタたちは川を渡り、馬に乗り換えて退却を続けていた。
その最中、アラタは唐突に元帝国工作員の意見を聞く。
単純な仮説だが、兵士の質が違えば当然勝敗も変わってくる。
「そうですね……」
リャンは分からないなりに知恵を絞り、質問に答えようとする。
彼も別に帝国中枢にいたわけではなく、ウル帝国の南に位置する少数民族の保護されている自治区の出身だ。
別に帝国式軍隊育成メソッドについて精通している訳ではない。
「そうですね」
リャンはアラタの方を向きながら人差し指を立てながら答えた。
「やはり、貧乏な方が精神的にタフなのでは?」
「なんだそれ」
「今回の敵の大部分は帝国の西部方面隊です。西部と言えば田舎ですが、農業に適した土地も少なく、かと言って酪農なども盛んではありません。ただひたすらに荒野、そうなれば敵は必死になって公国と戦うのでは?」
「地続きなのに何でそんなに違うんだよ」
「帝国人は自堕落なんですよ。あとなぜかカナンとウルの国境付近で農作物の出来不出来に違いが出ます」
「なんだそれ」
「それ以上は私も分かりません。でも説としてはアリだと思いますけど」
「俺もそう思う」
リャンの意見に同意したのはアーキムである。
「公国は長く眠りすぎた。やはり教育は厳しくせねば」
「何こいつ?」
アラタが不思議そうな顔で、それでいて少し引き気味に指をさすと、エルモが『諦めろ』と言わんばかりの表情で首を横に振った。
「ラトレイア家の教育はスパルタで有名だからな。他の家とか軍隊の鍛え方は生ぬるくていかんってお気持ち表明なんでしょ」
「否定はしない」
「うわぁ、アーキムって意外と昔の方が良かったとか言っちゃう系男子?」
アラタは過去の経験からこの手の輩が少し苦手だ。
お前はそんなことないよな? とアーキムに確認を取る。
Z世代的視点で見ると、この時点でアラタはアーキムに対して同調圧力をかけている訳で、アラタもアーキムも同じ穴の狢である。
まあ彼は体育会系の頂点に立っていたような人物だから、多少思想が偏っていても大目に見てあげて欲しい。
「お前に言われたくない」
同族嫌悪か、アーキムは反論する。
人のこと言えた義理かとカウンターパンチを食らわせる。
「アラタだってこの前似たようなことを言っていたじゃないか」
「忘れた」
「食事が遅い、内臓が弱い奴は肉体も弱いって」
「あ~、それは事実だから」
「ほら、この筋肉原理主義者め」
「いいだろ。筋肉いいだろ!」
アラタの興味が筋肉に移り始めたところで、この話はお開きになる。
「まあまあ、仮にも私たち逃げている最中ですから。もう少ししゅんとしましょうよ」
「ま、そうか」
アラタたちはそのまま七番砦近くの味方と合流すべく、馬を走らせ続けたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「おいおいマジかよ。ガッツリ乱戦じゃねえか」
川を渡り、逃げ続けること数十分。
アラタたちは何故自分たちが撤退を開始したのかようやく理解した。
川よりこちら側の七番砦、その麓で公国軍と帝国軍が乱戦状態になっていた。
だからなのかと、アラタは自分を納得させる。
元々砦に帝国軍を封じ込めたから平地の重要性が増していたというのに、その前提条件が崩壊したのだから戦い自体に意味がなくなる。
この場合、まずいのは指揮系統が分散して連絡が取りにくい公国軍の方である。
「中隊長! どうしますか!」
部下たちから問われても、答えられるはずがない。
アラタだって彼ら部下たちと同じ情報しか持っていないのだから。
一介の中隊長程度では次にどうすべきか確かな判断を下せるはずもない。
「大隊長は?」
「別行動中です」
「チッ。そういやそうだったな」
アラタ率いる第206中隊、その上に位置するのは第32特別大隊、通称冒険者大隊である。
発足当時500名の冒険者から構成されていた同隊は、戦争開始とほぼ同時に分割されてそれぞれが軍の小間使いに変貌した。
それ自体はまあ仕方のないことだし、双方納得しての物である。
ただ、こんなところで首を絞めてくるなんて夢にも思わなかったらしい。
「連絡はつくのか?」
「いえ、今どこにいるのかすら……」
仮にも敗戦して逃亡中の身、判断には速度が必要だった。
「1個小隊を後方の警戒に回せ。それからアーキムとルークさんに乱戦の様子を探らせろ」
「アーキムさんがもう出ました」
「よし。本隊はここで待機」
アラタは一緒に移動を続けていた部隊と共同で動くか検討したが、やめた。
理由は2つ。
1つは作戦の指揮権周りで必ず揉めると確信していたから。
アラタは冒険者、つまり正規の兵士ではない。
さらにそのスピード出世から彼のことを快く思わない人間も少なくない。
さらに彼は事あるごとに司令部と衝突していて、相手が委縮してしまう可能性がある。
要するに、嫌われている公算が高かった。
もう1つは、戦闘に参加しなかった場合、参加したとして敗北した場合、足手纏いが増える懸念。
この戦争が始まってからずっとそうだが、アラタとその仲間たちは常に高い負荷を受けて活動している。
アサインされるのは毎回激戦地、大体の場合兵士の数も少なく精鋭としての矜持で無理矢理もたせているような状況だ。
そんな最中、彼らよりも足の遅い一般兵なんて抱え込んでみろ、確実に救援要請が出る。
それを断ろうものなら、あとで生き残りにあることないこと言われることはエルモでも分かる。
そんなことになればまた嫌われる。
そして1個目の理由にループするわけだ。
ここまで言い訳がましくアラタが単独行動をする理由を羅列したわけだが、アラタだって出来れば大人数で戦いたい。
カバーするからたまにはカバーして欲しいし、別の形でもいいから助けた分の1/10でも返してほしかった。
ただ、残念なことに、帝国戦役が始まってからそんな心温まる絆エピソードは1つたりともない。
悲しい話だ。
「アラタさん、帰って来たみたいです」
「よし」
時間にして5分ほど、後方からの追撃も終わったので中隊は束の間の休息を取っていた。
その間に偵察に行っていたアーキムからの報告を受ける。
「どうだった?」
「無理だろうな。数は同程度、恐らく片方で500もいないだろうが、公国軍が嬲り殺しに遭っているようなものだった。とてもではないがあれは無理だ」
「あー」
先ほど公国軍は弱いという話をしたばかりで、アラタは早速例が出来てしまったと嘆息した。
「横を通り抜けるか?」
アーキムの提案は、七番砦の横をすり抜けて、ルーラル湖の湖畔を望む街道を駆け抜けるものだ。
三番、二番、一番砦の順に到達することの可能な最短ルートである。
アラタの処理能力を超える戦況の推移、アラタは周りに判断を投げる。
「リャン、アーキムはどう思う?」
「私は良いと思いますよ」
「俺はそうは思わない。川沿いを北上して八番砦の裏に出るべきだ」
「さっきお前言ったやん」
「あれは一般論だ」
「リャンは? こいつの話を聞いて意見変わった?」
「そうですね……」
道のりとしては、ルーラル湖の右を抜けるか左を抜けるか。
目的地としては、司令部を目指すか北を目指すか。
合理的な判断がどのようなものかは置いておくとして、リャンの脳内にはつい先日の補給中襲撃を受けた件がこびりついている。
帝国はミラ丘陵地帯の南部を手中に収めかけている。
では、そちらの方に進むのは危険なのではないか。
北に向かって再起を図るべきなのではないか。
北の方が敵は薄いのではないか。
「北に向かいましょう」
「分かった」
アラタは腹心2名の判断を支持し、部隊を回転させる。
「総員! 北に向かうぞ! 急げ!」
何かを決断した人間は、その直後からある悩みに苛まれる。
この判断で合っているのか、と。
しばらくして結果が出て、成功に終わったとしても、それが最高の結果をもたらすことが出来たのか、必要以上に考え込んでしまう人は意外と多い。
アラタやアーキムは比較的その辺が鈍感なので別にいいのだが、リャンはイメージ通り悩む人種だ。
今後死傷する仲間たちは自分の責任であると、そこまで想像が膨らんでしまう。
悪い意味で、彼は優しかった。
世界は優しい人間に対して優しく出来ていない。
今日は10月31日、ハロウィン。
それが終われば日本ではいよいよクリスマス、年末が見えてくる。
それまでに戦争は終わるのか、それとも無関係に継続されるのか。
そもそも、来年までカナン公国は存続することが出来るのか。
戦局はさらなる泥沼へと足を踏み入れることになる事を、まだ誰も知らない。
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